「――ハァ、……ハッ…………!」
必死に走る。
ただ後ろへ、先程まで歩んでいた道を逆走する。
「……クソ、クソクソッ畜生ッ!」
意味がわからない。
違う、理解したくない。
さっきまで一緒に歩いて話して夜空なんて見上げてたのに!
『――逃げろ』
……僕は悪くない。
逃げて当然じゃないか。
アイツと正面から顔を合わせるなんて普通の人間のやる事じゃない。馬鹿げている。
僕と衛宮君を生者と死人に隔てた血濡れの紅い槍。
その使い手を見る事は出来なかった。いや、そんな余裕すら無かった。
爆弾が弾けたような音が聞こえた時、既に僕は衛宮君に突き飛ばされていた。
そして、衛宮君と僕が立っていた場所を対角線で結ぶようにあの朱い槍が伸びていたのだ。
走れ、疾れ、駆れ。
死が僕の後ろで佇んでいる。
今この場に置いてはアイツは捕食者で僕は獲物でしかない。
そして、所詮僕は弱者でしかない。
弱者はどこまで行っても弱者でしか無く、強者はただ喰らうだけ。
だから、逃げた。
彼が死んだと言う現実から、彼を置いて逃げる罪悪感から。
耳を塞ぎ目を瞑って理性すら振り払って、本能に呑まれ、ただ走った。
僕にできる事なんて一つもない。
最初から、望むことすら傲慢だった。
忘れたい。
全部無かった事にしたい、時間も記憶も巻き戻して……!
『―――とって』
……巻き戻して、一体どうすると言うんだ。
また、繰り返すのか?
また、後悔を続けるのか?
『桜満集は臆病な人?』
僕はきっと臆病な人間だ。
痛いのも嫌だ。怖いのも嫌だ。
でも、それ以上にッ!ずっとこの後悔を、痛みを抱えるのはもっと嫌だ!
「――ハッ…ッハアアアアアアアア!!!」
そして、僕は槍を持つ死神に吠える
自分で無謀で馬鹿げていると理解しているのに、抗おうとしている。
しかし、ただ死んでしまう訳にはいかない。
せめて、ふゅーねるは運ばなければいけい。
だけど、それにはどの道に時間が足りない。
走る間に刺されて終わる。
それではダメだ。
彼は逃げろと言ってくれた、生きてほしいと願ってくれた。
これはそれを無碍にする行為だ。最低で下劣で、彼の死を無意味にするかもしれない。
だが、やる。
そして、必ず生き残る!
朱い槍が衛宮君から抜かれる。
来る……!
先程と同じ爆音。
きっと、音すら置き去りにする音速超えの疾走。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。
槍に貫かれ自分が死ぬ光景が頭に浮かぶ。
「……僕は臆病じゃないッ!!」
ヤツが攻撃する場所は読めていた。
恐らく狙いは心臓。攻撃の位置は、真後ろの死角!
「ワンパターンなんだよッ!」
僕は、ふゅーねるの腕から出させておいた白いロープを腕と体重と腰を使い全力で引いた。
「ッおりゃああああああああああ!!」
ガッという確かな手応えが両腕に伝わる。
来る場所が分かっていたからこそ仕掛ける事が出来たかなり原始的な、罠結びを用いた罠。
僕が、初めていのりさんと出会った時にふゅーねるに喰らった、足の重心を反らすして転ばした方法だ。
恐らく、アレからすれば僕はそこらに居るアリと同程度の得物だったのだろう。
獲物は普通逃げるだけ、戦おうと等微塵も考えない。その度胸は獲物――臆病者には無い。
そう、考えている永遠の強者が相手だからこそ、この不意打ちは成った。
後は、もう一度ふゅーねるの手から白いロープで手足を結ばせれば、多少なりとも時間が稼げる……!
次の手を考え、僅かな生への可能性に喜んだ。
だから、気が抜けてたのだろうか。
心なしか体が少し軽い。まるで重力から切り離されたようだ。
重力だけではない。音も、景色も、全てズレていく。
そこでようやく気付いた。
自分が横に吹っ飛んでいる事に。
「ガッ!……ぐァアアアアアア!」
地面に投げ飛ばされサッカーボールの様に跳ねる。
誰が?何故?どうやって?
