魔法の世界にこんにちは   作:ぺしみんと

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13話 夜明けそして、凪

 やっと戦闘が終わった。穏やかな空気が流れる。

 

 そこで。

 

「はやてちゃん!?」

 

 シャマルやヴィータの慌てた声が聞こえた。そちらを見ると、やがみんが気を失って、シグナムに支えられている。高町たちも慌ててやがみんのところへ飛んだ。

 

「大丈夫だろ。初めての魔法使用で限界まで頑張ったんだ。その疲れだろう」

 

 俺が言う。実際、やがみんは呼吸はしてるし、異常は見られない。

 

「……そういうお前は、大丈夫なのか? 大分無茶をしただろう」

 

 あ? そんなの、

 

「大丈夫なわけないだろ。……流石に、もう、疲れた……」

 

 若干言い方が荒っぽいのは勘弁して欲しい。言葉に気を遣う気力も残ってないんだ。

 

「お、おい! 古夜!」

 

 悪い、限界だわ。

 

 俺は意識を失い、海へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めた。ベッドの上。どうやらアースラの中の一室のようだ。体を起こす。……動き辛い。体を見下ろすと、全身に包帯が巻かれていた。酷い見た目だ。思わずため息を吐く。

 

『治療はシャマルとアースラのスタッフがやってくれました』

 

 そのお蔭か、思ったより怪我が酷くない感じがする。

 

「ジェイド、今回はどんくらい寝ていた?」

 

『二時間くらいですね。今、丁度日付が変わったところです』

 

 ま、この手の気絶には慣れてたし、こんなもんか。

 

 ベッドから降りる。体が軋むが動けないわけじゃない。とりあえず、食堂に行けば誰か居るだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 思った通り、人が居た。高町、ユーノ、テスタロッサ、アルフの四人だ。高町が俺に気付いた。

 

「こ、こういち君!? 動いても大丈夫なの!?」

 

 問題ない。

 

「……治療の前は結構な数の骨に罅が入ってたって言ってたけど」

 

「ま、そんくらいなら慣れてるからな。大丈夫だ、フェイト・ステイナイト」

 

「え、ええっと? 私の名前はフェイト・テスタロッサです」

 

 特にすることもないので雑談になる。

 

「そういえば、なんで顔を隠すような格好だったんだい?」

 

 ユーノが聞いてきた。

 

「あ~身バレすると不味い相手が居るんだよ」

 

 主にリーゼ達のことである。サバイバルの一件から無断であまり危険な真似をしすぎると怒られるのだ。まあ、あんまり意味はなかったみたいだけど。身バレしたし、リーゼ達関係者っぽかったし。

 

「瞳の色、左右で違うんだね」

 

「まあな。でも、お前だって目赤いし、似たようなもんだろ」

 

「あ、そうそう。リンディさんから聞いたよ! こういち君、聖祥なんでしょ? 一緒の学校だったんだね!」

 

 あの人俺のプライバシー考えてなくね?

 

「え? 同じ聖祥で魔導師ってことは、ジュエルシード事件の時はどうしてたの?」

 

 テスタロッサが聞いてきた。まずジュエルシード事件って何よ? と聞くと知らないの? とユーノに驚かれた。

 

 何でも、願いを歪んだ形で叶えるジュエルシードってのがあって、それに関して事件が起こっていたらしく、この4人はその事件の関係者だったらしい。

 

 ジュエルシードか。一個で発動するからドラゴンボールよりすごいと考えるべきか。歪んだ形ってのがあるから劣化版なのか。でも猫の願いはちゃんと叶えたらしいしなあ。

 

 とにかく、その事件が起きたのが4月頃。ん? 4月頃?

 

「ああ。俺その期間は、地球に居なかったわ」

 

「あ、そうだったんだ。ミッドチルダとかにでも行ってたの?」

 

「いや、無人世界でサバイバルしてた」

 

「……君は何がしたいんだい」

 

 ユーノに呆れた顔で見られた。解せぬ。

 

「ああそういや、やがみんはどうしたんだ?」

 

「部屋で寝てる。君の言った通りだったみたい」

 

 テスタロッサが答える。ふーん、じゃあ、あとは問題ない、かな。

 

「その事なんだが……」

 

 声がした方を見ると、いつの間にかクロノが立って居た。険しい表情をしている。

 

 

 

 

 

 

 

「リインフォースが、消えるしかない?」

 

 クロノから語られたのは、どうしようもない現実だった。

 

「そんなっ……!」

 

「折角、暴走が止まったのに……!」

 

