勝利を刻むべき水平線は   作:月日星夜(木端妖精)

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第二十二話 繋がる絆、艦娘の力

 

 船の上は広く、デッキ上は歪な鉄塊が詰め込まれていて一見足場が不安定のようだったが、吹雪は自分がバランスを崩さずにいられた事を不思議に思って少し動いてみて、見た目とは裏腹にかなり平坦な感覚が足に返ってくるのを確認した。

 連装砲ちゃん達が動くのにも問題はない。船はただ、不気味な黒い光を陽炎のように揺らめかせているだけだった。

 

『……随分ト余裕ネ』

 

 深海神姫が訝しげに吹雪を睨みつける。

 それもそのはず、この強大な敵を前にして吹雪が身構えたのは、霧によってこの場へ強制移動させられた最初だけ……しかも今の様子を見るに、それも単に転ばないように気を付けていただけのようで、吹雪は平時となんら変わりない自然体を保っていた。

 

『ナンダ、ソノ顔ハ』

「……変、かな?」

 

 あまつさえ吹雪は笑っていたのだ。

 一対一で敵う相手ではないのは正しく理解しているし、自分が絶体絶命の状況に置かれているのも理解している。

 だけどそれに勝る喜びが、吹雪の中にはあった。

 

「手間が省けたな、って思って」

『ナンダト……!?』

 

 手間。

 深海神姫には吹雪の考えが読めなかった。今この場所で笑いながら「手間が省けた」などと言うのは、まさか本気で自分を倒せると思っているからなのか……?

 その疑問は半分当たっていて、半分外れていた。

 

「あなたは私を……人間を狙っていたから、こういう事になるんじゃないかなって考えてたんだ。それで私、あなたとお話したいって思ってたの」

『話、ダト? ……私ニオ前ト話ス事ナド何モ無イ』

「私にはあるよ」

 

 一歩、吹雪が前に出た。

 恐れのない足取りに深海神姫が顔を歪める。どうしてそんな態度でいられるのかが心底理解できないのだろう。

 

「あなたって、元は島風ちゃんだよね?」

『……知ラナイネ』

 

 平然と深海棲艦に元となった艦娘の話題を切り出す吹雪に、深海神姫は面食らったように目を開いて、しかしすぐに逸らした。島風の記憶は、おそらく彼女の中にある。その反応からそう予測した吹雪は、今度はがらりと言葉を変えた。

 

「私ね、みんなと一緒に十四年前に行こうと思ってるんだ」

『ジュウ……? 何ヲ、言ッテイル。……正気ナノカ?』

「うん。大きなエネルギーがあれば、それができる艦娘がいるんだ」

 

 フ、と深海神姫は嘲るように笑った。

 そんな馬鹿な話があるか。きっと。こいつは既に正気を失っているのだ。

 

『誰ガ言イ出シタカ知ラナイケド、ソンナノ貴女達ヲ騙ス為ノ嘘ニ決マッテルンジャナイノ?』

「嘘じゃないよ」

 

 憐れな艦娘に真実だろう事を告げてやれば、事もなげに否定された。

 ……根拠のない強がりを。

 

『何故ソウ言イ切レルノ。マサカ、モウ成功サセデモシタノ?』

 

 それはないはずだ。

 さっき吹雪が言ったように、大きなエネルギー……燃料がなければ、過去には跳べない。

 ならばそれは実証されておらず、ただの夢物語に過ぎない。

 

「あなたを倒せばエネルギーが得られるって、みんなここに戦いに来たんだけど」

 

 意図的にか無意識にか、吹雪はまた話の方向を変えた。

 

『ナラ戦エバ良イ。ソレデ終ワリヨ。オ前ガ消エテ、終ワリ』

「島風ちゃんも一緒に行かない? ……そう聞きたかった」

『…………』

 

 戦う。

 単純明快な言葉を聞いて余裕を取り戻した深海神姫は、しかし吹雪の不可解な言葉に眉を寄せ、口を噤んだ。

 知らないと言ったのに自分を島風と呼び、敵同士なのに誘いをかけてくるなんて、本気で理解できない。

 何を考えているのだろう……。思考を読もうと目を覗き込んでも、吹雪の瞳は緑色に輝いているばかりで、ただ、綺麗だという印象しか抱けなかった。

 曇りも穢れもない目。

 逆に言えば、焦りや不安など含まれていない、一種狂気的な目。

 

「……?」

 

 空が暗くなった。

 誰かが夜を呼んだのだ。

 不思議なほど遠くに聞こえる異形の咆哮と艦娘達の雄叫び。

 耳を傾けた深海神姫は、愉悦に歪む口を隠しもせず、吹雪を見た。

 ここでもたもたと会話をしていれば、その内に仲間は皆沈むだろう。

 さあ、焦れ。恐れろ。醜態を晒すが良い。

 

「燃料砲を優しく撃ってくれたら、それでエネルギー問題は解決できるんだけど、どうかな」

『ッ!?』

 

