午後の授業を終えて家に帰ったら早速今後の行動について話し合う。
「桂馬様、大丈夫でしょうか? もし入れ替わりの事が知られてしまったら……」
「よっぽど特殊な事をされない限りはバレないとは思うけどね。荒唐無稽な話だし」
「それよりも単純にに~さまの体調が心配です。に~さまは……少なくとも元の身体では身体を壊した事なんて無かったのに……」
「……もしかして、屋敷での生活が合わなかったとか?」
「え? 屋敷ってそんな怖い場所だったんですか……?」
「どうだろうね。結さんはどう思う?」
「え? えっと、あの……」
結さんが言い淀む。
そりゃそうだよね。今の生活に比べたら明らかに過ごしにくい環境のはずだし、それを認めるって事は桂馬くんをその環境に置き去りにしたって事を認める事になるもん。入れ替わり自体はしょうがないけど、結さんが桂馬くんの事を心配していた記憶は無い。
……まぁ、入れ替わりなんていう異常事態に直面してすぐに順応できる桂馬くんが異常なのであって、こんなのはただの詭弁なんだけどね。
「……結さん、はいかいいえで答えて。屋敷の暮らしは今に比べて、酷い?」
「…………はい。ここの暮らしに比べたら、屋敷は苦しかったです」
「そっか。じゃあ続けて質問。もし、今すぐこの入れ替わりを元に戻せるとしたら、戻りたい?」
「っ! それは…………」
これも簡単に答えられる訳が無い。戻ればあの屋敷に逆戻り。戻らないのであれば桂馬くんを見捨てるという事だ。
「ねえ結さん。あなたはここでの楽しい暮らしを続けたいんだよね。でも、桂馬くんを見捨てる事もできない。
でもどっちかしか取れない。だから困ってる。そうだよね?」
「……ごめんなさい。その通りです」
「謝る事なんて無いよ。
でも、考えてみて? 家に戻ったら楽しい暮らしは本当にできないのかな?」
「む、無理ですよ! お母様が居る限りそんなのは無理です!
手作りの暖かいお料理を頂く事も、自由にドラムを叩く事も、あの家では叶いません!!」
「本当かな? 桂馬くんはどこかの大きな部屋で堂々とゲームしてたって聞いたけど」
「……え? そ、そんな、何かの間違いですよ!
お母様がそんな事をお許しになるはずがありません!!」
「うん。実際取り上げられそうになったらしいけどね。何とかしたらしいよ」
「な、何とかって……どうやったのですか!?」
「そこまでは聞いてないけど……意外と何とかなるんじゃないかな?」
「そ、そんな……」
実際に桂馬くんが大暴れできてるんだから足りないのは結さんの覚悟だけだと思う。
あの母親に反抗するっていうのはかなり勇気が要る事だと思うから結さんを攻め立てる事はできないけどね。
「……とりあえずこの話は置いておこうか。今は桂馬くんをどうするかだね」
「そ、そうでしたね。大丈夫なんでしょうか?」
「体調不良の原因が屋敷にあるなら何とか引き離さないといけないけど、何か案はある?」
「案と申されましても……」
「……これはきっと桂馬くんと結さんの問題だから、私は積極的な口出しはしないでおくよ。
でも、私の協力が必要ならいつでも言ってほしい。よく考えてみてね」
そう言い残して私は部屋を出た。
一番手っ取り早くて分かりやすい方法は桂馬くんを誘拐してくる事なんだけど、私から言わない方が良さそうだ。
結さんが自分の意志で、母親に歯向かうという選択肢を取ってほしい。
「大丈夫ですか結さん。何だか今日の姫様は何だか怖かったですけど……」
「……あの方は、何か、大事な事を伝えようとしていたような気がします。
それが何なのかは……よく分かりませんけど……」
「そうなんですか? う~ん……」
私は……一体どうするべきなのでしょうか?
とりあえず今は……
「……桂馬様と、お話がしたいです」
……翌日……
学校にも来なかった桂馬様と会ってお話をする為に授業が終わってからお屋敷へと向かいました。
ですが……
「お願いです、結に会わせてください!!」
「誰が会わせるか! 帰れクソガキが!!」
文字通りの門前払いです。まともに話も聞いてくれません。
体調は……学校にも来てないのだから良くは無いのでしょうね。とても心配です。
「……また来ます」
「もう来るな!!」
……翌々日……
今日も桂馬様は学校には来ませんでした。
今日こそお会いしたいのですが……昨日のように正面から行っても難しいです。
なので、桂馬様が病院に行く為に出かける瞬間に行ってみようと思います。そうすれば少なくともお顔は拝見できるでしょう。
物陰に隠れて数十分、門が開きました。何人もの付き人に囲まれたお母様と桂馬様もいらっしゃるようです。
今日こそ、何とか話をしたいです。行きます!!
「桂馬さモゴッ」
あっさりと捕らえられてしまいました……
流石は我が家の優秀な護衛です。今だけは自重して欲しいですけど。
「またお前なのこのゴキブリが! 結に近づくんじゃありません!!
さぁ、さっさとつまみだしなさい!!」
桂馬様の近くには常にお母様が居る。
ゆっくりと話すにはお母様を何とかしなければならないんですね。
何とか……なるのでしょうか……?
昨日は正面から訪ねて失敗しました。
今日はタイミングを見計らって行ってもあっさりと失敗しました。
単純な方法ではどうやっても無理なようです。ではどうすれば良いのでしょうか……?
いっそのこと夜中に忍び込みましょうか? いや、それだったら連れ出してしまえば良いのでは?
……ですが、そんな事をしたら確実にお母様が五位堂家の全力を挙げて追ってくるでしょう。お母様に逆らう事なんて無理……
……あれ? 本当に無理でしょうか?
そう言えば中川様が言っていました。桂馬様はあの屋敷で自由にゲームをしていた……と。
何とか、なるのでしょうか?
まさか……今までも、何とかなったのでしょうか? お母様に逆らう事ができたのでしょうか?
私のせい……なのでしょうか? 私がちゃんとしていれば私も、桂馬様も苦しまずに済んだのでしょうか?
……だったら、私が何とかしないといけないんですね。
「考え事は終わった?」
「わっ! な、中川さま!?」
中川様が突然声を掛けてきました。
と言うか、ここは私が使わせて頂いている部屋なのですが……一体いつからいらっしゃったのでしょうか?
「ごめんごめん。驚かせるつもりは無かったんだけど……何だか良い顔してたからさ。
何か思いついたんじゃないかなって」
「……はい。桂馬様をあのお屋敷から連れ出そうと思います」
「大きく出たね。そんな事して大丈夫なの? あのお母さんが地獄の果てまで追ってきそうだけど?」
「大丈夫です。お母様にはちゃんと諦めてもらいます」
「……うん。本当に良い表情になったね」
「あの、中川様? もしかして最初からこの事を……」
「さぁって、それじゃあ協力させてもらおうかな。
あのお屋敷を破るのは一人じゃ不可能でしょ? エルシィさんも呼んでくるから!!」
「あ、ちょっと!!」
誤魔化すように話を切り上げて行ってしまいました。彼女は一体……
……いえ、今は桂馬様の方を何とかしましょう。必ず、お救いしてみせます。