「ど、どどどどうしよう桂馬くん!!」
僕が七香と対局してから数日後、中川が泣きついてきた。
あいつが取り乱すなんて珍しいな。エルシィならいつもの事だが。
「おい落ち着け、まず深呼吸」
「すーはーすーはー……
……よし、落ち着いたよ」
「で、何があった? 最初から話してみろ」
「うん。桂馬くんは奨励会の入会資格について知ってる?」
「資格だと? 確か……年齢制限と、あと推薦が必要じゃなかったか?」
「うん。そこまで分かってるなら話は早いよ。
七香さん、推薦者が居ないらしいの」
「……なるほど」
七香と仲良くなるために雑談していたら何か面倒な問題を掘り当ててしまったという事か。
しっかし推薦者ねぇ……
「こういう時、ゲームなら意外と近い所に解決策が置いてあるんだがな。
何か心当たりは無いのか? 例えば知り合いにプロ棋士が居るとか」
「そんな都合良く居るワケが……あ」
「……気付いたか?」
「……うん、2つあった」
「2つ!?」
「え? うん」
うむむ……僕はてっきり『主将のコネを使う』が唯一の解答だと思ってたんだがな。
他の選択肢は……アイドルのコネを使うとかか?
「1つ目は桂馬くんも気付いてたみたいだけど、主将さんに頼む事だね。
もう1つは私の伝手を使うよ。
将棋部に出向いたそもそものきっかけって覚えてる?」
「確か、将棋アニメのヒロインに抜擢されたから勉強する為、だったな」
「うん。そのアニメ、色々と妙な所はあるけど将棋の描写だけは凄く正確で、プロの人の監修が付いてるらしいの。
今後話す機会も作れると思うからその人にお願いすれば……」
「意外な所にコネがあったな。
だが、僕達と『中川かのん』との関係を説明するのは面倒だな。自分から言う必要は無いだろうが、訊かれたら答えられるようにはしておいた方が良いだろう」
「確かにちょっと面倒だね。じゃあこっちは後回しにして先に主将さんを当たってみるよ」
「それが良いだろう」
七香の奨励会推薦の問題は何とかなるだろう。
……ただ、こうやって2パターンのルートが出てきた場合、大抵は両方当たるハメになるんだよな。ゲームでは。
……翌日(攻略5日目)……
「というわけで主将! お願いします!」
早速私は主将に頭を下げていた。
勿論、七香さんも一緒だ。
「よろしゅうお願いします!」
「ああ~……推薦ねぇ。
確かに僕なら何とかできるかもしれないが……そうだね、一つ条件がある」
「な、何や?」
「そう身構える事は無い。簡単な事だよ」
そう言って主将は七香さんに頭を下げた。
「僕と、対局をして下さい」
要するにリベンジがしたいという事だろう。
あの時は凄く慢心してたもんね。そりゃ対局したくもなるよ。
「またやるん? 結果は変わらんと思うけど?」
「それでも構わないさ。僕が君と対局をしたい。結果に関わらず君を推薦する。それだけだ」
「……ほんなら、サッサとやりますか」
……そして10分後。
「ほいっと、これで必至やな」
「……確かにそのようだ。投了しよう。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
主将はかなりあっさりと負けた。だけど主将に慢心やミスは一切無かったように見えた。
単純に、七香さんが強すぎただけなんだろう。
「これで推薦してくれるんやな?」
「勿論だとも。ちょっと待ってくれ、電話をかけてみる。
しばらくしたらまた呼ぶから、2人ともいつものように過ごしててくれ」
「りょーかい。ほないくで」
「うん。今日も宜しくね」
……更に数分後……
「ほれ、ここはそう受けてまうと王手飛車取りされてまうで」
「あ、ホントだ。それじゃあどう受けるのが正しいの?」
「一手前の対応じゃ足りんな。もうちょい前の時点でさっさと王様を動かすべきやったな」
「あ~……確かにそれなら安心だね」
そんな感じでいつもの将棋指導をしてもらっていたら主将から声がかかった。
「ちょっといいかい? キリの良い所で中断してくれ」
「ん、りょーかい」
丁度キリも良かったので一旦中断して主将さんの所へ向かう。
主将さんの表情はやや暗い。良くない知らせだろうか?
