メテオリウム─翠晶眼の傭兵─   作:影迷彩

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 半年以上ぶり、ようやく一話の構成を纏めて世に投稿できました。
 積もる話も色々ありますが、その話は追々。

 では、長らくお待たせしました。町中の争乱、遂に決着です。


──駆け抜ける運び屋、猟犬、お嬢ちゃん──

 町外れでは、サバイバ達を乗せたミニクーパーが敵に囲まれた。

 

 「しつこいんだオラァ!!」

 

 サバイバはアクセルを全力で踏み、ハンドルを勢いよく右に回す。 

 その操縦によってミニクーパーは右にドリフト回転した。

 

 「少しでも多く撃て!」

 

 ドリフトする直前に、サバイバは後部座席で唖然とするカヨウに指示をした。

 カヨウは咄嗟に"コルトガバメント"を構える。

 

 (アンタは何もするな、余計に動かず下がってろ、戦こういううことは全部──)

 

 

 だが脳裏に声が響き、一瞬カヨウの手は硬直を起こした。

 

 

 「うっっっ!! 撃って、撃ってよ私!!」

 

 

 叫びながらも、カヨウは銃口を下げて項垂れそうになる。

 

 「アケヨ!!」

 

 「お姉ちゃん!?」

 

 敵陣から銃弾が放たれる。サバイバとアラビカの呼び声も届かず、カヨウはただ敵陣の銃口を見つめるのみであった。

 

 

 「どきやがれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 その時、目の前をトラックが横切り、銃弾の軌道を阻んだ。

 

 「特殊防護装甲車両……!?」

 

 鳴り響く銃撃に耐え、トラックから一人の男が転がり落ちた。

 

 「テメェ……ロブか!!」

 

 「今のうちに……逃げろ、クランチェイン!!」

 

 「そんなことより乗りな!」

 

 サバイバは右のドアを手で開け、ロブを乗車させる。

 

 「!!」

 

 ロブがドアを閉めた瞬間、両足のローラーに加速をかけたジーフェンが、腕に生成されたブレードを振りかざして突撃する。

 

 「クソガキがっ!!」

 

 ジーフェンのブレードに切り刻まれる直前、一同を乗せた車は急発進してブレードから逃れた。

 

 「~?」

 

 勢いをつけたジーフェンは、そのままトラックに背中を激突。

 

 「発射!!」

 

 敵陣営は照準をセットし、トラックに向けてロケット砲を発射した。

 ロケット砲弾は、トラックを側面のジーフェンごと吹き飛ばす。

 

 

 「どうだ! 目標は仕留めたか!?」

 

 「──隆隆隆隆隆隆(lónglónglónglónglónglóng)!!」

 

ジーフェンは爆風の中からローラーダッシュで抜け出す。

 五体満足であるが、満身創痍な肉体のいたるところから翠色の血が流れ落ちている。

 

 「(ヒューーーッ)!!」

 

 「おぉガキぃ、大じょーぶか──」

 

 兵士の一人が嘲笑いながらジーフェンに近づいた瞬間、その顔がメットごと切り裂かれて宙を舞った。

 

 「なっガキ──」

 

 「(ヒューーーッ)!!」

 

 ジーフェンは怒り狂ったまま、周囲の兵士に一瞬で接近し切り刻む。

 

 「ぐあああああああっっっ!!?」

 

 「ねぇねぇ痛い痛い!? アタイも痛くてムカついてんだよバァカ!!」

 

 ミニクーパーを無視して、味方を切り刻むジーフェン。

 周囲の兵士の持つ銃口は、キレたジーフェンに向けられた。

 

 「反逆を止めろ!! 貴様ら翠晶眼(エメリスタリー)なんぞその程度の傷──」

 

 「(ヒューーー)!! 痛め痛め!!」

 

 

 

 「おいロブ、アンタどうして……」

 

 ロブはサバイバの隣で腹を抑えている。口からは赤い血が滴り、目は朦朧としている。

 

 「お前! それ流れ弾か!?」

 

 「いや…元々だ……アンタらに停戦を持ち込んでこのザマさ」

 

 ロブは乱雑にほどけた包帯を、胴体に巻き直す。

 

 「それより……アイツら、大型結晶兵器を持ち込んだ……っ!!」

 

 「はっ!? 紛争以外で、結晶兵器を使うのは禁止だよな!?」

 

 「あぁ……この争いでも使わないと……持ってすらいなかったが……」

 

 ロブはカフェのある方角へ朦朧とした顔を向ける。

 

 「それがよ、俺が起きたら……俺宛の領収書に結晶兵器が書かれてた…アイツ、俺が寝込んだ隙に手柄を出そうと……買いやがった!!」

 

 「なぁ、おい、それって俺らの依頼人、めっちゃ不利じゃねえか!?」

 

 サバイバは顔をひきつらせて汗を流す。

 

 「たくっ、あの武器商人か!」

 

 「頼む、アイツらの所へ行ってくれ!」

 

 腹に巻かれた包帯を抑えながら、ロブは必死な形相でカフェのある方角に顔を向ける。 

 

 「ロブ、テメェは発言の意味が分かってるな? その言動は裏切りだぜ」

 

 「エニマリーで裏切りは最大の禁忌、決して許されねぇぞ」

 

 サバイバは視線を動かさず、目の前に抜け道がないかを探す。

 

 「……エニマリーは地表で最も自由な職業。誰であれ何でも動け、どんな依頼すらも遂行する」

 

 ロブは生気を失った目で、ドアの窓から薬莢の舞う外を眺める。

 

 「俺は憧れた。こんな村でコーヒー作りに一生を終えるぐらいなら、傭兵として地表を渡り歩きたいと……違ったんだ。地表には、ただ戦乱しかない。エニマリーは戦乱を終わらせ、円滑に戦乱を起こすために作られた稼業だったんだ。依頼状にあるのは、常に戦争終結と妨害工作と人殺しだ。俺だって死ぬ、誰も死ぬ」

 

 ロブは力が抜け、身体を椅子の後ろに倒れ混ませる。

 

 「戻ろうと思っても、余計な情けなさで戻らなくなって何年だ……成績が伸びず、生業期間が迫ったときにジジィに拾われ、汚れ仕事のみ行うようになって何年だ……コーヒーが懐かしく思うのは、いつ頃だったんだ」 

 

 「ロブさん?」

 

 サバイバは運転をしながら、ダッシュボードから鎮痛剤を出してアラビカに渡す。

 

 「ロブさんって、名前はロバート?」

 

 ロブは目を見開き、アラビカに顔を向ける。

 

 「お母さんがね、アタシがさびしいとき言ってたの、『ロバートは必ず帰ってくるから待ってようね』って……」

 

 ロブは俯き、小刻みに身体を震わす。口からは、嗚咽が漏れだす。

 

 「ケニー、お前を捨てて、本当にすまん……っ!」

 

