世にリリウムのあらん事を   作:木曾のポン酢

38 / 55
まーた物事を解決するためにキャラを増やすー!




閃光が瞬く時

時を少し遡る

 

「ベルリオーズさん、ちょっといいですか?」

 

高度7000M上空

ネクスト専用輸送機、ファフニール号機内のアセンブリルームにて自機の調整をしていたベルリオーズは、戦友の妻であり、彼らが設立した傭兵会社の社長となっている女性の到来に首を上げた

 

「どうした、フィオナ。あいつなら今は自室に籠ってると思うが。」

 

彼らが運営する傭兵会社〝レイヴンズネスト〟は、実働戦力がネクスト二機のみという少数精鋭を売りにした会社だった。

普段は、このファフニール号で世界中を飛び回りながら、依頼を受けた場合は作戦地域まで直接輸送、投下される。

ファフニール号は、もともとレイレナード社が目指していた「常時ネクストを空中待機させておく為の飛行基地」というコンセプトで製造された輸送機の内の一機であるため、武装の変更やチューン程度の簡単な調整は可能だった。

 

「そうですか……、では調整が終了したらブリーフィングルームへ来てもらえますか?」

 

「何かあったのか?」

 

「はい、彼が来てからお話しします。」

 

そう言って、フィオナは部屋から出て行く。

ベルリオーズが、この夫婦の下へ自社の輸送機と共に合流した理由は二つ。

 

まず一つは、彼を追う者の多さだ。

ベルリオーズは、リンクス戦争時のレイレナード社の戦争を主導する立場に立っていた。GA社やローゼンタール社への直接攻撃についても、彼がその責任を持っていた。

 

その為、企業の中では彼を戦犯として処理しようという動きがあった。

だが、ベルリオーズはそんな要求を認める気はハナから無かった。だが、常に一人で行動していると、企業からの襲撃の可能性がある。

 

だからこそ、彼はレイヴンのもとへと身を寄せた。最強が一人のみなら、終始監視をすればいつかは隙を見せる可能性もある。

 

だが、最強が二人となると話は違う。ベルリオーズが休んでいだとしても、彼と同等以上のリンクスがそれを守っているのであれば何の意味もなかった。

 

企業は複数のリンクスによる襲撃なども考えたが、そもそもがこの二人は特別だった。オーメル社の切り札二枚が、彼らの機体に引っかき傷すらつけることが出来なかったことが、その異常性を示している。リンクス全てを動員しても彼らには勝てない、それが企業の判断だった。(実際には一人いるのだが、そもそも撃破対象である二人よりも信用されておらず。またレイレナードの同胞であるアクアビットに所属している為に意図的に無視されていた)

 

そして、もう一つの理由はベルリオーズがこのような生き方に憧れを抱いたからである。

その所属企業への奉仕含め、〝リンクスの完成系〟と言われた彼だったが、アナトリアの傭兵と交流し、時には利用し、時には苦渋を舐めさせられる内に、その姿に羨ましさを抱いた。

身を隠すならもう一つ、鴉の巣よりも目立たない組織があった。

そこを選ばなかったのは、首輪が外れた今、少しだけでも戦友のように自由に空を駆ける気分を味わってみたかったのだ。

 

リンクス戦争後の傭兵の仕事は、ある意味では戦争時のソレよりも忙しかった。

 

コロニーや企業の庇護が公には無くなり(GA、そして新たにアクアビットは水面下で支援を続けていた)自立の為に多額の費用が必要になったのもあるが、その理由の多くは企業の弱体化による反パックス勢力の台頭だった。未だリンクス戦争以後の新しいリンクスは誕生しておらず、どの企業も外側を気にする余裕が無い。その隙間を狙い、各地で息を潜めていた反パックス勢力が一気に動き出した。

 

それらの討伐に、傭兵たちは東西南北駆け回る事となった。東でゲリラを討伐したと思えば、西で武装の受け渡し現場を襲撃する。反パックス勢力からの依頼も時にはあったが、ほとんどがその報酬の旨味のなさから見送られてきた。

 

独立から半年、レイヴンズネストはその力によって世界中から恐れられる存在となっていた。

 

 

調整を終え、ブリーフィングルームへ行くと、既に二人が待っていた。リンクス戦争で多くのネクストを撃破し、この世界でも伝説と呼ばれるようになったレイヴンと、フィオナ・イェルネフェルトである。仕事についてのブリーフィングならば、これにファフニール号のクルーも加わるので、どうやらそれ以外の話らしい。

