世にリリウムのあらん事を   作:木曾のポン酢

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また更新は数か月後かと思った?残念!その日のうちでした!


新 三話 プロローグ

真っ暗だった世界は、暴力的に鳴り響く無機質なアラームによってかき消された。

覚めぬ眠気と、前日の深酒によりガンガンと痛みを訴える頭という二つのストレスにより、半ば無意識ながらキレていた彼女は、手探りで捕まえた目覚まし時計を強く握ると、できるだけ遠くへと投げ捨てた。

 

ガンガンガラガラとぶつかり跳ねた時計は、しかし自らの役割を忘れることなく、今が設定された時刻であることを伝え続けた。

 

三分、布団にくるまり音を遮断することに努めたが、過去の自分が自らの朝の弱さを考えて買った品物である為に、羽毛の装甲など何の苦でもないかのように貫通して音響兵器が到来する。

 

それからさらに一分は耐えようとしたが。限界は一気に来た。

 

布団を跳ね飛ばし、常に近くに置いている護身用の拳銃を掴み、安全装置を外し、構え・・・我に返る。

 

「何をやってるんだ・・・私は」

 

軽く自己嫌悪に陥った女は、安全装置を再びかけた拳銃をテーブルに置くと、大きく伸びをし、立ち上がる。地面に転がる目覚まし時計を持ち上げると、アラームを消し、枕元に戻す。

 

身長は160cmの後半くらい、黄色い肌と、手入れが放棄され黒く傷んだ長髪が、彼女の人種的な起源がアジアに存在することを教えてくれる。

 

現在、喉の渇きを癒すために水を求め歩く彼女の姿は、極めて開放的だ。上は色気のないインナー、下は短いジーンズ。そのメリハリある身体と、少しキツイが、整った顔でも補いきれぬほど、その姿はだらしがない。

 

冷蔵庫を開ける。酒と保存食品で溢れたそこから、飲料水を見つけ出した女性は、それを取り出しキャップを開けると、そのままラッパ飲みしはじめた。

 

2ℓのそれを半分近くまで飲むと、再び冷蔵庫に戻し、トイレに向かう。

 

レオーネメカニカの最高戦力である霞スミカの、いつもとそれほど変わりのない、そんな朝である。

 

 

 

排泄とシャワーをすまし、一応の身だしなみを整えたスミカは、トースターにパンを突っ込み、椅子に座るとTVをつけ、手元の携帯端末のロックを解除した。

 

流れてくるニュースを聞きながら、夜のうちに来たメールを確認する。昨晩は、飲酒に集中するため、タイトルに緊急性の無かったメールは全て無視していたのだ。

いくつかのメールに短く返信を送っているうちに、パンが焼けた。とりだしたそれにバターとジャムをつけてかぶりつき、眉間に寄せた皺を深くしながら、メールを処理する。

 

と、一つ。気になる内容のメールがあった。ぴたりと指の動きを止め、メールの内容を確認する。

 

「ほう、あいつが帰ってくるのか。」

 

インスタントコーヒーで口内に残るパンを流し込み、額を掻く。

 

「まぁ、あれでレオーネは世界中に恥を喧伝したからな。なんとかしたいのはわかるが・・・」

 

だからって、私にまわさなくてもいいだろうに。そう不満を呟く。

 

無論、今の自分の立場を考えると仕方がない話ではあるが。現在の彼女は、レオーネメカニカの機動装甲兵器戦略教導隊の筆頭教官である。つまり、レオーネメカニカに配属されたテストパイロットたちが実戦に耐えうるかどうか判断するのは、彼女の仕事である。そのため、失態を犯して帰ってきたひな鳥を鍛えなおすのも、また彼女の仕事であった。

 

なお、彼女は、スミカがこの職に任命される以前の卒業生なので、その責任は前任者にあるのだが、その前任者は、大きく世話になっている人間であり、また信頼するには十分な有能さを持った人間でもあるので、不満を直接言ったりはしない。

 

「まぁいい、折角だ。たっぷりと可愛がってやるとするか。」

 

コーヒーを一気に飲み干したスミカは、鬼も震え上がるような笑顔でそう呟くと、勢いよく立ち上がった。

 

