「では、一国一城の主となったフリードマン・レイに……乾杯」
「乾杯」
ガラス製のジョッキがぶつかる澄んだ音が響く。そのまま、よく冷えたビールを一気に喉に流し込んだフリードマンは、その瞬間だけ先ほどまでの夏の暑さに感謝をした。
「さて、どうだ?フリーになって本を出した感想は」
フリードマンよりも先にビールを飲みきり、つまみへと手を伸ばし始めていたジョージ・オーニルが尋ねてきた。
「まぁ、前よりは企業に気を遣わなくても良くなったな。……その分、本一つ分の取材するのに大分手間がかかったが」
ソーセージに手を伸ばしながらフリードマンがぼやく。
昨日、フリーとなって初めての仕事である。 リンクス戦争について取り上げた著書を出版した彼は、ここ数ヶ月は世界中を飛び回っていた。
「なに、お前さんならすぐに新しいコネを見つけるだろうさ。」
GAへの取材の際に出会い、そこで意気投合してしばしば飲むようになったジョージは、気楽そうに言った。
「まぁ、とっかかりは出来たな。今度はリンクスからの証言も取りたいが……」
「今は難しいだろうな。そもそも数が半減した上に、その少ない戦力でもって戦線を守らなければいけないから、どこの企業も相当に無理させているようだ。」
「戦間期……か。ふむ、となると、やはりネクスト戦力を充実させるのがどこも急務という訳か……」
「ま、ネクストだけでは無いが……。そうだな、餞別といっては何だが、いくつか聞いていくか?」
「なんだ?GAの今後の戦略か?」
フリードマンは胸ポケットからボイスレコーダーを取り出す。ジョージはソレを見ると、まぁそのようなもんだ。と身体を乗り出した。
「GAアメリカの今後の戦略的拡張の方向は二つ。ネクスト戦力の更なる拡大と……ネクストに頼らなくてもすむ戦力の生産、この二つだ。どっちから聞きたい?」
「まずはネクストの方から頼む」
ジョージのグラスにビールを注ぎながら、フリードマンは言う。先のリンクス戦争の結果からわかるように、ネクスト戦力はそのまま企業のパワーバランスになりうる重要なものだ。今後、世界の覇権を握ることとなるGAが、どのように動くかは、個人的にも気になった。
「わかった。……とりあえず、GAの次期標準ネクストだが……3機出すらしい。」
「3機?それはあれか。武器腕換装型も含めてとか……」
「いや、違う」
ジョージは首を振り、ニヤリと笑って言った。
「それぞれ別のフレームで3機だ。重量二脚タイプのサンシャイン2。中量二脚タイプのニューサンシャイン。そして、軽量二脚タイプだ」
フリードマンが驚愕の表情を浮かべた。
「えらい思い切ったな。いったいどうして。」
「まぁ、詳しいことは聞こえてこないが。恐らくはアクアビットに対抗するためだろうな」
ジョージが手元の端末で追加の注文を打ち込みながら言った。
「なるほど、例の狂人か。」
アクアビットの狂人……。先の大戦で、世界中を相手に暴れ回った怪物リンクスの事は、突然フリードマンも把握していた。残念ながら、全企業に衝撃を与えたというアフリカでの映像については見てはいないが……。
「あぁ。前の戦争で奴には相当にやられたからな。そうでなくても、ネクストの質と量のせいでだいぶ戦いにくかったと聞く。恐らく、ネクストの技術研究の面もあるんだろうな。」
「各タイプの特徴とかは……」
「その辺りになると流石にまだ聞こえてこないな。話すとしても、信憑性の怪しいものになるぞ」
「いや、それで良い。そうだな、まずは重量級の奴から聞かせてくれ」
「わかった。サンシャイン2だが、現行のものを更に発展させたタイプだ。より堅く。より強力な重火器を装備出来るようにするらしい」
「有澤の霧積を二脚化させたようなタイプか?」
「だろうな。ワカの戦訓から、相当に丈夫な機体なら撃墜されてもリンクスへのダメージは少ないという事がわかったからな。有澤も新型のタンクタイプを造るらしいから、その辺りと協力して造るんだろうな」
「成る程ね……」
追加で運ばれてきたビールに手を伸ばす。どちらもアルコールには強いので、この程度ではどうという事は無い。
「で、次は中量級だが。まぁ、こっちが生産の中心となると思う。なんでも、NSSプロジェクトというのを開始するらしい」
「NSS?」
「ニューサンシャインの略だな。こっちは、リンクス戦力の充実の為にやろうとしているらしい」
「ネクスト戦力の充実……」
