もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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06 分岐点

  ……攻略3日目、図書館……

 

 私がいつものように図書館の見回りをしていると昨日の落書き暴言人間が昨日と同じ場所でまた本に何かを書いていた。

 訂正だか何だか知らないけど、今日こそガツンと言ってやる!

 私は静かに、しかし堂々と歩み寄り、落書き暴言人間から本を取り上げた。

 さぁ、言うのよ汐宮栞。今日こそガツンと……

 

「……と、図書館の本に、落書きをしてはいけません」

 

 あーもう、私のバカ! 何で定型文みたいな事しか言えないの!?

 い、いや、もうこの際定型文でもいい。今日こそしっかりと言ってやった!

 これでこの落書き暴言人間にも図書館で大きな顔はさせな……

 

「それ、僕の本。図書館の本じゃないよ」

 

 …………え?

 その言葉に驚いて取り上げた本を確認してみるけど、蔵書印もシールも無かった。

 間違いなく、図書館の本じゃない。

 

「本、早く返して」

 

 ど、どうしてこう強くでた日に限ってこんな……

 すいませんって言った方が良いのかな? いや、こんな人に謝る必要なんて無い!!

 けど……

 

 ……すいません。

 

「あなたは落書き禁止、出入り禁止、いえ、全部禁止!」

 

 すいません。

 

「私は静かに過ごしたいのに、あなたが居ると乱れちゃう」

 

 すいません。

 

「視聴覚ブースなんてできたらあなたみたいな人ばっかり来て私の図書館がっ!」

 

 ……あ、あれ? 今、私何を……

 

「思ってる事と話してる事が逆になってるよ」

「っっ!!」

 

 思った事をそのまま口にしてしまうなんて、私は何をやってるの!?

 回れ右をして走り出す。

 こ、これは戦略的撤退だ。決してあの男から逃げ出したわけじゃない!

 

 

 

「ぼ、僕の本……」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……攻略4日目……

 

 今日もあの男が当然のようにいつもの場所に座っていた。

 勝手な事をされては堪ったもんじゃないので本棚の影から様子を伺う。

 

「出入り禁止って言ったのに。また私に嫌がらせするんだ」

「……今日は普通に喋ってるね」

「はうっ!?」

 

 あれ? おかしいな。

 思ってただけのはずなのに、自然と口も動いてたみたいだ。

 どうしてだろう? あっ、きっと相手が落書き暴言人間だからだ。そうに違いない。怒りのパワーというものはまこと恐ろしい。

 

「しっかし、ここは静かで良い所だな。

 外はどこに行ってもうるさいよ。

 僕は誰にも邪魔されずに生きていたいのに」

 

 本に散々文句を言っていた暴言人間だけど、この言葉だけは同意できた。

 だからというわけじゃないけど、私は向かいの椅子に腰を降ろしてこの男に話しかけた。

 

「……そうだよ。図書館は素敵な場所だよ。

 ……現実の喧騒から身を守ってくれる紙の砦なの」

 

 喋れた。

 こんな長い台詞なのに噛まずに喋る事ができた。

 それを聞いた男は少し微笑んだ後にこう言った。

 

「僕、桂木桂馬だ」

 

 一瞬何かと思ったけど、どうやら名前を名乗ったようだ。

 

「……し、汐宮、栞、ですが……

 その……ご、ごゆっくり」

 

 こちらも名前を名乗ってしまったけど、何か頭がもやもやする。

 ひとまず受付の席まで戻って頭を冷やそう。うん、そうしよう。

 

 

 

 そもそも名乗って良かったの? あの落書き暴言男という危険人物に。

 ……でも、あの人とは何か通じた気がする。

 いやいや、気のせい気のせい。あんな危険人物と通じるなんて有り得ない。

 あの人の事は今は忘れよう。気にしすぎて今日の書類整理も終わってないから。

 このプリントは次の集会で図書委員に配布するのでコピーしておく、こっちは空欄を埋めて事務室に提出。

 こっちは入り口の掲示板に掲示……え?

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄いですね神様! あんな無口な人とも順調に仲良くなってますよ!!」

「ああ、そうだな」

 

 とは言うものの、心のスキマを埋められなければ意味が無い。

 心のスキマはどこにある?

 人を拒絶して生きていたいのに関わりを断ち切る事のできない絶望か、

 人との対話を求めるのに実現する事のできない絶望か。

 このうちの片方でほぼ決まりだと思うんだが……ここを間違えて強引に進めると取り返しの付かない事になる。

 栞の本心を引き出せる強いイベント、それさえあれば……

 

 閉館時間も近くなっているのでのんびりした足取りで出口へと向かう。

 本棚の間を通って受付カウンターの前に出ようとして、足を止める。

 カウンターには栞が居た。無表情で何かのプリントを見つめているようだ。

 栞はプリントを読み終えるとそれをビリビリに引き裂き、どこかへ行ってしまった。

 

「ど、どうしたんでしょう栞さん、様子がおかしかったですけど」

「尋常じゃない様子だったな」

 

 栞がどこかへ行ってる隙にカウンターに近づいて紙の残骸を調べてみるが、見事にビリビリに引き裂かれているので解読は少々厄介そうだ。できないわけではないが。

 とりあえず回収して後で修復を……

 

「あ、このくらいなら直せます!

 羽衣さん、お願いします!!」

 

 ……自力で修復しようと思っていたらエルシィが羽衣でさっさと直す。

 どんだけ便利なんだよその羽衣。破いたプリントを全自動で修復するって。

 まあそんな事はどうでもいい。大事なのは内容だ。

 破れた部分の細かい文字は潰れてしまっているが、プリントのタイトル等の大きい文字は余裕で解読できる。

 

 『視聴覚ブース導入に伴う大規模蔵書処分のお知らせ』

 

 プリントの一番上にはそう書かれていた。

 

「……エルシィ、エンディングが見えたぞ」

「ふぇ?」






小説書いてたら栞がツンデレに見えてきました。
ツンが表面に出る事は滅多に無いですが。

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