結さんとの話を終えて、私は2-Bの模擬店へと向かっていた。
何でも人通りが多くて日当たりも良い最高の場所を確保しているらしい。流石は二階堂先生だ。
そういうわけで、一般客にも配られてるパンフレットを頼りに探すとアッサリと見つかった。
「へい、らっしゃ……って、かのんちゃん……?」
「あ、ちひろさん。お疲れさまです。
この姿の時は『西原まろん』でお願いね」
「あ、うん。そう言えばそれについて訊くの忘れてたな……」
「地獄の技術らしいよ。スゴいよね。
あ、店員さんのオススメで宜しく」
「凄……確かにスゴいけどさ。
お勧め……コーヒーかな。桂木が淹れてるんだよ」
「え、桂馬くんが? お店の手伝いしてるの?」
「うん。何かうちのコーヒー飲んだら『こんな泥水を見過ごせるか!』とか言ってコーヒー淹れ始めてた。
いや~、流石は家でカフェやってるだけの事はあるね。まさか淹れ方1つであそこまで変わるとは」
関わっていくうちにその辺の技術は自然と身につくのか。
「他のオススメはある?」
「う~ん、じゃあお茶かな。茶道部のあさみんが出してる奴」
「……抹茶? 喫茶店で?」
「いや、ティーバッグ」
「茶道部関係ないよね!?」
「所詮は模擬店だからね。ノリが大事!
で、どうする?」
「じゃあ1つずつ貰おうかな」
「オッケー。
15番にゴールドエクセラ風コーヒー1つとオリジナルブレンドティー1つ!」
何か凄い名前が付いてるけど、調理場の方の人が普通に対応しているのでこれが普通なのだろう。
でもこれって詐欺じゃ……いや、あくまでゴールドエクセラ『風』だから大丈夫か。多分。
「もうちょっと待ってたら来るから。それじゃーねー」
「うん。お仕事頑張ってね」
……数分後……
「へいお待ちっ、コーヒー1つとお茶1つ!」
「ちひろさん、そういう時は商品名言おうよ」
「味は変わんないからダイジョーブだよ!」
「そういう問題かなぁ……」
ひとまずお茶を飲んでみる。
……何というか、普通に美味しい。普通に。
……コメントしづらい。所詮はティーバッグだもんね。
続けてコーヒーを飲んでみる。
…………まぁ、普通かな。このくらいのは飲み慣れてる。
って、いつも麻里さんが淹れてるコーヒー飲んでるからそりゃそうなるか。
「どう? 美味しい?」
「う~ん……普通に美味しいね」
「そっか、普通か……まいっか。別に味で勝負してるわけじゃないし」
「店員としてはどうなのかなそれ……」
「大丈夫大丈夫!」
「……ご馳走様でした。それじゃあね」
「あ、ちょっと、お代!」
「おっとっと、はい、どうぞ」
立ち上がると同時に調理場の方に目を向ける。
桂馬くんは……忙しそうだな。近くのベンチでもう少し待ってみようか。
模擬店のコーヒーが気に入らなかったんで文句を付けたら何故かオーナーに任命されてしまった。
全く、あいつらは人の話を聞かないな。コーヒーの淹れ方なんて簡単なんだから僕に頼らんでもどうとでもなるだろうに。
仕方ないので少し教えてやったら数名が何とか及第点に達したので一休みさせてもらう。
近くのベンチに腰かけると、どこからか現れたかのんが僕の隣に座った。
「お疲れさま。随分と頑張ってたね」
「……あいつら、僕が行こうとすると足にしがみついてきたからな」
「そ、それは大変だったね……私も手伝おうか?」
「部外者が参加して大丈夫なのか……? まぁ、一応訊いてみるか」
かのんも一応母さんから教わってるのか?
そう言えばエルシィも教わってるはずだが……まぁ、説明不要か。
「ところで桂馬くん。今、ちょっと大丈夫?」
「どうした?」
「何て言えばいいかな。さっきのゲームの続き。
桂馬くんに質問させて」
「質問ね。言ってみろ」
「じゃあ質問。
桂馬くんが、今すぐに誰かと付き合わなければならないと仮定した場合、その相手は誰になる?」
「……一応確認するが、その『付き合う』というのは……」
「『結婚する』とかに置き換えてもいいよ。法律的に今すぐは無理だけど」
「…………」
誤解の余地の無い質問だな。
複数の人間が僕に好意を向けている現状を何とかしたければ僕が誰かと付き合ってしまうのが手っ取り早い。
それは考えていた。そしてその答えも。
「……お前、になるだろうな」
「……良かった」
「安心してる所悪いが、あくまでも消去法で選んだだけだ。
候補の中では一番マシ。それだけだ」
「何か問題でも?」
「問題って、お前なぁ……」
「強制された恋愛関係、それが許嫁ルートなんでしょう?
