世にリリウムのあらん事を   作:木曾のポン酢

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(何かに成功した音)


決意

「…………で、メノ・ルーの容態は?」

 

「はい、腕の怪我の処置は終わっています。食事も、ここに来た当時とは比べものにならないほどしっかりとっています。」

 

「それは良かった。……なら、手札は揃ったという事だな」

 

「えぇ。……しかし、あの女が来てからここまで状況が変わるとは思いませんでした」

 

「それだけの劇物という事だよ。まぁ、その毒にあてられてしまう者も出てきてしまうがな」

 

「……あれは、あの収容所でのあれは、何だったのでしょうか?」

 

「さぁな。だが……」

 

「どうしました?」

 

「あれは、この世の全てから恨まれようとも、何も気にせず思いのままに喰らい尽くすのだろうな」

 

「…………それは」

 

「……俺とした事が妙に散文的な表現をしてしまった。さて、出るか。……ビッグボックスか。ひとつ、あのご老人たちを脅してみるかな」

 

「ほどほどにしてください、我々は、降伏を願う側なんですから」

 

「地べたに這って願うのと、立って願うのではだいぶ違うよ。あぁ、そうだ、今度はあのオーメルのいけ好かないガキをイジメてやろうか?」

 

「……できれば、そういう子どもっぽい所をなおしてもらいたいんですがねぇ」

 

「下にいる者はどいつもこいつも幼児性の塊みたいな奴ばっかりなんだ、たまには、こんな事だって言いたくなるよ」

 

 

 

こんにちこんばんおはおやダンケシェン。ジャンヌ・オルレアンです。いやぁ、お肌ツルツルです。

 

と、まぁ、こんな冗談ばっかり言っても始まらない今日この頃です。時間的には、あの蜜月の時から約1日後です。たのちかった。ふふ!ハハッ!

 

さて、なぜ一人で廊下にいるかというと、まぁ、アレです。いま同室の娘が家族と最後の別れをしているからです。

 

…………泣き声が外まで聞こえます、誰もここを通ろうとはしません。

 

今日知った事ですが、どうやらリリウムはアクアビットでなかなかの人気者になっているらしいです。まぁ、私と違って本当に可愛くて本当に良い子だからね。リリウムからも聞いたのですが、みんなから良くしてもらってるらしいです。その良くしてもらっているのがAMS適性が高いからかどうかは知りません。

 

…………耐えられない。本心としては部屋に帰りたいが、リリウムを一人ぼっちで置いて行くことなど出来るわけがない。

 

こういう時はメノ・ルーをイジメて気分転換をするべきなのかもしれないが、接触禁止を命じられてじった。まぁ、しゃーない。

 

少しばかり床を見て、前を見る。

 

最近、人の不幸が楽しい。

悶え、叫び、泣き、苦しむ。その様子を見るたびに、その姿を見るたびに、心が煌めく。

 

ただ、それは身内以外の者に限る。リリウムや、そして驚くべき事にテペス=Vやミセス・テレジア、そしてあの数多のおかしなアクアビット社員たちが苦しむ姿は見たくないと考える私がいる。

 

「愉悦の中の理性なのかなぁ」

 

などと、呟いて見る。愉悦、愉悦、愉悦。リリウムを傷つける。それは、愉悦?

 

チラリと、ドアの方を見る。私に呪いをかけた亡骸と、その呪いの結晶。

 

なんとなく、アクアビットよりもあの子こそが私の首輪であり、私が人間なんてやれている理由な気がする。

 

「頼みますよウォルコットさん……!あんた方がかけた呪いこそがリリウムを守るんですからねぇー……!」

 

だなんて死者に祈ってみる。あんたらだって自分の娘を無残に死なせたくないでしょ?え、自分でなんとかしろって?やだなぁ、その時になったら絶対に楽しんでやってますよ私。ははは、笑えねぇ。

 

まぁ、そもそも、リリウムを守るならリンクスにするなって話かもしれないけどね。

 

でもね、こうね、やっぱ彼女見て思ったのよ、あぁこの子はネクストに乗せなアカン!ってね。……まぁ、大丈夫よ。相当変な事にならない限り衛星軌道掃射砲での戦いまでは死んだり……いやまてよ、現状こそ相当変な状況だよな。だってリリウムBFFにいないじゃん。アクアビットじゃん。あれこれダメなのでは?いや、でも、え、あ、これ、うん、もはや原作知識で予想もクソもねぇな。うん。