時刻は8時30分。迎えの車が、下で待っている頃だ。

 

レオーネメカニカから提供された自室から出て、エレベーターへと向かう。マンションではあるが、霞スミカの政治的・戦略的重要性から、周囲の部屋は全てレオーネメカニカ所属の警護部隊が抑えている。お陰で、近所付き合いなどという煩わしいものからは解放されている。

 

強化ガラス張りのエレベーター。外の景色を無感動に眺めながら、今日一日の予定を組み立てる。

 

下に降りると、既に迎えの車はドアを開け待っていた。ご苦労と声をかけ、車に乗り込む。

 

 

車に乗っている間も、ぼうっと外の景色を眺める。

 

六大企業の一つである軍産複合体、インテリオル・ユニオン。その盟主であるレオーネメカニカ本社が存在するここローマは、かつて存在したイタリア共和国の首都時代よりも、大きく発展・整備されていた。

 

自らの所属する組織の力を見ながら、しかしその存在のばかばかしさに思いをはせる。

 

結局のところ、これは目隠しなのだろう。無知な市民たちに、地球が楽園であると錯覚させるための。

 

 

 

霞スミカがリンクスとしてレオーネメカニカに発見されたのは、国家解体戦争の三年前のことであった。彼女の両親がレオーネメカニカの社員で有り。当時まだ高校生で有ったスミカに検査を行ったところ、彼女に高いAMS適性があることが認められた。

 

それからは、リンクスとしての活動するために血反吐を吐くような訓練が行われた。今でも世話になっている上官曰く、その戦闘センスにも非凡なものが会った彼女は、同社の切り札として見られるようになった。

 

リンクス戦争において、彼女の戦闘記録が少ないのは、その切り札をなるべく他社に見せないようにするためであった。レオーネは、来る企業間戦争の為に、彼女を温存したのだ。(その少ない戦闘において挙げた戦果で、オリジナルのNo.16に名を連ねていることが、彼女の非凡さの証明となるだろう。)

 

 

 

欠伸を噛み殺しながら、レオーネに到着する時を待つ。あと十分くらいかな、スミカは口の中でそう呟いた。

 

 

 

セーラ・アンジェリック・スメラギは、刑の執行を待つ死刑囚の様な面持ちで訓練所に置かれたソファに座っていた。

 

エチナ・コロニーで彼女が犯した失態は、パックス・エコノミカを揺るがす可能性のあるものだった。これまで無敵であったネクストが通常兵器たちにより撃破される。不敗神話の揺らぎ。これは、いまだ存在する民主主義国家の残存勢力にとっての希望となりかねない。レオーネはこのせいで、インテリオル・ユニオンを構成するメリエスやアルドラからすらも批判を受けた。

 

弱冠14歳のセーラにも、現状の拙さはわかっていた。無論、それは世界の平穏とやすらぎの時が遠ざかってしまったという、彼女の若さゆえのある種の楽観性と、企業至上主義的な思想に加工された拙さであり、自らの失敗が、政治的・戦略的にどれほどの影響を与えたかまでは思い至っていない。

 

兎も角、少女は、ブラウンの瞳に悲しみを宿し、落ち着きなくウェーブがかったライトブロンドの髪をいじりながら、自分を再訓練するという教官の到着を待っていた。

 

「霞スミカ・・・いったい、どんな人なのかしら」

 

レオーネのNo.2のオリジナルリンクスということしか知らない、謎の多い女性。一応は同僚であるが、各地での国軍残党やテロ組織の掃討の為に世界中を飛び回るセーラは、彼女との面識はなかった。

 

心配半分と、楽しみ半分。そんな心持でスミカの到来を待っていたのだが・・・

 

訓練室の自動ドアが開いた。顔を上げる。

 

そこには、これまで見たことのないような美しい女性がいた。セーラも、容姿では幾度も褒められたことがあったが、目の前の女性のそれは、完成された、大人の女としての美しさであり。セーラに向けられる人形的なそれとは違う。

 

さて、そんな美しい大人の女は、セーラの姿を認めた途端、開口一番こういった。

 

「霞スミカだ。とりあえずシミュレータールームに来い。まずは、お前の腕を確かめる。」

 

