フレイムフライというACを、皆さんは覚えているだろうか?
ACVに登場するACで、脆く、遅く、低火力という三重苦機体に乗り込み、中にいるパイロットはマトモに敵の能力を判断する事もできない粗製中の粗製である。
かつて、ミグラント達は幾千幾万ものフレイムフライを叩き落とした。ある者は金稼ぎのため、ある者は新たな武器の練習台として、ある者は、ストレス解消の為、そして、ある者は…………
武器育成、というシステムがある。
武器を使い熟す事により、その武器の個性を引き出す事ができる。高い威力を発揮するもの、短いスパンで弾を発射できるようになるもの、高い精度を持つもの様々だ。
この武器育成の為に、多くのフレイムフライは叩き潰された。
ジャンヌ・オルレアンは、男だった頃からこのシステムが大好きだった。自分の組んだACに、自分が鍛えた最高の武器を装備できる。その事に、心はいつもときめいていた。
数年後、ACVDでは、そのシステムは武器調整と名が変わり、安定した性能の武器を楽に購入できるようになった。
ジャンヌは喜んだ。彼は面倒が嫌いだったからだ。
彼はドンドンパチパチと自分が調整した武器を使い、オンラインを駆け回っていた。
しかし、ACVDを始めたばかりの頃、彼は気付かなかった。かつて狩りまくっていた蝿の亡霊が、彼に対する復讐を求めていた事を……
と、言うわけでAC4系でも武器調整できるようチートして貰いました。ん?このムーンライト?威力超特化ですけど何か?
超高出力のクレピュスキュールのムーンライトが、相対するスプリットムーンを斬り刻むべく振るわれる。ジェネレーターから無限のエネルギーが供給されるクレピュスキュールは、この高燃費ブレードを常に展開しながら戦っていた。
対スプリットムーン戦において注意すべき事は、背中の追加ブースターを使用した踏み込みの一撃だ。専用のFCSもあり、長距離から一瞬で間合いを詰めてくるその戦闘スタイルは、慣れるまでは本当に対処に時間がかかった。
しかも、今自分がいるのはアルテリア・クラニアムよりも天井の低い核倉庫。上に逃げ道は用意されていない。
そもそも、その追加ブースターはfAでオーメルが開発したものだろ。なんでお前が持ってるんだ。
そんなツッコミを心の中でしつつ、突っ込んできた真改の一撃を受け止める。
既に、戦闘を開始してから二時間は経っていた。私が開けた穴からは、暗い室内に月明かりが注がれている。相手のマシンガンの残弾は0。アナトリアの傭兵も、ロケットやミサイルは装備していなかったのを確認した。これで、正真正銘全員がブレオンだ。
猛攻をかけるスプリットムーンの一撃一撃を全て防ぐ。止める自分をイメージし、相手の動きの隙を窺う。
ゲーム上では、ブレードを受け止めたり、色んな斬り方をしたりは出来なかった為、やはりどうも慣れない事は多い。一応、シミュレーターでの練習で慣れたつもりだったが、生身の人間相手に、それも一流の剣士相手にするには、大いに足りないようだ。
その差を、少女は機動で埋めようとする。
後部へ大きく吹っ飛び、右に二段QB。それをキャンセルし前方に大きく二段QB、そしてクイックターンからの前方QB、相手の背目掛けて斬りかかる。
中にいる人間が自分じゃなかったら、コックピットがトマトジュース塗れに成りかねない機動である。二段QBを二段QBでキャンセルするというのは、操作するのも難しいが乗ってみるとそれ以上に身体への負担がキツイ。良い子はマネしちゃダメだよ。ドミナントとの約束だ!
真改も振り返る。ブレードを展開している。あぁくそ、動き読まれてるな。このパターンは三度程しか見せてないが、それでも対応するとは中々だ。
では、パターンを変えよう。
クレピュスキュールは、突っ込みながら、思いっきり地面を蹴り付けた。無理矢理上方向へのベクトルを加えられたこの重量四脚機は飛び上がり、丁度真改の真上を通過するように動いた。
そこへ、さらにジャンヌは天井を蹴りつける。イメージはワン・フォー・オール・フルカウル。100%のデトロイト・スマッシュだ。想像通りに動く機体というのは、自分のコミック知識をも反映してくれる。こんなに楽しい事はない。
「チェストォッ!!」
上からの奇襲、真改の対応は遅れた。QBを噴かせるも、時既に遅し。
クレピュスキュールの月光は、スプリットムーンの左肩部を捉えた。
プライマル・アーマーなど存在しないかのように、コアと腕部のジョイント部分を切り裂く。スプリットムーンの白腕は宙を舞った。
「見事…………」
「ありがとよ……!」
狂人は舌打ちした。コアを貫いた筈だったのに、結果として一番持ってかれても良いとこを持ってくだけになってしまった。咄嗟の判断能力が化け物クラスだ。動揺というものが無いのか?
