――あの光景を今でも覚えている。
鉛のような雲空の下一面に広がるのは、人を殺す炎の海。
そこでは、大人も子供も善人も悪人も男女を問わず、平等に死んでいく。
助けてくれ。
死にたくない。
なんで俺が。
なんで私が。
辛い、痛い、熱い、苦しい、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
『助けて』
耳を塞ぎ、少年は歩いた。
祈りも願いも踏みにじり、歩き続けた。
何処へと知れず、何処かと分からずに。
炎に晒され、身体は痛いほどに熱い
なのに、心は怖くなるくらいに冷たい。
焼け爛れた地面の上で、一歩、また一歩、足を動かす。
その度に、自分を構成する大切なナニかが削り取られていく気がした。
歩みを進める程に自分が消えていく。
だが歩かなければ、倒れてしまう。そして二度と立つ事は出来ないだろう。
そして、遂に少年の体は限界に行き着き、膝から崩れ落ちる。
先程まで燃えるようだった身体はだんたんと熱を失い、今はただ寒い。
ああ、これが死ぬという事なんだと自然と受け入れてしまっていた。
そう思った途端、全身は鉄のように重くなり、心は死んだ。
この時、少年は1度死んだ。
それまでの
心は死に、体も故障したかのように動こうとしない。
そして、あと少しすればこの身の全ての機能は止まるだろう。
諦めにも似た奇妙な感情を垂れ流し、なんとなく空を眺めた。
理由は無い。既に思考する能力すら失っており、瞳に映る物が何なのか理解すら出来ていない。
黒い煤と銀色の灰が、空へ舞っていく。
その光景を、ただぼんやりと眺めていた。
そのうち、目を開けるのも疲れたから目蓋を閉じた。
***
意識が揺れる。
フラフラと海藻の様に揺れている。
「――ロウ、起きて。シロウ、起きなきゃダメ」
頭上から声が聞こえる。
聞きなれた同居人の声だ。
ゆさゆさ、ゆさゆさ、体を揺すられる。
「むー、シロウ無視は、嫌」
目を開けようとするが、眩しい。
寝る前には電気を消したので、彼女が勝手に点けたのだろう。
「ん、リ……ズか、もう……朝か?」
「シロウ寝ぼけてる?」
「……起きて……るよ、分かってる、昼ご飯だろ……? 」
「違う、胸の傷治った? 」
胸の、傷?
言われて心臓付近をペタペタと触わり……。
思い出した。
闇の中襲ってきた人のカタチの化物。
俺は目の前に居た桜満を突き飛ばし、そして……殺されたはずだ……
「シロウ、大丈夫?」
「…………ああ、もう大丈夫だ」
ようやく意識がハッキリとした。
そうだ、俺は桜満と一緒に六本木フォードへ行き、そこで謎の襲撃者に遭って、ソイツに心臓を貫かれた。
そこで、確か他の奴が来てくれた……気がする。
「リズが俺達を助けてくれたのか?」
「半分はそう、もう半分は遠坂家が」
「遠坂家? 確かアインツベルンと敵対してた家系、だっけか」
思っても無かった名前が出た。
遠坂、というのは随分と前にアインツベルンの魔術師とある儀式で殺し合っていた相手だ。
確か現当主は行方知れずになっていると聞いていたが。
「うん、でも今は協力者」
「協力って何をさ」
ますます分からない。
だが、そんな俺を置いていくかのようにリズは続けた。
「うん、聖杯戦争を終わらせるため」
「ッ!? 聖杯……戦争……だって」
聖杯戦争。
その単語を聞いただけで俺は血の気が引くのが分かった。
あり得ない、過去の亡霊にでも会った気分だ。
それは10年前、いやもっと大昔から多くの人間を不幸にした殺し合いの儀式だ。
だが、それは2度と起こらない筈だ。2度と起こってはいけない筈だ。
「だって、それはオヤジとアイリさんが……!」
「話と途切れさせてすまないが、邪魔させてもらう」
俺の叫び遮る様に、ドアの奥から金髪の男が入って来た。
かなり鍛えてあるようで、身のこなしに隙が無く、ただ物では無い雰囲気を醸し出している。
「俺の名前は恙神涯。この基地のリーダーをやらしてもらっている」
「ああ、あんたが……ありがとう」
「礼には及ばないさ。では彼は借りていくが、良いかな?」
「分かった、応接間だっけ」
