もしエルシィが勾留ビンを使えなかったら   作:天星

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03 ラスボス

「……マジか?」

「……ちょっと信じがたいけど、マジだよ」

 

 帰ってきた中川から昨日の道場破り、榛原七香に駆け魂が入ったという旨の報告を受けた。

 はぁ……ほんの少しの間だが平和だった日常が恋しい。

 

「まさかとは思うが、僕にたった一回負けただけで心のスキマができたとか言うんじゃないだろうな?」

「あくまで私の見立てだけど、桂馬くんへのあの執着っぷりを考えると凄く有り得る話だと思うよ」

「……まだ断定はしないでおくが、そうだとしたらとんでもなく厄介だな」

「一応訊いておくけど、どうして?」

「だってな……どう考えても僕はラスボスの立ち位置じゃないか」

「……ああ、確かに」

 

 もしもの話になるが、最初に七香が誰か別の人に負け、そこに駆け魂が入ったとかであれば僕は協力者として七香に近づく事ができた。

 しかし、僕の現状の立ち位置は七香が最後に越える事を目指す壁である。

 僕より強い人が現れ、七香の目の前で僕が敗北する……みたいなイベントを入れる事ができればIFルートに入れるかもしれないが、僕に勝てる存在など絶対に存在しないし下手に手加減すると七香にバレて印象を悪くする恐れがある。

 

「とりあえず、『心のスキマは別件で、偶然昨日入った』という説に賭けておこう」

「あの、桂馬くん、そうじゃなかった時の対応もちゃんと考えておこうよ。むしろそっちならアドリブで乗りきれるけど、そうじゃなかった時はちゃんと考えとかないとダメだよね?」

「……そうだな……だが、どうしたもんか」

 

 逆なら簡単なんだよ逆なら。

 告白でもしてから勝負を死ぬほど挑めば良いだけなんだから。

 だがそれを相手にやってもらうとなると……

 

「桂馬くん、私に案があるんだけど、いいかな?」

「どんなだ?」

「それはね……」

 

 

  …………

 

 

「……分かった。心のスキマが予想通りだったら、その方向で行ってみるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ……翌日 放課後……

 

「失礼します」

「…………」

 

 僕達がやってきたのは勿論将棋部の部室だ。

 中川は挨拶をしながら、僕は無言で部室に入る。

 そんな僕達に真っ先に反応したのは一昨日負けた主将だ。

 

「ああ、君達か。榛原くんはまだ来てないよ」

「あいつも普通に学校があるはずだからな。距離を考えたらまだ来てなくてもおかしくは無いか」

「ん? それじゃあ君は何でここに居るんだい?」

「あ、えっと……」

 

 そう言えば、西原まろんの制服はあの高校のだったな。

 関わる機会があると思ってなかったからすっかり忘れてた。

 

「フフン、まあいいさ。

 対局する時は呼んでくれたまえ」

 

 そう言うと主将は再び棋譜を並べる作業を……いや、今日は詰将棋をやってるな。

 問題集の開いてるページが表表紙に近い事、カバーが新しい事から察するに新しく買ったものなのだろう。

 まぁ、今回の駆け魂攻略においてはただのモブだ。放っておいてゲームしながら待ってよう。

 

  ……そして、数分後……

 

 バン! と勢いよく扉が開き、七香が飛び込んできた。

 

「今日はおるんか!? おるな!! 勝負しに来たで!!」

 

 随分と威勢の良い事だ。

 確かに中川の言ってた通り凄い執着だな。

 とりあえず……全力で撃退させてもらおう。

 

「ハァ、面倒だな。さっさとカタを付けるぞ」

「ハンっ! 今度こそお前を倒す!!」

 

 そして、対局が始まった。

 

 

 

「……あ、主将さん! 始まりますよ~」

「おっと、分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで詰み、だな」

「うぐっ、うぅぅ……」

 

 僕が戦う以上は大番狂わせなどあるわけもなく、普通に勝った。

 前回も今回も、特に危機感は感じなかったな。まあ当然だが。

 

「も、もう一回や!!」

 

 まあそう来ると思ったよ。

 この程度で諦めるなら最初からこんな所まで殴り込みに来ない。

 

「だが断る! 面倒くさい!」

「な、何やと!? 逃げるんか!!」

「いや、1回受けただけでもサービスしてるだろ。

 なんたって、僕が勝負を受ける事には全くメリットが無い」

「む、ぐ、ぐ……」

 

 ……とまあこんな風にガッチリと断る権利が僕にはあるはずだ。

 しかしそれでは攻略は進められない。よって、七香にチャンスを与える道を作る。

 

「……はぁ、仕方あるまい。

 今日、もう一度だけ勝負してやる」

「ほ、ホンマか!? やっぱ止めたとか無しやで!!」

「人の話は最後まで聞け。条件を与えるぞ。

 まず、次の勝負が終わったら一週間の間……今日を含めて7日間の間は再戦禁止だ」

「一週間!? そんな待てるかいな!!」

「こっちは一生でも構わんが?」

「わ、分かった! それじゃあ勝負……」

「だから最後まで聞けと。

 2つ目の条件、その一週間の間、()()()を鍛えてやってくれ」

 

 僕が示したのは隣で観戦している中川だ。

 勿論事前に本人の許可は取っている……と言うよりそもそも提案したのは中川だ。

 

「鍛える? アンタが鍛えりゃ良い話とちゃうの?」

「面倒だから言ってるんだよ。そういう事だからこちらからの要望は2つだ。

 ああちなみに、どっちも『お前が負けたら』の条件だ。勝ったら別に何もしなくて構わん。

 まぁ、有り得ない話だがな」

「……分かった、その話乗った!!」

「よし、では2回戦開始だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして、当然のように僕は再び勝利した。






原作の桂馬とディアナのようにハイテンションな勝負にしてみようかとも思いましたが断念しました。
単純に良い技名が思いつかないという事と七香が技名を叫びながら将棋指してるイメージが掴めなかったので……

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