季節の変わり目は体調を崩しやすいです。
僕も風邪を………ゴホッゴホッ………
体調管理はしっかりしましょう。
(咳しながら小説書いてる。そんな秋)
ここは大坂、石山本願寺跡。
「官兵衛。」
「なんでしょう。秀吉様。」
「俺はここに古今無双ので〜らでかい城を築こうと思っとる。信長様の安土城よりももっとでかい天下人にふさわしい城をな。」
「はい、この本願寺跡は長い間信長様を苦しめただけあって防御に適した場所。この黒田官兵衛孝高、天下人にふさわしい立派な城を築いて見せまする。」
「うむ、頼んだぞ。」
「小六………」
「なんでしょう、秀吉様。」
俺は長年苦楽を共にしてきた蜂須賀小六と話していた。
「いやさ、昔おぬしと墨俣に城を築いた時のことを思い出して………(第ニ話参照)」
「左様でしたか………あの時は大変でした。しかしあの時は城を数日で築いてしまいましたからな。」
「うむ………しかし今俺が築いている城は墨俣の城のような前線基地ではない。天下人にふさわしい前代未聞の城だ。」
「秀吉様ももうすぐ天下人ですか………。」
「………これからも頼りにしておるぞ、小六!」
「期待に添えられるよう、なお一層努力致します。」
天下人にふさわしい城は問題なく完成するだろう。
問題は俺は本当に織田家の後継者として天下統一ができるだろうか、ということだった。
しばらくして俺は大坂に織田家の武将を招待した。
しかし、あろうことか信長様の次男、織田信雄殿がこれを拒否したのだ。
信雄殿は賤ヶ岳の戦いでは俺に協力してくれたがいったいどうしたことか………。
「おそらく信雄殿は誘いに応じたら秀吉様の傘下に下るような気がして嫌だったのでしょう。」
官兵衛はそう推測した。
「これからどうなるかな………。」
「おそらく信雄殿は我々に敵対するでしょう。信雄殿は信長様の次男として秀吉様より格が上だとお思いですから。」
案の定、信雄殿は三河の徳川家康、四国の長宗我部元親、北陸の佐々成政、紀州の寺社勢力と手を組み、俺を包囲してしまった。
まだ信雄殿は俺を信長様の後継者として見てないらしい。
(ま、当たり前といえば当たり前か………)
戦いは尾張、小牧山(愛知県小牧市)で始まった。池田恒興殿と森長可(森蘭丸の兄)殿が兵を挙げ、(この二人は羽柴方)徳川家康(信雄方)に打ち破られた。
そして家康は小牧山に砦を築いたのだ。
俺は大坂から尾張に出陣したがしばらくにらみあいが続いた。
いっきに家康を倒す策はないものか………。
「秀吉殿。」
「おお、恒興殿。」
池田恒興殿が俺の陣に入ってきた。
「わしはな、家康をいっきに倒す策を思いついたぞ。」
「なんですと!」
「今、家康軍の主力は尾張に集中している。そこで家康の本拠で手薄な三河を攻め込む。」
「おお〜素晴らしい策じゃ!」
「良ければ三河を攻め込む役、この池田恒興がやっても良いぞ。」
「おお恒興殿がやってくれるか、では頼むぞ。」
「おう!」
「………ああそうだ、恒興殿の軍に俺の甥、秀次を連れて行ってくれ。羽柴家を支える人間としていろいろな経験をさせたい。
それと『鬼武蔵』と呼ばれ、恐れられる森長可殿も連れて行ってくれ。」
「あいわかった。」
そう言い終わると池田恒興殿は三河目指して出陣した。
「何ぃ!?池田恒興殿と森長可殿が戦死した!?」
「御意!家康軍は秀次軍の動きを読み、先回りしていたようにございます!長久手(愛知県長久手町)にて両軍激突し秀次様もほうほうの体で戻ってきたとのこと!」
いきなりやってきたこの報せは羽柴軍を動揺させた。
天下を目指す羽柴家にとってこの戦も当然勝たねばならなかった。
しかし、負けた。
池田恒興、森長可二人の戦死という聴き難い報せと共にその負け戦の報は届いたのだった。
「叔父上、申し訳ありません!」
「もう良い秀次、所詮家康はおぬしらのかなう相手ではやかったのだ。」
「いかがいたしますか………。」
さすがの官兵衛も今回は焦っている。
「………講和だ。」
「講和?」
「うむ。」
「家康は応じないでしょう。勝ち戦なのにわざわざ講和するとは思えません。」
「信雄に講和を持ちかけよう。こんなこともあろうかと小一郎に命じて信雄の本拠伊勢を攻めさせた。信雄は俺との戦どころではない。」
「なるほど………」
「家康は信雄の援軍。信雄が戦をやめれば家康も兵を引こう。」
「わかりました。早速信雄と交渉しましょう。」
こうして織田軍と羽柴軍の講和が成立し、世に言う「小牧長久手の戦い」は終結した。
「次は信雄方についた大名を制圧しよう。」
そう決めた俺はまず紀伊の寺社勢力を攻撃。
十万の大軍で攻め上げ、最後、太田城を水攻めで落とし、紀伊を平定。
次に越中(今の富山県)の佐々成政を攻撃。北陸を平定。
翌年、小一郎に四国を平定させ、長宗我部元親を降した。
さらにその翌年、徳川家康を配下にした。
とまあ簡単に言えばこうなるがこの間に俺のまわりは急速に変わった。
俺が紀伊を平定した後、俺は関白なるものに就任したのだ。
関白というのは帝(天皇)を補佐し、政治をする役職である。
征夷大将軍になろうと思ったが将軍というのは源氏じゃないとなれないらしい。
そこでちょうど空席になっていた関白に就任したという訳だ。
まぁどちらにせよ関白になったということは帝に天下を治めて良いと認められたことになる。
俺は信長様の後継者………いや、信長様をもつけなかった関白になり、信長様を超えたのだ!
徳川家康を配下に入れるのには苦労した。
まず徳川家康に俺の妹、朝日姫を嫁がせた。
つまり家康は俺の義理の弟になったのだ。
しかしそれでも俺の味方にならないから俺は自分の母親を人質として家康に送った。
そして上洛してきた家康を説得したのだ。
「よう三河からはるばると来られました、家康殿。」
「ご無沙汰しております。」
「私は信長様の意志を継ぎ、関白という位につき、我が国から戦を無くすべく戦ってましりました。
しかし未だ我が国では戦が絶えず、天下統一はほど遠いという状況です。」
「………」
「そこで頼みがあります。家康殿が私の味方として協力してくれれば全国の大名もそれに続いて頭を下げ、天下統一はなります。どうか私に頭を下げてはくれませんか。」
「………しかし………」
「このとおり………」
俺は深々と頭を下げた。
一瞬の沈黙。
「わかりました。秀吉殿に従いましょう。」
「本当ですか⁉︎」
「我が国から戦を無くす、というのは私にとっても夢でした。それを成し遂げてくれるなら………」
「あ、ありがとうございます!」
こうして家康も俺の配下になったのだ。
その後、太政大臣(今でいう内閣総理大臣)に任命され、「豊臣」という姓をいただいた。
「豊臣」というのは源氏や平家と同じで帝からいただいたものだ。
いよいよ地方の大名を従える、天下統一の終盤戦の幕開けである。
新しい章になってたった四話で終盤戦になってしまいました。
しかし秀吉の天下統一は本能寺の変からわずか八年で完成しました。
信長も桶狭間の合戦から本能寺の変まで二十二年かかっているので秀吉が驚異的な速さで天下統一を果たのです。