 

と、なると、だ。ある程度はリリウムに自分で自分を守ってもらう必要がある。

 

…………ちょいとだけ、離席する。まぁ、すぐ帰るさ。

 

 

ただいまー。出てから1時間くらいしか経ってないな。リリウムは……うん、まだ泣いているしセーフやね。

さて、と。

 

うん、そうだよな。会った時がたしかそのくらいで、んであれからなんだかんだ……二年、うん、二年は経ったな。なら、多分、11か、11だな。リリウムはもう11か。それにしては少しばかり背が小さな気もするが、まぁ、誤差の範囲だろう。

 

11か。

 

…………本当に、良いんだろうか。とは思う。思うが、しかし……

 

なんか、あんな事言っといてなんだが。迷っている自分がいます。リンクスなんて危ない仕事に就かせてもいいのだろうか。

 

……えぇ、はい。この泣き声でだいぶ心が迷ってます。というか、あの時は頷いてたけど、今回のこれで心変わりしてたらどうしよう。

 

……うん、その時は、素直に認めてあげよう。

 

…………なにが、認めてあげようなのだろうか。何様なんだろうか。認めなくてはならない。

 

まぁ、あれだ、入社時の約束を違える事になるが、アクアビットにとっては自分一人でお釣りもくるんだ。うん、アクアビットは贅沢を言っちゃいけない。こちとらジャンヌ様やぞ。

 

…………気がつくと。泣き声が聞こえなくなっていた。

 

そろそろだろうか。立ち上がり、リリウムを待つ。

 

五分ほどして、扉が開いた。

 

…………気のせいだろうか、表情が、なんか、大人びている。

 

リリウムは、あぁ、胸にあの写真を抱いている。真っ赤に泣きはらした目に涙は見えない。そして、なんだか…………自分がとても子供っぽく見えてしまう。

 

「申し訳ありませんジャンヌ様、長い間お待ちさせてしまいました」

 

なにか、あれ、なにか……

 

「あぁ、いや、大丈夫だよ。どう、お別れは終わった」

 

「はい、もう大丈夫です。」

 

……ほんとに、吹っ切れた顔だ。完全に吹っ切れてる。そして、なんだこれ、ちょいと怖いぞリリウム。

 

「そしてジャンヌ様。一つ、お願いがあるのですが。」

 

「…………お願い?」

 

「はい」

 

リリウムは頷いて、そして一切表情を変えずに言った。

 

「ジャンヌ様、もう、二度とネクストには乗らないで下さい」

 

………………………………………………ひゅい?

 

 

 

確かに、魂との別れは済ませた。

だが、やはり、姉や兄達と対面をすると、涙が溢れてきてしまった。

見慣れている姉達の、記憶の中のどれともちがうその姿。

 

そのどちらの胸にも、写真が抱かれている。姉達と最後に会った時に撮った写真だ。

 

リリウムは泣いた。二人の身体にすがり、おおいに泣いた。

 

だが、いままでと違い、彼女の中にはある決意があった。

 

これは儀式だった。

 

彼女にとっての成人の儀、姉や兄の庇護にいた自分との別れ、これから自分の力で生きて行くために。

 

そう、ジャンヌには頼らない。いや、頼ってはならない。

 

リリウムは気づいた。ジャンヌの危うさに、儚さに。

 

あの人は、一人で生きていたらどうなってしまうのだろう。もし放っておいてしまったら、もし目を離してしまった。あの人は、あの人も、死んでしまいかねない。

 

だれが、あの人を気にしてくれるのだろうか。アクアビットの人たちは、もうみんなあの人の仲間だと言う。でも、ずっとずっと、片時も目を離さずにいる事ができるだろうか?

 

あの人は、最初から風だった。気ままに現れ、気ままに翻弄し、気ままに去る。

 

そして、多分、最初からあんなに危うかったのだろう。そうだ、きっとそうだったんだ。なのに、そう、それなのに、何も考えず、自分の事しか考えず、姉を、兄を、助けてなどと言ってしまった。もしかしたら、そこであの人も死んでしまってたかもしれないのに。しかも、だれも見送ってくれない場所で。そんな事はもうあってはならない。無責任に放り投げてはいけない。

 

リリウムは全てを吐き出した。

 

そうだ、私が、私こそがあの人を守らなければいけない。あの人を危険な目に合わしてはいけない。あの人を止めなくてはならない。あの人と一緒にいてあげなくてはならない。

 

