「あれ? やがみんが居ないのは珍しいな」
また買い物で八神家と遭遇した。ただ、今日はシグナムとシャマルの二人のみである。
「ああ、古夜か。主は今日、少し体調が優れなくてな」
二人とも、表情が硬い。何かあったのか? やがみんが心配なだけかな?
買い物が終わったあと、シグナムに呼び止められた。
「古夜。……話がある。この後、少し、良いだろうか?」
この前のような強引さはない。
「……決闘はごめんだぜ」
ただ、断れる雰囲気じゃなかった。
「古夜には、話しておかなければと思ってな」
そう、シグナムが語り始めた。
「やがみんの命が、危ない……?」
シグナムたち守護騎士の大本である闇の書。なんと、その闇の書が、やがみんの命を蝕んでいるのだそうだ。足が動かないのは、その所為だったらしい。
気づいたのはつい最近。このままでは、やがみんの命が危ない。
「だから我々は闇の書を完成させ、主はやてを治療することにしたのだ。たとえ、それが主の命に背くことだとしても」
……なるほどね。まあ、良いんじゃないの?
「闇の書は、様々なリンカーコアを蒐集し、666の項を全て埋めることで完成する」
ふむ。リンカーコアって?
『魔力の源、体内にある魔法を扱う為の器官です』
ようはトリオン器官ですね。分かります。
「それで、頼みがある」
ん? 何さ?
「お前のリンカーコアを、もらえないだろうか」
…………。
「断られたら、奪うようなことはしない。お前は、主はやての大切な友人だからな。……ただ、主の為に、少しでも多くの魔力が欲しいのだ」
「良いよ」
「卑怯な頼み方だというのは百も承知だ」
だから良いって。
「頼む……!」
聞いてよ。
「……良いのか?」
良いよー。
「リスクは、分かっているのか?」
わかってるよ。治りきるまで、魔法使おうとすると激痛が走るんでしょ? でもさ。
「やがみんの治療の為だろ?」
命かかってんだ。こんくらいリスクの内に入らないだろう。
それに。
「お前みたいなやつが、恥を忍んでこんな頼み方してきたんだ。そこは汲んでやらないと」
「……っ! ……恩に着るっ!」
良いよな? ジェイド。
『しばらくマスターは何もできなくなりますからね。私としてはむしろウェルカムです』
いやいや魔法以外にもできる修行はあるだろう。
『絶対安静です。何かしたら私が魔法を使ってマスターに地獄の苦しみをプレゼントします』
ちょ、おま。
「準備は良いな?」
良いぜ。
「できるだけ、苦しくないようにはさせてもらう」
それは助かる。
そしてシグナムは、背後から俺の胸に腕を突き刺してきた。おおう、胸から腕が生えてる。血は出てないし、違和感あるくらいで痛みはないけど、結構ホラーだな。
突き出たシグナムの手の中で、光る球がチカチカと色を変え続けている。これが、リンカーコア。魔力の源か。
「蒐集、開始」
シグナムの声と共に、蒐集が始まる。
力が抜けていくと共に、目の前のリンカーコアが段々小さくなっていく。腕を動かし、試しに触れてみる。
今まで魔法を使ってて意識することはなかった。存在自体知らなかった。だが今、確かにその存在を感じることができる。
……ティンときた!
