勝利を刻むべき水平線は   作:月日星夜(木端妖精)

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本日三回目の更新です。


第十八話 十四年前の艦娘

 

 怪我をしている艦娘を入渠させている間、吹雪達はレ級に話を聞くためと、今後の相談をするために食堂へ移った。

 

『サテ、何カラ聞キタイ?』

 

 尻尾を邪魔そうにしながら椅子に腰かけたレ級が、対面に座る吹雪、暁、叢雲、秋津洲をそれぞれ見回した。

 叢雲以外はそれぞれ自分の鎮守府を持つ者だ。代表として席を用意された。暁は緊張した面持ちで、叢雲は険しい顔つきで、秋津洲は青褪めて震えていて、吹雪はいつも通りの表情だった。

 

「どうして人は戦争に負けたの?」

「吹雪」

 

 際どい質問をする吹雪に、すかさず叢雲が厳しめの声をかけて止めた。

 この吹雪が時折見せる突拍子の無さや大胆さは良い方向に働く事もあれば、悪い方向に働く事もある。

 艦娘の前でかつての戦争の話はあまりするべきではないし、今聞くべきでもない。

 レ級は空気を読んでか、吹雪の質問をなかった事にしたようだ。何が聞きたい、と再度問いかけた。

 

「……どうして、人は戦争に」

「っ、吹雪!」

 

 まさか同じ質問をするとは思わず、叢雲は椅子を倒す勢いで立ち上がって怒鳴りつけた。肩を跳ねさせた吹雪は、恐る恐るといった様子で叢雲を見上げた。

 

「どうしてそんな質問をするの。必要ないでしょう」

「……でも、どうしてかを知らなきゃ、また負けちゃうかも……」

 

 叢雲は、はっと息を呑んだ。

 司令と仰ぎながら同じ艦娘として接していたせいで気付かなかったが、彼女は今、人間なのだ。艦娘にはない、人間ゆえの不安などもあるのだろう。

 司令官として、みんなを勝利に導くのが彼女の役目だ。それが果たせないかもしれないと思えば、不安にもなるだろう。

 だけどトップがそう弱気では、それを見た艦娘達にどんな影響が出るか……。

 ちらりと見やった暁と秋津洲は、会話が聞こえているのかいないのか、最初と同じ顔で座ってぴくりとも動いていなかった。視線はレ級に釘付けだ。

 ……吹雪の弱気な姿は、二人には見えていないようだ。

 

「……人は、欲望に負けたのよ」

「欲……?」

 

 観念して椅子を起こした叢雲は、それに腰かけながら語り始めた。

 かつての戦争で人間が犯した最後で最大の過ちを。

 

「最強の艦娘が生まれ、何度も脅威が払われて、人間は安心しきったの」

『私モ一回倒サレタシナァ』

 

 肘をついて頬を支えたレ級が懐かしげに呟く。やられたと言う割には悔しげでもなんでもなかった。

 懸念されていた大きな敵も打ち払い、もはや人類に敵なし。

 残る敵は霧のみ。それさえ打ち払えば、人類の勝利だ。

 

「だから、欲を出してしまったのね。それはたとえば強大な深海棲艦の鹵獲であったり、人には使えない兵器の試験だったり」

 

 要するに、深海棲艦を少しでも残すか、残っているうちにやりたい事をやろう、と、そうした訳だ。

 結果、少しでも手を抜いてはいけない最終決戦で手心を加える事を命じられていた艦娘達が押され、それは全体に伝播し、最強艦隊は勝てるはずの戦いで押し返されていった。その負担の多くは最強の艦娘、つまりは島風に行き、そうして疲労した彼女は、目の前のレ級に勝てなかった。

 

 頂点が討たれれば後は早い。みんな散り散りになっていく中で数を減らし、少数が帰り着いた時には、人類は戦争に負けていた。

 

 吹雪は、自分を見つめているレ級へと目を向けた。

 この人があの深海神姫の元となった島風を倒してしまった人。

 ……ふと思い出す。そういえばこの人の傍に、島風を探している艦娘がいた、と。

 