有無を言わさぬ迫力があった。セーラは挨拶も忘れ、こくこくと頷くと、スミカの後ろについていった。

 

シミュレータールームまでの道、スミカは終始無言だった。コツコツと高圧的に感じられる足音のみが響くこの時間と空間は、セーラの不安をどんどんと増していく。すれ違うテストパイロットの敬礼する姿に、尊敬のほかに恐怖の色も見えたことも(どちらかというと、恐怖の色の方が大きい)、セーラの不安を増やす要因となっていた。

 

 

シミュレータールームに到着すると。スミカは対面する形で設置されてるシミュレーターの、よりドアが近い方に乗り込んだ。

 

「すぐにアセンブルを決めろ。お前の勝利条件は……そうだな、私に一発でも当て見ろ。」

 

「一発……ですか?」

 

思わず聞き返してしまう。いくら機動兵器であるACとはいえ、ネクスト同士の戦いで、一撃の被弾も無く戦闘を行うというのは至難の業だ。

 

セーラは、実戦経験も豊富なリンクスだ。いくらオリジナルが相手とはいえ、一つも攻撃を当てられない何というのはあり得ない話だ。

 

もしや、ノーマルに負けたことから、自分の実力を見くびっているのだろうか。だとしたら心外である。

 

セーラは、シミュレーターに腰掛けると、武装の選択を行った。装備に、マシンガンとレーザーライフル、ASミサイルを選択する。

 

まぁ、抗議はシミュレーション内で行おう。戦闘準備を手早くすませた少女は、対面に座るスミカに向けて合図を出した。

 

 

 

 

 

結論から言えば、セーラは一発の弾丸もスミカに与える事無く撃破された。

 

APが0になった自分の操縦機体をぼう然と眺めていたセーラにスミカは近付くと、厳しい表情を崩さずに評価を下した。

 

「視野狭窄かつ柔軟性の無い戦い方だ。この調子だと、エチナのような失態は遅かれ早かれやっていただろうな。全く、レオーネは何を考えてるんだ。AMS適正と見た目だけでリンクスを選んだのか?プロパガンダ以外に使えない駒なんか持っていてどうするつもりなんだ」 

 

頭に衝撃が走る。スミカの口から出たのは、セーラのこれまでを全て否定する過激な言葉であった。視野狭窄かつ柔軟性の無い戦い方?適正と見た目だけのリンクス?プロパガンダ以外に使い道が無い?

 

反論すべきであった。しかし、シミュレーションにおける惨敗と、スミカから受けた言葉の暴力が原因である目まい・頭痛・吐き気が、セーラから反抗する気力を奪っていた。

 

「これを鍛え直せと言うのか……。全く、頭が痛くなるな。エイ=プールの方が、AMS適正は劣っているが使えるぞ」

 

罵倒に相対評価の罵倒を乗せ、セーラの心を削る。無遠慮どころの話ではない。明確な意志を持って言葉のナイフで斬りかかっている。

 

「泣こうとは思うなよ。お前の失態はそれ程迄に大きい。お前には、ネクストが世界に40機程度しかいないという事実が、何を示しているかわかってないのだからな」

 

そう言うと、スミカはセーラの肩に手を置いた。ぶるりと、寒気により少女の身体が震える。

 

「まぁいい。これも仕事だ。……喜べ、エチナ以上の地獄など、この世に溢れていると言うことを、お前に教えてやろう」

 

悪魔の声ですら、ここまで恐ろしくは響かないだろう。セーラは、恐怖と衝撃と悲しみの混ざる頭のまま、スミカの言葉に頷いた。

 

あるいは、この時点で逃げ出しておくべきだったのかもしれない。スミカがこれから、数ヶ月にわたって行った訓練は、セーラ・アンジェリック・スメラギの深層心理に、霞スミカと言う存在の恐ろしさを刻み込むには充分な苛烈さを持って行われたのだから。




前回、なんだかんだリンクスを掘り下げていたのはGAやレイレナードらへんばかり。今回は、インテリオル等も掘っていきたいなと思い、どうせfA編で重要ポジをになうであろうスミカにも視点を合わせて4編をやっていこう。そう考えました。 

プロローグはこれで終わりです。次回から、ゆっくりと世界は戦争に向けて動いていきます。

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