 アラビカはロブの腕にしがみつく。横ではカヨウが、二人に伸ばした手をしまっていた。

 何を捨ててエニマリーになろうとしてるか、誰の近くでエニマリーとなりたいのか、カヨウの思考に現在の自分自身が見つめられる。

 

 「……俺らはこのまま任務を遂行するぞ」

 

 サバイバは運転に集中しながら、ロブ達にしっかり聞こえるよう発言する。

 

 「嬢ちゃんと権利書を安全なところへ届ける。依頼人は、自分らが死ぬことすら覚悟してる。俺らは、戦力を置いてきてしまってる」

 

 サバイバは淡々と状況を確認させる。

 

 「俺らだけじゃ、逃げるだけで精一杯だ。敵に突っ込んでもズタズタに負けるしかねぇ」

 

 サバイバはバックミラーへと、ようやく目を向けた。

 

 「……どうせ離反だ、もうアイツらの所にはいられねぇ」

 

 ロブは顔を拭い、やつれた形相でサバイバを睨む。それは、昨夜までの諦めついた目つきでなく、戦に向けて爛々と自我を燃やす目であった。

 

 「俺は一人でも行く。元からそのつもりだ……」

 

 「ダメだよ!! ママもパパも、一緒にいたいよ!!」

 

 アラビカはロブの腕にしがみつく。

 

 「おねがいサバイバさん!! アケヨさん!! ローちゃん!! エニマリーだったら、どうかしてみんなを助けて!!」

 

サバイバは泣きじゃくるアラビカから目を離す。その目は一瞬、混迷へと陥るカヨウを確認していた。

 

 「そうだ、アッキー」

 

 カヨウは項垂れ、コルトガバメントを握る手は震えていた。

 

 「さっきはすまなかった、ローもいるもんだと思って、お前に全て任せちまった」

 唐突なサバイバからの謝罪に驚きつつ、カヨウは首を横に振る。

 

 「いえ、私は……」

 

 「恐かったか?」

 

 アケヨは口をつぐみ、目を丸くして背筋を震わす。

 

 「今の一瞬、ロブがいなけりゃどうなっていたか……」

 

 「ご、ごめん…なさい」

 

 「謝っても、待っても、今回はツキカゲはいない。お前でどうにかするしかない」

 

 カヨウは虚を疲れた表情をする。

 

 「今回、ツキカゲは動けない。今お前は、任務を受けるなら自分の力だけで遂行しなければならない。それが出来ねぇなら、俺の運転にただ付き合え」

 

 「わ、わ、」

 

 カヨウは口ごもる。確かに、自分に何が出来るというのだ?

 

 「私には、」

 

 力もなく、何を成しえない。銃の引き金すら引けない。カヨウの今の能力では、こなせることは限られていた。

 

 「……っ!」

 

 カヨウは親子を見る。ロブは一人で特効するだろう。ケニーは死ぬ気だ。アラビカは一人になる。

 

 (お母さんは遠くに行くわ……寂しくなるけど、カヨウには―――)

 

 

 「私は、アラビカを一人にさせたくありません!」

 

 

己から遠くへ離れた母親。

 残された姉と己。

 その時去来した感情は、愛情の認識と寂しさであった。

 それらを思い出した時、カヨウの口からは言葉が飛び出した。

 

 「……だったら、勝算はあるのか?」

 

 サバイバは口調を淡々とさせて問う。

 

 「そ、それは、こ、これから考えます、走りながら!」

 

 カヨウは視線を泳がし、ふとサバイバの腕元を見た。

 

 「アラビカちゃんを一人にさせるなんて……私はそうさせたくないです!」

 

 「……ロブ、MT・Wといっても一個だろ? 正規軍隊じゃねぇし、あの武器屋がそんな沢山売るハズがねぇ」

 

 サバイバはロブに確認をとる。

 

 「購入したのも俺の部下だ、ファミリーの総意ではない。MT・Wを主軸とした作戦は立ててないハズだ」

 

 「つまり、あのジジィらは昔ながらのドンパチで押し通すハズだったってかい」

 

 サバイバは目の前を見据える。

 

 「だったら、俺達も昔ながらの突撃で突っ込む、アラビカも権利書も届ける」

 

 走行する先からは煙が見え、近づくにつれ薬莢の臭いが立ち込める。 

 

 「俺はサバイバ・キャリー、依頼者を生還させるエニマリーだ!」

 

 サバイバは不敵な笑みで目の前の戦場にオールド・カーを走らせる。

 カヨウは前進した勢いで座席に身体を押しつけられる。隣ではロブがアラビカを細い腕で庇っている。

 

 「サバイバさん、やっぱり向かうですね!」

 

 「やっぱりって何だよ、やっぱりって!」

 

 ゴーグルをかけ、サバイバは前方から流れてきた敵兵をオールド・カーではね飛ばす。

 

 「ヒャウッ!?……サバイバさん、無理してるようでした!」

 

 カヨウが見た様子、それはサバイバの運転する腕が震えているところであった。

 

 「ヘッ……言ったよな、俺にもガキがいるって!!」

 

 「ハイッ、お子さんが一人いると!」

 

 「あぁ、だから俺もアラビカが一人になるなんて見過ごせねぇよ!」

 

 サバイバ一瞬だけ、カヨウのいる後部座席に目を向け顔を合わせる。

 

 「カヨウ! アラビカを助けてぇなら、撃つ覚悟を決めろ! 何を撃つか、俺が指示を出す! 俺を恨んで構わねぇ! 俺とお前、あとアイツで依頼人全員助けるぞ!」

 

 「ハイッ!!」

 

 

 

 「ガウッ!!」

 

 ローの顔面に鋭い蹴りが入り込み、彼女の小柄な体躯を建物の壁に叩きつける。

 

 「あららぁ~さっきの唸りはドコに行ったかしら~哈哈哈哈哈哈!!」

 

 ウェンディは蹴りあげた足に装着された仕込銃を乱射する。

 ローは素早く"Coil up snake"のシールドを稼動させて銃撃を防御。腰に装備したアンカーを建物の射出し、自分の体躯を引き上げる。

 

 「ガルルゥー……ッ!」

 

 屋根に着地し、ローは体勢を低くした。唸り声をあげ、四つん這いの姿勢で身を屈める。背に接続されたサブアームは"Coil up snake"を揺らす様は、まるで尻尾を振る猟犬であった。

 

 「哈哈哈哈哈哈!! まぁだ入れ込み切れてない!!」

 

 ウェンディも建物の窓などを跳躍し、ローと同じく屋根裏に跳び移った。

 その全身は風穴を開けられており、所々の肌は銃弾で抉れ骨はあらぬ方向へ曲がっている。

 

 「ガルルゥゥ……!!

 

 ローの眼と、ウェンディの目が合う。

 ウェンディの顔は、鋭い爪痕で半ば剥がれているに等しい状態であった。

 

 「まっさか、そこまで改造してるなんてねぇ……獣臭くっさくて嫌いだわ!」

 

 ウェンディは軽い口調で呟きながら、"Impale fangs Snake"の銃口からローの眉間に向けて銃弾を放った。

 

 ズドンッ!! ズドンッ!! 