『ソシテ深海棲艦トナッタアイツハ各国ニ手先ヲ送リ込ミ、一人残ラズ消シ去ッタ、ト。理由ハシランガ』

「……お前はその時、何をしていたの?」

『深海神姫ト殴リ合ッテタ』

「…………」

 

 それはまるで、人類抹殺計画を止めようと立ち向かっていたとでも言うように聞こえて、叢雲は顔を顰めた。

 だが、実際レ級はそのために深海神姫と戦っていたのだ。人を殺させないため。人を残すために。

 人がいなければ戦争は起こらない。それはレ級の役目に反する。

 一度島風にレ級が倒され、霧の情報とそこに潜む者の正体を持ち帰られてからは狂いっぱなしで、結局最後の戦いでは勝っても負けても戦争は終わってしまっていたから、そんな事をしても無意味だとわかっていたのだが……。

 

『私ニハ私ノ譲レナイモノガアルノサ』

「……ふん、どうでもいいわ、そんなもの」

 

 ばっさりと切り捨てられても、レ級は笑みを崩さない。

 そんな彼女に吹雪は質問をつける事にした。

 

「そういえば、あの子は……」

『…………』

 

 まずはあの艦娘の話。

 

『……後デ切リ出ソウト思ッテイタンダガ』

「吹雪、『あの子』って?」

「レ級ちゃんの所にいた艦娘だよ」

『レキュ……』

 

 ずるりと頬を滑らせたレ級が、目を丸くして吹雪を見た。

 叢雲も一瞬びっくりして、それから呆れた表情で吹雪を(たしな)める。

 

「……吹雪、その呼び方はやめなさい」

「え、どうして? かわいいと思うんだけど」

 

 本気で言ってるのだろうか、こいつは。

 協力体制に入ったとはいえ、敵をちゃん付けで呼ぶ司令官がどこにいるというのだ。

 鈍い痛みを頭に感じながら、叢雲はなおも言い募った。

 

「いいから。そういう呼び方をする相手じゃないでしょ」

「んー、でも、かわいいと思うんだけどなぁ」

「そういう問題じゃないでしょ。こいつは敵なの。またいつ敵対するとも限らないのに――」

「叢雲ちゃんもかわいいって思わない?」

「だ、か、ら! そういう問題じゃないって言ってるでしょーが! あんた人の話ちゃんと聞いてる!?」

「……かわいくないのかな」

「…………はぁー。……もう勝手になさい」

「かわいくないんだ……」

 

 余程ちゃん付けが気に入っていたのだろうか、肩を落とす吹雪からは、本気で落ち込んでるのが窺えた。

 

『……変ナ奴ダネェ』

「あんたも大概だけどね」

 

 『変な奴』が二人に増えた、と、叢雲は深く深く溜め息を吐いた。

 

『最初ニ言ッテオク。アノ子ノ前デ島風ノ話ハスルナ』

「それは……あの子が島風ちゃんを探していた事と関係あるの?」

『ソウダ。アノ子ハ最初ノ艦娘デ……島風ハアノ子ニ呼バレタ艦娘ダ』

「呼ばれた、とはどういう意味よ」

『一カラ丁寧ニ説明スルノハ時間ガ掛カル。端的ニ言エバ、奴ハ艦娘デハナカッタトイウ事ダ』

「……艦娘ではない?」

『後ハ自分デ想像シロ』

 

 投げやりなレ級の言葉に何か言いたげにした叢雲は、言葉を飲み込んで、顎に指を当てて考え始めた。

 だが、やがて目をつぶって首を振ると、もはやどうでも良い事ね、と考える事を放棄した。

 

『サ、紹介スルヨ。コノ子ガ最初ノ艦娘ダ』

 

 レ級の背後に霧の壁が現れ、そしてそれが晴れた時には、一人の艦娘が床に座り込んで泣いていた。

 

「……本当にどこにでも移動できるのね」

『便利ダロ?』

「忌々しい程にね」

 

 席を立った吹雪が机を回り、少女の前へ屈んだ。

 大丈夫? と声をかければ、彼女は小さく頷いた。

 

