……ユータ君攻略3日目……
桂馬くんの宣言通り、今日まで不測の事態は発生せず順調に攻略が進んだ。
今日、ちひろさんがユータ君に告白すればほぼ間違いなく成功するだろう。
駆け魂も出てくる予定なのでエルシィさんも学校の近くで透明化して待機してもらってる。
私? 私はもちろんエルシィさんに変装して桂馬くんと一緒に居るよ。
で、今はちひろさんの告白練習の為に屋上に集る予定なんだけど……
「……あいつ、まだ来ないのか?」
「また遅刻……だよね。きっと」
「だろうな」
ちひろさんはかなり時間にルーズだ。
流石に数時間遅れてくるって事は無いけど、2~30分くらいなら普通に遅れてくる。
何かのトラブルで来れなくなってるって事は無い……はず。
「くそっ、どこまでテキトーなんだあいつは」
「ちひろさんだからね」
「ちひろだからな。
あいつはユータ君とくっつきたくないのか? テキトー過ぎるぞ!」
本気でやってる桂馬くんと何となくテキトーにやってるちひろさん。
反発するのはある意味当然だね。
さてと、今の私に与えられている選択肢は2つだ。
1、何か口実を作ってこの場を離れて、後から来るであろうちひろさんと桂馬くんとを1対1で対話させる。
2、ここで待つ、あるいはすぐにちひろさんを見つけ出して連れてきて私を含めた3人で話す。
私が取るべき選択肢は……こっちだ。
「……ちひろさん探して引っ張ってくるね」
「ああ、スマン。頼む」
この選択肢で大丈夫のはずだ。
後は自分を信じて突き進むだけだ。
告白は大抵のゲームでは非常に重要となるイベントだ。
まあ、一部のゲームでは開幕から何も考えずに告白をかますのが最善手だったりするがな。
それも重要なイベントには変わりないんだが……一般的な告白とは方向性が異なる重要さだろう。
そういう訳なんで告白イベントはしっかりと計画を立てて挑まなければならない。
特に重要なのはやっぱり告白の台詞だな。これをしくじるとほぼ失敗する。
「あのキャラを相手に奇をてらった告白は論外としても、無難過ぎるのも考え物だな。
となると……この辺か?」
僕のプレイしてきたギャルゲーの中から使えそうなセリフをノートに書き出す。
女子からの告白セリフはそのままだが、男子からの告白セリフはコピペした後に女子の言葉に適当に置き換える。
候補が大体出揃ったらそれぞれのセリフの良い部分を拝借してセリフを作っていく。
ただ、僕が男子に告白する経験なぞ皆無なのであまりスムーズに行かない。
「って言うか、何で僕がこんなに頑張ってるんだ。
本人がもっと頑張れよ!」
あいつはしょっちゅう集合時刻に遅れるし、ちょくちょくこっちの話を聞いてないし、セリフ回しも何回か間違えるし、あいつは一体何なんだ!
少し我慢すれば変わるかとも思ったが、最終日までそのままとはな。
あいつは一体全体どこで道草食ってるんだ!
「おっす~、肉まん買ってきたぞ~」
「……やっと来たか」
ちひろがノーテンキな顔して屋上にやってきた。
どうやら肉まんを買ってきて遅れたらしいな。こいつは肉まんと告白どっちが大事なんだ!