 

ベルリオーズが席に座ったのを確認し、フィオナは頷いた。

 

「実は、コロニー・アスピナのアブ・マーシュからレイヴンズネストに参加したいとの申し入れがありました」

 

「アブ・マーシュ?」

 

誰だそれ、と言わんばかりに首をかしげる男に対し、ベルリオーズが口を開く。

 

「アスピナの天才的なアーキテクトだ、確か、ホワイト・グリントとは何度か相対してたな?あれを設計したのも彼だ」

 

「あぁ、あれか。」

 

男が思い出したように頷く。

 

「あれはいい機体だったな。アスピナの傭兵の戦闘スタイルにも良くあっていた。あの木偶の坊よりも、あれに乗っていた方が俺は苦戦してたろうな」

 

ホワイト・グリントの洗練された姿を男は思い出す。全ての戦場で何とか撃退できたが、そのどれもギリギリの戦いであった。どれも、殆ど運による勝利だったと言える。

フィオナが言葉を続ける。

 

「このメール内に理由は書かれていませんでした。合流の意思を示す文章と、その日時と場所の指定。あと、土産があるという追伸だけです」

 

「そりゃ怪しいな。まぁ、天才だってちやほやされてる内に常識を無くしたのかもしれんがな」

 

「私は罠の可能性を疑っています。一応二人には相談をしましたが、本来はこちら側で破棄すべき内容でしたが、流石に何の相談もしないのは……」

 

「いや、行こう。了解と返信してくれ」

 

フィオナの言葉を切り、男が立ち上がる。

 

「ベルリオーズもそれでいいだろ?」

 

「あぁ、異論は無い」

 

「ど、どうしてですか?」

 

流石にフィオナも、男が認めるとは思っていなかったらしい。何故と自分の夫に尋ねる。

 

「単純だ、最近こっちを罠にハメようだなんて仕事は少なかったからな。罠だとしたら、どんな恐れ知らずが相手か顔を見てみたい」

 

「そんな……」

 

無茶苦茶なと言おうとする。だがその前にベルリオーズか口を開く。

 

「このメールの信憑性を上げる情報が一つある。そもそも、アブ・マーシュはアスピナがオーメル勢力に近づくのをよく思っていなかったらしい。それに、その上、お気に入りのジョシュア・オブライエンをオーメルに殺され、その恨みは大変深いとも聞く」

 

「いつも思うが、お前のネットワークはどこまで広がってるんだ?」

 

男が呆れたように言った。もともとレイレナードという六大企業の中で、トップに近い位置にいたベルリオーズは、独自の情報網を世界中に広げていた。依頼の真偽の確認も、このベルリオーズの情報を使って行われることが多い。

 

「ですが、それならば直接手を下した彼にも相当の恨みがあるのでは?」

 

「アブ・マーシュは優れたリンクスを異常なまで愛している。それは無いだろう、なんたってレイヴンはジョシュア・オブライエンを超えるリンクスなのだからな。一度、私にもラブレターが来たことがあるよ。あぁ、その時のアドレスと比べたら本人かどうかはわかるのでは?」

 

「ですが……」

 

ベルリオーズの言葉に、フィオナの語気も弱くなる。それを勝機と見た男は、フィオナの肩を叩いた。

 

「安心しろ、俺たち二人がいる。罠だとしても誰も死なせんよ」

 

そう言って男はブリーフィングルームから退出した。恐らく、睡眠の続きだろう。彼は三時間前まで、数十機のノーマル相手に一人で大立ち回りをしていたのだ。

 

「……もう」

 

「アナトリアから出て、自由に飛べる空を手に入れた。だから、勝手気ままに飛びたいという事なのだろうな」

 

さて、とベルリオーズが立ち上がる。話し合いは終わった。今からはトレーニングの時間だ。

 

「少しは夫を信用したらどうだ?罠にかかるのを楽しみとは言っていたが、あれは相当に鼻が利く。」

 

「信用するのと心配しないというのは別です。」

 

「なるほど、そう言われると何も言えないな」

 

そう言って、ベルリオーズも部屋を出た。

 

 

 

アブ・マーシュのメールにあった日が来た。

指定された座標には、放棄された飛行場があった。まず最初にPAの起動していないネクストを投下し、安全確認の後にファフニールが着陸する。

 

主翼を変形させ、垂直に降りるファフニール。さて、待ち合わせ時間まであと30分はあるが……

 

「遅いッ!遅すぎるよッ!!」

 