「うちで保護すれば良いんだね?」

『アア。絶対ニ()()()()ニハ会ワセルナ』

「……わかったよ、レ級ちゃん」

『………………』

 

 ちゃん付けで呼ばれ、レ級は少し嫌そうな顔をした。

 

 そうして質疑応答が終わるまで、暁と秋津洲は一言も発さずに固まっていた。

 

 

「あの見えない壁は生体フィールドと同じようなもので、だから攻撃が効かない訳じゃないみたい」

 

 深海神姫の事をレ級から聞き、今はそれをみんなに話している。

 ちなみにレ級は目の届くところにいないと不安だと訴えられた事により、吹雪の指示で少し離れた所で椅子に括りつけられている。この待遇に少し不満気な顔をしていた。

 

 名もなき艦娘(吹雪は名前を付けようとしたが、叢雲に阻止された)の方は、寮の一室で休んでもらっている。彼女を深海神姫と会わせると何がどうなるのかはわからないが、あまり良い予感はしない。

 

 それから、躊躇いなくみんなに少女を紹介した吹雪だったが、これも叢雲に止められた。

 明らかに怪しいし、吹雪は感じないかもしれないが、そのぐちゃぐちゃに塗り潰された顔は生理的嫌悪感を催す程だ。ここは知らせるより隠した方が良い、と叢雲は説得した。

 

「船はこの海に蔓延る遺志と亡骸と怨嗟の集合体で、つまりあれも深海棲艦、あるいは艤装なんだって」

「一見彼女が丸腰なのは、さすがにあの船を身に着ける事ができないからでしょうね」

 

 話をノートに纏めていた大淀が推測を口にする。

 だからって肉弾戦するかなぁとみんなは思ったが、その正体が島風である事を考えれば、納得もした。

 ……割と島風の奇行は有名だったのだ。

 というのも、(くだん)の島風は最強になった代償か、色々と言動が残念な部分があったらしい。

 叢雲が前知識として語った島風像は、普通の島風とは少しばかり離れていて、戦い方ともなると完全に艦娘から離れていた。

 曰く、砲撃の命中率は一割を切る。曰く、得意技はジャンプキック。曰く、とある艦娘に懸想していた。

 まあ、結構多くの話があったのだ。

 深海神姫も肉弾戦を仕掛けてきた。そしてあの素早さ……なるほど彼女は島風だったのだろう、と誰もが納得した。

 

「駆逐ン級の咆哮は、制海権がとられている区域で発生していた、通信を阻害する妨害電波と似ているらしく、これから対抗できる兵器を開発する事になってます」

 

 駆逐ン級とは、あの怪魚の事だ。見た目はイ級だが、あれを駆逐と呼んでいいのかは甚だ疑問だが……誰もその呼称に異は唱えなかった。

 兵器の開発はつい先ほど決められたばかりの事だ。

 せっかくこうして艦娘達が一つ処に集ったのだから、全員で力を合わせ、開発できるものを増やしていこう、となった。

 そして、今までは人間がいないためにそれぞれの鎮守府で過ごしていた者は、司令官・吹雪の登場により、この鎮守府で過ごす事となった。

 

「それまでは資材集めに演習で訓練デスネ」

「練度を上げる事は非常に大事です。特に実戦に出る事のできない提督の経験を積むにはもってこいでしょう」

「島風のデータも残っているから、戦い方のヒントや癖も見つかるかもね」

 

 話が纏まり、今日はこのままお休みとする運びになった。

 明日からは本格的な活動が始まる。

 

「艦隊を編成し、各鎮守府に資材を取りに行く者と、開発する者、訓練する者にわかれる事になります。暁ちゃん、秋津洲さん、本当に行きだけでいいんですか?」

 

