もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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68 決戦へ

 同年代の悪魔の中で学業・実技の両方でトップの成績で学校を卒業したハクア、

 『純真』の称号を受け継ぎ、固有の能力は持たないがバランスがとれた能力を持つディアナ。

 

 そんな優秀な2人が協力して戦った場合、どういう結果になるだろうか?

 答えは……

 

 

 

 

「あれ? こんなもん? お前たち2人よりもリミュエル1人の方が強かったね」

 

 血みどろだが2本の足でしっかりと立っているリューネと、所々血を流して地面に膝を付いている2人。

 ハッキリ言って、惨敗であった。

 知識はあっても本物の戦いの経験、本気の殺意をぶつけられるような経験には乏しいハクア。

 経験はあっても、少し強化しただけの人間の肉体で戦わざるを得ないディアナ。

 こんな有様で裏世界の狂人に勝つ事は不可能だった。

 

(ぐっ……こいつ……強い)

(何とかして……皆と連絡を……)

 

 2人の小声での会話もリューネはしっかりと聞き取れたようだ。

 

「う~ん、放置して呼ばせてみるのも面白そうだけど、流石に天界人っぽいのが複数はちょっとマズそう。

 というわけで、死んで」

 

 リューネがカッターを振り上げる。

 彼女が殺せないのはあくまでも一般人のみ。その枠に収まらない2人であれば遠慮なく殺害する事が可能だ。

 ……邪魔さえ入らなければ。

 

「生成、圧縮、回転、射出」

 

 物陰からリューネに向かって何かが飛び出し、そのまま小さな風穴を開けた。

 

「痛っ! 一体誰?」

 

 リューネの呼びかけを受けて、物陰から1人の男子……桂馬が姿を現した。

 

「フン、もうちょっと大物感溢れる反応が欲しいんだがな。

 そうじゃないと名乗り甲斐が無い。そもそも名乗る気も無いが」

「人間……にしては妙な気配だね。魔力でもないって事は……理力ってやつ?」

「答える義務は無いな。と言うかお前たち……」

 

 桂馬は地面に膝を付いている2人に視線を落とす。

 

「2対1でそのザマってのは何なんだ?」

「し、仕方ないじゃない! こいつ、只者じゃないわ」

「桂木さん……どうしてあなたが理力を……?」

「どうして? ……あ、そう言えば言ってなかったな。

 メルクリウスの宿主は僕だ」

「えええええええっっっ!? あ、あなただったのですか!? 中川さんではなく!?」

「そんな勘違いしてたのか。

 ……確かにそりゃそうなるか」

 

 メルクリウスの宿主について説明したのは桂馬と同じ家で暮らしている面子だけである。

 当然ディアナは含まれていないし他の女神も……宿主は含まれていない。

 

「天界人……女神……まさかこんな近くに2人も居るなんて。

 もしかして、旧地獄を封印してたっていう姉妹6人全員居るの?」

「さぁどうだろうな。僕を捕まえれば分かるかも知れんぞ?」

「………………」

 

 リューネはしばし無言になる。

 そして、唐突に飛び立った。

 

「逃すか!!」

 

 桂馬は最初の奇襲と同じように空気の弾丸を飛ばす魔法を行使する。

 しかし、残念ながら命中する事無くリューネは去って行った。

 

「……深追いは禁物か。

 くそ、時間稼ぎに気付かれるとはな」

「時間稼ぎ?」

「ああ。かのんと女神全員に召集をかけた。もう間もなくここに……来たようだ」

 

 真っ先に辿り着いたのはマルスだ。全力失踪してきたらしい。

 

「桂木! 敵はどこだ!!」

「悪いな、足止めしようとはしたんだが……残念ながら逃げられた」

「そうか……だが怪我が無いのなら良かっ……って、姉様!? 無事ですか!?」

「ええ。大丈夫です。この程度ならアポロが治してくれるでしょう」

「マルス、アポロはどうした?」

「私が真っ先に飛び出してきたから正確な事は分からないがもうすぐ来るはずだ」

「分かった。じゃあひとまず応急処置をしておこう」

 

 アポロが到着するまでの間、桂馬の手により怪我をした2名の応急処置が施され、その後アポロに引き継がれた。

 治療が完了する頃にはエルシィを含めた全員が集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「随分と手酷くやられたようじゃな」

「すみません。決して油断していたわけではないのですが」

 

 怪我をした2人はアポロの手で治療された。

 2人とも痛み等は完全に消え去っているらしい。傷跡も残さないようだ。

 

「無理はするでないぞ。傷が塞がっても失った血までは戻せておらぬ。

 いかに妾とて対価無しで増血まで行う事は出来ぬからのぅ」

「お前の治療術ってそういうものだったのか。ゲームなら何事もなかったかのように回復するのにな」

「げーむと一緒にするでない」

 

 後から聞いた話だが、切り傷を繋げるだけの治療と違って血液は生成する必要があるらしい。

 理力を使って生成する事も可能だが、成分が複雑であればあるほど高コストになってしまい、今の状態ではとても使えたものではないとか。

 あと、輸血なら簡単らしい。生成の必要が無いから。

 

「さて、全員揃ったな。

 こちらの存在がバレた以上、時間をかけるのは悪手だ。

 今から攻め込むぞ」

「こっちは怪我を治したばっかりだっていうのに人遣いが荒いわね」

「厳しいようなら少し休んでも構わんぞ。後から追いついてきてくれ」

「行かないとは言ってないわ。急がなきゃいけないっていうのは賛成だし、ちゃんと一緒に行くわ」

「そうか。本当に無理はするなよ?」

 

