もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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地区長来る
プロローグ


 この『駆け魂狩り』とかいうクソゲーはプレイヤーの事情なんかお構い無しにやってくる。

 

 最初は空から降ってきた自称悪魔に何かやらされ、

 2人目は何か相棒から湧き出てきて、

 3人目は平和を満喫しようと教室に入った瞬間にセンサーが鳴り、

 4人目は一仕事終えていざ帰ろうという時に割り込んできて、

 5人目は軽音部の見学に行ったはずのエルシィが何故か吹奏楽部から見つけてきて、

 6人目はセンサーを回収して一安心した瞬間にやってきた。

 

 こういった事故を回避する為にはどうすれば良いのだろうか?

 1~3人目の遭遇回避は流石に無理だとしてもそれ以外は気をつけていれば何とかなったはずだ。

 決して人の多い所に寄り道せず、

 エルシィとかいうバグ魔を野放しにせず、

 僕がセンサーを預かる時は可能な限り人との接触を避ける。

 分かりやすい対処としてはこんな感じだ。

 

 その一環として、昼休みは常にエルシィと一緒に屋上で昼食を取っている。

 実はいつも通りなんだが、昼休みの行動としてはこれが最適解だろう。

 そもそも人と接触しなければ駆け魂なんて見つけようが……

 

ドロドロドロドロ……

 

「おいっっ!!!」

「あれ?」

 

 おいふざけるな! 何でこんな誰も居ない場所でセンサーが反応するんだ!!

 と、文句を言う前にセンサーは鳴り止んだ。

 

「き、消えちゃいましたね……」

「誤作動か? ったく、人騒がせな……」

 

 一瞬かなり焦ったが、ただの故障だったのだろう。

 気にせず昼食を再開……

 

「そこっ! どいて!!」

 

 誰も居ないはずの屋上に聞き覚えの無い声が響き渡る。

 いや、誰も居なかったと言うべきか。声の聞こえた方向、上を見上げると何者かの人影が見えた。

 その人(?)は羽衣のような布、と言うか羽衣そのものを纏い、大きなビンと物騒な鎌を持ってこちらに突っ込んできた。

 

「え? わ、わぁっっ!」

 

 そして、そのビンの中にエルシィが吸い込まれた。

 

 このイベントは……定番のアレだな。

 駆け魂隊がそこそこ大きな組織であることは想像が付いていたのでいつかは来るとは思っていたが。

 とりあえず……ゲームしながら様子を見るか。

 

 

「あーもう、絶好のチャンスだったのに!

 ってあれ? あんた、エルシィじゃないの?」

「え? あれ、は、ハクア!?」

「勾留ビンの中に自分が入るなんて、お前授業でも同じ事やってたわよね」

 

 

 案の定と言うべきか、あのハクアとやらはエルシィと同じ悪魔のようだな。似たような羽衣を身につけて空を飛んでる時点でほぼ断定していたが。

 授業ねぇ、地獄にも学校みたいなのはあるんだな。

 エルシィの授業の様子を知っているという事は同級生なのか、あるいはエルシィのポンコツっぷりが学校中に広まってるかだな。エルシィの態度を見る限りでは前者だろう。

 

 

「は、ハクア……ハクア!」

「ちょ、離れて!!」

「キャー!」

 

 

 さっきまで空中に漂っていた勾留ビンとやらが屋上の床に落とされた。

 ゴンッという鈍い音がしたが、中に居るエルシィは……まあ大丈夫か。あいつ悪魔なだけあって無駄に頑丈だし。

 

 

「エルシィ、私たちはもう一人前の公務魔なのよ? もう少しキリッとしたらどう?」

「ハクア~! 久しぶりだね~!」

「ああもう、全然成長してないわね!」

「なつかしいな~! 高等中学校の卒業式以来だね!」

 

 

 高等、中学校? おい、どっちなんだ?

 そう言えばエルシィは300歳を越えてたな。日本の、と言うか地球の教育の仕組みとはかなり異なってそうだ。

 かけられる時間も違うなら学ぶ内容も違うんだろう。

 

 

「あっ、その羽衣! ハクアも駆け魂隊なんだね!」

「ちょっと待って、『も』じゃないわ。

 この腕章が見えないの?」

「そ、それはっ! ま、まさかっ!」

「そう、討伐隊極東支部第32地区長ハクア・ド・ロット・ヘルミニウム!

 こう見えて、私は地区長なんだから!」

「わぁ、凄い! 流石はハクアだね!!」

「ふふん、握手してあげても良いのよ?」

「わ~い、ありがとうございます! 地区長!」

 

 

 当然といえば当然だが、階級があるんだな。あの腕章は地区長の証と。一応覚えておこうか。

 地区長か。エルシィが現場の上司の名を知らないほどの無能なのか、それとも単純に別の地区からやってきたのか。

 流石に後者だと思うんだが……エルシィだからなぁ……

 

 ……ん?