 

 だが放たれた先、ローの姿が揺らぎ、一瞬で横に動いて銃弾を回避していた。

 急な回避運動は、四足となった肢体で支えられた。

 

 「ガルルゥ!!」

 

 背部にサブアームで接続された"Coil up snake"から銃弾が放たれ、ウェンディの胴体を貫く。

 

 「ちょこまかとっ!!」

 

 銃傷を再生しながら、ウェンディは"Impale fangs Snake"でローへ射撃を繰り返す。

 

 「ルルゥ、ガルル!!」

 

 それらを避け、あるいはフレキシブルシールドで防御しながら、ローはウェンディの懐へ入る。

 

 「くそっ、犬ガキが!!」

 

 "Impale fangs Snake"の刀身を下に持ちかえて降り下ろすウェンディ。

 だが二挺の刃先は、ローの鋭く伸びた爪に防がれた。

 

 「ガルルゥ!!」

 

 "Coil up snake"の銃身を変形機構を利用して、ローは銃身でウェンディを殴る。

 

 「ゴブァッ!?」

 

 短い銃身へと変形した"Coil up snake"から、ローはウェンディの急所に自動補充した弾丸を撃ち込もうとする。

 

 「アァアアアァア哈哈哈哈哈哈(hahahahahaha)!!」

 

 だが、ウェンディは背骨が折れそうな程に体を後ろに大きく曲げ、ギリギリに銃弾を避ける。

 同時に、"Impale fangs Snake"を振り上げ、銃身をローの掌に向けて撃ち込んだ。

 

 「ルルッ!?」

 

 銃弾は放たれ、ローの掌に穴を開けた。

 ローはギラギラとした翠色の眼を苦悶に歪ませ、再度後退間合いを計る。

 

 「嬢ちゃん、思ったより激しいね、アタシでも一発でヤられそうだ!!」

 

 ウェンディは舌なめずりをし、背骨を軋ませながら起き上がる。その顔は無傷であり、剥がれた皮膚はナノマシンにより再生していた。

 ローはウェンディを睨む。掌の痛みを怒りと闘志で掻き消し、背中のサブアームを尻尾のように揺らして標的に相対する。

 その眼は翠色であり、獲物を狙う猟犬であった。

 「……ッ!!」

 

 「哈哈哈哈哈哈!!」

 

 銃弾が辺り一面に飛び交う。ローはそれらをよけ、ウェンディはそれらに貫かれながら回し蹴りを叩き込む。

 狙撃の正確性はローの方が格上であるが、銃弾はウェンディの再生力には意味を成さず、逆にウェンディの長身を駆使した近接戦にローは苦戦する。距離をとろうとしても、ウェンディは獲物を追うハイエナのごとき素早さでローに迫る。

 

 「ガルル!」

 

 ローはウェンディの膝を撃ち抜く。ウェンディは膝の激痛に快感しながら追い続け、ローはウェンディの肩を撃ち抜く。ウェンディは肩の激痛に快感しながら膝の銃創を再生し終え、ローはウェンディの頬を撃ち抜く。ウェンディは抉れた頬で嗤いながら肩を再生し終え銃を構え、ローは次弾を即座に装填し発砲を続ける。

 

 「どうした! どうする! 哈哈哈哈哈哈!!」

 

 抉れた頬を再生し終え、ウェンディは"Impale fangs Snake"で銃撃を続ける。

 ローはフレキシブルシールドで銃撃を防御しながら、ウェンディから距離を取り続ける。

 

 (どうする! どうする? どうする!?)

 

 銃撃を止め近接に移行しようとローが考えた。だが近接こそウェンディの本領だ。翠晶眼であろうとLbCM改造者の持つ戦闘力と再生力を相手にして戦いきれない。

 

 (仕留める、それしかないでしょ!!)

 

 何より、撃ち合いで自分が敗北することが嫌であった。ローは後方へと退避を続けながら残弾を集中砲火に使おうとする。

 

 パァァァァァァン!!!

 

 空がピカリと光る。ローは片目を上空から町全体に向ける。

 

 「あららー、お仲間からの救援ね!!」

 

 ウェンディはそう言いながら信号弾に目もくれず、ローに接近を続け足止めする。

 ローは目の前のウェンディに集中砲火を浴びせようとした。

 

 ダァァァァァァン!!!

 

 だが、相棒からの信号に反応し、ローは自身に接続された"Coil up snake"から砲弾を信号弾代わりに発射する。

 

 「隙ねぇ!!」

 

 ウェンディは床を蹴り、一気にローとの間合いを詰めた。

 ローは即座に"Coil up snake"を床に自身ごと倒し、ウェンディの顔に足蹴りを加えながらバック転した。

 

 「クソガキが!!」

 

 軽く脳を震わせながら、ウェンディは仲間のいる所へと向かおうとするローに"Impale fangs Snake"を突き刺して捕縛する。ローは縁に倒される。

 

 「サ、サバイバぁぁぁ!!」

 

 「哈哈哈哈哈哈!!」

 

 ウェンディはローを"Impale fangs Snake"で抑えながら縁を越え、地へとけたましく笑いながら落下した。

 ローは落下中に"Impale fangs Snake"から逃れ、着々した瞬間横転し姿勢を立て直す。ウェンディはそのまま落下、体中が折れて潰れて砕けたが、即座に折れて砕けた骨を再生する。ローはウェンディを更に撃ち続けようとする。

 

 「哈哈哈哈哈哈!! 終いねぇ!!――」

 

 ウェンディは銃口を満身創痍のローへと向けた。

 

 グシャァァァァァ!!!

 

 (いけねっ、マズった)

 

 ウェンディは自身の体が潰される瞬間、信号弾の動きを確認するべきだったと反省した。

 信号弾を発射したサバイバ一行は、ローを呼んだのではなくローの居場所を確認するためのものであった。

 

 「アアッアアアッアアアッアァァンンーーー!!!」

 

 ウェンディは奇声をあげながらミニクーパーに轢かれる。ミニクーパーはアクセルを急停止した後、衝突しウェンディを巻き込んでアクセルを急に前進したのだ。

 

 グシャッベチャアッ!!

