今日の朝は何時も通りだった。
マンションを出て、祭と一緒に学校に行って、同級生の颯太に絡まれて、少し面倒に思いながらも何時も通りやり過ごして、そして…………
そうだ、僕は本来ならこんな場所へ来るような人間じゃない。
僕が悪くないなら誰のせいだ?
僕をあの誰も居ない筈だった部室棟に行く理由を作ったクラスの連中か?
僕の腕を現在進行中で疲れさせているこの届け物か?
僕にこんな僕らしくない事させる理由の彼女か?
それとも……。
浮かんでは消えていく理由探しと後悔の念。
ゆっくりとスローモーションの様に映る視界。太陽は既に落ち、夜の闇が町に広がっている。
雲の切れ間から覗く月の光が既に廃棄された街並みと、<彼>を照らす。
さっきまで彼の中で循環していた赤い液体が彼の胸から流れる。背中からは赤い、血よりも紅い槍が飛び出し、その先端からドロドロとした物が僕の顔へ滴り落ちる。
僕を見下ろす彼の口が動く。だが、声は出ずヒュー、ヒューと壊れた楽器の様な音しか出ていない。
でも、その必死の表情と強い視線が伝える。
「―――逃げろ」
体は勝手に動くものらしい。
痛いのは嫌だ、怖いのも嫌だ。目的も分からず、何所へと知らず、ただこの場から逃げ出したいが為に。
僕にもっと出来る事なんて最初から無かった。
自分らしさを忘れ、無茶をした結果がコレなんて笑い話にもなりはしない。
全身に力を込めて、彼を見ない様に逃げ出す。
しょうがない事だ。力を持たない僕は逃げることしか出来ない。どうせ僕は臆病な人間で弱虫な人間なんだ!
『桜満集は臆病な人?』
そして、思い出す。
『―――とって』
ここへ来た本当の理由。
自分が何をしでかし、何を想い、何の為にここまで来たのかを……
***
10年前、『アポカリプスウイルス』と呼ばれる未知のウイルスが引き起こした大事件。
『ロストクリスマス』と呼ばれる事になるこの事件は、多くの人間と日本の首都を蹂躙した。
人体の結晶化と言う治療法が見つからない症状。政府の人間が殆ど消えた為に起きる無政府状態。
現状を打破しようにも、日本にはその力は既に無く、挿し伸ばされた手を掴むしかなかった。
その時、日本に物資や
彼らの統治下に置かれる事で日本の大混乱は収まり、今も独立風の私権で運営できている。
大勢の他所の国にとんでもなくお世話になって、今でもお世話になりっぱなしで。
そして、今にも吹き飛びそうな看板を掲げて10年になる。
確かに今も日本の現状は変わっていない。これでは奴隷国だと憤る大人も少なくない。
現に、今だってお年を召した歴史の先生が
「我が国が衰退の一途を辿っているのは未だ手を出し続けているGHQ! それと容認している君たちに自身にもある!!」等と教鞭を振るっている。
でも、そんな事誰でも知っている。
色んな事実が僕達に伝えてくれる。
君達には任せておけない。君達には大切な人を守る能力がない。
でも、それでいいのかな。
僕にもっとやれる事、無いのかな。
***
「なあ集、話があるんだけどさ」
授業が終わり、聞き覚えのある声が後ろから聞こえる。
嫌々ながら振り返ると、そこには想像通りの顔が笑っている。
少し丸っこい顔で髪は短髪黒髪。
彼が作る表情が、人懐っこい笑顔か能天気そうな笑みかは判断が分かれる所だ。
「どうしたの
彼は名前は
更に付け加えるならば僕が苦手な人間の1人でもある。
「言っておくけどコンクール用のビデオクリップならまだ出来ていないよ。期限には間に合わすから心配しないで」
要件を先読みし、話を終わらせようと試みる。颯太との会話はテンションの差のせいか疲れる事の方が多い。ここは早めに会話を切ってしまおう。
「あーそうだな。それもあった」
という事はコンクールの話ではないらしい。
だとすれば何だろう、首をひねる。
「いやさ、ウチの部室棟って最近雨漏りが酷いだろ」
「急に漏るようになったよね。……業者を呼んで治すの?」