フリードマンは少しばかり考えると、あぁ、なるほどと顔を上げた
「サンシャインのセールスポイントの一つだったな、操作の簡単さは。そっちを発展させていくのか」
サンシャインは、厚い装甲と重火器がウリで有るために、複雑な操作を必要としないと言う特徴があった。
「あぁ、フィードバックやアナトリアの傭兵の成功もあったからな。AMS適性が低くても、一流の戦力になり得るって事に気付いたらしい。そんなのを集めて戦力にしようってのがNSSプロジェクトの肝なんだと。まぁ、又聞きだが……」
「ふーむ。しかし、この二つを考えると、クーガーのあの動きも納得だな。」
「聞こえてるのか?」
「あぁ、だいぶえげつない手で引き抜いてるらしいな」
GA傘下のクーガーによるコジマ技術者の引き抜きは、業界の人間ならば誰でも知っている話題だった。様々な企業から、時には強引な手を使いながら人間を吸収していた。
「まぁ、コジマ技術はGA全体のウィークポイントだからな。ここをどうにかしないと今後生き残るのは難しいだろう」
「っと、話がそれたな。で、最後だ。GAが軽量機体を造るってのは、どんな機体なんだ?」
「これに関しては一切わからん。どうやら、相当上の連中が進めているらしい」
「何か、本当に出所の怪しいのでもいいから聞こえてこないか?」
「あー……そうだな……。……信憑性というか、俺の予測も入ってくる話だが……」
「なんだ?」
ジョージが声を一段階落とす。
「カレッジの同期にレオーネに就職した人間がいるんだが……そいつを、この前ビックボックスで見かけたんだ」
フリードマンが唸る。それは、つまり……
「レオーネとの協力関係を復活させるということか」
「まだわからんがな。だが、あり得ない話ではない。どちらもリンクス戦争で受けたダメージは小さくない」
そう言いながら、ジョージは更に言葉を繋げる。パブの喧噪もあり、声はフリードマンたちの席にしか聞こえない。
「それに、だ。レオーネ含めたインテリオルグループとGAはコジマ技術に関しては弱い。向こうは、アクアビットをなんとか取り込もうとしていたらしいが……」
「アクアビットの反インテリオル感情は凄まじいぞ。奴ら、あいつらを裏切り者だと思ってるからな。」
現在のアクアビットは、レイレナードやGAEなどのリンクス戦争での敗者を多く吸収していた。アクアビット単体での力は戦前よりも上がっていると言う話もある。
だがそのために、リンクス戦争において敵側だった企業への恨みは凄まじい。
「それに、GAはBFFを取り込んだせいでオーメルとの対立も深くなるだろうし……。あぁ、となると二つが協力して研究を……ふむ……」
BFFは金融関係においてオーメルと、民族主義の観点から再建中のローゼンタールと対立している。
「まぁ、どっちも得意分野が違うからな。実験的な要素が強いと思うが、噛み合えば良い機体が出来るんじゃないか?」
「ふぅむ」
兎も角、いい話を聞いた。すぐに記事には出来ないだろうが、追う価値はありそうだ。
「なるほどなるほど。で、次だ。ネクスト以外の戦力ってのは……」
「まぁ、とりあえず続きはこのグラスを開けてからにしようや。」
「っと、そうだな。」
話に夢中になりすぎて、酒もつまみもすすんでいない事にようやく気がついた。フリードマンは新たに運ばれてきた酒を口に含むと、今度は他愛も無い話に花を咲かせた。
「こちらカリオン、現在現場に急行中。状況は?」
B7……アクアビットの掘り進めている大規模採掘施設。そこの中のAC用通路を愛機と共に進みながら、ミセス・テレジアは状況を尋ねた。
『こちらHQ。現在、警備のノーマル部隊が防衛線を張っている。』
「了解。」
自分が警報を受けたときとオペレーターが変わっていた。おそらく、軍務経験者を引っ張り出してきたのだろう。
『防衛戦を行っている地点をマークする。現在、38区間と直接ルートが繋がっている地点……三箇所あるのだが、そのどれもが苦戦中だ。まず貴女には、そこから最も近い防衛線Aへ向かってもらいます』
「了解したわ。で、敵の情報は?」
マーキングされた地図を参考に、通路を進んでいく。本部から操作しているのだろう。最短ルートの隔壁刃事前に空けられていた。
『現在解析中だ。既に、数枚の画像が本部に送られているが……攻撃方法含め、特異な兵器だ。現時点で得た、画像データと行動パターンをまとめたレポートを送信する。参考にしてくれ』