思考は停止せず、痛みに急かされるように原因を探す。
いや、探すまでも無い。
人間を蹴り飛ばす事が出来る奴なんて、今この場にはヤツしかいない。
視線だけを動かし吹き飛ばした元凶を見つける。
足に絡まる白いロープを手に持ち、見せつける様に手で弄んでいる。
殺さずに投げ飛ばしたのは意趣返しのつもりだったのだろう。
アスファルトを踏む音が近づく。
また、間違えたのだろうか。
無理を通して得た結果がコレか。
「”’%#()E894=)E(!」
気遣っているのだろうか、近寄ってくるふゅーねるを撫でる。
「……ゴメン、ね。ゴメン……いのりさ、ん……」
最期の後悔を胸に、何となく空を見上げる。
ほんのちょっと前は彼と一緒に眺めた空。
いつかはいのりさんとも見たいなぁ、なんて絵空事を心に描いたりもした。
月を睨む。
あまりにも奇麗で、あまりにも眩しい、月に願う。
次生まれ変わるのであれば……
「大切な人を……守れる、強さが……!」
欲しい、と月に願った。
だが、御伽話の様に、必ず救いをくれる妖精は現れない。
当たり前だ。コレは現実なのだから。
「――――なら、生きて自分で叶えることね」
女性の声が、廃墟の間に木霊する。
「ッ!?」
僕を殺そうと槍を振り上げていたヤツも警戒をしてか、再び身構える。
そして、彼女は居た。
既に壊れ、風化し始めているビルの屋上、その塀の上に。
赤いコートを翻し、黒髪をツインにしている彼女は自信が形になったような表情で笑う。
「ご機嫌よう。そして、時間稼ぎお疲れさま。あとちょいだから、我慢してよ、ねッ!」
そういって、両手に握っていたキラキラと光るナニかを僕とヤツが居る方へ投げつける……!?
「……へ?」
現状への理解が追いつかない僕は間が抜けた声しか出なかった。
だが、居たヤツはアレが何か分かったようで、キラキラと光るモノへと特攻していく。
次に聞こえたのは、映画でしか見ないような大爆発と、鼓膜をつんざくような音。
「ひいいいいいいいいい!!」
彼女は救い主ではあったが妖精ではない。
笑顔で爆弾を投げるような存在は総じてあくまと呼ばれるべきだ!
視界も鼓膜も潰されてうめき声を上げる。
次に僕の体を誰かが抱き上げたような気がしたが、全身の痛みでそれ所ではない。
「助けてェーー!!」
「うん、今助けている」
声が聞こえた気がするが、よく分からない。
既に意識は痛みと疲れと混乱で、遠く消えていった。
***
「ふぅ、これで巻き添いを気にする必要は無いわね」
赤いコートを纏った女――遠坂凛は白いメイドに担がれた集をチラリと見送り、戦場を眺める。
槍兵を攪乱する為に奥の手である十の宝石の内二つを使用した。問題はあるが後悔は無い。
「アサシン、可能な限りランサーを引き付けて遠くに行って!その間にアイツには、やれるだけの事はやっておくから!」
そういって、既に致命傷をとっくに通り越している彼を見つめた。
『了解。せいぜい無駄使いに終わらない様に』
そういって、紅い槍の主――ランサーの前に降り立つ赤い衣を纏う影。
「本来の使い手であればこれほど恐ろしいモノも無いが」
影は中に黒っぽい服に赤い外装、そして、頭は焼けた茶色フードをすっぽりと被っているせいで顔が見えない。
だが、僅かに覗く目は明らかに相手を挑発する色を発している。
「―――今のお前には、槍より首輪の方がお似合いだよ、奴隷犬」
「ッ!グゥアアアアアアアアア!!」
目の前の獣が吠え、殺意の嵐が巻き起こる。
「ペットにしてよく吠える!」
突き出される赤い槍を、どこから取り出したのか、黒と白の二刀で全ていなし、切りつける。
「呪いを吐いて死んで逝け、ケルトの英雄!」
***
「――では――という――うか?」
「ああ、それ――い」
声が聞こえる。
でも、プールの中みたいに音が薄ぼんやりとしか伝わらない。瞼も中々開かないのか辺りは暗闇に包まれている。
「う゛う゛ッ!」
あれ、声が出ない。
それどころか身動きが取れない。
両手両足手首手足目隠しに猿轡まで噛まされている!?
必死に体を動かすが、外から見たら跳ねる鯉にしか見えない行動を繰り返す。
「……おや? ようやくお目覚めですか」
「みたいだな。アルゴ、コイツを開放してやれ」
気が強そうな女性の声が聞こえ、男性の特有の少し低いだが強い命令口調が聞こえた。
「あいよ……チッ、ナイフが通りにくいなこの包帯、おい動くな!うっかり刺しちまうだろ!」
「ッ! ん゛ッん゛!」
声が出ないの頭を上下に振り頷くが「だから、動くなって言ってんだろうがァ!!」と頭を叩かれた。
「……しかし、貴方達の考えは合理性に欠けます。一般人にここまでする必要はなかったのでは?」
「残念だが、コイツを一般人なんて呼べるラインは大昔に過ぎてるんでね」
そうだろう、桜満集?
