……翌日……
朝、教室でのんびり過ごしているとちひろさんが凄い勢いで駆け込んできた。
「オタメガ! あんた一体何したの!?」
この台詞だけを聞けば怒鳴っているように聞こえるが実際にはその逆。感謝の念までは感じられないけど何か良い事があった後なのだという事が声色で察する事ができた。
「何があった……何て事は訊くまでも無いな。
ユータ君とは会話できたか?」
「うん! 向こうから声掛けてくれたよ!
あんたやるじゃん!!」
調査したユータ君の生活パターンの中には当然ながら登校時間に関するものもある。
極端に早く来るわけでもなく、遅刻ギリギリに来るなんて事も無い普通の時間の登校だ。
そして、ちひろさんの登校時間も概ね一致するのでそこそこ運が良ければ昇降口の所で遭遇するのだ。
……ちなみに、もし登校時間が一致していなかったら私がちひろさんを誘導して登校時間を調整する予定だった。そんな必要は無かったけど。
「よし、では次の作戦に移るぞ」
「え~? ユータ君と話せたからこれで十分だと思うけど?」
「何を甘っちょろい事言っている。印象が薄くならないうちに畳み掛けていくべきだ」
「でも……」
「何だ? ユータ君とくっつきたくないのか?」
「うっ、それは……」
多分、くっつきたくないんだろうね。
でもちひろさんも後には引けないからここで否定するような事は言わずに黙り込む。
「では改めて、次の作戦に移るぞ。
お前は放課後にユータ君に声をかけろ」
「声を掛けろって言われても……」
「まあ安心しろ。僕が最適なセリフを用意しておいた。
ほら、これだ」
そう言って桂馬くんは一枚の紙を取り出す。
説明するまでも無いと思うけど、会話の導入に使うセリフが書かれてるみたいだ。
「これくらいなら何とか覚えられそうかな」
「当たり前だ。で、これがパターンAの場合の返答だ」
1cmくらいありそうな紙束がちひろさんの机にバサリと音を立てて置かれる。
「……はい?」
「で、こっちがパターンB」
また同じくらいの紙束が置かれる。
「で、こっちがパターンC、D、E、F、G……」
「え、ちょ、オタメガ!?」
そう言いながらどんどんと紙束が積み上げられていく。
そしてあっという間に椅子に座っているちひろさんの目線の高さくらいまでになった。
「全部覚えろ。放課後までに」
「無理に決まってんでしょ!!!」
それは桂馬くん自身でも難しいんじゃないかな!? 目を通すだけでも時間までに終わらない思うんだけど……
とりあえずちょっと抑えた方が良いね。
「か、神様? さすがにそれは時間が足りないのでは?
もっとこう……何とかなりませんかね?」
「何とかって言われてもなぁ……
……仕方あるまい、パターンAのルート1系列の台詞だけは暗記してくれ」
「え? Aのルート1? ……これ、かな?」
ちひろさんが紙の山の下の方から目的の紙を何とか引っ張り出す。
山が一瞬だけ倒れかけたけど私が支えたので何とかなった。
「ここから……ここまで? うわ~、これも十分多いんだけど?」
「僕としてはそれだけでも不安なんだがな……
一応パターンAに入る確率は約7割で、基本となるルート1さえ暗記していれば何とか対応できると踏んでいるが……もし外れたらアドリブで乗りきってもらうハメになる」
「7割ねぇ……ちなみに、他のはどのくらいなの?」
「B、C、Dでそれぞれ約1割、それ以外はほぼ0%だ」
「何でほぼ0%の対応がこんなに多いのよ!!」
桂馬くんが積み上げた資料のうちの9割以上がほぼ使わないんですけど……
これはちひろさんに嫌がらせをしたとかいう事じゃなくて単純に成功率を100%にしたかったからなのかな。
桂馬くん、完璧主義だからなぁ……
「それじゃあ放課後までに最低限覚えておけよ」
「これ、ホントにやるの? 最低限って言っても凄く面倒くさいんですけど?」
「別にやらなくても構わんぞ? 失敗しても構わないのなら、だが」
「あーもう、やるよ。やりますよ!」
この後、ちひろさんは完全な暗記には失敗したのだけど……
ユータ君の台詞が桂馬くんの最有力予想と殆ど変わらなかったので上手いこと思い出しながら対処できた。
桂馬くん曰く、大事なイベントは越えたのでよっぽどヘマしなければ告白までは何とかなるらしい。
となると告白前までは順調に進むんだろうけど……告白直前で失敗する気がする。
私が上手く立ち回れば事件を未然に回避できるはずだ。
この場合の最善の選択肢は……