「うあぁぁぁあああ!!!」
ハクアが絶叫しながら鎌を振り回す。
魔術か何かを行使しているのか、鎌が燃え上がったり帯電したりして余計に物騒になってる。結界が破れなくて色々試しているのかもしれないが、果たして意味はあるのだろうか?
「ど、どどどどどうしましょう神様ぁ!!」
「少しは落ち着け、雰囲気に呑まれるな」
「は、はいっ!」
幸いな事にエルシィは結界をしっかりと展開しているので昼寝できるくらい安全な環境になっている。
しっかし、エルシィって本当に結界術が得意だったんだな。
単に他の事がポンコツ過ぎて結界術だけは人並みにできるから得意と言い張っているのかとも思ったが、成績優秀らしいハクア相手でもビクともしない結界を展開し続けている。
そう言えば、さっき駆け魂に逃げられた時にはエルシィが結界を使わない事に呆れて忘れてたが、ハクアは結界を張ろうとは思わなかったんだろうか? 今度こそ『忘れてた』以外のちゃんとした理由があるんだろうか?
「神様ぁ!! 何ボサッとしてるんですか!!」
「おっと、すまんすまん」
考えるのは後回しだ。まずは現状を整理するぞ。
「エルシィ、結界は何分保つ?」
「えっと……この調子なら数時間ですけど、大結界の方に攻撃が……あぐっ!」
「大結界? そうか、駆け魂を逃さないようにしてる方の……」
駆け魂の方を見るとその大結界に体当たりしていた。
これは……ちょっとマズいんじゃないのか?
「さ、3分っ! 同時展開で攻撃に備えるとなると3分が限界ですっ!!」
「急に短くなったな!? それなら……大結界をちょっと縮めてコスト削減とかできないのか?」
「こんな状況でそんな精密操作できませんってば!!」
「そ、そうか。スマン」
3分か、中川を呼んだのはつい数分前だからどう見積もってもそんな時間じゃ間に合わない。
同時展開なら3分だから、片方の結界を消せば数時間に伸びるんだろうが、小結界を解除したら下手すると瞬殺されるし、大結界を解除したら駆け魂に逃げられる。どっちも却下だ。
そして僕達2人だけでは駆け魂の捕獲はもちろん討伐も絶対に不可能だ。
となると……やはり目の前のハクアを何とかするしかないか。
目の前のハクアを仕留める……のは無理だな。死なないように手加減して戦う事も無理だし、気絶させたくらいだと逆に強く操られる可能性もある。そもそも防御だけで手一杯だ。
そうなると、ハクアの中の駆け魂を追い出すしか無いな。
つまり、かなり変則的な導入ではあったが結局はいつもの攻略と同じか。
まずは……属性の定義、及び心のスキマの特定!
考えるまでも無いな。優等生キャラ、努力型か天才型かは……断定しきれんが今はどっちでも構わん。心のスキマは勿論『挫折による自信の喪失』だろう。
続けて、ルートの構築だ。正攻法で……やるのは無理があるな。ハクアに関する情報が少なすぎる。当てずっぽうでセリフを放つわけにはいかん。
互換フラグも無理だろう。そこそこ強い印象を与えられてる自信はあるが、流石に時間が短すぎる。あの程度で心のスキマが埋まるなら苦労はしない。
……この方法は、かなり不安だ。
だが、この場を切り抜ける唯一の方法でもある。これに賭けるしか無いだろう。
「……エルシィ、お前がやれ」
「はへ?」
「ハクアを攻略できるのはお前しか居ない!