 吹雪は、動じていなかった。

 声は聞こえてきていたはずだ。今が戦いの最中にあるとわかっているはずだ。仲間が危険に晒されていると、理解しているはず……。

 そのはずなのに、吹雪は穏やかな笑みを浮かべたまま、普段と変わりのない調子で深海神姫に話しかけてきた。

 

 悍ましい。

 

 昏い水底を覗き込んでしまったかのような不穏なものが胸の内に生まれて、無意識に僅かに仰け反っていた。

 こんな奴を生かしておけば、この世は理解できない無茶苦茶なものになってしまうだろう。

 そうでなくても人間である彼女が存在する限り、海は眠れないし戦争はなくならない。

 そうだ、殺そう。

 話す必要などない。今ここで倒せば、全てが終わるのだ。

 

「だから――」

 

 パァン、と肉を打つ音がして吹雪が吹き飛んだ。

 ウェルデッキの段差に弾かれて宙に舞った小柄な体は、少々の滞空時間を経て床に落ちた。

 瞬間移動とも思える速度で動いた深海神姫が彼女を殴り飛ばしたのだ。

 左腕を戻した深海神姫は、うつ伏せに倒れる吹雪を見下ろした。

 不意の一撃に、彼女はまったく対応できていなかった。

 艤装からは煙が上がり始め、服も僅かに損傷している。相当なダメージに、もしかすれば昏倒してしまったのかもしれない。

 

『キュー!』

『! ……フン』

 

 三匹の連装砲ちゃんがそれぞれ砲撃してくるのを、生体フィールドを可視化するほどに高めて防いだ深海神姫は、矮小な装備達に目を移し、だけど何もしなかった。

 取るに足らない相手だと判断した。攻撃するまでもない、放っておけば良い、と。

 

「う……いたた」

『!』

 

 ぐぐ、と吹雪が身を起こした。

 加減なしの攻撃を受けて、まだ立ち上がるか。

 連装砲ちゃんに囲まれて膝をついた吹雪が自身を見上げるのを観察しながら、深海神姫はその打たれ強さに感心しようとして――息を呑んだ。

 吹雪は、まだ笑っていた。

 目の端に涙が滲んでいたり、服の端やズボンに切れ込みが入るくらいのダメージを受けているのに、それでもまだ笑っていた。

 なんだ、こいつは……。

 

『貴様、何故マダ笑ッテイル……!』

「えへへ……連装砲ちゃん達を攻撃しないのって、やっぱりあなたが島風ちゃんだから、だよね」

『……違ウ。ソンナ奴ハ知ラナイ』

「人をみんななくしちゃったのは……朝潮って子がいなくなっちゃったから?」

『黙レ!』

 

 神速の踏み込みと打撃。

 くの字に折れた吹雪が段差に叩きつけられ、艤装は完全に壊れた。

 布で吊り下げられていた連装砲も千切れて落ち、そして彼女も崩れ落ちた。

 

『フーッ、フーッ』

 

 掘り起こされたくない記憶に触れられたせいか、深海神姫は激しい疲労と眩暈に襲われ、目元を抑えた。

 酷い頭痛と吐き気がする。胸を掻き毟りたくなるような喪失感がある。

 常に身を苛む怒りや憎しみがこの時ばかりはなりを潜め、天を仰いで泣きたくなる衝動が代わりに襲い掛かってきた。

 それらを無理矢理に押さえつけるのには少々の時間を要し、その間に吹雪が動いていた。

 

「けほっ……やるしか、ないかな」

 

 そのまま気絶でもしてくれればいいものを、頑丈なのか打ち所が良かったのか、吹雪は再び立ち上がった。ふらついていたのは一秒かからないくらいで、目をつぶって息を吸い、合わせて胸元に手を這わせた彼女は、そこに自身の武器が無いと知るや、腰を落としてどっしりと構えた。体の中心を見せない半身の構え。体で覚えた技術の発露。もうどこもぶれていない。多少の攻撃では突き崩せそうにない。

 

(…………。)

 

 深海神姫は、表に出そうになった動揺をなんとか内側に抑え込んだ。

 ……知っている。

 そういう風に構える『吹雪』を、彼女は知っていた。

 十四年前の記憶だ。まだ世界が海色でなかった頃の。

 ……この郷愁に似た感情は邪魔だ。

 今さらそんなものを抱いたところで意味はない。

 全ては終わった事だ。

 そして今、再び世界は終わりを告げる。

 この吹雪を、人間を倒す事で、全て。

 

 深海神姫は緩やかに頭を振ると、長い髪に腕を通して後ろにやって、それから、明確な構えをとった。

 

『サァ、ヤロウカ』

「うん。残念だけど」

 

 まずは深海神姫から仕掛けた。

 床を蹴りつけ、こちらに腕を伸ばしてくる吹雪へと拳を振るう。

 それを捌いた彼女は、僅かに目を細めて深海神姫の腕を取り――力技で跳ね返さ柄て後退った。

 互いに引かない。互いに譲らない。

 片やかつて世界最強の艦娘だった深海棲艦。片や自らを人間と名乗るただの艦娘。

 勝敗は明らかなのに、勝負など見えているのに、二人は全力でぶつかりあった。

 

