「ええええっっ!? 何もしてなかったの!? 信じられないよ!!」
これまでの経緯を妹に説明するとこんな返事が返ってきた。
正直私も信じられない。けど事実だ。
「うぅ~、うちのお兄様がごめんなさい……」
「だ、大丈夫だよ。エルシィさんが謝る事じゃないし……」
妹達と合流した後は流石の桂木君も空気を読んだのか、これ以上フロントに張り付いて衣装に関する意見を続けるような事はしなかった。
それでも、不満そうな表情をしていたけど。
私と桂木君が1時間も何もしていなかったのを聞いたせいか、妹が何やら強気だ。
スタスタとある施設の前まで歩くと、
「ここ! ここ入ろうよ!!」
と、ここの名物らしい『水着で入るお化け屋敷』に入るように促す。
エルシィさんはビックリしていて、桂木君は最初にコスプレを見たときのように、いや、それ以上に苦い表情をしている。
私は……自分でもはっきり分かるほど顔が真っ赤になっている。
全力で拒否しようとしたが、妹の強行採決で最終的にはチケットを買うはめになった。
桂木君風に言うのであれば、『ここを作った人は頭のネジが2~30本すっぽ抜けてる』んじゃないかと思う。
このお化け屋敷のコンセプトも相当変わっていた。
入場者はまず入り口の所で水着を借りて着替える。
そして、膝の辺りまで水が張られた施設内を進むのだ。
この施設の設定としては『水没した館』らしい。
実際にこんな風に水没する館が存在するのだろうかとふと疑問に思ったけど野暮な事は言わないでおこう。
私は特別怖がりというわけではない。
怖いものは怖いけど、取り乱すような事は無い。
……だから、この施設をちょっと甘く見てたみたいだ。
最初はちょっと水が張られただけのお化け屋敷だと思っていた。
と言うか、自分に強く言い聞かせていた。水着の恥ずかしさを紛らわす為に。
だけどこの水が曲者なのだ。
水の中で何かが突然ヌルッっとしたり、急に血のように赤くなったり、水中から突然よく分からない化け物が出てきたり、温度が急激に下がったり。
そういう意味ではこの施設、秀逸なのかもしれない。
何があっても動じないと思っていたけど、驚かされる度についつい近くに居た人に抱きついてしまった。
そう、桂木君に。
不可抗力なのだ。仕方がないのだ。郁美もエルシィさんも少し先の方を歩いているので抱きつける人が桂木君しか居ないのだ。
と言うか、郁美が意図的に離れて歩いている。間違いない。
嬉しくないわけでは無いんだけど、本当に心臓に悪い施設だった。
何とか踏破して元の服に着替えても胸のドキドキは収まらなかった。
恐怖の為、ではないんだろうな。
その後、施設内のレストランで少し遅めのお昼と取った。
今日ここに来た時には他の人に対して気後れしてた。
けど、今はどうだろうか?
自分から会話を切り出すような事はできてないけど、郁美と他の人との会話に混じって話す事ができていた。
妹に便乗するような形ではあったし、流石に完全に気後れしないわけでは無かったけど、『普通』を演じる事無く『会話』ができていた。
凄く、楽しかった。
妹以外の人が相手でも話す事ができた事に凄く驚いた。
今回の事は郁美が計画したんだろうか?
何となく桂木君も一枚噛んでる気がする。
エルシィさんは……単純に協力してるだけかな? 私でも分かるくらい裏表の無い人だし。
……もし彼女が今回の事を計算ずくで計画したとか言われたら人間不信になる自信がある。
とにかく、計画を立ててくれた2人には感謝しないと。
そう思っていた時だった。
「あ、午後から私の友達も合流するからね~。
目一杯楽しもう♪」
妹からこんな言葉が出てきた。
僕が吉野郁美に頼んだ事はシンプルだ。
「まずは僕と麻美を二人っきりにしてくれ。
次にそうだな……1時間ほどしたらお前とエルシィも来てくれ。
最後に正午を過ぎたあたりでお前の友達の中から社交的で明るくて人を気遣えるような奴。ザックリと言うと『初対面の人相手でも騒げるような奴』を2~3人ほど連れてきてくれ」
僕だったらまず実現不可能な頼みだが、郁美は二つ返事で引き受けてくれた。
『なるほどね! 徐々に慣らしていくってわけだね!
これならお姉ちゃんもきっと大丈夫だよ! 凄いね桂木くん!』
大丈夫、ねぇ……
とてもそうは思えんな。郁美に理解しろというのも酷な話だが。
ともかく、郁美は指示通りに人を集めてくれた。
3人ほど集めてくれたので最初に居た僕達4人を含めて7人の大所帯となった。
「うぃーす、今日は楽しもうぜ!」
リーダータイプっぽい男子が声を上げる
「私、前からここ来たいと思ってたんだ~」
女子がはしゃいだ声を上げる。
「僕は前にも来たことがあるから色々と紹介できるよ。
おっと、その前に自己紹介しておこうか」
リーダーとは対照的な優しそうな男子が自己紹介を促す。
ここで変な奴らを連れてこられたらどうしようかと少しだけ不安だったが、杞憂で済んだようで何よりだ。
その後少し話し合って、フロントで適当な衣装に着替えてから遊ぶ事になった。
「ねえねえ、皆どんな衣装にするの?」
郁美が楽しそうに皆に話しかける。
それぞれが希望する衣装を応えてその衣装を借りる。
「神様! 沢山衣装がありますよ! 何着ましょうか! 何着ますか?」
エルシィもノリノリだ。こういう意味では中川より有能……いや、あいつもこれくらいなら違和感の無い演技ができるか?
まあいい。エルシィが今役立ってるならそれで構わん。
「……桂木君は王子様の服とか似合うかな?」
吉野麻美も空気を読んだかのように衣装を勧めてくる。
「吉野、僕にそれを着てほしいのか?」
「え? えっと……」
「……まあいい。それにしよう」
「うん……」
衣装に着替える。
皆、和気藹々とお互いの姿を褒め合う。
勿論、吉野麻美も楽しそうにしている。
続いて、施設内のカラオケボックスに行ってみんなで歌う。
皆、とても楽しそうに盛り上がる。
勿論、吉野麻美も楽しそうにしている。
その次はボウリングだ。
雑談の流れから2チームに分かれて対抗戦をやる事になった。
奇数なのでチーム分けが難航するかと思われたが、ボウリングに自信が無い人を4人のチームに集めて合計点で競い合う事にしてサクサクと分けられた。
その結果かなり拮抗した。皆大いに盛り上がった。もっとも、拮抗していなくてもこの連中なら良い空気にしそうではあったが。
勿論、吉野麻美も楽しそうにしている。
呼びかけた吉野郁美以外とはお互いに初対面のはずだが、お互いに人付き合いが上手い連中なので他人との壁を一切感じさせずに楽しんでいた。
吉野麻美も、楽しそうに、話している。
「流石ですね神様! 麻美さんも楽しめてますよ!
これなら心のスキマもすぐに埋まりますね!!」
「……お前、ちゃんと麻美を見ているのか?」
「へ? どういう事ですか?」
「分からないなら構わん。
だけどな、この程度で埋まるほど心のスキマっていうものは軟弱じゃないぞ?」
「???」
エルシィを放置して麻美の様子を伺う。
……本当に、楽し
ここの企画者はネジが飛んでるのか、それとも有能なのか……
……両方かな、きっと。