 それぞれの鎮守府へ向かう艦隊の旗艦である二人は、吹雪の問いにこくこくと頷いた。

 行きだけ、とは『神隠しの霧で移動するのは行きだけで良いのか』という意味だ。

 レ級の技を使えば、わざわざ深海神姫や怪魚と出会う危険を犯さずに移動できる。

 だが吹雪以外の艦娘としては、レ級と一緒に海に出るだなんてしたくない。

 だから霧だけ出して貰って、レ級の同行なしに各鎮守府へ移動してもらい、帰りは各自の足で、という事に話が纏まったのだ。

 正直その『行き』もかなり不安だ。見知らぬ場所や敵がわんさかいる場所に送られたらそれでおしまいなのだから。

 しかし海に出る時間を伸ばして、万が一敵に出遭ってしまえば、霧無しでは今度こそ逃げられないだろう。

 どちらの方が安全なのかは非常に悩むところだったが、それぞれは吹雪に言われて、行きだけ霧を使う事を承諾した。

 資源が手に入ればそれだけ開発の試行回数が増やせるし、燃料が増えれば仲間を呼び覚ます事もできる。ここは我慢の時だ。

 

「各自、しっかりと体を休めてくださいね。それじゃあ、解散」

 

 吹雪の言葉に、席を立った面々が一言ずつ挨拶をして退出していく。

 残ったのは、吹雪監視員の叢雲とレ級、そして潮だった。

 

「どうかしたの、潮ちゃん」

「は、はい……」

 

 もじもじと言い辛そうにしながら吹雪へ近寄って来た潮は、耳打ちするためか吹雪の肩に手を置いて、口を寄せた。

 

「……頼みたい事?」

 

 こくこくと頷いた潮は、吹雪の手を引いて歩き始めた。余程気持ちが逸っているのだろう、足早に進む姿からは強い想いが読み取れた。

 

「私も行くわ」

 

 今の吹雪を放っておくと何をしでかすかわからない、と叢雲が後を追う。

 三人が縮瞳を出ていくと、一人椅子に括りつけられたままのレ級がにんまりとした笑みを浮かべた。

 

『アア、コウイウ役回リネ……』

 

 自嘲だった。

 

 

 潮に連れられてやってきたのは、艦娘寮最奥の修練場だった。

 その名の通り、弓を持つ空母が矢を放つ訓練をする施設。

 中庭と言うべきか、中心部は長方形の部屋の真ん中が半ばから草と土に変わり、奥の方に的があった。天窓から差し込む光はそのまま日差しとなって降り注ぎ、部屋の中は明るい。

 その中心に置かれた椅子に腰かける女性がいた。

 ダルグレーの長い髪は頭の後ろで纏められ、前髪は七三分けに整えられている。

 薄紅色の和服に袖を縛るタスキ、紺色の袴。

 

「……鳳翔さんを、起こして欲しいんです」

 

 潮の頼みとは、彼女の覚醒を促す事。

 両手を膝の上で揃え、まぶたを下ろして腰かける姿は、日の光が差し込んでいるのも相まって、ただ少し休んでいるだけに見えた。

 しかし近付けばわかる、まったく身動きを取っていないがゆえの不自然さ。

 精巧な人形のようだと吹雪は感じた。

 

「わかったよ、潮ちゃん。明日はきっと、一番最初にこの人の目を覚ましてあげるからね」

「お願いします! 鳳翔さんは……私の、おかあ……」

「……?」

 

 ……ぁ、いえ、なんでもないです、と顔を逸らして手を振った潮は、すぐに外へと向かって駆けて行ってしまった。

 扉の向こうに飛び出していった彼女の背を見送った吹雪は、改めて鳳翔に向き直り、顔を覗き込んだ。

 

「……どうかしたの?」

 

 叢雲に問いかけられ、吹雪は姿勢を戻して首を振った。

 

「ううん。ただ、ちょっと、この人の顔を見てるとほっとするなって思って」

「……変な子ね」

「えっ、そ、そうかな。変、かな」

 

 思いがけず変人呼ばわりされて狼狽える吹雪に、なんだかおかしくなって叢雲は笑ってしまった。

 

「ふふ、さ、明日から忙しくなるんだから、今日はもう休むわよ」

「う、うん。…………変かなぁ」

 

 笑みを残したまま促す叢雲に、吹雪はなおも言われた言葉を気にしていた。

 今さら言葉に出すまでもない。彼女は十分に変である。

 自覚はまだない。

 たぶん、一生自覚しないだろう。

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