…………古びたガレージの方から、そんな大声が聞こえる。あぁ、なるほど、やはり常識を失ったタイプの天才だったか。

 

ガレージから出てきたのは、ネクスト運搬用のトレーラーが二台。

 

……その内一台の上に立ってメガホンを持っているのがアブ・マーシュだろう。

 

「こっちはそちらが指定してきた30分前に到着したんだぞ。批難される覚えは全く無いが。」

 

「新しい彼女との初デートなんだから一時間前に来るのが当然だろう!?」

 

男が外部スピーカーを使って言った言葉に、訳のわからない反論を行う。なるほど、才能が無いと生存が許されない程度にはおかしいらしい。

 

「初デート……ですか?」

 

ベルリオーズが尋ねると。そうだよそうだよとアブ・マーシュは頷いた。

 

「さぁ!早速君たちの彼女のお披露目をしよう!そんな機体から降りてこっちに来なさい!」

 

有無を言わせない言葉、そもそも彼女が何なのかについても説明していない。まぁ、あのトレーラーと布を被された10m程の何かでだいたい予想は出来るが……

 

仕方なく、男とベルリオーズは機体から降りた。フィオナもファフニールから降りる。と、アブ・マーシュはトレーラーから降り、まずベルリオーズに近づく。

 

「やぁベルリオーズ!君に会えるのを楽しみにしてたよ!やっとお互いフリーだ!君にピッタリのを用意したから是非……」

 

「やはり、アスピナから離脱を?」

 

「当たり前さ!あんなリンクスを使い潰す事を何とも思えないオーメルと関係を持った時点で吐き気がしてたが、ついにジョシュアまで捨てたのだから!全く!あれ程の才能なんて世界中にどれだけいると思ってるんだ……あぁ!君が噂のレイヴンか!」

 

と、今度は男のもとへと近づいてくる。丸メガネにボサボサの髪と手入れのしていないヒゲ、身体は細くそのくせ異様にキビキビと動いている。人種はユダヤ系だろうか?

 

「まさか君みたいな才能がいるとは思っていなかったよ!低いAMS適性を技術と経験で補うなんて!いやぁ感動した!ジョシュアは残念だったが、それを超える君と会えたのだから何の問題も無いよ!!ただ…………」

 

ここで、一度アブ・マーシュは言葉を切り。男の愛機を見上げる。

 

「このセンスの無いアセンブルは褒められないね。アリーヤの美しさを完全に損なわせている!何でよりによってレオーネの腕部パーツなんて……」

 

腕を上げ、そんな風に叫び散らかす。いや、それどころか涙すら流していた。

その言葉に、ワルキューレの設計を行ったフィオナが反論する。

 

「お言葉ですが、彼の戦い方にはEN武器適性の高いこのタイプの腕部が最適なのです。」

 

「最適なわけあるかい!!」

 

ずずいと、アブ・マーシュの首がフィオナを向く。

 

「いいかい!企業標準機体は自社のパーツにぴったりと合うように見た目も含め設計されてるんだ!それなのにまぁよくもこんなに無造作に組み合わせて……美しさが皆無じゃないか!」

 

「美しさ……ですか?」

 

天才の異常性を真正面からくらい、フィオナが若干距離をとる。しかしそんな事は構わずに、アブ・マーシュはつかつかと近づいていった。

 

「そう!美しさだ!そもそも兵器とは人を殺す事に特化したものだ!だからこそドンドンと洗練され機能的な美しさを持つようになった!!強く無い兵器に美しさは無く!美しくない兵器に力は無い!力と美は一体と言っても良い!ならば!この世界で最も強大な兵器たるネクストはこの世界で最も美しい存在でなければならないのに……!!」

 

あぁ、また泣き出した。だが、何となくどんな人間かはわかってきたぞ。あいつとはまた違うタイプの狂人だ。

 

「君は、確かイェルネフェルト教授の娘だったね……?」

 

「父の事を知っているのですか?」

 

「一度だけ話したことがある程度さ、だが、彼の造ったプロトタイプネクストは荒々しい美しさがあった。その娘なのに、こんなに美術的センスが壊滅的だとは……確かに、他社のパーツ同士で組み合わせていると思えないワルキューレの動きを見る限り優秀なアーキテクトなのだろうが……」

 

ほう、と男は感心した。このタイプには珍しく、他者の実力を認める程度の思考能力は有るらしい

 

