寒くなってきました。
衣替えしないと寒いというのに衣替えがめんどくさくて未だに半袖半ズボンを着ている自分………
関白秀吉をさらなる不幸が襲った。
秀吉の唯一の実子、鶴松がわずか三歳でこの世を去ったのだ。
「鶴松………鶴松………」
秀吉は小一郎秀長という支えに続いて鶴松という精神的な支えをも失ってしまったのである。
「鶴松に………天下を譲りたかった。」
そう。豊臣家は突如としてその跡継ぎを失ってしまったのである。
秀吉はこの瞬間からさらに暴走をし始める。
信長の暴君ぶりを見て、自分はこんな暴君にはなるまい、と誓ったのを忘れて、日本史上稀に見る恐怖の天下人と化していくのである。
ある時、秀吉は甥の秀次を呼び出した。
「秀次でございます。」
「うむ。入れ。」
その声にかつての威厳は無く、その部屋には栄華を極め、「最も優れた天下人」と称された男とは思えないほどやつれた老人が居た。
「秀次、近う寄れ。」
「は、」
「俺はおぬしに関白を譲ろうと思う。」
「………!!」
「おぬしは小一郎の代わりに俺の右腕となり、支えてくれ。」
「し、しかし私は長久手の戦いにて徳川軍に大敗を………」
「そこで学んだことを活かして立派に務めてくれ。関白になるということは天下人になる、ということだ。これができるのはおぬししかおらんのだ。」
「し、しかし………」
「頼む………」
秀吉は弱々しく甥の手を握った。
豊臣家を継げるのはもはや秀吉の甥しかいないのである。
秀吉の歳ではもう実子は望めない。
秀吉には弟、子、次は自分、という恐怖感があった。
自分が生きている間に跡継ぎを何とかしたかった。
かつて天下を夢見ていた頃のようにただひたすら目標に向かって進みたかった。明征服という夢に。
その為には前に進む自分を支える、後ろの担当者が必要だった。
それが今までは小一郎秀長であり、これからは甥の秀次に任せようと思ったのである。
かくして、秀吉は関白を秀次に譲り、自らは太閤と称して隠居した。
翌年、正月、九州名護屋城に三十万の軍勢を集め、四月、加藤清正、小西行長ら率いる日本軍が朝鮮半島に上陸した。
結局、朝鮮は宗義智、小西行長の予想通り、秀吉の明攻めには協力しなかったのである。
〜加藤清正出陣直前、名護屋城〜
「清正。」
「おう、何だ?三成。」
加藤清正と石田三成。秀吉が長浜城の城主だった頃からの友で、三成は内政、清正は戦で秀吉を支えてきた。
最初に話したのは三成だった。
「この戦は無益だ。できるだけ戦だ早く終わるよう共に画策しよう。」
「どういうことだ?明は征服せんのか?」
「明など征服する必要はない。秀次様体制になって、他にやることが山ほどあるんだ。日本だけで精一杯だ。」
「太閤殿下の命に背くのか?」
「それが豊臣家の為だ。」
「俺は賛成せんな。」
「なぜだ?」
三成は予想外の答えに驚いた。長年苦楽を共にしてきた清正なら自分の考えを分かってくれると思ったからである。
「三成はどちらかと言うと内政型だ。だから平和な世でも充分活躍できる。だが我々戦闘型の人間は戦がないと太閤殿下に尽くすことができん。
それに太閤殿下は此度の明攻め、俺を信用して俺を先鋒に選んでくださったのだ。その信頼を裏切ることはできぬ。」
「し、しかし………」
「三成。太閤殿下は明の征服を求めている。我々はその夢に協力するのが務めであろう。」
「しかし我々は戦のない平和な世の為に働いてきた!明征服の為ではない!」
「三成。おまえの言わんとすることは良く分かる。だが今更何を言ってもしょうがない。俺はそろそろ行くぞ。」
三成はこれ以上何も言えなかった。
三成は人を言いくるめられる程、口が達者ではなかったのである。
三成も清正も豊臣家の為を思って生きてきた。
しかしその豊臣家=秀吉が狂った為に二人の友情も狂い、二人のその後の運命も狂った。
さらにその秀吉の狂いは豊臣家のその後も狂わせ、さらにさらに侵略された朝鮮の人々の生活も狂わせたのである。
当初、日本軍は快進撃を続ける。朝鮮の首都、漢城(今のソウル)を攻め落とし、小西行長隊は平壌まで攻め落とした。
加藤清正隊は朝鮮の東海岸を進み、満州にまで迫った。
しかし朝鮮各地で民衆が義勇軍として立ち上がり、李舜臣という朝鮮の将軍が日本の船を襲い、補給路を断った。さらに明からの援軍が日本軍と戦いはじめ、状況は一変。
日本軍の快進撃は止まった。
三成はまだ戦の阻止を諦めてはいなかった。
朝鮮に渡った三成は加藤清正、浅野長政、黒田長政などの朝鮮で戦っている武将のことを悪いように秀吉に報告し、加藤清正を日本に強制送還させるなど、好戦的な武将を現場から排除し、小西行長、宗義智、大谷吉継らと協力し和平交渉を行ったのである。
豊臣の為にと戦ってきた朝鮮にいる武将らは恩賞を貰えないばかりか秀吉には三成の報告のせいで過小評価され、三成ら奉行衆にはでかい顔をされる………おもしろいはずがなかった。
奉行衆と武闘派は豊臣家の為に働いたが故に分裂してしまった。
豊臣家の為に働く者達によって豊臣家は真っ二つに分裂してしまったのだ。
それはさておき、三成はやっとの思いで講和の一歩手前までこぎつけ、秀吉に日本側の講和の条件を提示するよう求めた。
「講和の条件か………」
秀吉はここ最近元気を取り戻している。
後継者の心配も無くなり、秀次は関白としてよく天下を治めていたからである。
小一郎秀長の代わりとなる補佐役が見つかり、秀吉は上機嫌なのである。
しかしそれだけに秀吉は調子に乗ったのか、あるいは日本の心配が無くなったのか、とんでもない条件を提示した。
「明の皇帝の娘を日本の帝の妃にすること、日明の勘合貿易を再開すること、朝鮮の南半分を譲ること、日明両国の大臣が誓紙を取り交わすこと、捕らえた朝鮮の二人の王子は返還すること、朝鮮重臣達に今後日本に背かないという誓約させること………」
「………!!」
(太閤殿下は講和する気があるのか?)
三成は我が耳を疑った。
こんな条件ではまた戦になる。
実は秀吉は明が降伏したと思っているのだ。
三成は小西行長にこの事を相談した。
「………」
「いかがいたす?行長殿。」
「………明皇帝に渡す手紙の文面を書き換えてしまおう。明皇帝に我々が降伏した、と思わせるのだ。」
「太閤殿下には?」
「太閤殿下には明が降伏したと言っておこう。」
「双方に嘘をつくのか?」
「それしかあるまい。」
しばらくして明と日本との間で講和がなった。
秀吉の暴走は止まらない。
次回、久々に秀吉に吉報が!
しかしそこ吉報がゆくゆく豊臣家滅亡の直接の原因となるのだった。