ジャンヌは、かつてのNPC達の評価を書き換えた。そうだ、忘れてた。フォグシャドウがいた、シルバーフォックスがいた、ジナイーダがいた。ジョシュア・オブライエンがいた。
間違いなく、主人公以外にもドミナントはいるのだ。才能がある者はいるのだ。それを、ゲームの挙動のみを理由に舐めてかかる。なんと馬鹿馬鹿しい事をしていたのだ。
そうだ、彼らは今人間なのだ。戦いにおいて、無限の可能性を持つ人間なのだ。
く、くくく、くはははははははは。あぁくそ、あんなシリアスな声してんのに、狂ってる時より楽しかったんだな、主任は。
狂人はスプリットムーンの後ろにオルレアとワルキューレの姿を見た。連続二段QBにより大きく、一瞬でスプリットムーンを迂回し、オルレアに接近する。
オルレアも気付いた。が、左腕でワルキューレを、右腕でクレピュスキュールの攻撃を受け止める。
ワルキューレは一度距離を取り、少女は鍔迫り合いを続ける。女は笑いながら、目標を戦乙女から黄昏へと変更した。
そしてワルキューレに対しては、隻腕の剣豪が襲いかかる。全てが必殺の真改の一撃。出力の低いオーメル製のブレードでは絶対に受け切る事は出来ない。今度も、男は身をかわす事に意識を集中した。
庭園にて、騎士達は躍り狂う。剣戟の音楽は鳴り止まない。ただただ己の技量を示す為に。ただただ相手を打倒する為に。
工場は笑い声に包まれていた。
この情景を見なければ、まるでそれは子供達がチャンバラごっこで遊んでいるかのような雰囲気さえ感じられた。
狂っているのだろう。死の境目で踊っているのに。皆が皆、本当に楽しそうだ。
「確かに狂ってるな。俺も、お前も、お前らもな」
男は呟いた。そうだ、そうだよな。そうだった。闘争の中、魂が潤いに満たされる。こんなもの、常人とほ言えない。男は笑い、目の前の敵へと向かい合う。
狂人と同じ声を持つオペレーターは、男の集中を乱さないよう息を飲み見守っていた。手は、自然と祈りの形になっている。
自分に出来ることは何も無い事に気付いた彼女は、それでも、唯一可能な信じる事をやめようとはしなかった。
男は低い体勢で、剣を薙いだスプリットムーンの右腕を左腕で抑える。
「…………!」
真改は脱出経路を探し、それが前にしかない事に気付いた。
全力のQB。ワルキューレはスプリットムーンごと大きく後ろに飛ぶ。
しかし、左腕は離れない。男は右腕のブレードを展開した。目標はコア。ここしか無い、ここで仕留めなくては、後はない。
オレンジ色の大太刀が、スプリットムーンを貫いた。
「取っ……!」
しかし、次の瞬間男は気付いた。自分が貫いたのは、スプリットムーンのコアの真下である事に。
仕損じた、奴は、まだ生きている。
男の身体が動く前に、ワルキューレは紫の光に貫かれた。
男を強い衝撃が遅い。次の瞬間、コックピット内の電灯、映像、デジタルの計器、全てが消えた。
「ここまでか……」
男は笑った。しかし、成る程、良い戦いの後だと。死ぬ時でもここまで爽やかなものなのか。
男は覚悟を決めるべく目を瞑るが、どれだけ経っても止めが刺されない事を疑問に思った。
コックピットを開ける。
其処には、既に目に光の無いスプリットムーンが立っていた。
「成る程、相討ちか。」
互いが、互いに剣を突き立てて息絶えている。どちらの腕も、心も譲り合わなかった。その象徴のように男は感じた。
数秒後、スプリットムーンのコックピットからもパイロットが出てきた。対コジマ粒子の防護服にもなっているパイロットスーツとヘルメットを着ている為、表情は良く認識出来ないが、こちらと同じく身体にそこまでダメージは無さそうだ。
真改は、一度男に視線を留めると。そのまま横を向いた。
釣られて、男も横を向く。
其処には、未だ戦う二人の女がいた。
アンジェは笑っていた。ここまで、ここまで楽しかったのは、ベルリオーズと初めて演習で戦った時以来だった。
アナトリアの傭兵も、このイレギュラーも、間違いなくアンジェが戦った中で最強格のパイロットだった。
こいつの正体などどうでも良い。この狂人は強く、そして今ここに存在している。それだけで彼女にとっては充分だ。
アンジェによる嵐の様な猛攻。その全ては必殺で、その中に取り込まれては生きては出れない。
狂人はそれを、一つ一つ、距離を細かく変えながら、躱し、払い、押さえ、反撃を試みる。
だがそれも迎撃される。あぁ!!これもダメか!!!