袖で、雫を拭う。そして、姉に、兄に、礼をする。今までの、礼を。

 

「フランシスカお姉様。好きなお方のために作る料理や、紅茶の淹れ方など、様々な事を教えて下さいありがとうございました。ユージーンお兄様。小さい頃から、リリウムといつも遊んで下さってありがとうございました。お兄様からしてもらった色々な物語やお話は、いまでもリリウムの胸の中に残っています」

 

そして、顔を上げる。

 

「……リリウムからお姉様に最後のワガママを言わせて下さい。……写真を、いただきます。でも、大丈夫ですよね。ユージーンお兄様が持っていますから、一緒に見る事ができますよね……」

 

雫が、落ちた。あぁ、これでもう枯れたのだ。もう、リリウム・ウォルコットが流せる涙は枯れたのだ。

 

リリウムは、フランシスカの抱く写真を受け取った。そしてそれを胸に抱き、亡骸を背にする。

 

儀式は終わった。リリウム・ウォルコットは、前を向くと、ゆっくりと、だが確かな足取りで扉へと向かった。

 

 

 

「そ、それって、どういう……」

 

「そのままの意味です。ジャンヌ様は、もう二度とネクストには乗らないで下さい。」

 

出てきた途端の唐突な奇襲に気圧されてしまう。いや、奇襲だけが理由じゃない。なんというか、リリウムが、いままでのリリウムじゃなくて……

 

「お願いします、ジャンヌ様」

 

芯を感じる。リリウム・ウォルコットという存在を、この少女から感じる。

 

………いや、だめだ、うん、いくらリリウムのお願いといっても、それは無理だ。だけど、そう言うのには、いままでよりもずっとずっと力がいる。

 

シリアスに、真面目に、リリウムの目を見る。あぁ、理由など問う必要の無い瞳をしている。決意を感じる。それが何かはわからない、だが、決して折れない、折ってなるものかという力を感じる。

 

「それは、出来ない」

 

ハッキリと言う。だが、少しだけ声が震えたような気がする。あぁクソ、本当に真面目にするのは苦手だ。

 

「…………わかりました、なら、もうこの事については言いません」

 

言いませんというのに、じゃあなんで瞳の決意は未だに燃えてるんだ?リリウムよ

 

「では、私は今すぐにリンクスになります」

 

…………………………………は?

 

「これはもう決定したことです。さ、ジャンヌ様、すぐにルーク様に話をしに行きましょう」

 

え、いや、ちょい、ちょちょちょいのちょい

 

と、止める間もなくリリウムは歩いて行ってしまう。

 

「あーんもう!」

 

ジャンヌは追いかける。何が起こったかはわからない、だが、何となく、首のあたりがとても窮屈に感じた。

 

 

 

「お疲れ様です」

 

「あぁ、本当に疲れた。……ふん、どいつもこいつも、もう戦う余裕も無いのに欲の皮は突っ張らせやがって」

 

「……では、終わりましたか?」

 

「あぁ、終わった。支配地域の多くは失い、多くの研究を禁止された。まぁ、三年は身動きが取れないな」

 

「それは……」

 

「ふん、なに、やりようはある。公に動かなければ良いだけだ。それに、こっちにはネクストがいる。テペスをあの夢想家に貸し出したとしても、優秀なのがまだ三人もな。あれだけいれば、色々な手が使える」

 

「……じっとしている気は無いと」

 

「勿論だ。最初は、わざわざ市場を狭めたバカ達に痛い目を見せてやりたい程度の気持ちだったが、今はもっと徹底的にやりたくなってきている」

 

「では……」

 

「古今東西の事例を見よう。抜け穴なんて馬鹿みたいにある。煙幕発射器などと言ってロケット砲を作っても良い。水槽の話をしているフリをして戦車の話をしても良い。禁止されていない事例で全く新しい技術を作ってみても良い。それに、だ。何のために、先代はアトマイザーを浮島にしたと思ってるんだ?」

 

「何か、あるんですか?」

 

「あぁ、湖底にな。まぁ、俺も詳しくは知らないがな。とりあえず、帰ったら早速チェックを行う。」

 

「わかりました。」

 

「さぁ、帰るぞ。戦争は終わった、今からは、平和という戦間期の時代だ。」




次回からようやく戦後編始まります。LR編はもう少しだけ待つのじゃ

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