もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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67 遭遇

 時は少し遡る。

 

 部室を飛び出した天理は人気の無い所で物思いに耽っていた。

 

「……そろそろ戻ろうかな。桂馬君にも心配かけちゃうし」

『桂木さん相手であれば少し心配をかけるくらいの方が丁度良さそうですが』

「そうかなぁ……だとしても戻るよ」

『そうですか。ところで一つ訊ねたいのですが……』

「どうしたの?」

『……ここ、どこでしょう?』

「えっ?」

 

 改めて言うまでもない事だが、天理はここの生徒ではない。

 土地勘など、全く無い。

 

「えっと……ディアナは分からないの?」

『天理がズンズン歩いていくのでてっきり道が分かっているものかと……』

「……ど、どうしよう、2人とも道が分からない……」

 

 道に迷った場合の対処法としてはいくつかある。

 一番分かりやすいものとしては人に道を尋ねる事だが、こんなアウェーな場所で見ず知らずの人に話しかけるなど天理には不可能だ。桂馬がPFPを叩き割るのと同じくらい有り得ない。

 勿論、そんな問題はディアナに入れ替わってしまえば簡単に解決するのだが……その前に動きがあった。

 

「見てらんないわね。この程度で道に迷うなんて」

「えっ? えっと……ハクアさん。どうしてここに……」

「女神持ちを単独行動させて、もし襲撃でもあったら目も当てられないから。

 一応ずっと見守らせてもらったわ」

「そ、そうだったんだ……」

「それより、もう戻るんでしょ? 私に着いてきなさい!」

「う、うん……」

 

 天理は自信満々なハクアの後に着いていく。

 道を知っていそうな知り合いがすぐ近くに居てくれた事は天理にとっては一応救いではあった。

 

 ……しかし、忘れてはいけない。

 

 

 ……その知り合いは、重度の方向音痴だという事を。

 

 

 

 

 

 

「……ハクアさん」

「な、何?」

「……ここ、さっきも通らなかったっけ?」

「き、気のせいじゃない? 似たような風景ばっかりだからそう感じるのよ!」

「そうかなぁ……」

『いや、どう考えても気のせいではないでしょう。さっきから階段を登ったり降りたりしてますよ』

「そ、それは……アレよ! 健康の為よ!」

『そんなのは今は要らないですから、早く案内して下さい』

「も、勿論よ!」

『……やはり誰か呼んだ方が……いえ、もう少し様子を見ましょうか』

 

 

 その後、ハクアは全ての分岐点で部室から遠ざかる方向に進みつづけた。

 ここまで来ると逆に天才なんじゃないだろうか?

 

 

『……部室には一体いつ頃着くのですか?』

「も、もう少しよ!」

『それと同じ台詞を30分ほど前にも聞いた気がするのですが』

「そ、そうだったかしら?」

『……道に迷いましたよね?』

「それは……その……」

『迷いましたね? いえ、断言しましょう。

 あなたは道に迷ってます』

「うぐぐぐ……そ、そうよ! 迷ってるわよ! 悪い!?」

『別に悪くはないでしょう。変に隠そうとしなければ』

「…………ご、ごめんなさい。

 途中から『アレッ』ってなったんだけど、中々言い出せなくて……」

『まあいいでしょう。それでは、誰か通りかかったら部室の場所を訊ねてみましょう。

 誰も場所を知らないようなら、誰か呼びましょう。一応桂木さんのメールアドレスは把握しているので』

「私もエルシィなら呼べるわね。

 ……二次災害になりそうだけど」

『……あのミネルヴァなら否定できないのが何とも言えませんね』

「ふ、ふたりとも、流石にエルシィさんに失礼じゃないかな……

 あの人ってここの生徒だよ?」

「そう言えばそうだったわね……まあいいわ。

 もうちょっと歩いてみましょう」

 

 一般解放の時刻はとっくに過ぎているので、少しあるけば誰かしらに出くわすはずだ。

 マイナーな軽音部の部室を知っている人はほぼ居ないだろうが、最悪どこか目立つ場所に案内してもらえれば迎えを呼んで合流する時に便利だ。

 

 

 

 

 しかし、彼女たちがバッタリ遭遇したのは、道を教えてくれるような優しい人間ではなかった。

 と言うより、人間ですらなかった。

 彼女は相変わらず怪我をし続けているのか、体の所々に包帯を巻いている。

 左手には舞校祭の模擬店で買ったたこ焼きのパックを、右手には爪楊枝を持ってたこ焼きを頬張っている。

 そんな少女が、すぐそこに居た。

 

 

「……特に探してなかったんだけど、見つけちゃった。

 こんな所で何してるの? 昨日の侵入者さん」

 

 少女の姿をした災厄が、リューネがそこに居た。

 

「あなた……誰?」

「そんなのどうだっていいでしょ? さぁ始めよう。コロシアイを」

 

 新調したらしいカッターを取り出してカチカチと刃を伸ばす。

 予定外の遭遇戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、桂馬はその辺をぶらついていた。

 

 

 

 

 

『全く情けないものだな。

 既に消え去った駆け魂に怯えるとは』

「そうやって簡単に割り切れるほど人間の心は単純じゃない。

 まぁ、あいつらなら少し休めば大丈夫だろう。かのんも居るしな」

『歌姫か。あいつも最初会った時はスタンガンを振り回すただの異常者だったのにな。

 アレはヤンデレというやつか?』

「ヤンデレの言葉の定義もツンデレと同じで結構ブレてきてるんだよな。

 ただの暴力系ヒロインなんかもヤンデレ扱いされる事もあるし。

 正統派のヤンデレは誰かが好き過ぎて病んでしまったような存在だ。かのんとは違うんじゃないか?

 ……まぁ、素質はあったと思うが」

『それもそうか。となると、今の歌姫の属性は何になるんだ?』

「そんなもん知るか。そもそもあいつはもはや攻略対象ではない。

 属性の定義は必要無い」

『そうか。

 ところで桂木、お前は誰と結婚するつもりだ?』

「……結婚ねぇ」

『そうでもしないと収拾が着かないぞ。歌姫は勿論、青山美生も高原歩美もお前にぞっこんだ。

 ハーレムエンドが許されるのは現代ではゲームの中だけだ』

「…………」

『……まぁいい。悩むがいいさ。人間らしく』

 

 僕は最善のルートを選んできたつもりだ。

 これまでの事で予想外な事は何度か……何度もあったが、その時々の最適解を選んできた。

 それが本当に正しかったのかは分からない。そもそも『正しい』なんて言葉は非常に曖昧なものだが。

 今の僕にできるのは選択肢を選ぶか、あるいは保留にするくらいだ。

 誰か1人を今すぐに選ばなければいけないのであれば、僕は……

 

『……ん? おい桂木』

「どうした」

『魔力感知をやってみてくれ。昨日教えただろう?』

「一夜漬けで叩き込んだ事を随分と簡単に言ってくれるな」

 

 目を閉じて意識を集中させる。魔力や理力といったものを感じ取るのに視覚は必要ない。

 感覚を研ぎ澄ませると確かに一定の方角から魔力と理力の気配を感じた。

 そこそこ距離がありそうなのに感知できているという事は派手に何かをやっていそうだ。

 

「……まさか、戦闘中か?」

『そこまで判断できるのか。付け焼き刃の技術にしてはなかなかやるじゃないか』

「そんな事はどうだっていい。急ぐぞ!」

 

 もしかするとヴィンテージの悪魔に捕捉されたのかもしれない。

 戦闘になっている事が確認できたら全員呼び出して一本岩まで一気に攻めてしまおう。


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