「それで勝利した暁に、持って帰ってきたと?」
「はい、オクタ様」
玉座の間にてオクタと魔導守護騎士たちは、復讐をやり遂げたアリス・ヴォ―ランドを迎えていた。
アリスは玉座に座っているオクタに頭と膝をつきながら、懐から取り出すのは古ぼけた鞘に納められた短剣。そしてアリスの傍らに置かれている血に染まった袋を解いて目の前に差しだす。
守護騎士たちは一斉に顔を顰める――至高の御方に古ぼけた短剣と、袋から現したのは一つの生首……深いとしか思えない上に御身の前に見せるのに相応しくないと云わんばかりに。
対するオクタは短剣を尻目に、その生首に目を向けて驚愕で眼を見開いた。その生首は顔見知りで合った相手だった。リアル世界で婦女子であり、偽告白を依頼した少女――海老名だ。しかし、その生首を見て驚愕はするものの、それ以外の感情は全くなかった。
この世界で生きるためには厳しさだけでなく残酷さも必要……リアル世界のように甘い世界ではない。
彼女もその覚悟がなかったからこそ、アリスに殺されたのだろう。
海老名だった生首を数秒だけ見つめたオクタは興味を無くして、アリスに目を向ける。オクタに目を向けられたアリスは喋り始めた。
「騎士様方がそのような顔をするのは尤もでございます。しかし、これは私のけじめなのです」
「ほう……口先だけの約束ではないと」
「恐れながら、嘗て私は卑しく卑怯な人間……お優しいオクタ様はそんな私を魔族とさせていただきました。そして、これからもオクタ様に仕える所存であります――その証拠とまでにはいきませんが、人間世界との決別を示すために持ってまいりました」
オクタはアリスを見る――魔物エキスを使った彼女の見た目は大きく変貌していた。
嘗ては人間味あふれる肌色と、美しいブロンドの髪と碧色の瞳で愛らしい顔立ちで整っていたアリス。
しかし、今では人間の色ではない魔族が有する冷たく蒼白色の肌、金髪も怪しい紫紺色に変わり、明るさを魅せていた碧色も闇色に染まっていた。そして口元から、見え隠れ犬歯もあった。
彼女は人間から吸血鬼(ヴァンパイア)となったのだ。
されど、ユグドラシル設定の純粋な吸血鬼ではない上に魔物エキスを利用しての変化なので、今後どのような能力がついてくるのかわからない……。
最悪な場合、心が揺れ動き、このギルドに害をなした場合は――。
「よかろう。 だが仮に、裏切ることがあった際は我が――」
「オクタ様が手を下す必要はございません」
不敬と感じながらもセレナはオクタの言葉を遮ったと同時に、アリスの目の前まで詰め寄った。それは彼女だけでなく、エイナ、マイナ、ガイア、アリーナも各々が獲物を取り出し、喉元に切先を向けた。
『我らは最後までこの場に残ってくださった敬愛し魔導騎士オクタ様に仕える、魔導守護騎士』
『この身の全てはオクタ様の為にある。忠義も命もすべて――御身に捧げし者なり』
『主に害を与えた際には我らが魔導守護騎士が、貴様の首を掻き切り、冥界にまで送ってやろう』
魔導守護騎士の一字一句間違いも、乱れもなかったその言葉。
アリスは「誓います――この身は全てオクタ様の為に」と両手を大理石の床に着けて、頭を下げる。
そんな守護騎士と彼女らに対しオクタは。
(……アリスの方はあいつらに任せても大丈夫か。彼女が裏切っても守護騎士たちなら問題なく始末できる。だが念のために、セレナとガイアには新しい魔法武器、エイナとマイナにはステータスアップのドーピングアイテム、アリーナにもアイテムを使わせなきゃな)
守護騎士たちの忠誠を何のその――アリス対策のために、騎士たちに贈る武器とアイテムの選別を考えていた。無論アリス程度に襲い掛かられても、返り討ちにすることは出来るも念のために取り組まなければ。
視線を動かして、アリスの近くにあった生首を見る――もう彼女は胴体と首が別れている為、既にその目に光はなく、口元もだらしなく空いていた。人間は死ぬとこのような表情になるのかと、思わず不憫な視線で見つめてしまった。
(可哀そうにな、せめて戦わないで引っ込んでればよかったのに……まっ自業自得ということで諦めてくれ)
虚ろで光を失ったその目は――助けを乞うようで、憐れに思えてしまったオクタは指を鳴らし、黒炎で包ませて弔いの炎を上げた。無論、普通の炎ではなく、魔法によるしかも暗黒騎士の技の為に何も残さずに消失した。
海老名が死んだ。その事実に葉山達、そして雪ノ下達のパーティーは大きく揺らいでいた。
今日もまた宿屋の一室にて怒声が響き渡っていた。
「こんなことになったの、あんたの所為じゃん、雪ノ下っ! あんたがアリスってやつを突っかかんなきゃ!」
三浦の顔には嘗ての女王を振る舞っていた強くな表情はなかった。浮かんでいるのは友人を失ってしまった悲しみと絶望に満ちた痛々しく弱気な表情。
そんな彼女と対面しているのは雪ノ下雪乃――その表情はいつも通りで、冷たさの中に秘められているのは強い意思。
「あら、最初に依頼を持ってきたのは貴方じゃない三浦さん。 あなたが、『お嬢様を引っ張ればいいんでしょ、簡単だし』と引き受けたから私たちも受理した――それにいつまで人の所為にしているの?」
「はあっ!?」
三浦の疑問に満ちた叫びに、雪ノ下は顔を顰めて大きくため息をついてしまった。
「……本当に考えていないのね。 いつまであの世界とここを一緒にしているのかしら、ここは地球と違って法で護られてもいない、他力本願ではいけないの。 自分の力で、やり過ごせなければ生きていけないのよ――海老名さんだってそうよ、彼女も人に頼って――」
「っうるせぇべ!」
雪ノ下の言葉を遮ったのは、金髪の痩せこけた少年――戸部だった。彼は雪ノ下の胸倉をつかみかかった。
「海老名さんが死んだのは、結局はてめぇの所為だべ! てめぇがアリスを殺し切れなかったから!」
「あら。 びくびく震えて何もしなかった金髪さんに云われたくないわね……ごめんなさい、名前すら浮かび上がらないわ――こういうのを比企谷くんがいたらモブっていうかも」
「っぐっ、う、うるせえべ!」
「っやめろ、戸部!」
殴りかかろうとした戸部を止めたのは、葉山だ――その表情は既に苦痛と悲しみに満ちた、弱弱しさしか感じられないものだ。
「……私は事実を云ったまでよ。 申し訳ないけど、これからギルドに行って仕事しに行くわ」
「あっ、私も行きます。雪ノ下先輩」
雪ノ下についていくのは、葉山達に侮蔑の目を向ける一色 いろは。
「ま、待て、結衣はどうするんだ!?」
「仕事の邪魔よ、連れて行かないわ」
「そもそも寝たっきりなんですよね……正直いりません」
嘗ては親友であった由比ヶ浜であったが、今回の出来事で邪魔でしか感じなくなった。
彼女の場を読む力は一目置くも、正直戦闘になると相手を助けたいという博愛主義は美しいが、邪魔である。
今回のアリスもそうだった――今後は彼女を依頼に連れていく訳にはいかない。
今回の件で、雪ノ下は自らを変えねばならないと痛感したのだ。
恐怖で震えていた自分とは決別をしなければいけない。そう決意した。
葉山の叫びに二人は斬り捨てて、部屋から出て行き、そのままギルドへと向かっていった――。