 高町とテスタロッサがショックを受けている。

 

 リインフォース本人が言ってたらしい。確かに暴走は止まったが、バグは直ってない。このままでは、再び自動防御プログラムが生まれ、暴走してしまうそうだ。

 

「……バグの修復は、できないのか?」

 

「……駄目だ。改変され過ぎていて元の形が全くわからない。どこがバグなのかも、わからないくらいに」

 

 ……そこまでか。

 

「でも、リインフォースさんが消えちゃったら、ヴィータちゃん達も……」

 

 そうだ。夜天の魔導書の管制人格が消えたら、守護騎士プログラムも消えてしまうんじゃ。

 

 あんだけ戦って、またやがみんは独りになるのか?

 

「いや、その心配はない」

 

 シグナム達守護騎士がきた。

 

「既に、守護騎士プログラムは夜天の魔導書本体から切り離された。消えるのは、管制人格であるリインフォースだけだそうだ」

 

 ……じゃあ、やがみんは一人になることはないのか。

 

「……そして、そのことでリインフォースからお前たちに、頼みがあるのだ」

 

 頼み?

 

「別れの儀式を、手伝って欲しい、と」

 

 ……………………。

 

 高町もテスタロッサも押し黙っている。本当に消えるしかないのか。何か別の道はないのか。納得できないことも多いのだろう。

 

 やがて、二人が口を開く。

 

「……私は、リインフォースさんのお願いなら、引き受けようと思います」

 

「……私も」

 

 高町とテスタロッサは引き受けるつもりのようだ。……そうか。

 

「そうか。……古夜、お前は」

 

 

 

 

 

「駄目だ」

 

 

 

 

 

 皆がこちらを見た。

 

「……! そう、か。すまないな」

 

 シグナムが謝ってくる。高町たちは悲しそうな顔をしている。お前ら何か勘違いしてないか?

 

「違う、俺が駄目だといったのはそこの二人に対してだ」

 

「!?」

 

 高町、テスタロッサが目を見開いてこちらを見てきた。

 

 

 

「その儀式の手伝いは、俺一人でやる」

 

 

 

 

 

 

 

 早朝。冬なのでまだ日は上っていない。

 

 場所は海鳴市のとある公園。見晴らしがよく、海も見える。

 

 深々と雪が降る中、俺は一人、ベンチに腰掛けていた。

 

「……プログラムも魔導書も、随分と人間臭いな」

 

『……そうですね。我々インテリジェントデバイスとは大違いです』

 

 お前も大概だと思うけどな。

 

「プログラムの心とか、機械の心とか、そういうの、考えたことなかったな」

 

 あいつらが人間じゃないことなんか、意識してなかった。

 

『私のことは、どう思っていたんですか?』

 

 ジェイドが聞いてきた。

 

「いやほら、日本には付喪神っていう、物に宿る神が居てだな」

 

 そんなノリで喋ってんのかなって程度だったわ。

 

『成程。私は神だったというわけですね』

 

 そういう納得の仕方すんの? 突然、機械仕掛けの神様(デウス・エクス・マキナ)が誕生したんだが。

 

「仲が良いのだな」

 

 声がしたので振り返ると、そこにはリインフォースが居た。

 

「来たか、リインフォース」

 

 名前を呼ぶと、リインフォースは穏やかに微笑んだ。

 

「その名で呼んでくれるのか」

 

「祝福の風、リインフォース。良い名前じゃないか」

 

「ああ、自慢の名前だよ」

 

 こちらに寄ってきて、リインフォースも隣に座る。

 

「すまないな、最後まで迷惑をかけることになってしまって」

 

「聞き飽きたぜ。こっちこそ、無理言ったろ。悪いな俺一人で」

 

 結局、俺一人で儀式を行うことになった。というか、した。高町とテスタロッサはかなりごねたが、俺が意地でも譲らなかった。

 

「構わんさ。……寧ろ、嬉しいよ。私のことを考えてくれてだろう?」

 

 ……そりゃあ違う。だったら、消さないように努力してたさ。

 

「……理由はどうあれ、あんなガキどもに『殺し』をさせるわけにはいかないだろ」

 

 それが一番の理由。いくらこの世界の子供が早熟だからって、看過できないことはある。

 

「儀式っていったって、死に加担したら、それは『殺し』だろう」

 

 そんなこと、小学生にやらせるわけにはいかんよ。

 

 こんなこと考えてんのは、前世の価値観が残ってるからだろうかね。この世界じゃずれた考えなのかもしれない。

 

「だから、嬉しいんだよ」

 

 リインフォースが言った。

 

