なんでわざわざこの時期に投稿したかは……察しの良い方なら分かるかと。
では、スタート!
Date of Birth
深夜、薄暗い部屋の中に2人の人影が居た。
そのうち1人は『桂木桂馬』という名の少年。
そしてもう1人は……一般市民が見たら『中川かのん』と呼ばれるであろう少女の人影。
そんな男女2人が、こんな時間に2人っきりで何をしているのか、答えは非常に単純だ。
「……よし。桂木、こっちの山は終わったぞ。仕分けも完了だ」
「そうか。こっちも丁度終わった。A評価は交換だ」
「ほぅ? 意外と多いな。これはやりがいがありそうだ」
「……朝までには何とか終わるか」
薄暗い、しかし無数のモニターが光を放っている部屋でやっている事は本当に単純。
ただ、ゲームをしているだけである。
この平和な世界では今日もたくさんのゲームが発売されている。その膨大な量のゲームを2人で分担して攻略しているだけだ。
桂馬と、桂馬を宿主とする女神メルクリウスはお互いの記憶を共有する事ができる。よって、お互いにゲームプレイを追体験する事が可能なのだ。
勿論、それは本当のゲームプレイには及ばない。ただの劣化コピーに過ぎない。しかしながら、現実問題として桂馬1人で全てのゲームを攻略して全ての2D女子を救済する事など不可能なのだ。
ある程度妥協し、質の良い作品だけを交換して直接プレイしているのである。
「……朝までにか。果たして可能だろうか?」
かのんの姿の人影……女神メルクリウスが疑問を呈した。
「メルクリウス、どういう意味だ?」
「現在の時刻は11時58、いや、今59分になったな」
「まだ7時間近くプレイできる。攻略の記憶もあるし余裕だろう」
「……それは今日が6月5日でなければの話だ」
「6月5日? 何か特別な日だったか?」
「じきに分かる。今は少しでも攻略を進めるといい。
私は少し休むとしよう」
そう言って、部屋の明かりを点けた後、桂馬の中へと消え去った。
メルクリウスの言葉に疑問を感じながらも僕はソフトを差し替えてゲームを起動した。
しかし、『ニューゲーム』のボタンを押そうとする直前、丁度12時00分になった時、扉が勢いよく開いた。
「桂馬くん! 18歳のお誕生日おめでとう!」
鍵がかかっていたはずの扉を開け放ったのは桂木家の居候にして僕の相棒である中川かのん(本物)だった。
『……ほらな?』
「そうか、重要なのは5日じゃなくて6日の方だったか。
確かに僕の誕生日だが……突然どうした」
「ふっふっふっ、私ね、桂馬くんに誕生日プレゼントを持ってきたよ!」
「後でいいだろうが。何でわざわざこんな時間に来たんだ」
「桂馬くんだってこんな時間にゲームしてるじゃん。どうせ起きてるんだから早いうちに渡したかったんだよ」
そう言って、かのんはゆっくりと扉を閉め、丁寧に鍵までかけてから僕の近くまでやってきた。
その手には、何かの封筒とペンを持っているようだ。
「……それが誕生日プレゼントか?」
「うん! 私もまだ実物は見てないんだけどね。開けてみて!」
「ライブのチケット……ではないか。何だ一体」
封筒は糊付けなどはされていないようだ。
アッサリと開いた封筒の中から出てきたのは2つ折りにされたA3サイズの紙だった。
その紙が一体何なのか、左上の方に大きく書かれていた。
「婚姻届……だと?」
「うん! 桂馬くんも18歳になったからね。合法的に結婚できるよ!」
「いやまぁ確かに結婚可能な年齢だが……」
現在の日本の法律では男性は18歳から、女性は16歳から結婚が可能だ。
かのんの年齢に関してはもうとっくに満たされている。1年と3ヶ月と3日ほど前に。
そして、僕の方の条件もついさっき満たされた。
法律上、結婚は可能である。
しかし…………
「それじゃあまずは私の名前を書いて……あ、あれ?」
電気が点いて明るくなった部屋で、婚姻届を眺めるかのんの動きが固まった。
「しょ、証人……? えっ、こんなの必要なの?」
「事が事だからな。『成人している証人』のサインと印鑑が『2名分』必要になる。
そこの欄に書いてあることからも分かるように、その2名の住所と本籍地も必須だ」
「そんなっ! ヒドいよ! 私は結婚したいだけなのに!
うぅぅ……岡田さんと麻里さんに相談して何とかなるかなぁ……」
「どっちも相当厄介そうだな……母さんだったらせめて成人まで待てって言いそうだし、お前のマネージャーは……」
「こっそり結婚ができないならどうせ話すことになるんで、ちょっと順番が変わるだけだけど……うーん……」
「あともう1つ。未成年が結婚するならあるものが必要だ」
「? 何が必要なの?」
「両親の同意だ。印鑑付きでな」
「え〝」
「証人は普通は親にやってもらうものだからむしろそちらしか要らないというべきか」
「そんなぁ! せっかく結婚できる年齢になったのに!