 

 建物壁にミニクーパーのフロントと、それにこびりついたウェンディは勢いよく衝突した。

 

 「サバイバ!?」

 

 ローは予想外といった声を思わず上げた。本当に助けに来るとは殆ど思っていなかったからだ。そしてローは疲労をようやく感じ、ヘナヘナと地に倒れた。

 

 「逃げるぞロー、こんなビッチの臭いが付いた車なんか残念だが乗りたくねぇ!!」

 

 サバイバ達はミニクーパーから降り、ローを抱えて走り出す。

 

 「哈哈哈哈哈哈!! おいガキ、わざわざ仲間のお迎え呼んで、車もオジャン!!」

 

 ひしゃげたフロントの隙間から、ウェンディは血を吹き出しながら吠える。

 

 「この勝負、アタシ達とジジィの勝利は確実さ!! アンタは負ける、全く使えなかったなぁクソガキ!!」

 

 ローは朦朧とした翠色の目をきつく閉じ、口元も強く噛みしめる。

 

 

 「ジーフェーン~!」

 

 サバイバ一行の姿が見えなくなったとき、ウェンディは僅かに動く片腕のデバイスに通信を起動する。

 

 『ウェンディ、何よ!』

 

 デバイスからジーフェンの快活な口調が流れる。僅かに、人のもがく悲鳴も聞こえる。

 

 『こっちはイライラしてるの! 今切り刻んでるんだから!!』

 

 「獲物がジジィの所に向かってる。アタシはグチャグチャだから、アンタが先に仕留めてけな!」

 

 連絡を入れた瞬間、ウェンディの壊れた体は爆炎に包まれた。

 哈哈哈哈哈哈!!と、炎に呑まれながらウェンディは嗤い続けた。

 

 

 「(ヒューーー)!! 今走るね~!!」

 

 デバイスから爆発音が流れたとともに、ジーフェンはローラーを起動して疾走する。

 あとに残ったのは、切り刻まれた肉片と、呆然とした生き残りの隊員であった。

 

 

 「仕留めれず……ローガン、何してた」

 

 ローはたどたどしく、力のない口調で呟く。

 

 「相性が悪かった、お前の得意はあのビッチに通じきれねぇ」

 

 サバイバはローを脇に抱え、走りながら励ます。

 

 「任務遂行停滞! ローガン、仕留めなきゃ」

 

 ローは唇を噛みしめて顔を歪ませる。

 その隣で走るカヨウはローの表情を見た。

 それは初めて見る、ローの悔しがる表情であった。

 

 「ローガン……ローガン、なのに……」

 

 「おいおい、元気出せよ!(たくっ、久しぶりに塞ぎこんじまいやがったコイツ!)」

 

 カヨウはただローを見つめる。自身に忠告や探りを入れる、冷徹な機械めいた彼女は今、表情を歪ませ意気消沈していた。

 

 「ロ、ローガンさん!!」

 

 カヨウの思わずあげた呼び声に、ローガンは背部アームのセンサーを向けた。

 

 「ローガンさん、私も戦います! ローガンさんを手伝います! 私と一緒に、アラビカちゃんやロブさんを助けてください、お願いします!!」

 

 センサーに映るカヨウの顔は、冷や汗を流し顔は怯えていて、だが真っ直ぐにローのセンサーと目を合わせていた。

 

 「……ローガン、いじけてる暇あんなら、アケヨの本気を手伝ってやれ」

 

 サバイバはローの抱える力を強くし、ローの頭を首もとに寄せた。

 

 「アケヨは怯えている。それでもカフェを助けたいと言ってる」

 

 ローはサバイバの勝ち気な表情を見上げた。

 

 「お前が欲しい欲しいと言ってた念願の後輩だ、ここでいい面を見せときな!」

 

 「……稼働」

 

 ローは全身の神経を張りつめらせ、臨戦態勢に入る。

 牙を向き、獣の口を模した防護マスクを被り、猟犬から番犬へとローは姿勢を変える。

 

 

 

 「皆!!! 伏せ──」

 

 「"Heart・is・hightensiooooooooon心臓が高鳴るぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ"!!!」

 

 義腕の名称を叫びながら、ココは義腕からメテオリウム製銃弾を連射した。

 金属壁を容易く崩し、店内のテーブルやイス等の置物を吹き飛ばし、"カフェ・バドビーンズ"は脆く崩れ倒れる。

 

 「イエェェェ……エ」

 

 ココは銃撃を止めた。銃弾によって崩れ、破壊しか残されていない光景に、撃った自分自身が恐怖した。

 zggggggggg!!と、一瞬の静寂を銃撃が掻き消す。

 それはマツヤ一派が放ったものではない。破壊した建物を荒らそうとするマツヤ一派に対し、アクセルを上げて向かうバイクからだ。

 

 「ケニーーーーーっ!!」

 

 ウェンディが乗り捨てたバイクで駆けるのはロブ、その後ろにはロブの背中を掴み、"Coil up snake"の内蔵火器を一斉掃射するローだ。

 

 「防衛、開始」

 

 "Coil up snake"から筒上のスモーク弾を放つ。BOM!と、火器を構えたマツヤ一派の周辺が煙幕に包まれる。

 

 「ロブか──って、グバァッ!?」

 

 破壊を見て恐怖していたココの頭部を、バイクの前輪が突撃する。

 バイクは乗り捨てられて跳ね飛んでいき、ココは地面に叩きつけられた。

 

 「グキュウ……」

 

 ココは混乱と恐怖に頭を砕かれながら気絶した。

 

 

 「う、うーん……!?」

 

 ケニーは瓦礫の下から辺りを見回した。

 周囲は煙幕に覆われ、一寸先は灰色で見えない。

 

 「ロブ…?」

 

 そんな戦場を、ケニーは男の叫びで気がついた。

 

 「ロブ!?」

 

 古くから町で育ち合い、喧嘩しつつもお互いの性格を最も知り合い、彼の町を出ていく背中を最後まで見届けた。

 今、ケニーは見送った背中を探す。

 

 「ロブ…!?」

 

 「そこか!!」

 

 煙幕に人影が映る。マツヤ一派の一人である。

 銃口に定められ、ケニーは動けなくなる。

 

 「舐めやがって!」

 

 その時、マツヤ一派の背中をもう一体の影が襲いかかった。

 

 「グアッ!?」

 

 首筋を重火器下部で叩きつられ、マツヤ一派は倒される。

 マツヤ一派が落とした銃器を弾倉ごと素早く掠め取り、影は消え去った。

 

 (今の……)

 

 その影のシルエットをケニーは知っていた。一晩だけ知り合った、犬のごとき獰猛さを冷静な性格に隠し持った少女の背中であることを。

 

 

 

 息切れの中、カヨウは目的地まで路地裏を通って向かう。

 マツヤ一派が待ち構えている。そう考え身構えていたが、全員“カフェ・バドビーンズ”への襲撃か、サバイバを追っているからか誰も待ち構えていなかった。

 「敵地へはローが奇襲する」、サバイバとローが建てた計画通りならば、今頃ローとロブが“カフェ・バドビーンズ”へと向かっている。

 アケヨは銃撃と煙が立ち込めているのを聴覚と匂いで感じ取る。

 

 (ローガンさんを敵の中へ……!?)