 長い戦いの幕開けだった。

 

 

 戦いは一方的、とは言わないまでも、力の上下ははっきりしていて、始終深海神姫が優勢だった。

 演習で戦った島風改二と同等かそれ以上のスピードは、いくら戦い慣れているからといってついて行ける訳もなく、されど吹雪は未だ負けてはいなかった。

 

「しっ!」

 

 鋭い呼気と共に、右手で支えた左腕で拳を捌く。ジッと摩擦音がして、少しダメージが入った。

 風を裂くほどの拳の乱打。青白い色が風景に混じって何重にも見え、とてもではないが目では追えない。

 だから吹雪は、勘と感覚と気合で立ち向かっていた。

 三度に一度は攻撃を受けてしまう。だけど極限まで研ぎ澄ませた神経の下で完成した動きは、大きなダメージを決して与えられる事なく戦闘を持続する事を可能としていた。

 打ち合った深海神姫の腕にシールドが可視化される。何度も何度も瞬くように彼女の防壁が姿を見せる。

 たとえこの猛攻を掻い潜って打撃を見舞ったところで、今も見た不思議な防御に守られた彼女にダメージを与える事はできないだろう。

 

『ズアッ!』

「うぐ!」

 

 すくい上げるような膝蹴りを腹に受け――直前に両掌で押し留めるようにしてガードした吹雪は、勢いに負けて放り投げられてしまった。

 その隙を潰すように連装砲ちゃん達が砲撃する。顔を狙って容赦なくなされた攻撃は、しかし光の膜によって防がれる。

 その一瞬で充分だった。

 空中で態勢を整えた吹雪が着地し、深海神姫の懐に潜り込む。投げようと伸ばした手を打ち返され、再び防戦一方となる。その繰り返し。

 

『シツコイッ!』

「ん!」

 

 焦れた彼女の単調な、されどそれゆえに凄まじい速度の貫手を上へ捌き、腰を落とす流れで肘を打ち出す。腹に突き立つはずだった肘打ちはやはり防壁に阻まれて届かない。

 肩を押されて跳ね返され、追撃に腹を打たれて吹き飛ばされる。

 数度床を跳ね、そのさなかに身を捻って体勢を整え、足と手で着地して勢いを殺す。

 艤装の一部が爆ぜて身が揺れた。立ち上る黒煙に頬が煤汚れになって、制服は至るところがボロボロだ。帽子はとっくにどこかへ落ちて行ってしまった。

 生体フィールドは正しく活動し、未だ体には傷はない。だけど、このまま戦いが続けば生体フィールドの許容量を超え、肉体に影響が出始めるだろう。そうなれば中破や大破どころではない。吹雪はまさしく、人間のように海以外で死ぬ事になる。

 

『……ドウシテ』

「……、ぅ、く」

『ドウシテ立チ上ガルノ……?』

 

 何度転ばされても、どれだけダメージが積もっても、吹雪が折れる気配はない。

 心が折れなければ勝機はあるとでも言うのか。力の差は歴然なのに。

 

「……みんな、期待してるから」

 

 ふらふらと立ち上がり、揺れる体に一歩引いてなんとかバランスを保つ彼女は、傷だらけでいながら明瞭な声で答えた。

 期待。

 その一身に、今世界に生きる全ての艦娘……彼女の鎮守府に集った艦娘達の想いが乗っているから……だから、立ち上がるのか。

 だから、そんな顔をしていられるのか。

 足下から立ち上る黒い光に侵食でもされているかのように、吹雪は冷や汗を流し続けている。疲労もダメージも蓄積し、構えを取るのがやっとだ。

 だが、深海神姫には見えていた。……彼女を殴り飛ばしたとして、きっとまた、薄く笑いながら立ち上がるだろう。

 仲間がいる限り。その願いを叶えるために。

 だって彼女は人間だから。

 人間には無限の可能性が眠っているから。

 

『……ナラバ』

 

 かつては、可能性の中で最も悪い道筋を自ら選んだ人間達を、この手で絶滅させた。

 ならば次は、たった一人の人間を残し、艦娘を全滅させるのみ。

 

「――っ!」

 

 ドッと肉を打つ音が重く響く。

 もう何度目か、段差に背をぶつけて悲鳴を上げた吹雪は、息を吸う事もままならないまま地に伏した。

 痙攣する指先が数秒の内に力を取り戻し、床を擦って握り込まれる。

 彼女は、立つだろう。

 だから、その前に。

 

『ソコデ見テイルガ良イ。オ前ノ仲間達ガ沈ンデユク様ヲ』

「!? な……に、を」

『オ前ノ相手ハ飽キタト、ソウ言ッタノヨ』

 

