もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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03 対話

 桂馬くんがちひろさんに完膚なきまでに言い負かされて一週間。

 あの事件が桂馬くんの心に与えた傷はよほど深かったらしく、桂馬くんは現実(リアル)に対して心を閉ざしてしまった。

 家ではずっと家に引きこもってるし、学校の為に外に出ても何か目の所を覆う機械を付けてずっとゲームばっかりしてる。

 

「か~み~さ~ま~! いい加減出てきて下さいよ!」

 

 エルシィさんが扉の外から大声で呼びかけても扉の下から一枚の紙が帰ってくるだけである。

 

[うるさい]

 

「せめて会話して下さいよ神様!」

 

[うるさい、どっかいけ]

 

「むぅぅぅ……こうなったら!!」

 

 エルシィさんはどこからか七輪を多数取り出すと部屋の前で地獄産の魚を焼き始めた。

 

「ほら~、今が旬のメイカイサンマですよ~。

 食べたかったら出てきてください~」

 

[今すぐ止めろ! 匂いが移る!]

 

「うぅぅぅ……」

 

 しばらく放っておいたら治るかとも思ったけど、予想以上に傷心してるね。

 このままだとエルシィさんも力尽きちゃいそうだから何とかしてみようか。上手くいくかは分かんないけど。

 

「エルシィさん、ちょっとどいて」

「え、姫様? ど、どうぞお通り下さい!」

 

 エルシィさんから譲られた場所に立って扉の向こうに呼びかける。

 

「桂馬くん聞こえる?

 そこから出てこいなんて言わないからちょっと頼みを聞いてほしいの」

 

 そう言いながら懐からPFPを取り出す。

 桂馬くんと『対話』をするにはやっぱりこれが一番だよね。

 

「桂馬くん、いつもの音ゲーで私と勝負して!

 桂馬くんの方が上手だからハンデとして曲は選ばせてもらうよ。

 そして、負けた方は勝った方の言う事を何でも一つ言うことを聞く!

 これでどう? この勝負受ける?」

 

 普通の引きこもりならこんな勝負を受ける義務なんて無い。

 けど、落とし神様が挑戦を拒むはずは無いよね?

 

[断る]

 

「って、ええええっ!? ちょっと!? 何で!?」

 

 そ、そんなバカな。一週間の間頑張って練習して満点取れるようにしてたのに!

 そんな疑問に答えるように新たな紙が出てくる。

 

[そういう風に挑発すれば僕が乗ると思ったんだろうが]

[そもそもの駆け魂狩りをやらされるハメになったきっかけだってそんな挑発のせいだった]

[僕はもう二度と安易な答えは出さない!]

 

「え、じゃあ安易じゃなかったら良いの?」

 

[そうだな。何でも言うことを聞くなんて物騒な提案には乗らん]

 

「そこは単純に何か賭けた方が面白そうかなって思っただけなんだけどね。

 無茶な命令を出す気は無かったよ」

 

[一体何を言う気だったんだ?]

 

「そうだね……」

 

 実は本当に決めてなかったんだよね。

 『ちひろさんを攻略しろ』なんて事を無理矢理言う気も無かったし。

 

「……あ、それじゃあ私の事を名字じゃなくて名前で呼ぶ事。なんてのはどう?」

 

[何だと?]

 

「だから、私の事を名前で……」

 

 そこで不意にガチャリという音が響いた後に扉が開いた。

 

「あ、か、神様!!」

「……入れ、お前だけ」

「え? それじゃあ失礼します」

「あ、神様ぁ!」

 

 廊下にエルシィさんを残して無情にも扉は閉まった。

 

 桂馬くんの部屋には初めて入るけど、いかにも桂馬くんらしい部屋だ。

 テレビ台には各種ゲームが所狭しと並んでいて、その上にはモニターが6台も並んでいる。

 その大量のモニターと向かい合うように座り心地の良さそうな椅子が置いてあって、ゲーム機のコントローラーが取り付けられている。

 すぐ傍の棚にもゲームソフトが詰め込まれているみたいだ。

 あとは……衣類を入れてるボックスが少々とベッドが置いてあるくらいだね。

 

 私が部屋の観察をしてると桂馬くんから声を掛けられた。

 

「……とりあえず、そこに座っとけ」

 

 そう言って示されたのはベッドだ。

 ……いやね、丁度いい椅子が無いのは分かるんだけどさ、男子の部屋に入った女子に勧める場所としてそれはどうかと思うんだよね。

 突っ立っててもしょうがないから座るけどさ。

 私がベッドに腰かけると桂馬くんも隣に座る。この部屋、適当な椅子を買っておいた方が良いような……いや、こんな風に部屋で話す機会なんてそうそう無いか。

 

「えっと、部屋の中に入れてくれたって事はちゃんと話してくれるって事で良いのかな?」

「……一つ、聞かせてほしい事がある」

「何かな?」

 

 桂馬くんは少し思い悩んだ後、ゆっくりと問いかけてきた。

 

「……お前、記憶が戻ったのか?」


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