 今更異論がある奴はここには居ないようだ。

 さぁ出発だ! と思ったら呼び止められた。

 

「おい桂木」

「何だウルカヌス」

「まさかとは思うが一緒に来る気なのか?」

「そりゃ当然……ああ、お前たちにも説明してなかったな。

 と言うか、気付かないもんなのか」

「どういう意味だ?」

『こういう意味だ、姉上』

 

 かのんが映らないように、かつ僕が映るように角度を調節したPFPを皆に見えるように掲げた。

 そこにはかのんの姿をしたメルクリウスが映っている。非常に紛らわしいな。

 

「……どういう意味だ?」

『私の宿主は中川かのんではなく桂木だという意味だ』

「……は?」

『ん? 聞こえなかったか? 姉上は相変わらず耳が遠い……』

「聞こえていた! いたが……しかし……」

「おいおい、今はそんな事はどうでもいいだろ。サッサと行くぞ」

 

 メルクリウスは相変わらず引きこもっているので僕が戦う事になりそうだ。

 サボっている……わけではなくかのんへのアシストも同時に行う為だろう。

 さて、確か飛行魔法は動魔術の20個同時制御で実現できて……

 

「ちょっと待て!」

「今度はマルスか。何だ?」

「お前がメルクリウスの宿主だと言うのならそっちの娘は何なのだ!?」

『……ただの人間だが、それがどうかしたか?』

「『どうかしたか?』ではない! ただの人間を連れていくなど危険過ぎるだろう!」

「……?」

「何をキョトンとしている! お前の話だぞ!!」

「うん、そりゃ私は女神でも悪魔でもないただの人間だけど……

 桂馬くんが行くんだから私も一緒に行くよ?」

 

 『何を当たり前の事を』とでも言わんばかりにスッとぼけたような顔で真面目に答えた。

 ……って言うかお前、人間だけどただの人間ではないだろ。

 

『安心しろ。この自称一般人は少なくとも我が宿主よりは強い』

「それは本当か!? どういう事だ!!」

「はいはい、話なら後でいくらでも聞いてやるから、サッサと片付けるぞ」

「うむむ……仕方あるまい。

 巧遅は拙速に如かずだ。行くとしよう!」

 

 よし、今度こそ出発だ。

 動魔術を20個発動し、制御っと。

 6面同時攻略よりずっと簡単だな。さぁ行こう。







 だいたい何でもできるメルクリウスの協力を得た桂馬がどういうスタイルで戦うかはそこそこ悩みました。
 桂馬は狂人ではあっても中二病ではないので長々と詠唱文を唱えたり、見た目だけやたら派手は魔法は使わなそう。
 ゲームの技を再現するとかも考えそうな気もしたけど、何のゲームの技を再現するかという問題もあるし、何か再現したとしても自己流に改造しそう。
 落とし神モードになって腕が増えるとかも一応考えたけど、増えたから何だという話だし見た目も不気味なので没に。
 結局、そういうルートはバッサリと切り捨てて効率の良さそうな攻撃方法を考案してみました。

 その結果が圧縮空気の弾丸。透明な上に点の攻撃なので防ぐのが困難。(ただし点の攻撃なので命中精度に難アリ)
 武器はその辺に転がっているので弾切れの心配も無し。撃った後の弾丸は放置しておけば空中分解する。
 空気の生成はまだしも、圧縮、回転、射出は『風属性魔法』ではなく『運動魔法』にも分類できそうなのでハクアでも普通にできそう。って言うか自身の運動制御を20個同時に行えるハクアにできないわけがない。メルクリウスなら間違いなく使える。
 ゲーム的に四大元素の他の属性と比較すると火は下手すると延焼する。
 土は屋内だとむちゃくちゃ汚れそう、水も屋内だとビチャビチャになる。まぁ、今回は実は屋外だったので関係ないですが、屋内で咄嗟に使う機会を考えると有利ですね。
 素人考えですが、まぁまぁ便利な武器なのではないかと。
 こういうのは『小説家になろう』で活動してる作家の方々の方が得意そうですね。限られた手札をいかに悪用するかを競い合ってるような作品が結構あるので。
 なお、今回出てきた桂馬の魔法は本話のものが最初で最後の活躍になります。
 

 ちょっと今更だけど、使ったエネルギーが魔力か理力かを問わずに超常現象は全部ひっくるめて『魔法』もしくは『魔術』と呼んでます。
 魔法と魔術ももうちょい区別する必要がありそうな気もしますが……厳密な定義をするのも面倒なんでごっちゃになってます。



 ここでリューネさんと決着を付けても良かったですけど、桂馬だったら会話を引き伸ばして時間稼ぎをする、リューネだったらそれに気付けると判断して結局こんな感じに。
 本作では多分決着は着かないと思います。原作でも何だかんだで生き残ってたし。



 治療術に関して無駄に突っ込んだ考察をしていたら『輸血は簡単な気がする』という事に。
 少し気になったので今居る面子の血液型を調べてみました。

・桂馬 :A型
・かのん:AB型
・歩美 :O型
・麻美 :A型
・天理 :A型
・美生 :A型

 A型がやたら多いのはある意味日本人らしいのか。
 ちなみにちひろがO型で結はAB型です。
 Rh型とかまでは流石に載ってないので何とも言えませんが、かのんか歩美が大怪我したらこの2人に輸血を頼む事になるかも。いやまぁそんな展開はまず無いですが。

 あと、エルシィとハクアもそれぞれ『O型的性格』と『A型的性格』という表記がされています。
 悪魔だから血液の成分がそもそも違うんでしょうね。
 本作のミネルヴァさんは更に違うでしょう。

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