「おい、途中でエルシィに会わなかったか?」
「ん? 会ってないけど?」
「じゃあ入れ違いになったか? まあいい。今日は告白だぞ? 分かってるな?」
「ああうん。肉まん冷めちゃうから先に食べちゃお」
「っ、お、お前な、本当にちゃんと分かってるのか!?」
「ははぁ~、落とし神様、お供え物でございます!」
ちひろが恭しく肉まんを差し出してくる。
面倒だな。さっさと食べ終えるぞ。
「よし、食い終わったな? それじゃあ告白のセリフを僕が考えたから……」
「あのさ桂木、駅前に私イチオシの中華屋があるんだけどさ。今度一緒に行かない?」
「おいおい……それはユータ君とでも一緒に行け。
お前は今日あいつに告白して成功する。それで僕とお前の関係は終わりだ」
「ああ、う~ん……」
何をトチ狂った事を言っているんだこいつは。
本当に最後まで理解不能な奴だったな。
「あ~……告白、止めよっかな」
「…………は?」
「えっと、よく考えたらユータ君の事、そんな好きでもないかな~って」
「…………」
「そ、そういうわけなんで、ナシの方向で……」
おいおい、何だよコレ。
僕のこの3日間は一体何だったんだ?
ははっ、はははははっ!
「あの、桂木?」
「いい加減にしろっっ!! 人の努力を一体何だと思ってるんだ!!」
「なっ、わ、私は別にそこまで頼んでないし!」
「そういう問題じゃない!!」
僕の努力が無駄になったのは確かにムカつくが、一番の問題はそんな事じゃない。
僕がこれまで攻略してきた女子達はみんな何かを必死に求めていた。死に物狂いで生きていた!
それなのに、コイツときたら、その言動は果てしなく軽いっ!
「お前も、もっと真剣になれよ!!」
僕に怒鳴りつけられたちひろは黙り込んで顔をうつむかせた。
フン、これで少しは懲りて……
「……真剣になって、どうなるってのさ」
「何だと?」
「アンタの言う通り、私はテキトーにやってたよ。
でもそれで良いじゃん!
私の事は私が一番良く分かってる。
かのんちゃんみたいに可愛くもないし、歩美みたいに足が速いわけでもない!
アンタみたいに……全力の恋愛なんてしたことも無い!!
私はっ! どうやってもあんたたちみたいにはなれない!!」
……そうか、そういう事か。
僕はどうやら……選択肢を誤ったみたいだ。
「どいてよ!」
ちひろは僕を突き飛ばして屋上から走り去る。
僕は……呆然と見送る事しかできなかった……
数分後、中川が屋上に戻ってきた。
「……とりあえず、お疲れさまって言うべきかな?」
「……まるで僕とちひろの喧嘩を見ていたような言い草だな」
「直接見てはいないけど、喧嘩はするんじゃないかなって思ってたよ」
「……そうか」
中川は、僕よりもちゃんとちひろの事を見ていたんだな。
僕としたことが……とんだ失態だ。
「あいつの心のスキマは天才への憧れ……いや、スキマなんだから嫉妬って言った方が近いか。
自分が才能を持ってないからこそ、手当たり次第にかっこいい人間と付き合おうとしていた。
アイドルとしてのお前、陸上部員としての歩美、あとはゲーマー……いや、恋愛の経験者としての僕と平凡な自分とを引き合いに出して嘆いていたよ」
「嫉妬……なるほど、そういう面もあったのか」
「ん? お前の予想は違ったのか?」
「ちひろさんの好きな人に関する心のスキマだと思ってたから当たらずとも遠からずって所かな」
「好きな人? まさかユータ君の事じゃないだろうな?」
「いやまさか。ちひろさんが本当に好きなのは……ちょっと言えないかな」
一体何なんだ? 気にはなるが簡単には話してくれなそうだな。
話さないという事は必要無いと判断したんだろう。
「……なぁ、喧嘩するのを分かってて止めなかったって事は、何か考えがあるのか?」
「うん。勿論だよ。
後は私が全部やる……って言いたい所だけど、最後の最後で桂馬くんに協力してもらう事になると思う」
「それなら、頼む。
悔しいが僕は一度失敗した。お前に託す」
「うん。任せて」
中川は力強く頷いた。
ちひろは実は元陸上部らしいです。中学生頃の話ですが。
原作最終巻で天理が歩美に読み上げるメモに小さく書いてあったりします。
その当時に歩美と一緒に走って、そして諦めたのかもしれませんね。