 船首に跳んだ深海神姫が振り返って言う。

 何かを言おううとした吹雪は、立てた膝を滑らせて倒れた。……だいぶんダメージが蓄積していたのだろう。むしろどうしてまだ動けるのかが不思議なくらいだ。

 

『フフ……』

 

 船から海を見下ろせば、まるでビルの上からのような視界が広がる。

 海上では深海棲艦と艦娘達が入り乱れて戦っていた。吹雪とやり合っている間に深海神姫は霧を操り、各個分断したのだ。そのため地力に乏しい駆逐艦などは満身創痍で、窮地に立たされている。

 ン級と名付けられた怪魚の咆哮を防ぐ手立てもなくなったのだろう、艤装はもはや鈍器の役割しか持たず、今、駆逐艦が一人イ級に腕を食われた。

 ……が、そいつは自ら転がる事によって無理矢理イ級を離し、蹴りつけて離脱した。腕も無事だ。

 危機を脱して一息ついているところに悪いけど、と、深海神姫は思ってもいない事を呟きながら腕を伸ばした。

 船が呼応する。

 海に蔓延る遺志の集合体が軋み、嘆きの叫びを上げる。

 船首付近が蠢き、開き、内部を露わにする。捻出されたエネルギーが先端へと集まり、巨大な光球を作り上げていく。

 

『散レ、艦娘ドモ』

 

 サッと横に振った腕の動きに合わせ、燃料砲が放たれた。

 紫の光の奔流が海を薙ぎ払い、底を露出させる。海底すら削りゆく膨大な力に、艦娘も、深海棲艦もなすすべなく消し飛んでいく。

 

『……チッ』

 

 ……いや。

 消し飛んだのはレ級以外の深海棲艦のみだ。

 艦娘はその身を守る生体フィールドのおかげで五体満足。しかし遮断しきれないダメージは肉体にまで及び、黒い海に紅色が混じり始めていた。

 

『ハハハ』

 

 もう一振り。

 二度目の燃料砲で全員倒れた。

 艦種に関係なく吹き飛び、流れる海に呑み込まれ、それでも浮き上がってくる。

 だがもう、足が沈みかけているようなサマでは何もできまい。

 そして深海棲艦ならば幾らでもよみがえらせる事ができる。

 少し遺志を集めれば、海がざわめき、波と共に浮上する黒い影。

 それが艦娘達を取り囲んだ。

 状況は絶望的だった。

 

 振り返れば、吹雪が立ち上がっているところだった。

 伸びきらない膝を震わせ、顔を上げた彼女が構えを取る。

 

「じゃ……続き、やろっか」

『……!?』

 

 今度こそ理解の範疇を越えた。

 何を……今何が起こっているのかわからないのか!?

 

『オ前、悲鳴ガ聞コエナカッタノ!? 仲間達ノ声ガ届カナカッタトデモ言ウノ!?』

「届いたよ。……早く終わらせなきゃね」

『不可能ダ! ……無理ダト、ワカッテルデショウ?』

「無理じゃないよ」

『ッ! ダカラ! 根拠ノ無イ強ガリヲ言ウノハヤメロ! 狂ッテルノカ、オ前ハ!?』

 

 光と、熱と、轟音と、暴風。

 あれほどの攻撃を二度仲間に当ててなお、調子を崩さない吹雪に苛立つ。

 ……この感情。これは恐怖だ。理解できない相手に対する恐怖。

 

『終ワリ、ナノヨ……? 皆、沈ムノヨ……? ナンデ笑エルノ……オ前ハ、彼女達ノ仲間デハナカッタノ?』

「仲間、だよ。……だから、こうして笑っていられるんだよ」

『意味ガ解ラナイ。……意味ガ、解ラナイヨ……!』

「じゃあ、見てみて。みんな、こんなのじゃ折れないから。……みんな、また立ち上がってるから」

 

 私みたいに。

 

『ッ!』

 

 そう言われて、深海神姫はありもしないはずの事態を幻視した。

 どれ程の攻撃を受けようが、どれ程の絶望を叩きつけようが、何度でも立ち上がる目の前の人間と、その仲間の艦娘達の姿が重なった。

 

『マ、マサカ……』

 

 そんなはずはない。

 奴らはみなボロボロだ。

 レ級ですら大破は免れていない。

 なのに、なのに立ち上がるなど……!