 

 既に何度か遭遇し、慣れないままの戦場を全身で恐怖と感じとりながら、カヨウはローがロブと共に離れる姿を思い出す。

 

 (ローなら大丈夫だ、アイツの得意分野は“狙撃”と“撹乱”だ)

 

 サバイバはローを見送りながら、カヨウと短いやり取りをした。

 

 (アイツの変異能、“rock on”は何も狙撃の為に獲物を見るんじゃねぇ。獲物の動きを察知し、それに狙いを定めるのが能力の本質だ)

 

 カヨウは銃撃を聞き取る。撃ち合いはマツヤ一派と、それに対してローが発砲しているのであろう。

 

 (それは近接でも活きる。敵がローに気づいたときには、アイツは既に敵の行動を読んで隙を狙い定める)

 

 カヨウは建物の階段を駆け上がる。煙幕が彼女も覆い包む。

 

 (敵の知覚が妨害された戦場ならば、ローが奇襲を失敗するハズがねぇ。アイツを信じて、お前も向かえ)

 

 カヨウは屋上に辿り着き、そこから身を屈めて戦場を確認する。 

 

 (ローは敵地へ奇襲、アッキーは後方から敵のボスを撃て)

 

 煙幕で覆われた戦場をカヨウは確認する。

 影がチラチラと映り、あちらこちらで火花が散る。

 屋上から見下ろして分かることだが、その合間を通る影が現れは消えている。

 

 「アイツは小柄だが、撹乱による防衛戦はピカイチだ」

 

 煙幕に隠れながら、火花の見えぬ距離を取って狙撃、もしくは人影に素早く接近し倒す。

 

 「加えて好戦的で負けず嫌い、相手を疲弊し撃ち抜くまで戦い抜く」

 

 無駄も隙も見せぬ鮮やかな奇襲に、カヨウはサバイバの言葉を思い出す。

 

 「あと……アイツは意地っ張りだから表情には出さねぇが、俺以上に新入りが出来たことにウキウキしてるぜ。後輩に格好いい姿を見せようともしてる。そんなアイツの踏ん張りを見ながら、自分の役目を果たしな」

 

 カヨウは震えを強く抑えながら、コルトガバメントを構える。

 

 

 

 「ちゃんと襲えてるようだな、アイツら」

 

 サバイバはマツヤ一派が乗り捨てたピックアップトラックのエンジンを素早く修復し、使用した道具を衣服へしまい込む。

 

 「皆、大丈夫……?」

 

 ジープの助手席に座るアラビカは、俯いてズボンの裾を握る。

 

 「心配するな、アイツらだったらやれる」

 

 サバイバは運転席に座り、アクセルを踏む。

 

 「アケヨ……アイツも土壇場でいつも踏ん張った根性ありだ。俺は信じてる」

 

 トラックは二人を乗り、エンジンを鳴らして走り出す。

 

 

 

 煙幕に潜み、ローは着実に敵の数を減らす。

 火花の見えぬ距離からの狙撃、己に気づく前に敵を無力化し、兵装も素早く補充する。

 

 (これで半分か……)

 

 ローの眼がバイザー内で翠色となり、獲物を次々と定める。

 だが、先に狙いを定めているのは視力だけではなく、彼女の神経=第六感であった。敵の気配だけでなく、そのものの動きを察知し、そこに全身を向かわせる。

 

 (6時に2時に……9時には2体いるな)

 

 匂いか何か、彼ローは変異能を使用中、常に周囲の生物の全体を描いて知覚している。それはさながら、音波を発して周囲の動きを確認するソナーだ。

 ローは探知した敵へと次々に銃撃や殴打を食らわす。無駄も隙もなく、確実にローは獲物を奇襲する。

 

 (獲物が、ローガンの前で狼狽えるんじゃねぇ!!)

 

 一人二人と着実に敵の数をローは減らす。敵のボスであるマツヤを取り囲んでガードする部下が次々と減る。

 だが、彼らのボスらしきものには中々察知しない。

 

 (いたぞ!)

 

 ローはマツヤの影を五感で捉える。

 だがマツヤの前に立ちはだかるように別の人影が五感に映り込む。

 

 (チッ、盾かチクショウ!!)

 

 ローは標的を捜索しながら、邪魔な部下たちを次々と無力化する。

 

 「キィイェェェェェェェェ!!」

 

 煙幕を振り払い、叫びと共に翠色の刃が降り下ろされる。

 

 「見っけ、獲物ぉぉぉ!!」

 

 ローは襲いかかる刺客の刃を察知し、素早く刺客の刃を避ける。

 

 「チッ、ガキ、邪魔!!」

 

 「アンタもでしょ、このチビん子がぁ!!」

 

 態勢を直し、両足のローラーで踵落としを食らわそうとするジーフェン。

 そのローラーを、ローはコイルのフレキシブルシールドで防御する。

 煙幕は薄まり、翠晶眼同士の戦闘を晴れ舞台に出す。

 

 

 「ケニーっ!!」

 

 ロブは満身創痍の状態になりながらも、瓦礫を押し上げて怪我人を救助する。

 

 「ケニーっ!! どこだ!!」

 

 ロブの呼び声に、ケニーは瓦礫の下で反応した。

 

 「ロブっ……」

 

 ロブはケニーを見つけ出し、彼女に被さる瓦礫を必死に取り除く。

 

 「ロブっ……アラビカは!?」

 

 「無事だ、お前の娘は……無事だ」

 

 ロブは息を切らしながらケニーの手を引こうとする。

 

 「ロブ……アンタ……」

 

 「やはり、内通者であったか。ロブ!!」

 

 ズドンと銃声が鳴り、ロブの身体に風穴を空ける。

 

 「ウグッ!…マツヤぁ!!」

 

 「ロブ!!」

 

 「ワシの周りは裏切る、使えない盾共だけだ!!」

 

 呻いて倒れるロブへケニーは手を伸ばす。

 マツヤは激情の表情で天に数発弾丸を撃つ。

 

 「第4次だ、あの戦いからワシの勝利と征服は狂った!! 誰もワシを裏切りおって!!」

 

 「捕捉!!」

 

 ローはジーフェんの刃による猛攻を退け、マツヤへ銃口を向ける。その銃は、先程ウェンディから取り上げた複合刃銃"Impale fangs Snake"である。

 

 「無視すんなチビ!!」

 

 だがジーフェンは腕から生やした翠色の刃で"Impale fangs Snake"の銃口を弾く。

 

 「それぇ! 姉ちゃん殺したぁ~?」

 

 「死ね、お願う」

 

 ローは冷や汗を流してジーフェンに応戦する。先程の戦闘で蓄積した心身の疲労が徐々に表れるからだ。

 

 「ふぅー……──隆隆隆隆隆隆(lónglónglónglónglónglóng)!!!」

 

 ジーフェンは金切り声を吠える。すると背中や足から、翠色の刃が服をズシャリと突き破って生えた。

 

 「離れ、倒れ!!」

 

 全身刃物と化したジーフェンは、ローラーで回転しながら隙のない連続切りでローに襲いかかる。

 ローはフレキシブルシールドで防御しなければならず、マツヤへ銃口を向けられない。

 

 

 「静まれぇぇぇぇ!! 者共、ワシは敵将の首を撃ち狙う!!」

 

 マツヤは声を張り上げ、瓦礫から上半身を出しているケニーに銃口を向ける。

 

 「戦争は終結する! 我らが部隊の勝ちをもって、ワシの戦争は完了する!!」

 

 

 「撃たなきゃ!」

 

 カヨウは屋上から、マツヤに銃口を向ける。

 

 (でも、もし倒れなくて、更に混乱させたら!?)