送信されてきたレポートに目を通す。そして、向こうが特異と言った理由に気付く。
奇妙な兵器だった。甲虫や甲殻類を思わせるようなフォルム。攻撃方法は体当たりによる爆発のみ。
「人工知能を利用したミサイル……という所ね。まるで虫みたい」
『上も同じ考え方をした。本兵器の呼称はこれよりバグで統一する』
「了解。バグね……さて、そろそろ現場に到着するわ」
『防衛部隊の周波数を教える。コールサインはクローバーだ』
少々天井の低い通路を高速で駆け抜け、防衛線へと向かう。教えられた周波数に無線を合わせる。
「カリオンよりクローバー隊。これより救援に向かう。状況は?」
『ネクストか!助かった!こちらはクローバーリーダー。現在、ノーマル二個小隊で防衛中だ!まだ離脱者は出ていないが、弾薬が足りていない。一度退かせてもらいたい!』
「任せなさい」
現場に到着する。リンクス戦争時代にレンドリースを受けたBFFやインテリオル製のノーマル部隊が見える。
受けた BFFやインテリオル製のノーマル部隊が見える。
「ノーマル部隊は退きなさい。バグはこちらで受け持つわ」
テレジアがその時、装備として持ってきたのはいつもの高火力兵器では無く。ライフルやガトリングガンであった。施設防衛が仕事だった為に、いつも使用している兵器では施設にダメージを与えかねない……というのがその理由であった。
FCSが、闇の中から浮かび上がってきたバグを見つける。奇妙な機体だ。テレジアはライフルを放った。
耐久性はそれほどでも無いらしい。銃弾の一撃を受けて、暴散した。だが……
「数が多いわね……」
FCSが、次々と敵の姿を捉える。弾丸をばらまくわけにはいかない。B7は軍事施設ではないので、保管している弾薬は少ない。無駄遣いする余裕は無い。ガトリングガンを一発一発、注意しながら放つ。
リロードの間、背中に装備したプラズマキャノンを使ってバグを排除する。
アクアビット製のプラズマキャノンの爆風とバグの炸薬が反応し、大きな火の玉が発生する。
ブースターを切り、射撃に専念する。
『こちらクローバーリーダー。補給が完了した!すぐに向かう』
「了解」
単調な作業だが、だからこそ大変ではある。とりあえず、私も一度さがって補給を……
『カリオン。こちらHQ、早急に防衛戦Cに向かってくれ。防衛部隊が突破された。予備部隊を回すまでの間ここを守ってくれ。』
「……了解」
成る程、休む暇は無いらしい。とりあえず、最低限の補給だけを済ませて向かうしかない。
カリオンのブースターを再起動させる。浮き上がった機体を操作し、新たな防衛線へと向かう。いまはまだ大丈夫だが、これが続くといつあの訳のわからない兵器を取り逃すかわからない。
「本社からの援軍が来るまでは頑張るしかないわね……」
深く息を吸い込み、気合いを入れ直す。長い戦いになりそうだった。
ジャンヌ・オルレアンにより無理矢理この世界へと連れてこられたインターネサインは混乱の中にあった。地質調査によると、周囲の状況が、休眠状態に入っていた時と比べ大きく変化していた。特に、いくつかの通路より漏れ出している微粒子状の物質については初めて観測する物質であった。
インターネサインは思考した。とりあえず、周辺の調査をする必要がある。現在、自律兵器の放出を行っているが。敵性兵器の妨害により未だ日の光は見えない。
インターネサインは新たな自律兵器の製造を開始した。刹那の間に完了した自律兵器の設計では、耐久性の高いモデルが選択されていた。
周辺から採取された様々な金属を加工し、自律兵器の建造を開始する。質も量も、休眠前のものより良い。内部に貯蔵されていたデータを参考に、開発を進める。製造工程に無駄が多い。次回建造時に改善すべきポイントをカウントしつつ、インターネサインは建造を進めた。
パルヴァライザーが、この世界において初めて産声を上げたのはこれから五時間後のことだった。インターネサインは、通路の一部に自律兵器を集中し、強力な敵機動戦力が防衛に来る前に防衛線を破壊することに成功した。その隙に、パルヴァライザーを突破させる。微弱な抵抗はあるものの、耐久性を重視した為にある程度は無視できる。
閉ざされた隔壁を、レーザーブレードの一閃でもって突破する。太陽を観測したパルヴァライザーは、そのまま西へと針路をとった。
パル。4系の世界でもちゃんとラスボスできる貫禄がありますよね