もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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04 疑惑と進展

 部屋でゲームをしていた僕にあいつが勝負を突きつけてきた。

 つい受けそうになったが一度深呼吸して気持ちを鎮め、上手く対処したつもりだった。

 あいつがあんな事を言い出すまでは。

 

「それじゃあ私の事を名字じゃなくて名前で呼ぶ事」

 

 これを聞いて、あの時の台詞を思い出した。

 

「『かのん』って、呼んでほしいの」

 

 そう、あの時、かのんの攻略の最終盤でのあいつの台詞だ。

 無くなった記憶がそう簡単に戻るはずは無いんだが、ずっと僕と一緒に居るのだから妙な影響があってもおかしくはない。

 だから、確かめておきたかった。

 

「……お前、記憶が戻ったのか?」

 

 僕がそう問いかけると中川はこう答えた。

 

「……ん? どういう事?」

 

 答えたって言うより、意味が分からなくて聞き返しただけだな。

 杞憂だったか? それとも……

 

「……もしかして、前の私が言ってたのかな? 名前で呼んでほしいみたいな事を」

「ああ。そうだ。前のお前がな」

「それは凄い偶然……って言うより同じ私なんだから同じような事を言うんじゃない?」

 

 それもそうか。やはり気のせいだったか。

 

「まあいい。しかし何でまたそんな事を言い出したんだ?」

「え? だって、他の人はだいたい下の名前で呼び捨てにしてるのに、私に対してだけずっと名字呼びなんだもん。

 なんか気になったからさ」

「……それだけなのか?」

「うん」

「それだけの為にわざわざ僕に勝負まで挑むのか?」

「うん。って言うより、勝負を通して桂馬くんと交流するのが目的で、賭けについてはついでだからね」

「そんな事の為にわざわざ『負けた方はなんでも言うことを聞く』なんて事を行ったのか?」

「へ~、『そんな事』って言うくらいだから普通に言えば名前で呼んでくれるの?」

 

 それはどうだろうな。

 名前を呼ぶ事……はともかく、必要以上に仲良くなる事は記憶を呼び覚ます事に繋がりかねないからな。

 ずっと忘れててくれた方がお互いに都合が良いからな。

 だがここで頑なに抵抗するのもなぁ……

 

「よし、こうしよう。

 お前が宣言通りに僕に勝ったら名前で呼んでやろう」

「それは楽しそうだね。私が負けたら何をすれば良いのかな?」

「そうだな……じゃあ僕の代わりにちひろを攻略してくれ」

「え? 無理」

 

 即座に断られた。

 割と適当に言ったという事が見透かされたのかとも思ったが、どうやら違うようだ。

 

「サポートするくらいならいくらでもできるけど、ちひろさんの攻略ができるのは桂馬くんだけだよ」

 

 さっきまでの楽しんでたような表情とは打って変わって真剣な表情でそう言い切った。

 

「何でそんな事が言えるんだ? まさか、何か掴んでいるのか?」

「そうだね……心のスキマの見当はついてるよ。

 でもこれを私の口から言う訳にはいかないかな」

「何で隠す必要があるんだ?」

「……知りたかったら、ちひろさんの攻略をしてみる事だね。

 引きこもってちゃ何にも分からないよ? きちんとちひろさんと話してみてご覧」

 

 最初からこういう事を言う為に乗り込んできた……っていうのは考えすぎか?

 正直な所、あんな現実(リアル)女の攻略なんてご免だが……こいつの言ってる事も気になる。

 

「……はぁ、仕方ない。やるか。攻略」

「うん、桂馬くんならそう言うと思ったよ。最大限サポートするよ」

「ああ。っと、その前に……」

 

 懐からPFPを取り出して構える。

 

「せっかくだから、やるか」

「うん! 勝負だよ!」

 

 

 その後、中川が選んだ曲で一回対戦したが、僅差で勝利した。

 こっちは理論最高値を出したんだがな……一部の音ゲーに関してだけ言えば侮れなくなってきてるな。

 

 

 

 

 

 

  ……翌日……

 

 

「おっす~、エリーおっはよ~」

「あ、おはようございますちひろさん!」

 

 朝、教室でのんびりゲームしてたらちひろがノーテンキな顔して挨拶しながら入ってきた。

 それに対してエルシィ……ではなくかのん(錯覚魔法使用済)が挨拶を返す。

 そうだな……僕も何か言っとくか。

 

「……おはよう」

「あれ? オタメガ生き返ったんだ」

「死んでねぇよ!!」

 

 何て失礼な奴だ! これだから現実(リアル)女は!!

 

「あっはっはっ、ジョーダンだよジョーダン。

 それよかエリー、ちょっと知恵を貸してほしいんだよね~」

「フン、このアホに知恵を借りるとは、まさにアホだな」

「確かに、エリーがアホである事は否定しない。

 だがしかし! 私はそもそもエリーにまともな意見なんて求めてない!!」

「酷くないですか二人とも!?」

 

 中川が何か言ってるけど気にしない。

 

「ふむ、極めて遺憾ではあるが意見が一致したな。

 しかし、だったら何でこいつに話しかけたんだ?」

「遺憾って……まあいいけど。

 単純に雑談のネタ持ってきただけだよ。

 ほら、私の本命のユータ君がもう少しで誕生日らしいじゃん?」

「完全に初耳だな」

「んで、贈り物は何が良いかな~ってさ」

「贈り物ねぇ……」

 

 ゲームならちゃんとした選択肢を選べばちゃんと好感度が増えるが、初対面の状態で急に贈り物なんてしても現実(リアル)だと逆に好感度が下がりそうなんだよな。

 相手がよっぽど欲しがっているものなら話は別だが。

 

「そ、贈り物。いま雑誌で色々調べてるんだけどさ~。なかなかピンと来る物が無いんだよね~」

「何? 雑誌だと?

 フッ、貴様はやはりアホだったようだな」

「な、何言ってるのよいきなり!」

「そんなテキトーなアイテムで相手を落とせるほど攻略というのは生易しい代物ではない。

 小阪ちひろ、貴様に問おう。ユータ君とやらの性格、好み、髪の色、身長体重血液型。

 何でも良いから知っている情報を全て吐け」

「え、え? ちょっと、後半関係無くなってない!?」

「笑止! 攻略対象の情報も知らずに何が攻略か!!

 いいだろう、貴様に攻略の何たるかを叩き込んでやろう!!」

「はぁ!? オタメガの助けなんて要らないよ!

 って言うか、それって全部ゲームの話でしょ!? 現実の役に立つわけ無いじゃない!!」

「……それがそうでもないんだよな……」

「……は? ちょ、え? あ、アンタまさか……」

 

 しまった、ちょっと口を開きすぎたか?

 まあ別に構わないか。ちひろが僕の事を好きだとか有り得ない事が無い限りは攻略に影響はあんまり無いだろう。

 

「で、どうするんだ?

 僕が攻略に手を貸せば間違いなく成功するだろう。決めるのは貴様だ」

「……フン、そこまで大口叩くならやってみなさいよ!」

 

 

 こうして、僕がちひろの攻略に手を貸す事が決まった。

 ほぼ何にも考えずに喋ってただけなんだが、妙な所に収まったな。

 まぁ、恋愛相談の相手という立場は攻略でも使えなくもない。

 ……ってアレ? 良く考えたらちひろとユータ君をくっつければ恋愛成立で心のスキマが埋まるんじゃないか?

 …………よし、全力でやろう。






悲報:桂馬の立ち直りに歩美の出番が全カットされたので知将が誕生しない。

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