 

 カヨウの手が震え、マツヤを狙えなくなる。

 

 「やだ、ケニーさんを死なせたく……」

 

 迷うカヨウに、ロブの怒声が鳴り響く。

 

 「マツヤぁぁぁ!!」

 

 ロブは胴体の銃創を手で抑えながら、拳銃でマツヤの握る銃を撃ち弾く。

 

 「ロブぅ……貴様ぁぁぁ!!」

 

 マツヤは己を支える杖を振り上げ、杖に収納された短身散弾銃を展開しロブを撃つ。

 ロブは声を上げる間もなく、その身体を銃撃で跳ね飛ばされる。

 

 「愚鈍、役にも立たぬクズが!!」

 

 杖内蔵短身散弾銃を振り回しながらマツヤは吠える。

 その目の焦点は合っておらず、遠い日の戦場と今の光景が視線に混ざっていた。

 

 「殲滅だ! 虐殺だ! 征服だ! 今こそ勝利はワシの手にある!!」

 

 「耄碌ジジィ……俺はそりゃあクズだ、名声を求めてコイツらを捨てたさ……」

 

 ロブは全身の風穴から血を吹き出しながらも、片膝をついて起き上がる。

 

 「久しぶりに会ったときよ、こんなに成長した娘もいて、もう遠い日のように思えたさ……」

 

 「ロブ……」

 

 ケニーは、ロブの背中に弱々しく手を伸ばす。

 

 「だけどよ…この町に戻ったとき…いや、あの娘が隣にいたとき決めたんだ! 少しでも守らなきゃいけねぇ、もう逃げたまま見捨てねぇ!!」

 

 ロブは背後にいるケニーを庇うように、両腕を広げて彼女を庇う。

 

 「もう、コイツらから離れねぇ!! コイツらが守ろうとするのを…娘も、町も、コーヒーも、先がなくとも守らなきゃいけねぇんだ!!」

 

 ロブは声を力の限り荒げ、その場から一歩も動かない。

 

 「ならば瓦礫と屍の山一部となれ、愚鈍な傭兵が!!」

 

 マツヤは激昂し、銃口をロブの頭部に定める。

 

 「ロバぁぁぁート!っ!」

 

 

 「撃ちます!!」

 

 カヨウはありったけの勇気を振り上げ引き金を引いた。

 その目には迷いも恐怖も消え、標的(マツヤ)への狙いを定めるのみであった。

 そして、放たれた銃弾はマツヤの頬を掠めるのみであった。

 

 「グハぁッ! 奇襲を受けた!! 皆がワシを殺す!! 部下共、援護を」

 

 「マツヤぁぁぁ!!」

 

 杖内蔵短身散弾銃をマツヤは振り上げる。

 その隙をつき、ロブは立ち上がって勢いよくマツヤの顔面を殴った。

 

 「砲撃ぃ!?」

 

 老いたマツヤの頭部骨格がひび割れ、マツヤはその場で横転する。

 

 「敵が倒れたぞ!」

 

 「今よ、外へ!!」

 

 ケニーは拳から倒れ込んだロブを受け止め、瓦礫に隠れた老人たちに指示を出す。

 老人達は各々退散しながら、残党兵を仕留める。

 

 

 「ハァ、ハァ……」

 

 カヨウは腰を落とす。緊張した反動からか、はたまた撃つ直前までの恐怖からか、ボロボロに泣き崩れる。

 

 「私……撃って……今度は、痛みを」

 

 「女(アマ)ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 壁際に追い詰められているジーフェンは屋上を見上げ咆哮した。

 ローに得意な接近戦で挑もうとするも、ローは刃を寸前で避ける為当たらない。

 ローの眼は翠色に燃えるように煌めく。全身の五感をフルに過敏にさせ、ジーフェンからの攻撃を予測している。

 

 「──隆隆隆隆隆隆(lónglónglónglónglónglóng)!!!」

 

 壁に刃を突き立て、ジーフェンはローラーのアクセルを加速させ、壁を勢いよく這い上がった。

 

 「金残して死ね、お姉ちゃん!!!」

 

 ジーフェンは壁から勢いよく跳躍し、空中で回転しながらカヨウを切り刻もうとする。

 

 「アケヨ!!」

 

 ローは手元にある残りの潤滑剤を全て己に注入する。

 手足に力がこもり、それを放出するために身体を屈み獣のような体勢となる。

 

 「キャッ!?」

 

 カヨウが大きな悲鳴を上げる前に、ジーフェンがその喉を切り刻むよりも早く、ローもワイヤーを屋上に引っ掻け、ワイヤーを引き上げると共に壁を勢いよく駆け上がる。

 

 「ガルルゥゥゥッ!!」

 

 駆け上がりながら、その身体に接続されたサブアームライフルの照準がジーフェンを狙い、銃弾を数発砲した。

 

 「チビがぁぁぁ!!」

 

 「不逃!!」

 

 カヨウの見上げた視線が、ローとジーフェンの宙での取っ組み合いに追いつく。

 

 「ウェンディをぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 「lock on」

 

 ローは足裏のクローでジーフェンの顔を掴み振り下ろす。

 振り下ろした直後、両腕に構えた"Impale fangs Snake"の銃口をジーフェンに定める。

 

 「キィヤァァァァァァァァァ!!」

 

 「ガルルゥ!」

 

 至近距離で撃ち放たれた銃弾はジーフェンを貫かず、しかし衝撃を直撃させジーフェンを地面に叩きつけた。

 

 

「き、貴様らぁぁぁぁぁぁぁ!! ワシを、軍部を舐めおって!!!」

 

 銃弾の飛び交う戦場、マツヤは砕けた顎骨を手で支えながら、近くに落ちた武装を探す。

 

 「チッ、おい隊員!!」

 

 狼狽えるマツヤの足が、倒れて気絶しているココの頭にぶつかる。

 マツヤは激昂し、ココの頭を蹴り飛ばす。

 

 「グヘッ、お、おで……」

 

 「貴様の腕のデカブツ、それを再起動しろ!!」

 

 ココは己の腕に接続された超銃器を思いだし、その破壊力に記憶が震える。

 

 「あんなメチャクチャなのを、また撃てって!?」

 

 「ワシが何のために貴様を拾った! 役にも立たぬ不良が、一介の部隊に入れたと思うか!」

 

 「部隊じゃねぇだろ、ギャングだろうが! ただの傭兵崩れだろうが!」

 

