もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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08 少女達の対話

「……桂木の、バカ」

 

 屋上から飛び出た私はとぼとぼとさまよう。

 しばらくして辿り着いたのは学校から歩いて5分もしない場所にある海浜公園だった。

 あーあ。歩美とかだったら凄い勢いでどっか遠い所に走り去れるんだろうなぁ。

 

 しばらく砂浜をぼんやり眺めてからこの公園で一般開放されてる船『あかね丸』に乗り込む。

 ずっとこの公園に停まってて誰も動いてる所を見たことが無い船だ。模型ってわけじゃないはずなんで一応動かそうと思えば動くのかもしれない。

 って言っても、操船の仕方なんて分かんないから私には動かしようが無いけどさ。

 

「はぁ……何やってるんだろ、私」

 

 桂木は今日の為に頑張って準備してきてた。

 売り言葉に買い言葉で頼む事になった恋愛指南だったけど、正直に言うと私は全く期待してなかった。

 どうせ現実じゃ役に立たないゲーム的な事をテキトーに言うんだろうって。

 妙な手法をあいつの言う通りに実践して、そして失敗して、それに文句を言って。そんな感じだと思ってた。

 でも、そんな予想とは裏腹に攻略は順調に進んだ。

 そりゃあ最初は嬉しかったよ。ユータ君みたいなカッコいい人と仲良くなれてさ。

 けど……違った。

 私は……ユータ君と話してる時よりもあんたと話してた時の方がずっと楽しかったよ。

 ねえ桂木、あんたは私と話してても……楽しくなかったのかな。

 

「桂木のバカ」

 

 そして……私もバカだ。

 

 

 

 

 

 しばらくぼんやりと波を眺めていると後ろから人の気配が近寄ってきた。

 この船は一般公開されているんだから別に不自然な事じゃないんだけど、できれば一人になりたかった。

 このまま波を眺めつづけるか、どこか別の場所に行こうか少し迷っていると声を掛けられた。

 

「こんにちは。あなたが小阪ちひろさんだね?」

「……そうだけど、何か?」

 

 聞き覚えの無い声だけど、どうやら私に用があるらしい。

 ゆっくりと後ろを振り向いて声の主を確認する。

 そこに居たのは見慣れない制服を着た女子だった。確か……美里東高校の制服だった気がする。舞島学園とさほど離れてない場所にある高校だ。

 黒い髪にロングヘア。丸い眼鏡を付けたその格好に少しだけ見覚えがあったような気がしたけど……気のせいかな?

 

「え~っと……どなた?」

 

 昔の友達が大胆にイメチェンして登場したって言うんじゃなければ間違いなく初対面だ。一体何の用だろう?

 

「そうだね。とりあえず自己紹介からだね。

 初めまして。西原まろんです」

「西原?」

 

 やっぱり心当たりが……あれ? どこかで聞いたことがある気がする。

 

「あれ? 名前だけじゃ伝わらなかったかな。

 桂馬くんの従妹って言えば通じるかな?」

「イトコ?

 …………ああああっっ!! お、思い出した! 桂木が言ってた同居人でしょアンタ!!」

「そうそれ。良かった。ちゃんと伝わった」

 

 この子が例の同居人かぁ。

 エリーが姫様って呼んでて、お弁当も作ってるんだったはず。

 認めるのは少し癪だけど、姫様って呼ばれるくらいには可愛いかな。

 ……こんな子が桂木と一緒に暮らしてるのか。

 

「……それで、何の用なの?」

「桂馬くんから頼まれてあなたを探してたの。

 見つけたら連絡するように頼まれてるんだけど……もしかして、連絡しない方が良いかな?」

「え? 大丈夫なの?」

「うん。見つけたら連絡して欲しいとは言われたけど、見つけてすぐに連絡しろとは一言も言われてないからね~」

 

 そういう問題じゃないような……

 でも、ちょっと助かった。今はちょっと桂木と顔を合わせたくない。

 