「お前は、私のことを『一つの命』として見てくれている。主のように。それが、私や守護騎士たちには堪らなく嬉しいのだ」

 

 ……。そんなの、高町やテスタロッサだって同じだろう。

 

「ああ。だから、安心して逝ける。主はもう、独りじゃない」

 

 どこまでも優しい表情。

 

 リインフォースはやがみんには、何も話していない。

 

 やがみんが目覚める前に、彼女の許を離れるつもりだ。

 

 それじゃあ寂しい気がする。でも俺は部外者だ。口出しする資格はないし、何が正しいのかだって知らない。

 

「……冥土の土産だ。面白いこと、教えてやるよ」

 

 代わりといってはなんだが、俺は話すことにした。

 

 この体は俺自身のモノではないこと。

 

 中身はもっと大人だということ。

 

 前世では魔法なんて存在しなかったこと。

 

 他人に話すのは、初めてだったが、リインフォースは黙って聞いてくれた。

 

「……驚きはしたが、納得もしたよ。確かに、見た目より成熟しているようだったしな」

 

「この世界の子供たちは早熟だから、そうはあまり感じないんだがな」

 

 苦笑する。

 

「俺の中身は架空の世界に憧れる、ただの一般人なんだよ」

 

 そうか、とリインフォースが相槌を打つ。

 

「口調が以前より荒っぽく感じるが、こちらが素か?」

 

「ん? ……ああ、こっちの方が素、というより前世に近いかもな」

 

 そう違いは無い気がするが、前世のことを話したからかな。

 

「……そうか」

 

 俺は漫画の言葉をよく使うけど、今は特にそういうのは意識してないし。

 

「ま、前世の自分がどうなったかは知らんが、今はそれなりに楽しく生きてる。リインの来世もきっと良いもんになるさ」

 

 リインフォースは、少しだけ、意外そうな顔をした。

 

「……ふふっ、そうだな。ありがとう」

 

 リインフォースの笑顔はとても綺麗だった。本当に、人じゃないのがわからないくらいに。

 

 丁度、守護騎士達が来た。

 

 儀式の時間だ。

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな風が、流れていた。

 

 降る雪と同じ白い魔方陣が、仄暗い早朝の空を照らしている。

 

 俺は魔方陣の中心にジェイドを構えた。そこにはリインフォースが佇んでいる。

 

「……良いな?」

 

「ああ、頼む」

 

 儀式が始まる。魔方陣が光る。

 

 その時、

 

「リインフォース!!」

 

 やがみんの声だ。

 

 声のした方を見ると、高町とテスタロッサに支えられながら、やがみんがこっちに向かってきていた。

 

 魔方陣のすぐ傍まで来たやがみんにリインフォースが近寄る。

 

「リインフォース! 消えたら嫌や!」

 

 必死にリインフォースを止めようとする八神。

 

「今までずっと辛い目にあってきたんやろ! なら、これからはもっと幸せにならなあかん!」

 

 これからは自分が幸せにするからと、やがみんが呼び掛ける。

 

 やがみんの説得に、しかしリインフォースは首を振った。

 

 やがみんに視線を合わせ、優しく抱き締める。

 

「主はやて。私はもう、世界で一番幸福な魔導書です」

 

 リインフォースは意志を曲げない。そして、語りかける。

 

「……いつか、あなたは新たな魔導の器を手に入れるでしょう。その子に、私の名を送って欲しいのです」

 

 リインフォースからやがみんへの最後の願い。

 

「私の思いは、その子にきっと宿ります」

 

 そう言い、リインフォースは立ち上がった。

 

 ゆっくりと、魔方陣の中心に戻る。

 

「すまない、待たせた」

 

「構わんよ」

 

『良い旅を』

 

 魔方陣の光が強まっていき、リインフォースが消えていく。

 

「リインフォース!!」

 

 ゆっくり、ゆっくりと。風に流されていくように消えていく。

 

 

 

「……さよなら」

 

 

 

 そしてとうとう、完全に、消えた。

 

 

 

 泣きじゃくるやがみんの元に、空から何かが落ちてくる。

 

 それはリインフォースの欠片。金の十字架のネックレスだった。

 

 リインフォースからやがみんへ。形として残った唯一のもの。

 

「……っ!」

 

 やがみんはそれを強く、抱き締める。決して失うことの無いように。

 

 

 

 気がつけば、風が止んでいた。

 

 

 




一人で儀式を行ったのは、中身は大人の自分がやるべきという、主人公の些細なプライドです。

どうでもいいといえないことは主人公にもあります。

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