僕達、現代映像文化研究部が使っている部室は廃棄された元大学棟を無断で使用している。大学棟と言うとさぞ立派そうな建物に聴こえるが、実態は朽ち果てたボロ屋敷という方がしっくり来る。
そんな状態なのだから今までも少々の雨漏りがあったのだけど、数日前の大雨で床が水浸しになる程の穴が空いていたのが判明した。
「業者か……。使っている部室が立ち入り禁止区域じゃなかったら特に問題は無かったのにな」
苦笑しながら颯太の後ろから、人当たりが良さそうな雰囲気を作りながら出てきたのは
スラッとしたスタイル。切れ目なのに優しそうな表情。実際彼は、誰よりも空気を読んで纏めるクラスの中心核である。
彼も僕と颯太と同じ部活の仲間だ。
「そう、それなんだよ谷尋!」
人に指を指すのは良くないよ颯太。
「あった……いや居たんだよ!頼めばやってくれる業者より話が分かるヤツがさ!」
嬉しそうに話す颯太。
何となく先を察したのか谷尋は「ああ、なる程な」と呟いている。
「同じ天王州第一高校に在籍し、そのガラクタ修理の能力から『天王州のブラウニー』との異名を持つ男!」
全身を派手に動かし見栄を張る。要件を早く言って欲しいが、彼はいつもこんな風に大げさなので気にしない。
「雑用、修理なんでもこざれ!生徒会にも気に入られている人格者!その名は
横からスッと顔を出し、颯太のタメを台無しにしたのは同じクラスの女生徒。
髪は少し茶が入り、二つのおさげは赤いリボンで結ばれている。その性格を一言で表すなら人畜無害が相応しいと思う。
彼女の名前は
「……そうだよ。その衛宮だよ」
あっ、颯太が軽く落ち込んでる。
祭も颯太が肩を落としているのに気付いたのか頭を下げ始める。
会話が途切れ、微妙な空気が流れる。
こういうのは僕が居ない時にやって欲しい。
結局僕に話しかけたのはどうしてなんだ?
様子を見かねたのか谷尋が口を開く。
「雨漏りの修理を衛宮頼んだんだろう、それと集には何の関係があるんだ?」
颯太と、ついでに僕の疑問へ助け船を出す谷尋。
ありがとう谷尋。こう言う気配りが出来る所が人気の秘訣なんだろうなあ……。
谷尋の対人能力に関心していると、何とか気を持ち直したのか事情を話し始めた颯太
「うん、それがさ……」
***
そこから颯太は残り僅かな休み時間をずっとしゃべり続けたが、本題が飛び飛びだったので要約する。
つまり昨日の放課後、颯太は部室の雨漏りの件を衛宮君に話し、条件付きではあるが快諾してもらえたらしい。条件は部室の屋根を修理する日取り。それと手伝ってくれる人員最低1名。その修理してもらう日取りこそ今日で、本当は颯太が手伝う予定だったらしい。
だが、颯太のアルバイト先の先輩が急な風邪で寝込んでしまい、店長が颯太に緊急シフト変更を要求。なぜか他のバイト方々も同じように寝込み、頼れるのは颯太のみだったらしい。
あまりの必死の剣幕に断り切れなかった颯太は屋根の修理の手伝いを諦め、代わりの人員補填として僕に呼びかけた、という事だ。
昼休み、今日の放課後かいきなり潰されて事にため息を吐きつつ歩く。手にはお弁当、耳にはイヤホン装着し無人の部室へと向かう。
精神的に疲れて一人になりたい時は誰も居ない部室へ行くのが僕にとっての最善だ。癒される、という訳では無いが心が回復した気がするのでよく利用していた。
大体、颯太は勝手だ。部員にも黙って勝手に事を進めるなんて……。
今日、偶々僕だけ用事がなかったから良いようなものだ。実際に、他のメンバーは颯太と同じようにバイトだったり家の用事だったりで手伝いに行くのは無理だったし。
頭の中で不満を垂れながら、手元にあるデバイスで音楽を流す。
イヤホンから聞こえてくるのは、女性の優しい声音から生まれる少し悲しそうな曲。
今、巷で大人気グループ『
僕にとっても彼女の歌声は特別だ。精神的に疲れている時、彼女の歌を聴くと気分が良くなり心が落ち着く。
だから今日も、誰も居ない筈の部室で彼女の歌に浸りながらゆっくりお弁当を戴こうと考えていた。