狂人は脳内にてあらゆる方法を思考し、その案を試行する。だがその全てを悉くアンジェに突破され、その月光の嵐にまた襲われる。
そしてそれで、狂人は、一瞬、ほんの一瞬だけ、焦ってしまった。
そして鴉殺しは、そんな一瞬の隙を見逃す程に、甘い敵では無かった。
次の瞬間、クレピュスキュールのムーンライトが、オルレアのムーンライトによって貫かれた。
「なァッ…………!?」
しまった……!今まで、常時展開されていたムーンライトが沈黙した。二段QBで距離をとったのに、それでも奴は私の武器を奪った。
攻め手を失った。攻撃手段を失った。
「詰みだ。イレギュラー」
オルレアが構えた。クレピュスキュールは、自らの傍に置いてあった柱に手を着くと、そのまま下を向いた。
「これでお前の最期だ。頼むから、無様に逃げ回ったりはするなよ」
それは彼女なりの慈悲だったのだろう。そして、激闘を繰り広げた相手への賞賛の行為でもあったのだろう。ゆっくりと、ゆっくりと、クレピュスキュールに近づいた。
「くく…………」
「…………?」
イレギュラーの笑い声。それに、オルレアは疑問を持った。
それは、全てを諦めたものでも、全てを受け入れたものでもなかった。
まるで、最高の一手を思いついたかのような、そんな希望に溢れる…………
「くはははは……………!!」
アンジェの全身に、凄まじいプレッシャーが襲いかかる。彼女の本能は警告していた。すぐに殺すか、すぐに逃げろと。
オルレアが突進する。
ジャンヌは笑った。彼女は気付いた、いま、自分の右手には、最強の剣が握られているということに。
クレピュスキュールは、柱に思いっきり手を突っ込むと、その中にあった鉄骨を握る。
拳は砕けた、だが、固定はした。
それを、力の限り引き抜く。次の瞬間、鉄骨鉄筋のコンクリート柱は、その形をほぼとどめたまま、クレピュスキュールに装備された。
MASS BLADE
ACの、兵器の、全ての常識を超越した兵装。最強で、最悪の、質量の剣。
狂人は、向かってくるオルレアに対して全力で斬りかかる。
アンジェは悟った。自分が、間に合わなかった事を。
次の瞬間、凄まじい轟音と共にオルレアは吹き飛び、工場の壁へと激突した。
だが狂人は安心しない。オルレアの眼には、まだ光。
OBにて接近。
二段QBにて急接近。
トップスピードにて、前脚による渾身の蹴り。
まだ、斃れない。
オルレアのブレードが展開した、コジマの護りのなんと厚いことか。
しょうがない。狂人は、最後の手段を使う事にした。
ジャンヌは、イメージした。自らの身に纏うプライマルアーマーを圧縮して圧縮して、圧縮する。
その様子を見ていた男達は気付いた。クレピュスキュールを中心に、コジマ粒子が収束していく様子を。
次の瞬間、ハーゼン工場に、コジマの光が満ちた。
アンジェは生きていた。コジマ爆発により、オルレアの全身に均等ダメージを受けた、衝撃が分散したのが良かったのかもしれない。コアは無事で、自分も、多くの傷を負ってはいるが生きていた。
「は、ははは……ははは……!」
女は笑った。持てる全てをもって、このイレギュラーは私を倒してくれた。それが彼女にはわかった。
アンジェはコックピットから出た。肉薄しているクレピュスキュールの瞳には翡翠の光が灯っている。それが、彼女の完全な敗北を証明していた。
女は、動く気配のないクレピュスキュールに乗り移ると、そのコックピットと思える所に立った。
もしもの為に、ACには外部からもコックピットを開けられるようになっていた。
アンジェはそれを操作し、コックピットを解放する。
そこにいたのは、まだ幼く見える少女だった。
その身体に左腕は無く、ヘルメットから覗く整った顔には左眼は無い。
息も絶え絶え。しかし狂人は、突然の客人の姿を捉えると、右腕の親指をあげ、言った。
「すごい……だろ……」
女は笑った。そして、最高の戦いをしてくれた少女を抱き上げ、言った。
「あぁ……誇ってくれ。それが手向けだ」
ここに、ハーゼン工場の激闘は終結した。そこに死人は無い、不思議な終わりだった。
「どうするんだ、これから」