 

 

「あっ、私の協力者(バディー)を紹介するね!

 この人! 神様!!」

「え? 悪魔なのに神が協力者なの?

 って言うか、普通の人間じゃないの」

「か、神様は凄いんだよ! た、例えば……えっと……」

「とてもそうは見えないけど?

 まあいいわ。そこの人間、握手してあげても良いわよ」

「ふんっ!!」

 

 地区長が何かホザいてるが、そんな事は気にせずPFPを掲げる。

 

「わっ、な、何なの!?」

「チィッ、電波が悪い。てやっ!!」

 

 うちの学園の屋上は電波が絶妙に悪い。

 全く電波が来ないなら諦めて別の場所に行くんだが、繋がるときは繋がるから諦めきれない。

 

ピコン

 

「よぉっし! 繋がった!!」

 

 今僕がやってるゲームには『ヒロインの誕生日の12時キッカリにネットに繋ぐと発生する』とかいうふざけたイベントがある。

 全く、せめて別の時刻でも良いようにしてほしいものだ。この会社のゲームはもう買わん。通常版しか。

 

 

「プッ、あははははっ! 確かに凄い人ね、エルシィ」

「うぅぅ~、神様のバカ!」

「お前もとことん不幸ね。

 あんな協力者じゃ駆け魂集めも大変でしょ? 何匹集めた?」

「え? えっと、その……他の人の成績とかよく分からないから私のが良いのか悪いのか分かんないけど……」

「ごにょごにょ言ってないで教えてよ」

「う~んと……は、ハクアはどうなの?」

 

 

 駆け魂の討伐……はエルシィだけの特例で本来は捕獲だったか?

 他の悪魔の捕獲の状況は聞いておきたいな。

 

 

「え、えっと……

 じゅ、10匹……かな」

 

 

 おい、随分と不安気だな?

 

 

「す、凄いねハクア! 私なんかまだ6匹だよ~」

「え!? ろ、6匹も捕まえたの!?」

 

 

 正確には捕まえてないんだが……まあそこは置いておこう。

 って言うか驚きすぎだろこの地区長。まさか……

 

 

「え、エルシィったら、見栄張らなくても良いのよ?

 駆け魂を1匹でも捕まえるのは大変なんだからお前なんてゼロ匹でも不思議じゃないのよ。

 これだけの期間で6匹って、悪魔重勲章が貰えるレベルじゃない」

「え!? あ、悪魔重勲章!? ほ、ホントに!?」

 

 

 どうやら僕達はかなり優秀な成績らしいな。

 悪魔重勲章とやらが名ばかりのハリボテで無ければだが。

 

 

「あっ、そ、それじゃあハクアは勲章が大体2つだね!

 やっぱりハクアは凄いや!!」

「そ、そうね。うん……」

 

 

 これだけのたった数分の会話でも色々と有力な情報が手に入ったな。

 この様子だと他にも色々と情報を握ってそうだな。できれば聞き出したいが……

 

ドロドロドロドロ……

 

 再びエルシィのセンサーが鳴る、が、ハクアのセンサー(エルシィと同様のドクロの髪留め)は鳴っていない。

 つまり、駆け魂の感知ではなく通信機の方か?

 そう結論付けた直後にセンサーから声が響いた。

 

『エルシィ、聞こえているか?』

「えっ、室長!? どうしたんですか!?」

『緊急の用件だ。

 駆け魂がそっちの方面に逃げた。早急に処分してほしい。

 他の地区のバカがスキマから逃げた駆け魂を捕獲するのに失敗したらしい。

 しかも、スキマに入ってる間にかなり力を溜め込んだようだ。

 いつもより危険な相手だ。用心して取りかかってくれ』

「りょ、了解しました! 失礼します!」

 

 そう言ってエルシィは通信を切った。

 どうやら、今日もまた面倒な一日になりそうだな。







というわけで、駆け魂討伐数が6になったのでハクア編に強制突入です。

念のため言っておくと高等中学校は原文ママです。
原作を最初に読んでた時は駆け魂隊に入る直前まで2人が同級生だったと勝手に思ってたんですが、良く考えたらせいぜい中学くらいまで一緒で高校や大学だと別だった可能性もあるんですよね。地獄の時間感覚から考えると100年振りくらいであってもおかしくないかも……
地獄の教育課程は一体どうなってるんでしょうかね?
実は下等小学校から上等高校まで9段階くらいあったりして……?

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