タイルの隙間から草が生えまくっている道をおっちらこっちら歩く。そして、留め具が壊れ、既に外敵からの侵入を防ぐ目的は到底果たせない玄関を潜る。
誰がどう見ても、廃墟としか言いようのないこの部室は、進入禁止区域の札と明日にも崩れそうな見た目功を奏して他の学生の侵入を妨げる。学校の穴場中の穴場であるこの部室は、部員しか居場所を知らない。
だから安心出来た。誰も居ないと、誰も来るはずが無いと確信する事が出来るんだ。
そのはずだった。
歌が、聞こえてくる。
静かで優しい声。なのに、何故か切なくて次の瞬間には消えて無くなってしまいそうな儚い歌声。
彼女は部屋の真ん中で、僕に背を向ける形で座り込んでいる。浮世絵離れした雰囲気と大胆に背中が開いているワンピースを着込み、歌い続ける。天上から入る陽光で照らされる彼女は、筆舌出来ないほど奇麗だ。
そんな、ある種の神性すら発している気がする姿を見て、足元すらおぼつかない。
見とれていた。何時までも見つめていたい。それだけでいい。
そう思えるほどに、僕の心は彼女に釘付けだった。
だが、こんな時に限って現実って奴はつまらない落とし穴を用意している。
左足に何かが当たった様な衝撃と同時に、カツンと軽い音が部屋の中に響く。
「あ……」
現実に戻り足元を確認する。そこにあったのは昨日捨てるのが面倒だからと放っておいたジュースの空き缶。
やってしまった……。
空気が硬直し、強い視線を感じる。彼女の方を見ると驚きと警戒が入り混じった目で僕を捉えていた。
そして、彼女の体の陰から白く丸い物体が現れる。小さな射出音が聞こえ、僕の左足に何かが巻かれたと思ったら、身体が宙に浮いていた。
「ッ~~!」
背中から落ち、全身に痛みが広がる。痛い、でも立ち上がれない程ではない。
すぐに立ち上がり、彼女の元へ向かう。
説明しないと。
自分がココに来たのは昼飯を食べる為であって、君がココに居たなんて知らなかった、と。
「あの、違くてッそんなつもり全然なくって!」
頭が働かない。さっき背中から落ちた時に、言語能力まで落としてしまったのだろうか。口から出るのはしどろもどろの説明になってない言葉。
「君、もしかして!」
思考と口が一致しない。聞いていいのだろうか?と頭で考えても口が勝手に動いてしまう。
その時、彼女が僕をどう捉えていたかは知る由もない。僕に対する警戒を強め、逃げる様に後ろへ下がる。
だが、後退する身体は後ろにあったPCが置いてある机に阻まれ小さな衝突音と悲鳴が聞こえる。
「ッ……!」
ぶつかった机は軽く揺れたせいで、デスクトップPCに備え付けられたマウスを動かしたのだろう。さっきまで黒一色だったスクリーンセイバーは、ピッと言う機械音と共に色が灯る。
PCに映し出されたのは一つの動画だった。
コンクリートの上から飛び立つ鳩、朝日が昇る前の蒼い空の中に佇む民家。それは、僕がコンクール用に作っていた動画だった。
彼女はさっきまで必死に逃げていた様子が嘘のように、動画をじっと見つめる。言葉を発さずただ見つめる。
生まれる沈黙。
自作の動画を見られ急に気恥ずかしさが湧いてくる。
「ま、まだ途中なんだよッ僕の故郷の景色ッ「――――奇麗……」……え?」
言い訳をする声を遮ったのは彼女の一言だった。
僅か数十秒の僕の動画のどこを観て奇麗と言ったかは分からない。でも、その一言はさっきまで軽くパニックになっていた頭がようやく鎮まった。
ぐぅ。
間が抜けた、小さくても生物的に自己主張の強い音が聞こえる。
「ぁ……」
音源は目の前で顔を赤らめ、そっぽを向いた彼女。
聞きたい事はいっぱいある。けど、取りあえず今僕が言いたい事は。
「あの、おにぎり食べる?」
手に持っていたお弁当箱を差し出す。
――――これが彼女との、楪いのりとの出会いだった。
最近ギルティクラウンを視聴して「あれ、集といのりってfate√のセイバーと士郎っぽくね?」と思い付き書き始めました。
設定はそこそこ考えていますが、描写とか原作との矛盾点等あったらご指摘お願いします。