 

 

「何、やってんの! 立ちなさいっ!!」

 

 自身も体中傷だらけで、半ばから折れたアンテナを手に腕を振り払い、叢雲が叫ぶ。

 呼応して大淀が立ち上がった。スカートも制服も布切れと化し、熱で赤くなった肌が露わになっている。

 

「ここで終わりだなんてないでしょう!」

 

 口の端に垂れる血が震えた。

 その声を始めに、深海棲艦が蠢く海の上で、輝く艦娘達が次々と立ち上がっていく。

 

「リ、バァァァス! こっから本気デース!」

 

 巨大な艤装は根元を残して粉々に砕けた。

 それでも彼女には培ってきた技術がある。艤装がなくても戦える。

 

「なめるなっ!」

 

 すぐ傍で満潮が立ち上がり、片方が解けた長い髪を振り乱して叫んだ。

 

「――ぬるいのよ!」

 

 どれだけの苦境も、どれだけの苦痛も、もはやこの体には無意味。

 十四年前、愛する姉妹を、仲間を失ってから、彼女は空っぽになっていた。

 だけど、今は違う。外はぐちゃぐちゃになってしまったけれど、今は、もう、倒れたりしない。

 

「も、もう……もう怒ったわ!」

 

 魚雷発射管は全てがひしゃげ、折れ曲がり、焼けて溶けた。

 もはや魚雷の一発も撃てはしないだろうに、大井は奮起した。

 全ては過去を取り戻すため。大好きな人とまた会うために。

 

 三人が一つ処に集う。お互い背を預け、周囲の深海棲艦に相対する。

 

「ワタシ達の力、見せてやりマス!!」

 

 金剛が発破をかければ、二人が強く頷いた。

 そして彼女達は、一丸となって滑り出した。

 

 

「き、たぁーっ!」

 

 ザバァ、と波が打ち上がる。

 思い切り両腕を振り上げた漣は、二の腕が千切れてしまいそうな痛みも、お腹に溜まった疲れも全てを宇宙へ投げ飛ばし、元気いっぱいに声を上げる。

 

「徹底的にやっちまうのね!」

 

 ぱっと開かれた瞳は力強い光に輝いていた。

 闘志、未だ衰えず。小さくても艦娘。彼女は戦士、人類の守護者なのだ。

 

「不知火を怒らせたわね……!」

 

 ゆらりと立ち上がった不知火は、乱暴に口元を拭うとギラリと周囲を睨みつけた。

 それだけで何隻も沈めてしまえそうな視線に異形がたじろぐ。

 恐れをなした怪魚が咆哮を上げるも、それは空気を震わせるだけに終わった。

 彼女達にもはや無事な艤装はない。ゆえに、艤装を封じる咆哮など無意味。

 満足そうに、不知火は口の端を吊り上げた。

 

「ふっざけるなぁ!」

 

 海面を叩いて跳ね起きた摩耶が自身に喝を入れる。

 腕を振り回し、足裏で海面を擦って構えた彼女にも、負けの二文字は見えてない。

 傍にある小さく力強い生命を守るのは自分の役目。二人が立って、敵と向き合っているのに、自分だけ倒れているだなんてありえない。

 

「摩耶様の本気は、まだまだこんなもんじゃないぜ!」

 

 怒りに染まった表情は次第に笑みに塗り替わり、まるで彼女達こそ優勢かのようだった。

 

「ここからが、漣達の本気なのです!」

 

 両腕を広げた漣は、そのまま腕を二つとも前へ回し、ヒーローのように構えた。

 三人が背中合わせになる。合わさった闘志が燃え盛る。

 全員の視線は、深海棲艦の僅かにいない場所へ向かった。

 

 

「大丈夫ね」

 

 火傷を負った肩を押さえ、熱い吐息を漏らして、鳳翔は皆に呼びかけた。

 ぶら下げた手に持つ弓は弦が切れ、矢も弓も使い物にならない。

 頼れる妖精達はみな海に沈んだ。空母である彼女には、もう何もできないはずだ。

 ……いいや、彼女にだってできる事はまだある。

 戦場に張る、凛としていて、優しい声に、二人が立ち上がった。

 

「潮、まだ戦えます!」

 

 額までずり落ちた鉢巻を締め直し、融解した砲から出てきた妖精を肩に乗せ、潮は涙に濡れた目で鳳翔を見つめた。

 彼女の声が意識を繋ぎとめてくれた。彼女の声が、勇気をくれた。

 まだ、大丈夫。

 そう、私達はまだやれる。

 

「そう簡単にやられないんだから!」

 

 閉じた左目に体を傾けながらも、瑞鳳が叫ぶ。

 戦う手段がなくたって、彼女は戦う。そのために生まれた艦娘だから。

 

「やる時は、やるのです!」

 

 キッと前方を睨みつけた鳳翔の下に二人が集まり、前を向く。

 決して倒れたりなどしない。深海棲艦には屈しない。

 彼女達は、まだ沈んでなどいないのだから。

 

 

「くぅっ……!」

 

 いくら訓練を積んだからって、いくら装備を整えたからって、やはり秋津洲には、この戦いは荷が勝ちすぎている。

 艶やかな服は目を覆う様相を呈し、二式大艇ちゃんも真っ二つ。

 口から煙が出ているし、腕も足も背中もくたくただ。

 ――でも。

 

「このまま終わりなんてまっぴらかも……!」

 

 けれど彼女は立ち上がる。

 これは意地だ。そして、約束だ。

 人が自分に託してくれた願いは力に、皆の信頼が立ち上がる気力に、未来にある過去への希望が、戦うための活力になる。

 物語の果てを見る。それがみんなとの約束。

 勝手なリタイアは、自分にだって許さない。

 