だからやれ! あいつの心のスキマを埋めてやれ!!」
「ええええええっっ!? いやいやいやいや、むむむ無理ですってば!!」
「難しく考える必要は無い! ただハクアと話すだけだ! 頼む!」
「うぅぅ~……分かりました。やってみます!」
僕にできないならエルシィにやってもらうしかない。何だかんだ言ってこの場で一番ハクアの事を知ってるのはエルシィだからな。
……しかし、この状態のハクアとまともに対話できるのか? できてくれなきゃ困るんだが……
「ハクアっ! 私の話を聞いて!」
「うるさいっ! 黙れぇぇっっ!!」
「うぅぅ~、神様、無理でした!」
「その程度で諦めるなよ!!」
「でも~」
「お前とハクアは友達なんだろ!? だったら殴り倒してでも止めてやって話を聞かせろ!!」
「な、なるほど!! 分かりました。ちょっと小結界解除しますね」
「え? おい、ちょっ!」
僕が止める間も無く小結界が解除された。
当然のようにハクアの鎌が襲いかかるが、僕達に届く前にハクア自体が吹っ飛んだ。
「っっ! 何がっ!」
「結界は守ったり閉じこめたりするだけじゃなくてこうやって攻撃にも使えるんだよ、ハクア」
よく見てみるとハクアの顔があった辺りに小さめの直方体の結界があった。どうやら結界の展開で直接ぶん殴ったらしい。
「さぁ、どんどん行くよ! てやぁぁっっ!!」
「ちょっ、待っ!!」
多少は正気に戻ったのかハクアが制止の声を上げるもエルシィは容赦なく追撃を加えていく。
ハクアも頑張って対処しようとしているようだが、何もない空間からハンマーが飛び出てくるようなものだ。対処などしようがない。
って言うかおい、こんな芸当ができて何で掃除係なんてやってたんだ? まさか地獄ではこれが普通……ではないよな。駆け魂はもちろんハクアもこんな便利な攻撃方法は使ってないし。
「これで止めっ!!」
「かはっ!」
エルシィがハクアの鎌を弾き飛ばし、のけぞらせて転んだ隙に結界を思いっきり叩きつけた。人間が喰らったら無事では済まないだろう。
「ってオイ!! やりすぎだバカ!!」
「え、アレ?」
「ハクア! おい! しっかりしろ!!」
ただでさえ駆け魂を倒すのに手数が足りないんだ! ここでハクアに脱落されたら……
「……ん? おいエルシィ」
「な、何でしょうか?」
「さっきみたいにやれば駆け魂も倒せるんじゃないか?」
「いやいや、あんな器用な真似ができるのは対物結界くらいです。対霊結界とかであんな事はできませんよ」
理屈はイマイチ良く分からんが、本人がそういうならそういうもんなんだろう。
やはりハクアの協力が必要か。
「……ぅ、ぐ……」
「気付いたか? しっかりしろ!」
急いでハクアを抱き起こして声をかける。
目のハイライトが消えていたが、意識はあるようだ。たどたどしく口が動く。
「……どうせ、何もできない。私には、何も……」
「お前は……バカか」
「っ!」
「お前が割と無能なのは最初に会って数分で分かりきってた事だ。今更そんな事をグチグチ言うな」
「だったら、私の手、なんて……」
「じっくりと説明してやっても良かったんだが……」
駆け魂や僕達が通ってきた屋根の穴からさっきまで操られていた多数の生徒が湧いて出てきた。
這い上がってきたわけではなく、全員浮遊してやってきた。これも駆け魂の力か?
「どうやらのんびりしてる時間は無いようだ。
だから手短に言うぞ。
今! この瞬間! エルシィではなく、お前が必要なんだ!!」
僕の言葉を受けたハクアはポカンとした表情を浮かべた。
そしてその後、最初にエルシィと話していた時のような穏やかな笑顔になった。
「……それは、告白のセリフなの?」
「はぁ!?」
「ふふっ、冗談よ。
まさかこの私が人間如きに励まされるなんてね」
その直後、ハクアの頭に繋がっていた駆け魂の触手がポンッと音を立てて弾けた。
駆け魂の支配を完全に打ち破ったようだな。
「今回だけは使われてあげるわ。感謝しなさい!」
本作では結界術という全力のハクア相手でも普通にやりあえる手段があるので操られたハクアの殺意を原作の10割増しくらいにしてみました♪
……その結果、エルシィによる攻略が攻略(物理)になり、そしていつの間にかギャグに……どうしてこうなった。
エルシィの対物結界の攻撃的使用法はサンデーの作品の『結界師』をイメージしてます。
本作のエルシィ、結界に関してだけはチートクラスなので。