「シグナム、好きなだけとって良いから、できるだけ、蒐集を長引かせてくれないか?」
「む? 何故だ?」
「ちょっと、思い付いたことがあってね」
何かは秘密である。
蒐集が終わった。
「予想以上にページを埋めることができた」
それはよかった。さて、残りのページはどうやって埋めんのかね。
「これから先は、通り魔のように無差別に襲っていくことになるだろうな」
まじか。それじゃ、管理局が出てくるだろうなあ。
「管理局の者に何か聞かれても、黙っていてくれると助かる」
良いよ。あ、でも、通り魔の共犯だなこりゃ。
「いいや。お前はリンカーコアを奪われたただの被害者だ。罪に問われることはない」
シグナムが苦笑しながら言ってくる。おそらく、もし俺が蒐集を断っていたら、この会話自体をなかったことにするつもりだったのだろう。
「私達のことは、幾らでも軽蔑してくれて構わない。……ただ、主はやての友では、居続けてくれないか」
別に軽蔑なんてしないよ。はやての友でも無くなったりしない、というのは少しはずいので、ちょっとふざける。
「シグナム知ってるか? ばれなきゃ犯罪じゃないんだぜ? 完全犯罪という言葉があってだな……」
俺はおどけたようにそう言ってみせた。
「……ふっ。そうだな」
シグナムは少しだけ、笑っていた。
12月になった。
できるだけ俺に負担がかからないようにしてくれたお蔭か、リンカーコアの調子もすっかり良くなった。
俺は今、一人で瞑想をしている。
思い出すのは、リンカーコアを蒐集された時の感覚。
リンカーコアの存在を意識する。
…………。
『マスター』
何さ?
『どうやら魔法戦闘が起きているようですが』
ん? まあ、シグナムたちだろ。それよりも、あと少しだ。あと少しで掴める気がする。
『マスターの言うそれ、実現可能なんですか?』
きっとできる。その為にも、リンカーコアの存在をはっきりと感じられるようにならなきゃ。
『まあ、激しいものではないので、私としては良いのですが』
ほんと過保護か。
ちなみに、リンカーコアが調子を取り戻す前に修行しようとしたら、まじで勝手に俺の魔力使って魔法使いやがった。拷問かと思った。
瞑想を続ける。
…………。
………………。
……………………。
『……ター…………マスター!!』
うっさいなあ。何度も何さ?
『朝です』
……やっべ。
寝不足である。
『馬鹿ですか』
辛辣。学校、きつかったなあ。昼間の記憶がほとんどねえわ。
「おや、やがみん。体調は良いのかい」
「あ、こういち君。おかげさまでもう大丈夫やで」
買い物にて、やがみんに遭遇した。体調の心配はないようだ。心なしか機嫌も良さそうである。
「聞いてや! 今日な、友達ができてん! すずかちゃんて言うてな。図書館で本取ってもらって、読書好きって知って。すぐに仲良うなれたわ」
ほーそれは良かったねぇ。
「夢中になって話してもうてな。途中、司書さんに注意されてもうたんよ」
かなり仲良くなったみたいで何よりです。
適当に買い物を済ませて、そこで別れた。
その次の週。学校に行くと、なんだか教室がざわついていた。特に男子。今日、何かあったっけ?
「昨日、となりのクラスに転校生がやって来たらしいぜ」
クラスメイト君が教えてくれた。
「その子がすっげえかわいい娘で、皆お近づきになろうとしてるんだ」
そーなのかー。
「金髪ロングに真紅の瞳。しかも聖祥美少女3人組と仲が良いときた! これは聖祥美少女四天王になること間違いなしだな」
美少女3人組て。そんなんあるのかよ。こいつら、変な方向にませてねえ?
俺が小学生の頃なんて、えっと……思い出せないけど。でもこうではなかった気がする。
ほんとに、この世界の子供は年不相応だなあ。俺みたいなのが目立たないのは良いけど。
変わらないように見えても、タイムリミットは近づいている。
「はやてが、入院?」
シャマルから沈痛な面持ちで告げられた。
「はい。はやてちゃんの足の容態が良くなくて。治療の為、しばらく、入院することになったんです」
ふーん。まあ、気が向いたらお見舞いにいくよ。
「是非お願いします。はやてちゃんも喜びます」
「……治療は、間に合うのか?」
「あと、少しなんです。必ず間に合わせます」
間に合うなら良い、のか? ……なんだか嫌な予感がする。
それでも俺には何も言えなかった。
グレアムさんの支援を受けながら、犯罪者となる人になにも言わない主人公。まあ、グレアムさんには都合が良いのですが。
主人公はSEKKYOUは苦手なんです。