どうしてこの期に及んで両親の許可が必要なの!?」
「むしろ何で未成年が親の許可なく結婚できると思ったんだ……?」
「確かに言われてみたらそうだけどさ……」
「それに、こっちの方が重要だ」
婚姻届のある1点、『夫になる人』の欄を指差しながら告げる。
「そもそも僕が同意すると思ったのか?」
「うっ、そ、そこは何とか説得できないかなって」
「そこが一番大事な所だろうが。余計な所で時間を取られないように少しは下調べくらいしておけ。
と言うか、自分の書く分くらいは書いておけば良かっただろ。どうして何もしてないんだ」
「だ、だって……
大事なものだから、桂馬くんと一緒に書きたかったんだもん」
「そのせいでこんなグダグダになってたら意味が無いだろうが。
ったく、僕の神聖なるゲームタイムを奪った罪は万死に値するぞ」
「ご、ごめん。ホントごめん。桂馬くん」
「大体、鍵かけてる部屋に勝手に入ってくるなよ。僕が部屋に入るなと言った事は無かったが、お互い勝手に部屋に入らないのは暗黙の了解だったろ」
「うぅぅ……」
ルールを破ったのは、かのんだ。
自分勝手に行動して、勝手に婚姻届を突きつけてきたのはかのんだ。
それなのに、勝手にヘコんで、今にも泣き出しそうな顔をしている。
そんな姿を見て、僕は、とても、とても……
「……そうか、分かった。ゲームは終わりだ」
「えっ?」
「偽の恋人なんてもう要らない。ゲームは、終わりだ」
「そ、そんな……まさかっ!」
僕の言葉の意味に気付いたのだろう。
とても驚いた表情で、目尻からは涙が滴っている。
そんなに泣くほどの事だろうか? いや、十分な理由か。
僕は固まってるかのんの手から婚姻届を奪い取る。
そして、かのんが持ってきたボールペンでサラサラと記入していく。
最後に、部屋の収納スペースに入れてある印鑑を取り出して必要な場所にポンと押した。
「ほら、これで満足か?」
「えっ……ええっ?」
「だから、偽の恋人の対価として、これは満足かと訊いてるんだ」
「えっと……あ、あれ? どういう事? ゲームは終わりって……」
「いやだから、お前に対価を支払うゲームだろ?
気取った言い方をするなら、僕の人生の半分をくれてやる。これで満足か?」
「……あ、そっか。そういう意味か……よ、良かった。本当に良かったよ!」
「ん?」
何やらかのんが凄く感激してる。どうしたんだ?
『……おい宿主。
今のお前の言い方だと歌姫を一方的に捨てるように聞こえたぞ』
「うん……?」
自分の台詞を、思い返す。
…………確かに、そう聞こえなくもないか。
「……スマン」
「ううん、大丈夫。大丈夫だよ。
ちょっとショックで心臓が止まるかと思ったけど、大丈夫だよ。
でも……ちょっと抱きつかせて」
「それくらいで済むなら安いもんだ」
しっかりと抱きしめて落ち着かせた後、話を再開する。
「で、どうだ? コレは満足できる対価か?」
「…………ダメだね!」
「ほぅ? その理由は?」
「そんなの簡単だよ。だって……」
そう言いながら、かのんはペンを走らせた。
そして、ポケットから印鑑を取り出してしっかりと押した。
「偽物の恋人になる対価としては大き過ぎるよ。
私の人生の半分も、ちゃんと受け取ってもらわないと」
「一理ある。だが、そっちは誕生日プレゼントじゃなかったか?」
「そ、そう言えばそうだった……うぅ、どうしよっか」
「……まぁ、不足してるんじゃなくて過剰だって話なら構わないさ。
それより、サッサと残りの欄を埋めてしまおう」
「そう、だね。分かった。頑張って挽回するよ!」
「是非ともそうしてくれ。はぁ、ゲームタイムがまた削れる」
「ご、ごめん……」
「気にするな。実を言うとあまり、と言うか全く腹は立っていない」
「?」
「何というか……お前なら許せた。それだけだ」
「……ゲームのルール上、私も一応勝ちのはずだけど、なんだか負けた気分だよ」
「そう思うなら次勝てばいいさ。次は何をする?」
「そう……だね。う~ん……」
「……ま、後でゆっくり考えるとしよう。
さて、そろそろ寝るか。明日は忙しくなりそうだからな」
積みゲーがまだ残っているが……仕方あるまい。
明日は母さんと父さんの説得、かのんの両親にも挨拶、あと岡田さんにも話を通した方が良いのか?