「だが安心したまえイェルネフェルトくん!私が設計した愛娘に君の技術と二人のリンクスの腕が加われば何の問題も無い!!最高に美しく!!最高に強い!!そんなネクストがこれから世にでるんだ!!では!早速紹介しようじゃ無いか!!」

 

誰もこの男を止めようとはしない。フィオナは呆然としてるし、ベルリオーズは淡々と待っている。レイヴンはというと、その一々の動きにコミカルささえ感じ初めており、止めようという気が起きなかった。

 

「さて!ではまずベルリオーズの方からだ!」

 

そう言って、天才はトレーラーに合図を出した。すると被せられた布が解け、その中身が露わになる。

 

それは、本当に美しい機体だった。

各所の雰囲気はアリーヤと共通したものを感じるが、全体としては大きく異なっている。例えるとしたら、アリーヤをレーシングカーとすると、まるで新幹線のような……そんな雰囲気の違いだ。

 

「WGⅨ/v ホワイト・グリント。本来ならジョシュアの為に設計した機体だったんだけど、ベルリオーズの戦闘スタイルにも合致する筈だ。」

 

ふと、男はある違和感を抱く。そしてその原因を見つけると、天才に尋ねる。

 

「これは、イレギュラーの機体のコアによく似ているように見えるんだが……」

 

「おぉ!よく気付いたね!!」

 

アブ・マーシュが瞳を輝かせる。あ、これはまずい。

 

「いや、僕もあのコアに感銘を受けたんだ。OB時の変形機構なんかはやられたッ!と思ったね。だけど、君のワルキューレちゃんと一緒で全く機体全体が調和してない!折角どれもこれも美しいパーツなのに……!!」

 

まるでレイレナード製のマシンガンのような早口だ。誰にも口を挟む間を与えずにまくし立てていく。

 

「このホワイト・グリントは、あのクレピュスキュールのコアを僕ならばどのように活かすかをコンセプトに設計したんだ!断言しようッ!!これは最高に美しく最高に強い機体だ!中近距離での射撃戦なら間違いなく敵は無い。さらに!今どこの企業でも躍起になってるAA……あぁ、PAのコジマ粒子を攻撃に転用する技術さ、君もアレサで見た筈だろう?あれがもし実現した時に備え、カメラアイには保護機能をつけている!更に足裏には衝撃緩和用に……」

 

一切止まる気配は感じられない。だが、このタイプは下手に止めてしまうと話が長くなってしまうので、黙って話を聞く。ベルリオーズなど微笑すら浮かべている。いや、あれは少し興奮しているのか?まぁ、美しい機体だからその気持ちは大いにわかる

 

「あぁ、あとエンブレムはシュープリスと同じものを貼り付けていたよ。本当はジョシュアと同じものをつけたかったけど、エンブレムはリンクスの象徴だ。勝手に変えてはいけないと思ってね」

 

「ありがとうございます、今つけている武装は……」

 

「ジョシュアのホワイト・グリントと同じものだよ。まぁ、オマケだと思ってくれたまえ。さて!次は君の機体だよレイヴン!ほら、開けてくれたまえ!」

 

もう一つのトレーラーに合図を送る、同じように被せられていた布が落ち、男の新たな機体が太陽の下に立った。

 

男は、一目見てその機体を気に入ってしまった。

先ほど、ホワイト・グリントを新幹線だと例えたが、目の前に立つネクストを例えるとすれば、戦闘機……それも音速を超えるタイプのそれに見えた。

ホワイト・グリントの各パーツを鋭角に尖らせ、極限まで速さを追求したようなボディ。腕には、まるで鴉の羽根のように黒く塗られたその機体は、一瞬で男の心を掴んでしまった。

 

「N-WGⅨ/v ブラック・グリント。ホワイト・グリントを君に合わせる形で改造した機体さ。ホワイト・グリントの違いは単純!より靭く!より疾く!速度性能を追求して装甲は殆どがPA頼み、腕部も銃器の使用は想定していない代わりにEN適性を極限まで上げ、ブレードのみを使う事に特化させた君だけの機体さ!どうだいレイヴン?」

 

男は、魅入られたようにその機体を見つめていた。あぁ、なんと美しいんだろう。これに乗りたい、これに乗って飛び続けたい、これに乗って戦い続けたい、これに乗ったまま死んでしまいたい。

 

「ふむっふ!どうやらお気に召していただけたようだ!いまは一応オーメル製の長刀をつけているが、君の持ってるムーンライトの方がぴったり合うだろうね!いや良いと思うよ、合うと思うよ!あぁ、あと確か君はエンブレムを付けてなかったね?」