「私だって、やろうと思えば……!」

 

 頬にかかり、口の端についた髪を指に引っ掛けて退けた初雪は、いつもの半目をもっと細めて、ぐっと口を引き結んだ。

 体中に力を張って、気力頼りに背を伸ばす。

 これはかつての大戦と同じ。

 最終決戦と同じ状況。

 過去のみんなは破れてしまった。

 初雪はその戦いを見る事すらできず、一方的に負けを告げられた。

 だけど今は、初雪自身が戦いの舞台にいる。

 ここは蚊帳の外じゃない。こここそ、彼女の戦場。

 ならばここで踏ん張らないでいつ踏ん張るというのだ。

 今勝たなければ、勝利は永遠にやってこない。

 

「へっちゃらだし!」

 

 余裕の笑みを浮かべて、その実余裕なんてまったくなくて。

 レディ。その言葉にいつも縋って生きてきた。

 そうあれば、絶望に呑み込まれずにいられるだろうと思っていたから。

 でもそれは間違いだった。暁はいつだって絶望のただなかにいた。

 倒れなかったのは、みんなが自分をレディだと認めてくれていたから。

 口でなんと言おうと、正気を保つ彼女を、皆が心の底から認めてくれていた。

 一国の主じゃあないけれど、一鎮守府のレディーであるなら、ここで沈むも倒れるもありえない。

 なんたって暁は立派なレディー。一人前は、弱音を吐かない。

 

「運命になんか負けたくないかもー!」

 

 うわんわうんと彼方まで響く大声に、初雪と暁が秋津洲の下へ集う。

 負けの運命も滅びの運命も、そんなの絶対認めない。

 このまま終わり。それが運命なら、私達がぶっ壊してやる。

 

 

『私ノ役割(ロール)ハ、調律……』

 

 戦争を永遠のものとする為に、強くなりすぎた艦娘を倒し、行き過ぎた進化をした深海棲艦を倒す。

 十四年前の世界では、その役割を果たせなかった。

 異常な強さを持つ島風に負け、そして最後は勝った。

 今ならば言える。その勝利は、敗北だった。

 あそこで負けるべきは島風ではなく、レ級だったのだ。

 役割に固執し、されど自主性はなく、ただ海の遺志のままに動いていた。

 それが招いた人類の終焉は、言わば必然。

 覆されるというのなら、覆させるのがレ級の役目だ。

 

『コンナ世界ニ用ハ無イ。サッサト未来ヲ切リ開ク』

 

 そして再び、過去で役割を果たそう。

 永遠の戦争を続けさせるために。

 今度は全力でやる。

 それで負けたのなら、もう良い。

 負けるのなら、きっとそれが一番なのだから。

 

 

 艦娘が集っていく。

 深海棲艦の合間を縫い、パワーがある者は吹き飛ばし……いったいどこから、あれほどの力が。

 なぜただの艦娘に、あれほどの力が。

 数で押し潰される事もなく、砲弾を打ち払い、避け、防ぎ、突き進む。

 あり得ない。

 常識で考えてみろ。

 深海棲艦の数は百を超え、対する艦娘の数は二十もいない。

 なのに彼女達は誰一人沈んでいない。誰一人、行動不能に陥っていない。

 そして誰一人、勝利を諦めていない。

 

「遅かったじゃないの」

 

 船を前にして立つ叢雲の後ろへ、吹雪の鎮守府の艦娘が全員揃った。

 誰もが口を噤み、叢雲を見ている。

 

「さ、みんな。やるわよ」

 

 それは気合いの言葉。

 力なんて入ってないけど、声も掠れて頼りないけど、みんなは笑って頷いて、叢雲の左右へずらっと並んだ。

 パシ、パシと手を繋ぎ、手を取り合って一繋ぎになる。

 そうすればほら、彼女達に力が滾り、全てを凌駕する能力が宿った。

 

『……ナンダ……何ガ起コッテイルノ……アノ、(チカラ)ハ……』

「知ってるよね。近代化改修。みんな、今、繋がり合って、くっつきあって、みんなの力をみんなに与えてるんだよ」

 

 眼下で起こる不可思議な現象に慄く深海神姫へ、吹雪が歩み寄りながら言った。

 近代化改修。それは一人の艦娘に、複数の艦娘を吸収させる事で多少の能力アップを図る妖精の技術。

 専門の妖精はここにはいない。だけど妖精は、ある程度他の妖精の仕事もこなせる。

 ここには連装砲や電探、魚雷、それぞれたくさんの妖精がいて、みんな自分達の仕事を失っていた。

 最後の一仕事には熱心に取り組んでくれたようだ。おかげでみんな、まるで黄金の光を放つレ級のように、キラキラと輝いている。

 