 「黙れ! 全てを更地にしろ!! そこの愚鈍な傭兵と共に!」

 

 「ロブ!?」

 

 マツヤの凶行した目にココは震える。

 

 「おい待て、ロブは俺の仲間で、上で、俺に面倒かけて……」

 

 「撃てぇぇぇいい!!」

 

 ココの頭を落ちていたサブマシンガンで撃つ直後、マツヤに向かってピックアップトラックが突撃する。

 

 「アバババアアアアア!!」

 

 宙にサブマシンガンを乱射し、マツヤがトラックに衝突し吹き飛ぶ。

 

 「ジジィアブッ!!」

 

 「ママ!!」

 

 ココの顔に開かれたドアが激突する。中からはアラビカが泣きながら顔を出した。

 

 「アラビカ!?」

 

 「お前ら、全員乗れ!!」

 

 運転席にはゴーグルをかけたサバイバが座していた。

 

 なにかを言おうとしたケニーは、だがそのまえに老人たちをトラックの後部に座らせ、ロブを抱いて最後に乗った。

 親子が固まって身を寄せ合う様子に、サバイバは懐かしさと寂しさを感じた後、アクセルを踏みトラックを加速させた。

 

 「全てを生還させ運搬、サバイバキャリーだ! あとは任せたぜお前ら!」

 

 

 

「ローガン……さん……」

 

 ローはカヨウの目の前で屈むように着地した。

 ローは犬のような眼をカヨウに向ける。

 

 「最後、緩まない」

 

 「は、はい、ごめんなさい……」

 

 「……けど、フン」

 

 ローは鼻を少し鳴らす。

 

 「援護、助かった。感謝」

 

 「……エグッ!」

 

 その一言だけで、カヨウは決壊したかのように大粒の涙を流し初めた。

 

 「おい、アケヨ、おい……(ウッ、また泣かせちゃった……うん、残党兵だ、うん……アケヨ)」

 

 疲労困憊しながら、ローは残党兵の後片付けの為に地上へ"Impale fangs Snake"の銃口を向ける。 

 

 「エグッ、ローガンさん、初めて一緒になりましたが……」

 

 アケヨは涙を拭く。

 拭った手は、覚悟を決めコルトガバメントを握っていた。

 

 「ローガンさんは格好よくて、私を考えてくれた、とてもいい先輩ですね」

 

 目元を赤くしながら、カヨウはローの隣で銃口を地に定める。

 

 (そうだ、まだ終わらないです、一人じゃない、守るためには、全員を)

 

 カヨウの銃口は震えている。だが、その恐怖に打ち勝ち放った弾丸が場を一転させたのだ。

 

 (ロブさんはケニーさんが運んでいった……あとは残りを……大丈夫、隣にローガンさんが)

 

 「……なんと?」

 

 ローガンはカヨウに顔を向けず聞き返す。

 

 「え、ええと……ローガンさん、格好よくて、仲間思いな先輩ですね」

 

 カヨウはサバイバの言葉を思い出す。「そういうわけだ、アイツが戦い抜いたら褒めたげてな」と。

 

 「後の残り、私も戦えます。お互い頑張りましょう!」

 

 「……」

 

 「ホントはまだ怖いですが、ローガンさんが隣にいるので平気です……ローガンさん?」

 

 「!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 声になっていない咆哮を、ローは顔を真っ赤に染めながら放つ。

 同時に背部の“Coil up snake”に内蔵された全火器を展開し、それを一斉に掃射して残党兵を撃ち片づける。

 

 「「「「「グワァァァァァァァッ!!!」」」」」

 

 「ローガンさん!?」

 

 コルトガバメントを撃つ間もなく残党兵は片づき、全ての兵装を使い果たしたローは困惑するカヨウの隣で横に倒れ込んだ。

 

 「ロ、ローガンさん!?」

 

 「グッ……ロー……」

 

 「えと……」

 

 ローは口元を抑えながら、対応の仕方が分からずあたふたと困るカヨウを落ち着かせようとする。

 

 「ロー……で、いい……」

 

 「で、ではローさん!」

 

 「グハッ!」

 

 「ローさん!?……ローさん?」

 

 何をどうすればいいか分からず、カヨウはローのサブアームを握った。

 ほんのりと暖かいサブアームの手を繋ぎながら、カヨウはやっとローの渾名を呼んで少しはにかむ。 

 

 (アケヨ、)

 

 サブアームの感覚をローは最後に感じた。

 

 「あ、あの、任務は……」

 

 「あぁ……任務、達成」

 

 カヨウの笑顔を、ローは朦朧とする意識の最後に見た。

 

 (……優しく、可愛いな)

 

 満面笑顔、ローガンはカヨウの表情に惚れた。

 

 

 

 

 「ハァ、ハァ、ワシは負けぬぅ!」

 

 村の出口、マツヤは数少ない潜伏兵と共に向かった。

 

 「奴らに勝ちなどない!」

 

 そう言ってマツヤは携帯電話をとる。

 

 「おい、応答しろ、維持局官」

 

 マツヤは事前に用意していた伏兵、すなわち協力者と連絡をとろうとする。

 かねてより、マツヤは近隣に在する治安維持局の一部局官と手を結び、己の権利書が行き着くように仕向けていた。

 

 (事前につくるは人材! 撤退策を使うことになったが、ワシの征服は決まりきった!)

 

 『はいはぁい~どもでぇす』

 

 マツヤは応答した局官に勝利の兆しを探し、そして顔を呆けた。

 

 「……貴様、誰だ?」

 

 『はぁい、局官“代理”でぇす! 用件はなぁにかな、マツヤの爺さんよぉ』

 

 背筋の凍り、己が締めつけられるような笑いが携帯電話から流れる。

 

 『かけてきたっつーことは、大方爺さんの敗北かねぇ?』

 

 「貴様ぁ……差し金かぁ!!」

 

 マツヤは顔を歪ませ怒声をあげる。

 

 『怒鳴るなぁって、耳が痛い耳が痛いー。先にぃ、差し金送ったのぉ、爺さんじゃねぇかぁおいおいおい!』

 

 何かを何度か蹴飛ばす音と、苦悶に満ちた声が携帯電話の音声に混じる。

 

 『あぁそうそう激昂してるところ質問、暴れ風供に報酬与えたかい?』

 

 「そんなことどうだっていいわぁぁぁ!!」

 

 マツヤはただ吠える。

 

 『そうかい……生き残って逃げたいんだったら、アイツらに報酬払った方が身のためだぜぇ!!』

 

 通信が途切れた瞬間にマツヤは携帯電話を地面へ投げ落とす。

 

 「逃げではなぁい!! ワシが再び戻る、ワシをコケにした敵兵供がぁぁぁぁ」

 

 「あらよっと」

 

 怒りのまま振り上げた拳が撃ち抜かれる。

 

 「グワッぁ!?」

 

 「アンタだけイカないでさぁ」

 

