もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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11 大切なコト

 私たちは夕食もレストランで取り、イベントが開かれるというイベントフロアへと赴く。

 楽しむべき時間だ。

 

 けど、もう限界だった。

 私が『普通』の態度で人と話すと、『普通』の受け答えをすると心が痛むのだ。

 他人に合わせて話すのが、他人に合わせて笑うのが、とても辛い。

 少しの間なら大丈夫だ。けど、長時間続くと心だけじゃなくて体にまで異変が起こる。

 頭痛、吐き気、身震い。

 今日こそは、今日こそはと思って我慢していたけれど、今日もまた失敗した。

 

 気付いたら私は一人ぼっちだった。

 郁美も、エルシィさんも、桂木君もそばには居ない。

 郁美もエルシィさんも私の知らない誰かと話してる。

 話の輪に入っていくなんて事は私にはできない。

 桂木君はここの責任者さんに衣装の事で呼ばれて行ってしまった。

 咄嗟に呼び止めようとしたけど、私は声をかけられなかった。

 彼と私の接点は数日前に少し話して、今日もまた少し話しただけ。呼び止める口実なんて無かった。

 

 どうしてなんだろう?

 妹はあんなに人と話せるのに、どうして私はこうなんだろう?

 普通の人間が普通にできるはずの事なのに、どうして私にはできないの?

 

 もう無理だ。

 そう判断した私はイベントが始まる前にそのフロアから逃げだした。

 後で郁美に謝ろう。桂木君にも、いっぱい謝らないと。

 吐き気をこらえながら急いで階段を降りる。

 皆イベントフロアに集まっているのだろう。人気の少ない階段を駆け下りる。

 そして、ある人とすれ違った瞬間、私は足を止めていた。

 

 いつものように、手元でゲームをいじっている少年がそこには居た。

 

 どうしてここに居るのかと私が疑問に思う前に声がかけられた。

 

「帰るのかい?」

 

 その言葉は咎めるようにも聞こえた気がした。

 

「あ、えっと……」

 

 もしかして連れ戻しに来たのだろうか?

 いや、私がイベントフロアを抜け出してから追いかけてきたのならこんな所には居ないはずだし、連絡を取るような時間も無かったので連絡を受けて先回りしたとも考えにくい。

 

「吉野麻美、君がここから逃げ帰る前に、一つだけ訊いておきたい」

 

 一歩ずつ階段を降りながら、彼が問いかける。

 

「君は何故、自分を偽ってまで他人と合わせようとするんだ?」

「っ!」

 

 私が抱える問題の核心。

 そこをズバリ問いかけられて驚きと、そして疑問でいっぱいだった。

 何で、どうして知っているの!?

 そう問いかけたかったけど私の口は回らず、彼の口が先に開いた。

 

「君をずっと見ていたけど、君はずいぶんと無理をしていたね。

 場の空気に沿った発言を繰り返し、模範解答を選ぶように受け答えしていたね。

 その場の雰囲気を守るように、雰囲気を壊さないように。

 皆に嫌われたくないからと自分を守る為の演技は正直見ていて痛々しかったよ」

 

 『自分を守る為の演技』?

 私はただ、皆が楽しく過ごせるように……

 ……いや、そこに自分を守る気持ちが無かったなんて断言はできない。

 

「何故人の顔色を伺う? 何故場の雰囲気を気にする?

 そんなものは堂々と乱せば良い。それが正しいと信じるなら堂々と孤立すれば良い!」

 

 そんなのはムチャクチャだ。

 だけど、でも……

 

「僕は、きちんとそうしているよ」

 

 彼は、その無茶をしっかりと押し通している。

 その言葉を聞いてようやく理解した。自分が何故彼の事が気になったのか。

 憧れていたのだ。その姿に。

 何があってもブレる事のない、誰にも頼らずに自分自身を確立するその姿に。

 自分が抱える気持ちの正体は分かった。でも、それは何の解決にもならない。

 

「無理だよ。

 そんなの無理だよ! 私は桂馬君みたいにはなれない!!」

 

 疑問の答えは、絶望でしかなかった。

 

「だって、一人は嫌だ! 怖いもん、凄く、辛いもん!

 桂馬君みたいにはなれないよ!」

 

 こんな言葉を桂馬君は理解してくれるのだろうか?

 こんな事を言っても哀れむように見下ろされるだけなんじゃないだろうか?

 

 泣いてる私のすぐ傍まで、桂馬君はゆっくりと降りてきた。

 そして、さっきまでとは打って変わって優しげな声で語りかけてきた。

 

「麻美、君は決して他人が嫌いなんかじゃないね。むしろ好きなんだろう」

 

 こくりと頷く。

 

「人が好きだからこそ、余計な事を言って嫌われてしまうのを、ひとりぼっちになるのをとても恐れている」

 

 また、頷く。

 自分でも明確には分かってなかった事だけど、きっとそうだったんだろう。

 

「ったく、バカだな。君が何か失言したらひとりぼっちになると、本気でそう思っているのか?」

 

 またうなず……こうとして顔を上げる。

 どういう意味だろうか?

 

「断言しよう。そんな事は絶対に有り得ない。

 何故なら君には妹が居る。

 あいつは仮に『君』と『世界』のどちらかを選べと言われても迷い無く君を取るぞ?

 繰り返すぞ。君は一人じゃない」

 

 そうだ、私は妹も信用していなかったのかもしれない。

 私がずっとこんなだと妹も私を見捨ててどこかへ行ってしまうのではないかと不安だったのだ。

 

「勿論、僕も居るよ」

 

 桂馬君が顔を近付けてくる。

 これからどうなるのか何となく分かったけど、拒否する気にはなれなかった。

 

「ありのままの君を受け入れよう。

 決して、君を見捨てたりはしない。

 さぁ、見せてごらん、君の本当の姿を」

 

 桂馬君の、キス。

 何でこんな私にキスをしてくれたのかはよく分からない。

 けど……

 桂馬君が言った事は信じられる気がした。

 私は一人じゃない。助けてくれる人が居る。

 

 そう思ったとき、心の中のもやもやした物が綺麗に無くなったような気がした。






ガッカンランド内のイベントを変えようと努力はしましたが、改めて読んでみるとほぼ全部不可欠なイベントという。
小説版の作者の凄さを改めて感じました。

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