『ダ、ケド……ソレハ、チ、チカラヲ与エタ艦娘ノ消滅ヲ意味スル……』

「消えないよ? だって、みんながみんなに力を与え合ってるんだもん」

『ドウイウ……ッ、ドウイウ事ダ! フザケルナァ!』

「繫がりが、絆が私達に力を与えてくれる。それだけだよ」

 

 戦いが再開された。

 みな、誰かと手を繋いだまま、異形達に突っ込んでいく。

 手を取り合い、協力して敵を打ち倒していく。

 その拳で、その足で。その力で、その強さで。

 ……ありえない。

 

『コ、コンナ事ガアッテ堪ルカ……! コンナ、ア、アリ得ナイ事ガ……!!』

「艦娘の存在は不思議がいっぱいだからね。あり得ないと思った事は、もしかしたらあり得るかも、なんだよ」

『ナン――ゥアッ!?』

 

 振り返ろうとした深海神姫は、不意に腕を引かれるのにぎょっとして――頭から甲板に叩きつけられて悶絶した。

 打った頭を押さえながら転がって距離をとり、片膝をつく。見上げれば、自身を投げた体勢のままの吹雪が、落ち着いた表情で静かに告げた。

 

「私達の勝利、誰にも手出しはさせない」

 

 彼女も。

 ……彼女も、いや、むしろ彼女こそ、凄まじいパワーアップを遂げていた。

 立ち上がって打ち掛かった深海神姫は、次には腕を取られ、転ばされていた。

 一瞬呆けて、すぐに立ち直る。足払いを仕掛ければ、その足を踏みつけられ、取られたままの腕を捻り上げられた。

 ゴキリと嫌な音が鳴る。

 

『オ前……! マサカ、オ前ガ一番……』

 

 先程までと変わらない静かな、それでいて輝く緑の目は、まっすぐに深海神姫に向かっている。

 

「うん。私が一番強くなってるよ」

『何故ダ……オ前ハ、』

「人間だよ。人間で、司令官で、艦娘だよ。だから私、艦娘との結びつきがとっても強くて、司令官との結びつきもとっても強いんだ」

 

 きっと練度(レベル)の上限も上がっちゃって、200とか300になってるかな、なんて言いながら、彼女は左腕に備えた壊れた端末、カンドロイドを撫でつけた。

 

『馬鹿ナ!』

 

 手を弾き、立ち上がる。

 自慢のスピードで背後に回り込み、貫手を放つ。

 ふとブレた吹雪の腕と腹の間に腕は囚われ、次には関節を外されていた。

 振り返った彼女の掌底に踏鞴を踏めば、飛び膝蹴りで吹き飛ばされる。

 

『コ……コノ私ガ……タダノ、吹雪ニ……!』

「連装砲ちゃん!」

『キュー!』

 

 吹雪を援護するように立ち回っていた連装砲ちゃん達が飛び上がって前ならえで連結し、吹雪の手元へ落ちる。

 彼女は躊躇いなくそれを構えた。そして何を言うでもなく燃料砲を撃った。

 

『――――ッ!!』

 

 光の奔流が深海神姫を貫く。

 バチバチと電気が生まれ、体の中や外が爆ぜ、無視できないダメージが積もっていく。

 そしてついに、深海神姫も膝をついた。

 同時に吹雪も倒れそうになる。燃料を使い切り、疲弊した状態になったのだ。

 

「私の、んっ、……勝ち、だね」

『マ……マダ、ダ……!』

 

 まだとは言うが、深海神姫は腹に穴が開き、絶えずオイルを流している状態で、もはや立ち上がる事さえままならない。

 勝敗は決した。

 艦娘との絆を得た司令官・吹雪が勝ったのだ。

 後はトドメを刺し、彼女を倒してエネルギーを得るだけ。

 

「……ごめんね」

『フ……フフ……』

 

 震える足を叱咤し、連装砲ちゃん達に励まされながら歩む吹雪に、深海神姫は笑ってみせた。

 頬に流れる汗をそのままに、口の端を歪めて、心底愉快そうに。

 

『コノママ、私ガ何モシナイママ終ワルト思ウ?』

「何もできないよね。……残念だけど」

『ドウカナ。オ前ノ言ウ、私ノ中ニアル大キナエネルギー……ソレヲ私ガドウ使ウカハ勝手デショ?』

「……何をするつもりなの」

 

 なに。ちょっと爆発するだけだよ。この星ごとね。

 軽い調子で言い放った深海神姫は、しんどそうに立ち上がると、腰を落として力み始めた。

 まるでそうすれば、そのエネルギーを自在に使い、自爆できるとでも言うように。

 ……実際そうだった。

 吹雪の中に警報が鳴り響く。それは妖精さん達からの警告で、自身の本能が鳴らす警鐘だった。

 肌が罅割れ、光が漏れだす。

 急激にパワーが高まっている。

 その上昇具合や何かは吹雪にはわからなかったが、今にも彼女が、まるで星のように大規模の爆発を巻き起こそうとしているのが手に取るように分かった。

 もう止められそうにない。

 迂闊だった……自分で言ったじゃないか。

 艦娘にはあり得ない事はない。それは、深海棲艦だって同じだし、元艦娘の深海神姫だって同じなのだ。

 だけどそれが、まさか全てを巻き込んで自爆する事だなどとは思いもしなかった。

 