 残った護衛が銃を抜くも、一瞬のうちに全ての銃器が落とされる。

 

 「待てこら、アンタらに提供した銃器の返済、まだ終わってないで」

 

 蛇を巻いた男が、サングラスの奥の義眼を光らす。

 もう一人、全身を炭のように焼き焦がし、片腕を損失した女性がマツヤの首を掴み上げる。

 

 「グボアっ!?」

 

 「アタシャ達まだ暴れきれてない、満足してないの。あとはアナタ達で楽しませなさいな!」

 

 暴れ風、ソイツらは吹き荒れるのを止めなかった。悲鳴と絶望と苦悶が風に消え去る。

 

 

 

 全てが終わり、今アームドレイヴンはクランチェイン全員を乗せて飛んでいた。

 

 「事前連絡通り、治安維持局はこぉっそりヤっといたぜぇ!」

 

 「あぁどうも。おかげで怨根残さず任務は達成されたぜ」

 

 自動操縦に運行を切り替え、サバイバは食卓でグッタリと椅子に座り込んだ。

 

 「いやぁ正直無理かと思ったわ、今回ばかりは詰み状態で全くいい案無しだったわ」

 

 カーチスはそうであった状況をせせら笑う。

 

 「俺達はそれを切り抜け今寝床に着いたぜ。まぁ……一名しばらく寝たきりだろうが」

 

 サバイバの膝には、ローが身を横にして倒していた。

 

 「オーバーパーティクル……次はローちゃんかい。たくっ、ウチの若いもんはどうして扱いづらいのかねぇ」

 

 そう言って、カーチスは人を小馬鹿にするような笑みでカヨウの方に顔を向ける。

 

 「どうだったい嬢ちゃん、今回は犠牲どんぐらいでしたぁ?」

 

 「え、えと……」

 

 「今回、アケヨはよくやった」

 

 サバイバは真面目な表情でカーチスの笑みに相対する。

 

 「あれだけ不利な戦場で、本拠地の全壊で済ませたのはコイツの踏ん張りもあってからこそだ。犠牲者もいねぇ。ロブはもう傭兵復帰は無理だが……アイツにとって最も守るべき人生に戻れた」

 

 サバイバは窓の外へ、既に過ぎ去ったコーヒーの町を目にする。

 

 「あの調子なら、アイツらはまだ生きれる。皆が生活を、アケヨ含めて俺らは守れたさ」

 

 「サバイバさん……!」

 

 カヨウは己の達成したことに、嬉しさからの涙を流す。

 

 「そうだねぇ! だが今回は半分運がある、次にいくには嬢ちゃんは甘い」

 

 カーチスは再びカヨウに顔を戻した。

 その瞳は口元の笑みと反対に、どす黒い闇でカヨウを睨む。

 

 「ツキカゲは今うるさくねぇ。今のうちに帰せるぜ。まぁだ戻れる。どーよ」

 

 「……わ、私は」

 

 カヨウは俯き加減だった顔を上げ、芯のある瞳でカーチスと顔を合わせる。

 

 「この地表で、まだ、出来ることを受けて達成していきたいです。私で出来ることなら、何でもこなしたいです」

 

 数秒、お互いの感情を秘めた瞳を合わせ、最初にカーチスがカヨウから顔を離す。

 

 「まぁいざとなりゃ見捨てる。そのときはツキカゲはカヨウを助けるだろう。だがそうなる前に自分で何とかしな」

 

 カヨウはその言葉に緊張し手を強張らす。

 

 「わ、私」

 

 「カーチス、煩い」

 

 張りつめる空気に、先程から倒れていたローが言葉を投げ入れる。

 

 「あらぁローちゃん、どうして」

 

 「アケヨ、任務達成、十分、疲れた、休ませろ」

 

 「す、すみませんローさん……」

 

 カーチスはカヨウのローに対する呼び方の変化に気づく。そしてサバイバと共にローの普段見せない一面を見て目を丸くする。

 

 「おいロー、お前ついに人を気にしたな! いいぜいいぜ先輩さん!」

 

 サバイバはそう言ってローの頭を撫でた。

 

 「べ、別に……」

 

 ローは顔を赤らめ、そしてカヨウに眼を向ける。

 

 「それと……訂正要求」

 

 「何だぁい?」

 

 「ローガン、も、アケヨ守備、ツキカゲ、だけじゃない」

 

 サバイバは気づいた。ローがカヨウに感情を抱いたことを。

 

 「ロー、お前、とうとう……」

 

 「おいどうした、この空気」

 

 何と感じればよいか分からない部屋の雰囲気に、ツキカゲが“柳生”をついて入室する。

 

 「知らね、こりゃ何だろな……まぁツキカゲ、嬢ちゃんの面倒きちんとなぁ」

 

 ツキカゲと入れ替わりにカーチスは退室する。

 

 「あ、ツキカゲさん! 体調は!?」

 

 「動ける。それよりアンタ、任務は」

 

 ツキカゲの問いに、カヨウははにかんだ笑顔を返事に出した。

 

 「さっきカーチスも言ってたが……アッキーに面倒かけときな。コイツはいい逸材だぜツッキー」

 

 サバイバはツキカゲに自信のある目でカヨウへと視線を写させた。

 

 「土壇場でも踏ん張りもいい。家出手伝いなら、コイツの長所の成長も手伝いな」

 

 サバイバの豪胆な笑みに、カヨウも顔を輝かせ自信をつける。

 

 「ツキカゲさん!」

 

 「あ、あぁ(バレた)」

 

 「これからも、ふつつかものですが、私にこの世界を連れ出してください!!」

 

 あの夜以来、何度か顔を合わせた二人。だがツキカゲは、初めてカヨウの精進を目指す本気を見た。

 

 「ロ、ローガン!」

 

 ガバッと起き上がり、ローガンはカヨウに真剣な眼差しを向けた。

 

 「ハ、ハイ!?」

 

 「支援!! アケヨ……支援……グハッ」

 

 そして気を失い、ローはサバイバの胸元に倒れこんだ。

 

 「……なんだ今の」

 

 ツキカゲは初めて見るローの様子を見、冷めた眼でサバイバに質問する。

 

 「さぁな……こりゃまた、面白い関係じゃねぇか。頑張りなお前ら」

 

 サバイバは苦笑いで答え、疲れきったローガンの頬を優しく撫でる。

 それは相棒にたいする労りであり、我が子に対するような慈しみもあるように見えた。




 如何だったでしょうか?

 とても久しぶりでしたので、書き方の変わったキャラもいるでしょう。

 しかし、これらは元から書きたいと思っていた描写や内面、特にローは今回やっと本心を書けて、1つの達成感が出来ました。

 彼女らと同じく、1つを達成することは困難、しかしそれがあってこそ嬉しさも一層です。

 今回、私はようやく投稿できたことに、とても嬉しさを感じます。ようやく読者と文を合わせ、これからも執筆を続けていきたいです。

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