 

「あぁ、まぁ」

 

男は、ワルキューレにエンブレムを付けていなかった。理由は様々あるが、彼の接近戦を中心とした戦い方ではすぐに塗装がハゲてしまう為に、塗り直すのが面倒になってつけなくなったからだ。それまでは、兜をつけた女神のエンブレムを貼っていた。

 

「君みたいな名のあるパイロットがそれじゃあ勿体無い!だから、この黒いホルスの目を象ったエンブレムを貼っておいた!勿論、気に入らなかったら外してくれても構わないが……」

 

「いや、これで良い。これが良い」

 

「それは良かった!」

 

アブ・マーシュはニコニコと笑う。

 

「さぁ、試しに乗ってみてくれたまえ!あぁ、いままで乗っていた機体がもういらないのならこのトレーラーに乗ってる男達に言ってくれたまえ。彼らはそれ専門の業者でね。ネクストの部品を横流しして稼いでるんだ。なかなかの値で買ってくれるよ」

 

「すまん、フィオナ。我慢できないからちょっと乗ってくる。機体については武装とブースター以外は売る方向で進めてくれ」

 

「私も試してみたい、どうだ?軽く模擬戦と行くか?」

 

「いいね、ただ飛ぶよりそっちの方が速く慣れる」

 

「……わかりました、まぁ、新しい機体にのりかえるのなら重要なことですしね」

 

フィオナは、はしゃぎ始めた男達に対しため息を吐くと、アブ・マーシュの方を見た。

 

「ですが、よくこんな荷物を持ってアスピナから出てこれましたね。追手はかからなかったんですか?」

 

「いや、来てるはずだよ。君たちが来る少し前にアスピナに残してる部下から『実験用のネクストが出撃した』って連絡があったから」

 

「…………え?」

 

その時だった。

 

「フィオナさん!すぐに機体に戻ってください!ファフニールのレーダーが四つの高エネルギー反応を捉えて……」

 

ファフニールのレーダー員が窓を開けて叫ぶ。

 

「なんですって!?」

 

「おぉ、どうやら見つけたらしいね」

 

「そんな大事なことを何で速く言わないの!?」

 

「いやぁ、忘れてたんだよ。ごめんごめん」

 

「あぁもう!あなた!すぐにワルキューレに戻って、迎撃の準備を……」

 

「いや、問題ない」

 

男はそう言って、ブラック・グリントのコックピットに収まる。AMSを接続、本当に刀を振るう事のみに特化させたのだな。補助に使う為の操縦機器も、ワルキューレの半分以下におさえられていた。

 

機体に火を入れる。あぁ、これは良い、自分の身体にピッタリと機体が合うのを感じる。大丈夫だ、全く負ける気を感じない。

 

「ベルリオーズ、行けるか?」

 

「大丈夫だ。なるほど、天才の噂は本当らしい」

 

「あぁ、ありゃあの性格を差し引いてもお釣りが来るレベルの才能だ」

 

二つの機体に光が灯る。

一つは蒼、一つは紅。

それぞれのコアが変形し始める。羽根を広げた鳥のように自由で、雄大な姿は、ある種の美しさの極限と言っても良かった。

 

 

次の瞬間、二条の閃光はその名に違わぬ速さで空を駆けた。

 

 

 

 

 

時は戻り、そこから少し時計の針を進める。

 

空港を占拠していたテログループは、通常兵器やネクストだけなら10秒も経たずに、全体は30分で殲滅された。人質に多数の怪我人は出たものの死者は無し、企業の勝利と言える内容だった。

 

翌朝、ファフニールを空港に駐留させ、燃料の補給などを行う。仕事が終わってからずっと寝ていた男は、とりあえずコーヒーを飲んでから始動しようと扉を開けると

 

 

天才が狂人と談笑していた

 

「そうなんですよぉ!クレピュスキュールはどうもまとまりが無い機体になっちゃって……」

 

「本当だよ!それぞれのパーツの美しさを全く活かしきれてない!僕だったら……」

 

「…………何やってんだお前ら」

 

「おぉ!レイヴンじゃん!工場ぶり!」

 

「いやぁ、君に会いたいと言ってたから独断で通したのだが、まさか彼女がイレギュラーだったとはねぇ。いま熱いネクスト談義を……」

 

助けを求めるつもりで周りを見るが、このおかしな連中意外に人はいない。見ると時計の針は既に昼過ぎを指していた。フィオナは依頼主と報酬の確認を、ベルリオーズは昨日言っていた砲弾の調達のために有澤に向かったのだろう。