「それじゃあ連絡は後にするとして……

 もしかしなくても桂馬くんの事で何か悩んでるよね? 私で良ければ相談に乗るけど?」

「え? いや、別に悩みなんて……」

「桂馬くんへの連絡を拒む時点で明らかに何かあるでしょ。

 ほら、お姉さんに話してみなさい! 私高2だけど」

「……同級生じゃん!」

「うん、しかも私は誕生日が3月3日だから月まで考えると大抵の同級生より年下だね。アッハッハッ」

 

 ひな祭りの日が誕生日? どこかで聞いたことがあるような……

 ……あ、かのんちゃんの誕生日じゃん。だからどうしたって話だけど。

 

「まあ、お姉さんじゃないから頼りないかもしれないけど、桂馬くんに関する事であれば誰よりも力になれる自信があるよ。

 誰かに聞いてもらうだけでも少しは楽になれると思う。せっかくだから、話してみない?」

「……それなら、お願いするよ」

「うん。思いっきりぶちまけちゃって」

 

 私は話した。今までの事を。

 サッカー部のキャプテンにフラれた後、ユータ君を見つけて、

 誕生日の贈り物についてエリーと話してたら桂木が首を突っ込んできて、

 桂木の一見ムチャクチャに見える攻略が次々に成功して、

 そして今日、告白を止めて……

 

 

 全部話し終えるまで西原さんは黙って聞いていてくれた。

 言われた通り、少しだけ楽になった気がした。

 

「うんうんなるほど。そんな事があったんだね」

「うん。西原さんはこの話を聞いてどう思った?」

「結論から言うとどっちもどっちだね」

「うわっ、バッサリと言うね」

 

 西原さんは一切躊躇せずに言ってのけた。一応自分もけなされた事に怒るべきなのかもしれないけど、本当にサラリと言われたせいかそこまで嫌な感じはしなかった。

 でも少し意外だった。イトコなんだから結局は桂木を擁護するんじゃないかと思ってたのに。

 

「意外そうな顔してるね」

「うぇっ!?」

「あれ、違った?」

「い、いや、違う、じゃなくて違わないけど!」

「ふふっ、それじゃあ本題に戻ろうか。

 まず、私に言われるまでもなく分かると思うけど、桂馬くんは恋愛に対する姿勢が極端過ぎるね。

 本人が趣味でやる分には問題ないけど、他人にやらせるとなるとね」

「ああ、うん。それは確かに思った」

「あともう一つ。恋愛観と言うか目標が世間一般とズレてるんだよね。

 ちひろさんが求めてるのは誰かと仲良くなる過程の部分、って言うより会話する事そのものが目的だよね?」

「え? ごめん、ちょっとよく意味が分かんないんだけど……」

 

 恋愛の目的って言われても……恋愛は恋愛したいから恋愛するんじゃないの?

 

「……それじゃあ質問を変えてみようか。

 ちひろさんはそのユータ君って人と付き合ったっていう『実績』が欲しいわけじゃないよね?

 ユータ君と付き合ったら友達とかに多少は自慢するだろうけど、自慢したいから恋愛するわけじゃないよね?」

「そりゃ確かに違うけど……ああ、なるほど」

 

 確かに私が求めてるのはそんな実績じゃなくて過程の方だ。

 わざわざ意識するまでもない事だと思ってたけど、よくよく考えてみれば重要な事だ。

 

「理解できたね? でも桂馬くんの場合は実績重視、結果重視。

 明確な目標として『告白』があって、最高の告白に辿り着くように逆算して過程を作る。

 ちひろさんが求めてるものとは全然違うよね」

「……桂木のやりかたはダメだったんかな?」

「いや、そうでもないんじゃない?

 告白した後に2人で楽しく過ごせれば成功だと思うよ。その人が本当に好きならね」

「本当に好きなら、かぁ……」

「そう、それ。

 桂馬くんも失敗したと言えなくもないけど、ちひろさんの方でフォローできなくもなかったはず。

 『ちひろさんの本当に好きな人』の事をちゃんと言ってなかったのはちひろさんの落ち度だと思うよ」

「……確かにそうかもね。

 ユータ君の事がそこまで好きじゃないって最初の方に言ってれば……」

「違う、そうじゃなくて、『ちひろさんの本当に好きな人』の事だよ?」

「……? 何言ってるの? それだとまるで私に好きな人が居るみたいな言い方だけど?」

「え?」

 

 あれ? いつの間にか話が噛み合わなくなってる。

 私の本当に好きな人?

