もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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08 外の世界へ

 まさかいきなりダルマで殴られそうになるとは流石の僕も予想外だった。

 って言うか、何でダルマ? 普通のダルマなら当たってもダルマの方が潰れるからあんまりダメージにならないんじゃないか?

 武器として使うならその辺にある分厚い本の角なら当たり所次第では冗談抜きで人が殺せると思うんだが……本好きの栞には本を武器として使うという発想が無かったんだろうか?

 

「か、桂木くん?」

「ああ、僕だ」

 

 栞は何か言いたそうだが、上手く言葉にできないのだろう。

 こんなシチュエーションでは栞でなくとも質問することが多すぎて戸惑いそうではあるが。

 栞が混乱しているうちにこっちのペースで話を進めさせてもらおう。

 

「君が一人で頑張っていると聞いてね。

 僕も静かな場所が残っていた方が都合が良い。協力させてもらうよ」

 

 それを聞いた栞は少しの間何か考えていたが、無言でコクリと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……狭いアジトになっております」

「どうも」

 

 受付のカウンターの外側にも内側にも大量の本が積み上げられている。

 バリケード……のつもりなのか? それとも何か別の理由があるのか。

 もしかすると、ここに置かれている本が今日処分される予定の本なのかもな。

 ……地震でも来たら生き埋めになるんじゃないか? 僕達。

 ゲームで埋まるならまだしもそんな死に方はゴメン被るんだが。

 

 お互いに無言の時間が続く。

 栞は時々チラチラをこちらの様子を伺って話したそうにしている。

 相手を気遣うのであれば話題を振るべきなのだろうが、僕にそんな気は毛頭無い。無言でPFPに没頭する。

 

 ここまで進行すれば僕から動く必要は無い。

 ルートは既に2つまで絞ってある。

 どちらが正しい選択肢なのか。お前のモノローグを見せてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 く、空気が重い……

 こんな所に突然現れて協力するって言ってくれた時には嬉しかったけど……

 この人、本当に協力する気があるのかな?

 ずっとゲーム機ばっかりいじってて私の方なんて見向きもしない。

 気を遣わなければならない分さっきまでより居心地が悪い。

 助けに来たのなら察してくれて適当な話題を振ってくれれば良いのに。

 

「……話さないと、分かってくれないの?」

 

 …………

 …………っ! わ、私っ、また口に出てた!?

 ど、どどどどうしよう? 聞かれてなかったかな?

 

「……そうか、まあそうだよな」

「っ!」

 

 き、聞かれてた!?

 まあそうだよなってどういう意味なの!?

 

「ん? ああ気にするな。大したことじゃない。

 それより君に訊きたい事がある」

「……訊きたい、事?」

「ああ。汐宮栞、お前は……」

 

 桂木くんがそう言いかけたとき、

 突然、電気が消えた。

 

 

 

 

 

  ~その頃、学校の某所~

 

「ふっふっふっ、電源落として入り口のパスワード初期化よ!」

「わ~、委員長過激~」

「真っ先に窓ガラス割ろうとしたアンタに言われたくはないわ」

「うぐっ、ご、ごめんなさい」

「それじゃあさっさと開けるわよ。

 汐宮栞、この私を出し抜こうなんざ100年早いわ!」

「委員長ノリノリだね~」

 

 

 

 

 

 

 突然の暗闇に徐々に目が慣れていく。

 周りを確認すると桂木くんの顔がすぐ近くにあった。

 いや、それだけじゃない。

 自分の状態をよく確認すると、いつの間にか全身で抱きついていた。

 

「っ!? っっ!!」

 

 慌てて体を離したらすぐ後ろの本の山にぶつかり、その山がこっちの方に崩れてきて押し戻される。

 お、重い。と言うか近い!!

 

「はぁ……本に押しつぶされて死んだら悲劇だな」

「あ、う……」

「全く、現実(リアル)ってのはどこまでつきまとってくるんだろうな。

 放っといてくれりゃあ良いのに」

 

 現実(リアル)、現実……

 そう、現実なんて怖いだけだ。人付き合いも辛い。

 誰とも話せない私の気持ち。

 桂木くんなら……きっと分かってくれる。

 

「……私も、ただこの子たちと一緒に、静かに暮らしていたいだけ。

 誰とも関わらずに、生きていたい」

 

 私には本さえあれば良い。

 現実の人間なんて、要らない。

 

 

「……違うよ、汐宮栞。

 そんなのは嘘だね」

 

 

「…………え?」

 

「本気でそう思っているなら、さっきの台詞は出てこない。

 本当に他人の事をどうでもいいと思っているなら、何かを伝えたがる事も無ければ伝わってほしいと願う事すらない。

 君は、話したがっているはずだ。他の誰よりも」

「そ、それは……」

「でも、それ以上に恐れている。

 誰かと話す事で、自分が嫌われてしまったら、自分が否定されてしまったら、と。

 ……さっき訊きそびれたから質問させてもらうぞ。

 君は、何を守っているんだい?

 この本を守っているのか? それとも、外の世界からの逃げ場所を守っているのか。

 さぁ、どっちなんだ!」

「……わ、私は……」

 

 私は、本がっ! 本が好きだからここを守ろうと……

 っ、違う、私は、話したかったんだ!

 あの時も、あの時も、あの時も!!

 ずっとずっと、話したがってたんだ!!

 

 ……でも、今更気付いたからって無理だよ。

 私の口はとっくの昔に退化してしまってる。話せるわけがない。

 桂木くんの言う通りだよ。

 だけど、外の世界はとても怖い、怖いよ。

 

 ゆうきが、出ないの。

 このまま、本に埋まって、静かに消えていくんだ。

 私の言葉は、もう誰にも届かない。

 もう、誰にも……

 

 

 その時、誰かに腕が強く引っ張られた。

 誰に? なんて考えるまでもない。

 

「確かに届いたよ、君の言葉は。

 この僕にも届いたんだ。見知らぬ誰かにも絶対に届く」

 

 薄暗くて息苦しい本の山から、暖かな光が差す外へと引っ張り出される。

 

「さぁ、顔を上げろ汐宮栞、そこには希望がある」

 

 暗い場所に慣れた目に、その光は眩しかった。

 だけど、私は目を逸らさなかった。

 桂木くんが、居てくれたから。

 

 引っ張り上げられた私はそのままの勢いで桂木くんに近付いていく。

 そして……

 私と彼との距離が、ゼロになった。


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