 

最悪である。天才は、ネクストを設計していない限りはただの変人であるし、狂人はほぼ全ての時において予測不可能なまでに狂っている

 

「……なんでお前がここにいるんだ?」

 

「有澤から接待されてたのん。で、ホテルに泊まってたら空港がテロリズムでー、んで貴方達がすっごい綺麗なネクストに乗ってたから、なんでこんなもん持ってるんだと会って尋ねようと思ったらこのマーシュさんが……」

 

「盛り上がってねぇ、設計秘話から色々と話しちゃったよ!実は僕は君にも大いに興味を持っていてねぇ!どうだい?一機君専用に機体を設計しようか?」

 

「それは大変嬉しいんですけど、実はアクアビットから新しい機体を提供してもらう予定で、こんな機体なんですけど……」ポケットから写真をペラリ

 

「ほほう!なるほど、確かにこれは君にピッタリだろうねぇ。武装はどうするんだい?」

 

「何やら、アクアビット内でコンペをやるらしいです。それで各部門が争うらしくて……」

 

「じゃあ、こういうのはどうだい?実は前からあっためていた武装の設計案があったんだ。アクアビットの技術力なら間違いなく実用化できるだろう!それをコンペの時にアクアビットに送るから、もしそれが勝ち残ったら是非使って欲しい!」

 

「あーそれもう最高です!ありがとうございますマーシュさん!あ、これ私のアドレスなんで、色々と相談乗ってもらっても良いですか?」

 

「勿論勿論、君みたいなリンクスとの交流は創作意欲をガンガン刺激してくれるからねぇ!!」

 

社長達が預かり知らぬうちに突然レイヴンズネストに狂人とのラインが出来上がってしまった。おそらく止めるべきなのだろう。止めるべきなのだが、間違いなく事態が更にややこしくなるためにやめておく。

 

「おおっと!話し込んでしまった、実は今からの飛行機でアクアビットに帰る予定で。連れからはトイレに行くと言って逃げてきたんですよ。そろそろ帰らないと雷落ちるなぁ」

 

「へぇ、連れが。どんな人なんだい?」

 

「優秀なリンクスの卵なんですよ。またいつかマーシュさんにも会っていただきたい。あのウォルコット家の……」

 

ウォルコット家……と聞いてふと戦時中に戦った姉弟を想い出す。抜群のチームワークで、なかなか苦戦を強いられた記憶が……

 

イレギュラーの動きが止まる。と、首だけ動かして男の方を向いた。

 

「…………ミスターレイヴン」

 

「なんだ?」

 

「…………スフィアであの姉弟を倒したのはもしかしなくても貴方?」

 

「……そうだが」

 

何故その事を知ってるかは聞かない。聞いても、答えが返ってくるわけないと確信があるからだ。

イレギュラーが頭を抱える。

 

「どうした?仇の事を追ってるのか?」

 

「いや、そういう事は言ってないけど、心の中では思ってるかもしれない」

 

焦ったように言葉を続ける。義手で頭を抱え、右腕は親指の爪を噛みながら、どうしたもんかと頭をひねる。

 

「…………もし今後、私の連れのリリウム・ウォルコットと会っても、絶対にその事は言わないで」

 

「別に傷に塩を塗り込む趣味は無いよ。だが、知って復讐させても良いんじゃないか?」

 

「負ける気一切無い癖にそんな事を言うな。わたしゃあの娘を守らなきゃ行けないんだから」

 

イレギュラーが溜息を吐く。

 

「まぁ、一人で会った時にその事を知れて良かった。じゃ、またねレイヴン。できればまた、こんな感じの平和な時に」

 

「またなイレギュラー、俺は戦場でも構わんぜ」

 

「それもそれで楽しそうではあるんだけどねぇ……あ、あと名前はジャンヌよ。ジャンヌ・オルレアン。もう首輪がついたんだからそっちで呼んで」

 

ひらひらと、手を振りジャンヌは去って行った。

 

「……なんか疲れたな、また寝るわ」

 

「おやすみなさーい。しっかり休んで心も身体も休めると良いよ」

 

アブ・マーシュがナプキンになにかを書きながら言った。おそらく、さっき言っていた武装の話だろう。

男は二度三度首を揉むと、再び寝室へと戻った。




そろそろLR編が本格的に始まります。

ただ、その前に1話だけ、ある重要キャラの現状について書くと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。