だから、桂馬くんの隣に堂々と立てる理由があるだけで私としては十分なんだよ」
「しかしな……」
「どうして躊躇う必要があるの? お互いが得をすると思うんだけど?」
お互いの得……少し整理してみよう。
僕はかのんと付き合う事で今回の問題に一応決着を付ける事ができる。
これに関しては疑う余地は無いだろう。かのんに言われる前から僕も考えていた事だしな。
かのんにとっての得は……僕と付き合える事だな。
言動から、かのんが僕の事が好きなのは明白だ。そこを疑う気は全く無い。
だが……
「……かのん、お前は本当にそれでいいのか?
付き合うと言っても僕はお前の事を愛しているわけでもない。
それで本当に満足できるのか?」
かのんは驚いたような顔をした後、何か考え込んでいる。
しばらく様子を見ていたら再び口を開いた。
「そっか、私の方の問題だったか。桂馬くんはホント優しいね」
「別に、優しくなんかないさ」
「私に遠慮してくれているのは良く分かった。
じゃあ、こうしよう」
ベンチから立ち上がり、僕の正面から真っ直ぐに語りかけてくる。
「私とゲームをしよう」
「ゲーム……ルールは?」
「う~んと……まず始めに、私と桂馬くんは偽物の恋人同士になる」
「偽物ねぇ……」
「そして、桂馬くんは私に対して対価を払う事」
「おいおい、恋人になるのはお前の要望でもあるんじゃないのか?」
「所詮は偽物だからね。ギャラ無しでは受けられないよ!」
「……まあいい、何を払えばいいんだ?」
「それは、桂馬くんが自分で考えて」
「何だと?」
「ゲームのルールは簡単。
私の考えを読み切って、私が満足できるような『対価』を桂馬くんが用意できれば桂馬くんの勝ちだよ」
「……そのルールだと、満足な対価を払えなければお前の勝ちになるのか?
それは負けてないか?」
「そうなっちゃうね。
じゃあ、私が満足できたら私の勝ちって事で」
「おいおい、ゲームになってないぞ。両方勝つか両方負けるかしか無いだろそれ」
「対戦型ゲームじゃなくて協力型のゲームって事でいいじゃん。
さぁどうする? このゲーム、受けてくれる?」
手が差し出される。
この手を取れば、その瞬間からゲームが始まるんだろう。
ルールに目立つ不備は見られない。前回のゲームと違って不意打ちで負けるという事も無さそうだ。
「…………」
論点はシンプル。一緒にゲームをしたいのかどうか。
僕にとって協力型のゲームの経験は乏しい。ギャルゲーで協力が必要な場面はそうそう無いし、ギャルゲー以外のゲームでわざわざ協力が必要なゲームを手に取る時間は無い。万が一必要なゲームであっても、2人同時プレイくらい楽勝だ。
だから……やってみるのも悪くはないか。
そして、その協力者として一番相応しいのが誰なのか、考えるまでもないだろう。
ならば、答えは1つ。
一度、深呼吸をしてから、しっかりと手を握り返して立ち上がった。
「足引っ張るなよ、相棒」
「そっちこそ。一緒に頑張ろう」
以上、これにて完結となります!
単純に桂馬が恋に落ちるような展開にはしたくなかったのでこんな感じになりました。いかがだったでしょうか?
連載当初からかのんがメインヒロインなのは確定で、うまい事攻略する展開を考えていたのですが、恋愛云々ではない強固な信頼関係というのもなかなか良いものだと思います。
もはやそれは愛なのでは? という気もしますが、ノーコメントとしておきます。
次回作……ではありませんが、ちょっとこんなものを書いてみてます。
もしエル キャラコメンタリー!
https://syosetu.org/novel/185001/
内容としては桂馬とかのんが本作を振り返ってコメントする感じのものです。筆者の自己満足で書いているのでたまに誰にも伝わらないようなネタが出てくる可能性もありますが……興味があればご覧ください。
さて、ここまで本作にお付き合い下さった皆様、感想・評価を下さった皆様。ありがとうございました。
最近見始めたという読者様もいらっしゃれば、連載開始時の2年9ヵ月前からお付き合い頂いてる読者様も……居るといいなぁ。
本サイトではマイナーな神のみ二次がまさか何度もランキングに載るとは全く考えてませんでしたよ。評価って凄い。
色んな事がありましたが、本作がこのような形で進んでいき、無事に完結を迎えられたのは紛れもなく皆様のおかげです。本当に、心から、ありがとうございました。
それでは、ご縁があればまたお会いしましょう!