桂木君がスタスタとガッカンランドの中に入っていく。
一人で置いていかれては堪ったもんじゃないので慌てて後に続く。
エントランスの自動ドアを抜けて少し歩いた所で桂木君は突然立ち止まった。
すぐ後ろを歩いていた私は止まれずにそのままぶつかってしまう。
「あ、ごめん」
「……いや、いい」
すぐに謝って、桂木君もそう返事をしたけど何やら苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ぶつかられた事がそんなに気に障ったのだろうかと焦ったが、どうやら彼が気にしているのは前方のフロントのようだ。
つられて視線をそちらに向ける。
休日故か、それとも別の理由があるのか、ほどほどに混雑しているフロントの近くには何やら奇妙な格好をした人が沢山居る。
お姫様っぽい格好とか、有名なアニメの絵から飛び出してきたような格好とか、妙にきらびやかな制服姿とか。
ここのスタッフがああいう格好で出迎えているのかとも思ったけどそれにしては数が多い。
少し考え込んで、理解した。
あそこに居るのは全員お客さんで、あれらの服はいわゆるコスプレであり、ここはコスプレして遊ぶ施設なんだ……と。
「話には聞いていたが、ここを作った奴は頭のネジが2~3本すっぽ抜けてるんじゃないのか?」
「そ、そうだね」
予想外の出来事の連続で『普通』の態度が崩れそうになるが、何とか無難な返事を返す。
本当に模範解答だったのかはよく分からないが。
「僕はあんな真似をする気は無いが、君はどうする?」
え? あれを? コスプレを私にしろと?
「む、無理!」
『普通』の態度なんてかまってられずについ反射的に断ってしまった。
言った直後にしまったと思ったが、幸い桂木君は気にしていないようだ。
「全く、こんな事をする奴の気が知れないな。
そもそも、いくら二次元の真似をした所で三次元の存在が適う訳が無いというのに」
「う、うん……?」
ど、どう返事をするのが正しいのだろうか?
もう誰か助けてほしい。
妹は一時間後に来るらしいけどそれまで間を持たせるなんて絶対無理だ!
しかし、幸か不幸か私の心配は杞憂に終わった。
辺りをのんびりと見回していた桂木君が何か見つけたのかある方向を凝視しはじめた。
私も視線の先を辿ってみると……
”美少女ゲーム 制服強化週間!”
というポスターがあった。
要するに、ゲームのキャラクターのコスプレをする週っていう事なんだろう。
適当に話題を振ってみるべきなんだろうかと思いながらとりあえず視線を戻す。
そこに、桂木君の姿は無かった。
え? どういうこと!? と慌てて周囲を見回す。
するとあっさりと見つかった。フロントで何やら騒ぎ立てている桂木君の姿が。
「おい、このコスプレ企画の責任者を呼べ!
衣装が間違いだらけだぞ!!」
一緒に居たはずの私を全く気にする風も無く、フロントの人に向かってまくし立てる。
コスプレの服に対して怒ってるのだけは良く分かるけど、内容についてはさっぱり分からない。
「ほら、この制服はリボンの色が違う、ワッペンも左右逆だ!」
「こっちは二つの高校の制服がごっちゃになってる! あとどっちも夏服に記章は無い!」
「このブレザーは女子制服しか無いのか! 男子制服と女子制服は似てるだけでちゃんと違いがあるんだぞ!」
「そう、こっちのリボンとそっちのリボンを入れ替えれば丁度いい!」
「あっちの棚に強化週間とは関係ない普通のコスプレ用制服があったでしょう。アレを少しいじればそれっぽくなるから!」
「ほら、予備の金糸とか使えばかなり良くなるでしょう。何? そういうのは地下にしまってある? 急いで取ってこい!」
どうやら文句を付けるだけでなく的確なアドバイスもしている……らしい。
しばらくして責任者らしき人が感激しながら出てきた。
「素晴らしい! 是非ともうちの服飾アドバイザーになってください!」
「まぁ、ギャルゲー関係の服だけならな」
私の事なんて完全に忘れているのか、桂木君はあっさりと了承。
この状況で口を出すなんていう命知らずな事は当然できなかったので、そのまま時間は流れた。
……実に、一時間ほど。
……つまり、妹とエルシィさんが来るまで。