 

「あの、ちょっといい?

 私の本当に好きな人って誰の事?」

「え? 桂馬くんに決まってるでしょ?」

「……え?」

 

 私がその言葉の意味を把握するまで冗談抜きで数秒かかった。

 私の本当に好きな人が桂木?

 

「えええええっっ!? いやいやいやいや違うって! 有り得ないって!!

 あんなオタクでメガネで自称神な底辺男がすっ、好きだなんて!

 そんなわけないじゃん!!」

「そうやって慌てて取り繕うのは大抵は図星だって意味なんだよね~」

「違うから!! ぜぇぇぇっったい違うから!!」

「あれ? 気のせいだったかな?

 好きでもなければ桂馬くんの攻略に3日間も付き合うなんてまずできないと思ったんだけど……」

「それとこれとは別だから!!」

「そっかな~? それじゃあまあ私の勘違いだったってコトでいいや。

 でも、もし本当に好きな人が居るなら桂馬くんに言うといいよ。

 桂馬くんならきっと協力してくれるから!」

「いや、私に好きな人なんて居ないし」

「居るなら、だよ」

 

 そう言った西原さんはポケットから携帯を取り出して開いた。

 どうやら時計を見ているみたいだ。

 

「うん、この後ちょっと用事があるんでお話はここまでにさせてもらうね。

 また機会があればお話しようね!」

 

 西原さんはくるりと踵を返すとあかね丸の甲板から走り去って行った。

 

 あれが桂木のイトコか。何て言うか、同年代とは思えなかったかな。

 凄く人と話し慣れてる感じがした。問題点を簡潔にまとめてくれたし、凄く説得力があった。

 でも、最後のはねぇ……

 

 私は西原さんが来る前と同じように水面をぼんやりと眺める。

 

「あーあ、どうすりゃ良いんだろ」

「あ、言い忘れたけど」

「っっ!?」

 

 突然背後から西原さんの声が聞こえてきた。

 慌てて振り向くとさっき帰ったはずの西原さんが立っていた。

 

「え? アレ!? 用事があったんじゃないの!?」

「ちょっと言い忘れてた事があってね。

 桂馬くんはあと1~2時間くらいは屋上に居るように言っておいたから。

 それだけ。今度こそじゃあね!」

 

 それだけ言って今度こそ西原さんは帰って行った。

 どうやら桂木の居場所を伝えたかっただけらしいけど……

 と言うか桂木にわざわざ数時間待つように言っておいたって……いや、あいつならいつでもどこでもずっとゲームしてるから場所が家から屋上に変わっただけならあんまり問題は無いのか。

 しっかし、そんな事を伝えられても何すりゃ良いんだって話で……

 ああ、何かまた頭の中がぐちゃぐちゃしてきた。

 

 ……よし、落ち着いてじっくりと考えてみよう。

 私は一体何がしたいのかって事を……






というわけでかのんちゃんの錯覚魔法フル活用の回でした。

かのんちゃんの偽名も原作とかの隅っこの方から再利用してるので外見も再利用してみました。
具体的にはシトロンメンバーだった頃のかのんちゃんを黒髪にした感じをイメージしてます。それだけだと当時からのファンには変装がバレそうなので多少手を加えているでしょうけどね。
黒髪ロングだとエルシィと若干被る気がしないでもないですが、まぁ、従姉妹って設定だから別に良いかな。

西原モードの時の桂馬の呼称は最初は『従兄(にい)さん』『お従兄(にい)ちゃん』などの案もあったんですが、結局は『桂馬くん』になりました。同年代の従兄弟ならそんなもんだろうという事と、あと妹キャラはエルシィの分野なので、これ以上役割を奪っちゃうのは流石にどうなのかと……

東美里高校は天理と七香が通ってる高校です。桂馬の家から通える舞島学園とは別の高校という事で。
私服でも良かったのですが平日の放課後なのでせっかくだから制服にしてみました。
え? どこからそんなものを調達したのかって? ふ、服装くらい錯覚魔法で何とか……

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