あと3年待てばお互いに成人するんで難易度はかなり下がるはずだが……ま、やるだけやってやるさ。
『私の言った通りだったろ? 朝までに消化するのは不可能だ』
「そうみたいだな。はぁ……」
「ごめんなさい……」
「気にするな。少しくらい迷惑をかけられるくらいで丁度いい。
それに、この程度で嫌いになるわけが無いだろ?」
「それはそうだけど……さっきの台詞の後だとちょっと……」
「…………」
言い回しが悪かったのは確かだ。
そりゃ泣きたくもなるだろうよ。
少し反省している僕の姿を見たせいか、かのんが殊更明るい声を上げた。
「あ、桂馬くん! 大変だよ! ドアが開かない!」
「鍵がかかってるからじゃないか?」
「いや~、こんな鍵、重くて私にはとてもじゃないけど開けられないよー」
「いや、鍵をかけたのはお前だったよな?」
「なんのことかなー」
「……じゃ、こじ開けるか。生成、圧縮、回転……」
「ストップストップ! ドアに罪は無いから! 問答無用で破壊するのは止めて!」
「安心しろ。流石に本気で破壊する気は無い。母さんに怒られそうだしな。
だが……ようやくいつもの空気に戻れたようだな」
「うん! やっぱり桂馬くんとはこうでなくちゃね。
それじゃ、私も自分の部屋に戻って今は寝ておくよ。
あ、でももう少し桂馬くん成分を補充させて~」
「はいはい。好きにしてくれ」
かのんが抱きついてくる。この位のスキンシップはもう既に日常になっている。今ではもう慣れたものだ。
……が、ここでちょっといつもと違う出来事が起こった。
「よっと」
メルクリウスが僕の身体からスルリと出てきた。そして、部屋の扉の前へと立つ。
「ここをこうして……よし。
そして、何か不吉な名前の魔法を使った。
「……おい、メルクリウス、何をした?」
「この扉を封印した。安心しろ。5~6時間で勝手に解ける」
「えっ、もしかして本当に閉じこめられた……?」
いや、問題ない。メルクリウスが封印したのは扉。
つまり、窓から出ればっ!
「ああ、窓もついでに封印したんでそこからの脱出は不可能だと言っておこう」
「ふざけるなよメルクリウスっ!! 一体何が目的なんだ!!」
「目的……強いて言うなら……」
目の前の女神はたっぷりと間を開けたあと、こう言った。
「……その方が、面白そうだからだ」
そして、出てきた時と同じようにスルリと僕の中へと戻って行った。
「ど、どうしよう桂馬くん……」
「自力で封印を解除……いや、無理か。
扉や壁の破壊……も後が大変だな。
……悪いが、お前にはこの部屋で一晩過ごしてもらうぞ」
「別に悪くはないけど……お布団ってある?」
「最近暑かったんで1枚だけだ。勿論、冬用の布団は収納スペースにあるが……」
開けようと試みるが、ビクともしない。
ここも……と言うか部屋全体が封印されているようだ。
「……じゃ、僕は床で寝るからお前はベッド使え」
「いやいや、いくら夏でも布団も無しで床で寝てたら風邪引いちゃうよ!
だから桂馬くんがベッド使って! 私は床で寝るから」
「バックログを見返してから発言してくれ。そんな事したらお前が風邪引くだろうが!」
「わ、私は……ほら、簡単な治療術も使えるし、風邪なんてどうってことないよ!」
「それは僕も同じ事だ。
……はぁ、仕方ない。一緒に寝るか」
「へっ?」
「少し狭いが、詰めれば2人で寝られるはずだ」
「え、あの……本当にいいの?」
「これが一番効率いいだろ? 僕達はサッサと寝て明日……今日に備えなきゃならん。
分かったら、寝るぞ」
「う、うん……何か緊張してきた」
「……本当に寝るだけだからな? それだけだからな?」
「それは勿論分かってるけどさ……」
「じゃ、電気を消して、お休み」
「お休みなさい……
……あったかいね。桂馬くん」
「少し暑いから離れてくれ」
「いいムードが台無しだよ!」
その後、しばらく口論が続いた後、僕達はようやく眠りについた。
そして、翌朝に寝坊した僕達の様子を見にきた母さんに見つかって、更に押印済みの婚姻届まで見つかって大目玉を喰らうのだが……その話は、また気が向いたらするとしよう。
以上! 特別編終了!
かのんの誕生日の頃にこの話を思いつきました。そして最終話が投稿されてた頃には既に予約投稿していたという。
許嫁なかのんちゃんなら桂馬が18歳になった瞬間に行動を起こしてくれるかなって。
婚姻届に関するあれこれについては調べてみて結構驚きました。
未成年が親の許可無く出せるという事は無いだろうとは思ってましたが、普通に成人してても証人が必要なんですね。
皆さんも将来結婚する時は気をつけましょう。まぁ、普通は親がやってくれるでしょうけど。
あと、結婚の最低年齢ってもうしばらくしたら変わるらしいですね。
成人年齢が20から18に引き下げられて、それと当時に結婚の条件が年齢ではなく『成人しているか否か』に変わるみたいです。
要するに、男女ともに18歳にならないと結婚できないって事ですね。両親の印鑑も不要っぽい。証人の印鑑は要るけど。
完結があと数年遅れてたらこのネタは使えなかった……いや、3月3日に行動すればいい話か。
それでは、さようなら~