男はアンジェと真改に尋ねた。二人は、自衛用の小火器のチェックをしていた。
「生き残ってしまったんだ。それなら、また次の戦いに備えるよ」
コックピットの上からその言葉を聞いた狂人は、頭の中に嫌な想像が膨らんだ。次の戦い……クローズ・プラン……
アルテニア・クラニアムに立つ二人の剣士と一人の革命家。どう考えても、最悪レベルのミッション難度だ。
「そうか、なら、またいつか会うだろうな。」
「あぁ……。ふん、不思議な感情だ。なんで私達は、殺し合った相手にこんな親しみを抱いてるのだろうな」
「殺し合ったからだろ。俺も、エグザウィルで会った時よりも、お前を理解したような気がする」
そう言ってると、真改がアンジェを見た。どうやら、外に危険は無さそうだという事らしい。
「で、お前は私達を殺さなくていいのか?それが任務なのでは?」
「おいおい、今くらいは戦士でいさせてくれよ。敵に敬意を払うのなんて、久しぶりなんだから」
「そうか……なら、気にしないでおくことにしよう」
アンジェが小火器を持つ。腰には、自衛用の高周波ブレード。真改も同じ装いだった。
「じゃあな、アナトリアの傭兵。そして、イレギュラー。またいつか、戦場で」
「今度はちゃんとハイレーザーライフル持ってくるか……。うん、またいつか」
「じゃあな」
二人は手を挙げる。
と、鴉殺しが何かを思い出したかのように。鴉に向かって言った。
「レイヴン。私からの手向けだ、オルレアやスプリットムーンのパーツ。好きなもの全部持って行け。ピーキーな性能だが、お前なら使いこなせる筈だ」
「あぁ、ありがとよ……」
「じゃあな。次に会う時は、また鍛えておく」
「……………然らば」
そう言って、二人は工場から姿を消した。
長時間の戦闘。粗悪なAMS適性の為に、疲れ切った男は、先程まで共闘した相手を見上げた。
「おい、お前は本当になんなんだ?そんな若くてその腕は尋常じゃ無いぞ」
「うーん…………、まぁ、それは、知らなくて良い事かな」
「なんだ、そりゃ」
男は笑った。まぁ、いまは、そんな事は良いか
「じゃあ、私はこれで。見つかったらえらい事になりそうだから」
そう言ってクレピュスキュールに乗り込むイレギュラーに、男は自分が一つ尋ねたい事があったのを思い出した。
「おい!私は貴方ってどういう意味なんだ?」
「え?あぁ、あれは……」
コックピットを開きながら、少女は起動の準備をする。その手を止めて、少し考える。
「まぁ、それも、あんまり気にしなくて良い事よ。真実だけど、殆どその場のノリだったし。それに、貴方は私じゃないからね」
「答えになってないぞ」
「そんなもんよ。じゃ、また、こっちも戦場で会いましょう」
そう言って、クレピュスキュールも飛び去っていった。ほんとに、わけのわからない奴だ。
男は倒れた。今出せる全てを使い切った。疲労感も、また心地良い。
男はそのまま目を瞑った。
先程まで、剣戟が響いていたコロッセウムは、いまは驚く程に静かだった。
フィオナは走った。通信が切れて、既に三十分は経過していた。簡易的なコジマ防護服を着て輸送機から降りた彼女は、工場内部へ走った。
彼女は必死だった、視界の端にいた二つの影にも、空へと飛んで行くACにも気付かなかった。
工場内部。明かりは消え、天井から差し込む月の光しか光源は無いが、彼女はすぐに男に気付いた。
フィオナは駆け寄る、必死に呼びかける。そして、彼が息をしている事に気付くと、思いっきり泣いた。
その泣き声を聞いて、男の意識は覚醒した。
そして、泣きじゃくる少女の後頭部へ手を回すと、自分の方に引き寄せた。
ヘルメット越しのキス。コツンという軽い音が、廃工場に響く。
そして男は言った。まだ、身体の中にこれ程までの力が残っていたのかと驚く程に、強く、優しく。
「フィオナ……俺も、お前の事が好きだよ」
天に昇るは満月。空を見たジャンヌは、思わず呟いた。
「月が、綺麗だなぁ」
どんなに地球が汚れても、空はそんなこと関係無いってか。そう言って、ジャンヌは笑った。
すごい楽しかった。荒ありそう、誤字いっぱいありそう、後で探す。