とプラチナブロンドの男が問いかける。
目隠しを取ってもらったおかげで、周囲の状況を飲み込めた。
今目の前に立つ人物は、
プラチナブロンドが肩まで伸びる男。
逆立つ茶髪が途中から金髪に代わる男。
全身が全て白に覆われている赤目の女性の三人だ。
男二人は全身が黒いジャケットに赤い縦のラインが引かれている。
場所は……どこかのビルの中だろうか。
周りの散らかり用や埃の溜まりかたを見ると、ここが彼らの拠点ではなく、一時的に間借りしているだけなのだろう。
「……あなたがガイさん……ですか?」
「だとしたらどうする」
プラチナブロンドの男が眉を寄せ聞き返す。
「いのりさんが……貴方に届け物があって、それで……捕まっちゃって……、僕、いや僕たちは……」
そこまで来てようやく思い出した
「そうだ、衛宮君!あのっ僕のほかにもう一人いませんでしたか!? 彼、怪我が酷くて、血が……!」
「落ち着け、桜満集」
「ッ! すいません……」
「……士郎様なら私達が回収させてもらいました」
ずっとコチラを静観していた全身真っ白な服装の女性が疑問に答えた。
「それで、衛宮君は……」
「…………貴方が気にする事ではありません」
生きてるか死んでるか、その答えを言いたくないって事は……そういう事だよな。
「そろそろいいか? こっちも急ぎなんでな」
僕と彼女の話を遮るガイ。
「うん……それで、いのりさんを救って欲しいって、仲間……なんだよね?」
だから、救って欲しいと言外に言う。
「ああ、勿論。アイツの欠損はウチにとっても痛手なんでな」
良かった。
これで僕の自己満足による仕事は終わる。
情けない事に、ほぅっと息を吐き出してしまった。
「で、お前はこのまま情けなく逃げ帰るのか」
……え?
「お前はGHQに連れていかれる彼女を……いのり黙って引き渡した。……いや見捨てたんだろう?」
「ちがッ、くない……!けど」
カァっと顔が熱くなって叫んでしまう。
「それなら……これ以上僕にどうしろって言うんだッ!?」
どうしようもない。
僕が臆病なせいで捉えられてしまったいのりさん。
僕の目の前で命を落としてしまった衛宮君。
助ける事が出来なかった彼女たちが、現状が、言い聞かせる。
「もし……、いや止そう。そうだな、お前には――」
そんな、ハッキリとしない僕の態度にガイは苛立ちを隠さずキッパリと言い放つ。
「――死人には関係のない事だったな」
どういう意味かはよく分からなかった。
ただ、このまま黙ってはいけない気がする。
何か、自分の中の大事な物が消えてしまう予感がある。
「ぼ、僕は……!!」
『ガイ!居場所がGHQにバレた』
機械を通した女の子の声が部屋に響いた。
次にドンッ!という何かをお腹の底から響くような音が窓の外から聞こえ、続くように大きな建物が崩れる音と、悲鳴が鳴り響いた。
「チッ、予定より早かったな。ツグミ、プランⅣに変更だと部隊に伝えろ。アルゴ、俺と一緒に付いてこい」
『アイ、綾ねえは後……うん!一分後にそっちに到着予定だよ』
「了解した。綾瀬には一般人と客人の護衛とだけ伝えろ」
『アイ!』
耳に付けていた小型の無線マイクに指示をだし、僕らに振り返る。
「……聞いたと通りだ。お前たちはこの後くるエンドレイブと脱出。俺達は揺動として動く。いいなアルゴ」
「了解。ふゅーねるはどうする?」
「捨てろ、重要なのは中にあるシリンダーだ」
そういって、ふゅーねるの頭部分のハッチを外そうとするが、
ドガッと言う音と共に横に会った壁に大穴が開き、そこから人型のロボットが現れた。
エンドレイブと呼ばれいている遠隔操作型ロボットで、この機体はゴーチェとか言うGHQに正式採用されている量産型のエンドレイヴだ。
「クソッ、アルゴ掩護しろ!」
「わーってるよ!これでも喰らいやがれ!」
手から何か丸い物がエンドレイヴのメインカメラ前に投げられた。
「お前等!目と耳を塞げ!」
アルゴが叫ぶ。その場にいる全員が黒いゴーグルを被るか、物陰に隠れた。
そして、投げられた物体――閃光手榴弾がゴーチェの前で爆発する。
凄まじい音と光が当たりに一面に広がり、白一色に染まる。
エンドレイヴはオペレーターと呼ばれる遠隔操縦者がおり、精密な動きを再現する為に感覚をエンドレイヴと共有させていると聞いた。
つまり、あの太陽光を更に濃くした光をオペレーターは直接浴びたに近い状態になっている筈。
ゴーチェは一瞬だけ僕らを見失ったのか、狂ったかのように銃弾の雨を降らせ続ける。
「うわあああああああああああ!!」
建物が崩れ、僕たちは降る瓦礫によってバラバラに分断されてしまった。
「集!」
騒音に紛れても涯の強くハッキリとした声が聞こえた。
「涯、僕はどうすれば……」
「良いか、ふゅーねるを持って走れ。ルート指示はそいつがやってくれる」
「そんな、勝手な!」
「黙れ、生きたいのなら証明しろ!自分は死人ではないと、生きて俺達に見せつけて見せろ!」
「……ッ!」
見透かされていた。
心を盗み見されたような、もやもやとした気持ちるさが溢れる。
「……くそおおおお!!」
やけくそになって走る。
今日は走ってばっかりだ。明日は筋肉痛に違いない。
―――明日が来れば、だけど
展開が原作の劣化コピーですが、最初のここら辺は(個人的にも)彼らにとって特別なシーンだと思うのでアニメとかゲームとか見ながら書いてます。