『……ナンノ、ツモリダ?』

「ぅ……! ……せめて」

 

 風が吹き荒れ、連装砲ちゃん達がころころと転がされて行く中を、吹雪は身を低くして進み、深海神姫に抱き付いた。

 彼女はてこでも動こうとしなかったが、吹雪の狙いとしては、それが一番良かった。

 

「せめて、皆の下には行かせない……!」

『……オ前ハ助カラナイヨ』

「皆なら、大丈夫。……みんなだけなら……きっと、未来を……。過去へ、向かえる」

 

 星ごと、とはいったが、いったいどれほどの規模の爆発になるかはわからない。

 だから、もし今彼女が仲間に通信し、逃げるように呼びかけたとしたら……ひょっとしたら、誰かが生き残ってしまう。

 だが、艦娘が何人生き残ろうと関係ない。

 人間さえ消し去ってしまえば、それで終わりだ。

 

『心中スルツモリカ』

「…………」

 

 吹雪は、答えなかった。

 この風と、徐々に強まりゆく風の中では、口を開く余裕もないのかもしれない。

 深海神姫はそう思っていたのだが……実際は、違った。

 

「ねえ、島風ちゃん」

 

 彼女は、この局面で、一つ打ち明け話をしようとしていたのだ。

 少し話し辛い事だから、悩んでいただけ。本当にそれだけの話。

 

『……ナンダ』

「あなたを探している艦娘がいる」

『!?』

 

 話すべきか話すまいか、悩んでいるうちにそうこう言っていられなくなってしまっていたけど、この際だ、話してしまおう。

 僅かに目を見開く深海神姫に、吹雪はその胸に押し当てていた顔を上げて、下から彼女を見上げた。

 

「ななちゃん……名前の無い艦娘」

『……』

 

 朝潮ではない。

 深海神姫は、落胆した心に、はたと動きを止めた。

 ……そんなものは最初から望みがなかったと知っている。今さら落胆も何もない。

 

「顔が黒い線でぐちゃぐちゃに塗り潰されてる……私の胸くらいまでの身長の子」

『…………』

 

 吹雪の語る名もなき艦娘とやらに、深海神姫はまったく心当たりがなかった。

 探している、と言われても、そんな奴に今まで出会った事もない。深海棲艦になる前も、艦娘になる前も。

 

「あなたの事、弟だって言ってた」

『エ?』

 

 高まりゆく力に意識を溶かそうとして、深海神姫は……島風は、吹雪へと視線を戻した。

 彼女は回した腕できつく島風を拘束しながらも、静かに話していた。

 

「あなたの事を、『ショーイチ』って呼んでた」

『……ショウ、イチ……』

 

 その名前は。

 その名前は、知っている。

 深海棲艦になる前の、艦娘になる前のそのまた前。

 まだ彼女が人間だった頃。

 まだ、この世界にはいなかった頃。

 

『……姉サン?』

「知ってたんだ。……やっぱり、あなただったんだね」

 

 姉と二人で暮らしていた、ただの人間だった時に、よく呼ばれていた名前。

 あの日……瀕死の島風として孤島で目覚めた時以来、呼ばれなくなった名前。

 どうして今さらそんな名前が出てくるんだろう。

 なぜ、今になって……。

 

『ズット、ズット、探シテタ……』

 

 みんなは死んだと言っていたけど、それでも。

 

『ズット、帰リヲ待ッテタ……』

 

 艦娘になって、別の世界へやってきてしまったけど。

 

『ココニイタンダ……』

 

 彼女の姉も、この世界にやってきていた。

 …………。

 

『……ダカラ』

「……?」

『ダカラ、ナンダト言ウンダ!』

「っ、きゃあ!?」

 

 押し退けるように両肩を押されて突き放された吹雪は、尻もちをつきながらも深海神姫を見上げた。

 肩で息をする彼女は、体の至る個所に亀裂を走らせ、眩い光を放ちながら、恨みがましい目を吹雪に向けていた。

 

『今サラナンダト言ウノヨ。……私ハ、人ヲ滅ボシタ』

「…………」

『モウ、遅イ。モハヤ後戻リナドデキナイ』

「……そうだね。きっともう、あなたは」

『ダカラ、最後ニ言ットク』

「……何、かな」

 

 すぅ、と息を吸う声が、どうしてか鮮明に聞こえて、吹雪は目をつぶった。

 それは彼女の声をよく聞くためだったかもしれないし、来るべき爆発に備えるためだったのかもしれない。

 

 その事を伝えてくれてありがとう。

 

 どちらにせよ、これで終わりだった。

 彼女が言葉を言い終わるか終わらないかくらいに、吹雪は光に呑まれた。

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