「推薦の件なんだが……第一候補は少々難しそうだ」
「第一?」
「ああ、僕にとって一番強いコネ……僕が勝った事のある奨励会の人の師匠だ。
とりあえずその人にお願いしようと思ったんだが、今ちょっと仕事で忙しいらしい。
忙しくなくなるまで待っても良いけど、いつになるかは分からない」
「それじゃあどうするんですか?」
「プロはその師匠だけじゃないからね。適当な人を捜す事にするよ。
ただ、そこまで強いコネがあるわけじゃないから時間がかかるかもしれない」
「時間がかかるだけで、何とかなるんやな?」
「ああ、よっぽどの事が無い限りはね。まあのんびりと待っていてくれたまえ」
どうやら問題は片付いたみたいだ。ひとまずは安心だけど……
「うーん、どうしようかな」
「何がや?」
「推薦の話なんだけどさ、できれば早めに終わらせたいよね? 具体的には桂馬くんとの対決より前に」
「ま、まあそうやけど」
「だから、私の方でもプロの人に連絡を取ってみようかなって」
「そんな伝手があるんか?」
「まあ一応、ね。どうする?」
「せやな……どんな先生を紹介してくれるんや?」
「確か……
「塔藤先生!? あの塔藤先生なん!?」
「え? た、多分?」
『あの』なんて言われても他の先生を知らない。
「って言うか、凄い食いつきようだね。知ってるの?」
「当たり前や! 今あの人は女流の中で最も強い言われとるからな!」
「そうだったんだ……」
何でそんな人がアニメの監修なんてやってるんだろうか? いや、アニメ監修が悪い仕事ってわけじゃないけどさ。
そもそも七香さん、ちゃんとプロの人に興味あったんだね。奨励会の入会資格すら知らなかったからそういう事には一切興味が無いと思ってたよ。
「何か失礼な事を思われとる気がするな」
「え? な、何の事かなー」
「なんか棒読みやな。
まあええわ。あの人に推薦してもらえるんなら最高や。伝手があるんなら是非とも会わせてくれへんか?」
「……分かった。やってみるね。
そういう訳ですので、主将、大丈夫みたいです。ありがとうございました」
「すまないね。ちゃんと報酬まで貰ったのに紹介できなくて」
「ええで、うちも良い気分転換になったわ」
そんなこんなで、結局私の伝手で行く事になった。
最初から七香さんの希望を聞いておけば二度手間にならずに済んだかな? ちょっと反省だ。
「しっかし、何でそんな大物との伝手があるん?」
「ええっとね……
従兄のクラスメイトの知り合い……かな?」
「何か自信なさげやな……まあええわ」
「色々あってね。
あ、そうだ。明日は塔藤先生と連絡が付くか調べてみるから、勉強は無しにさせてもらうね」
「え? 明日会えるんか?」
「さあどうだろう? そこは実際に試してみないと……」
「ほんならちょっと持ってって欲しいもんがあるんや。
主将! ちょっと紙借りるで!」
七香さんが近くの棚から紙を取り出そうとするが、その前に主将から紙が突き出された。
「フフン、ちょっと待ちたまえ、君が欲しいのはコレだろう?」
「これは……せやな、これを持ってってもらおか。
まろん、これ頼むわ」
七香さんが主将から受け取って、そして私に突き出された。
上の方には七香さんと桂馬くんの名前があり、真ん中から下の方は表になっていて数字と漢字が並んでいる。
将棋の入門書でも似たような物を見た事がある。これは対局の記録を取ったもの、すなわち棋譜だ。
「確かに、実力が分からないと推薦も何も無いもんね。
分かった。何とか渡してみるよ」
「頼んだで」
「でも良いの? 3枚とも七香さんが負けてる棋譜だけど」
「ああ、せやな。
でも、それがうちの実力を一番発揮できた棋譜やからな」
「……そっか」
これは七香さんが負けを前向きに認めることができてるって事かな。
この数日間の攻略が無駄になってないようで安心した。
「……あれ? そう言えば主将さんは何でこの棋譜を?」
「プロでもなかなか見れないレベルの戦いだ。勉強の為に取っておくのは当然だろう。
ああ、ちなみに渡したのはコピーだから戻す必要は無いよ」
「あ、はい」
桂馬くんも七香さんもやっぱり凄いんだな……
塔藤先生はオリキャラです。名前の元ネタは分かる人には分かるはず。
ちなみに歴史ネタではありません。
アニメの声優と原作漫画の監修にそれほど深いコネがあるかは微妙ですが、この世界ではギリギリ何とかなるという事にさせて下さい。