もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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輝きを目指して

「お疲れさま、桂馬くん」

「ああ、そっちこそ」

 

 ちひろが屋上から出るのと殆ど入れ替わりで入ってきた中川によって駆け魂は討伐された。

 僕が予想していた通り中川はずっとちひろの事を尾行していたようだ。

 

「今回の攻略は……何かもやもやするな。

 僕の知らない所で勝手に終わった感じだ」

「今回の攻略はある意味桂馬くんが一番苦手なタイプだったからね。仕方ないと言えば仕方ないかな」

「苦手? そりゃまあちひろが相手だからな」

 

 ゲームでは背景に居るようなモブっぽい奴だ。

 最初から言ってる事だが、属性が無い相手は攻略しにくい!

 

「桂馬くん、何かちょっと間違えてない?

 私が言ってるのは属性や個性が薄いってだけじゃないからね?」

「ん? どういう事だ?」

「ちひろさんね、最初から桂馬くんの事が好きだったんだよ」

「……はぁ? そんなわけないだろう。

 むしろ嫌われてただろうが」

「『好きと嫌いは変換可能』なんて言ってたのはどこの落とし神様だったかな~?」

「い、いや、それとこれとは話が違う!」

 

 アレはあくまで悪印象を与えるイベントでも好印象に変える事ができるという意味であって、決して険悪な奴と仲がいいという意味ではない!

 

「ううん、違わないよ。

 本当に仲が悪かったらそもそも桂馬くんに恋愛のアドバイスなんて受けないし、色々と細かい桂馬くんに3日間も付き合ってられないよ」

「それは……そうかもしれんが……いや、だからといってだな」

「恋愛の形は人それぞれなんでしょ?

 ちひろさんは桂馬くんに軽く悪口を言って、そして桂馬くんからも適当に悪口が返ってくる。そんな関係を楽しんでたんじゃない?」

「……ゲームでそういう関係のキャラが居ないとは言えないが……」

 

 そういうパターンになるのは幼馴染みキャラとかが多いんだが……まあいい。

 

「とりあえずそれは置いておいてだ、仮に僕が好きだったなら何で他の男たちに告白してたんだ?」

「自棄になったから、だと思うよ。いや、思ってたよ」

「今は違うのか?」

「要素の一つではあると思うけど、桂馬くんが見つけた『才能への嫉妬』は見抜けなかったかな」

「なるほどな。

 自棄になったっていうのは……なるほど、『ちひろは最初から僕の事が好きだった』という前提であれば心当たりがあるな。

 お前やエルシィとの同居か」

「心のスキマに止めを刺しててもおかしくない要因だと思うよ。

 エルシィさんはまだ妹だけど、従妹って設定の私なら一応結婚までできるし」

「ただの同居人であって何とも思ってないと言っておいたはずなんだがなぁ……」

 

 美人の肉親が家に押しかけてきて、攻略ヒロインが嫉妬するというのは割とお約束の展開だ。

 そして大抵の場合、弁解するのに1回のイベントでは終わらず何回か話す必要がある。

 

「仮に桂馬くんが心の底から何とも思ってなくても、従妹の西原さんがどう思ってるかはちひろさんには全く伝わらないからね。

 桂馬くんがいくら否定しても安心はできなかったと思うよ」

「確かにな。それで、お前はあいつに何をしたんだ?」

「西原さんがどういう人物かを見せるのが最優先だったよ。何にも知らないと不安ばっかり集まっていくからね。

 次に、西原さんが桂馬くんの事を何とも思ってないように見せる事。

 あとはちひろさんは自分の恋心を自覚してるか怪しかったから、その辺もちょっと突ついてみたかな」

「具体的に何をしたんだ?」

「お悩み相談に乗って、『桂馬くんが好きなんでしょ?』って真っ正面から聞いただけだよ」

「……確かに効果的な方法だ」

 

 前提が合っているなら、という前置きが付くがな。

 だが、結局上手く行った以上はきっと合ってたんだろう。信じがたいが。

 

 

 

「かみさま~、ひめさま~、そろそろ帰りましょうよ~!」

「……そうだな、反省会はこんなもんでいいか」

「うん。帰ろっか」

 

 

 

 

 

 

  ……そして、翌日……

 

 

「おっすエリー! バンドやろうぜ!」

「え? ばんどですか? ばんどってなんですか?」

「おい、そっからか……いいかエリー、バンドってのはな……」

 

 ちひろが教室に入ってくるなりこんな事を言い出した。

 昨日言っていた『自慢できる事』か? まさかバンドの経験があったんだろうか?

 

「す、凄いですちひろさん! 何かカッコいいです!

 ちひろさんはギター弾けるんですよね! まるで軽音部みたいです!」

「いや、実はまだあんまり弾けないし、活動はまるでじゃなくて軽音そのものなんだけど……」

 

 おい、弾けないのかよ。

 

「え? 弾けないのにバンドやろうと思ったんですか?」

「まあね~。でも、やるからには全力でやるよ。

 私でもこんな事ができるんだぞって自慢できるようなバンドを作るよ!

 というわけでエリー、バンドやろうぜ!」

「あ、ありがとうございます! 私、軽音ってやつを極めてみたかったんです!」

 

 何でバンドという答えに辿り着いたのかは知らんが……まぁ、心のスキマも埋められたようだし良かった。

 

「どーだ桂木、凄いだろ!」

 

 何故か近くでゲームしていただけの僕に声がかけられた。

 記憶、ちゃんと無くなってるんだろうな?

 

「……フン、浅はかだな。バンドを始めたいと言うだけなら誰にだってできる」

「何だと!? 言うだけじゃないもん、日本一のバンドにしてやるんだから!」

「……ま、やるだけやってみりゃあいい。目指すのは自由だ」

「あーやってやるさ! エリー、今から特訓だよ!」

「え? 今から授業ですよ!?」

「授業と特訓、エリーはどっちが大事なんだ!」

「うぇっ!? えっと……と、特訓です!」

「いや、授業の方が大事だからね!? そこでボケないで!!」

 

 前途多難だな。

 そもそもバンドをやるのには2人じゃ足りないと思うが……

 ま、様子見だけはしておいてやるか。

 ちひろなら、きっと上手く行くさ。






これにてちひろ編終了です。
原作で後の方で分かる設定「ちひろは以前から桂馬が好きだった」という事と、本作のかのんの存在を利用して話を組み立ててみました。

この話を書いていて少々気になる事がありました。
メタ的な意味まで含めて、ちひろは果たして本当に桂馬の事が好きだったのでしょうか?
原作者である若木先生は時にかなり柔軟に物語を展開する技術を持っています。女神の宿主を女神編直前に変えたなんてエピソードもあるようです。
件の設定も実は公開される直前に生まれた可能性も……?
まぁ、一読者である僕や皆さんには判定する事など不可能ですし、そうだったからといってだからどうしたという話なんですけどね。

では、恒例の暇つぶし企画です。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=143614&uid=39849

あと、今回やったらこの企画はしばらく休みます。

次回はハクア編です。リアルの方が少々忙しいのでいつ投稿できるかは分かりませんが……なるべく早く上げられるよう頑張ります。
では、次回もお楽しみに!

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