「そうだが……なる程な。確かに病み上がりの人間を歩かせるのは良くないな」
涯は1度深く頷くと、再び扉の奥へと消えた。
「何だったんだ……アイツ。なあリ、う、エッ!?」
「シロウ、喋ると口噛むよ?」
リズは恐るべきスピードで俺の脚と背に手を回すとヒョイッと持ち上げてしまった。所謂お姫様抱っこ、に分類される抱き方だがソレは男が女にするから絵になるのであって、大体リズのような女性が抱き寄せると、なんと言うかその二つの大きくて柔らかいマシュマロの様なものがくっついたり離れたりで―――――
「士郎? ちゃんと、くっつかないと落ちるよ?」
ポにゅ
頭にどでかいマシュマロが当たる。
「なんでさァー!!」
***
「……あのー、いつまで待ってなきゃ行けないんですか? 」
「うるっさいわね、涯のお達しのとおりよ。ここで静かに待ってなさい」
セイバーに連れられ地下の下水道を歩くこと数十分の場所に、この葬儀社のアジトへとつながる扉はあった。
今いる場所は葬儀社でも応接間に当たる場所らしく、学校の校長室とかにありそうな立派な椅子が部屋の中央に設置されている。
「綾瀬、あまりお客様を威嚇するものではない」
「四分儀さん……で、でも!涯の命令は――」
「君が、モーゴを破壊された件を事にしているのは知っている。だが、任務に私情を持ち込むのは良くない」
「それは、そうですけど……」
銀髪の長髪でメガネを掛けているのが四文儀という男で、四文儀に諭されたポニーテルで車椅子の少女が綾瀬というらしい。
今、この小さな部屋にいるのは僕、四文儀、綾瀬、そしていのりの四人だ。
セイバーさんは、「申し訳ありません。至急、シロ―――用事がありますので席を外します」とだけ言うと、
衛宮君が居るんなら僕もそっちに行きたかったんだけどなぁ。
ため息を一つ吐き、改めて今日あった事を振り返る。
昼休み、何となしで部室に行くとそこには超人気のアイドルが居て、そのアイドルは葬儀社っていうテロリストの一員で、急に現れたGHQという日本でかなりの権力を持っている組織に連れられて、落ち込んでいるときに衛宮君と出会い、そのまま葬儀社のアジトに行くことになって。
更にアジトに向かってるときに変なやつに教われて、衛宮君はその変なやつに殺されかけて、でもいきなり現れた変な女の子に助けてもらって。そして涯に会って、また面倒ごとを頼まれて。
移動中にやっといのりさんとまた出会うことが出来たと思ったら銀色の「剣」を彼女の中から手に入れて、そして追いかけてきたゴーチェ(ロボット)共を蹴散らしたと思ったら鎖を使う女に闇討ちされて、一進一退の戦いを繰り広げようといった所にセイバーさんが現れて、衛宮君自慢のついでのようににライダーを撃退してくれて――――
本当に色々あったな。ていうかありすぎだな、うん。
今日の一日を思い出しどっと疲れがこみ上げてきた。
よく生き残れたな、僕。
精神的な疲れから奮えと眩暈がしてきて、座り込む。
はぁーーーー。
「大丈夫、集? 」
傍に居たいのりが僕を覗き込む。
「うん、大丈夫……かな? 」
少しだけ強がってみる。
別にいのりのさんの前だから特別強がっているわけじゃなく、ただ女子に心配される図が嫌だっただけだ。
うん、本当にそれだけ。
「集が倒れたら、今度は私がおぶってあげる」
……危ない、思わず彼女素晴らしい提案に頭を縦に振るところだった。
勿論、それは嬉しいを超えて昇天するレベルのご褒美だし、心がシェイクされて砕けそうになるほど、強烈な提案だった。
「集? ずっと頭を抑えてるけど……頭痛?」
「そうだね、本能が理性をタコ殴りしてるからある意味そうかも」
「膝枕しようか? 」
おっと、いま本能が核兵器を所持したぞ。よし、負けていいぞ理性。
疲れ切った思考は甘美な誘惑にあっけなく篭絡された。
このまま彼女の膝で眠る。それは自身の一生を捧げても足りない位の価値があると、本気で思う。
いのりが僕の横に腰を下ろし、僕の頭もいのりの膝上という極上のスイーツへ飲み込まれる寸前で、何かが背中に圧し掛かかられ、そのまま鉄製の床にヘドバンをかました。
「ウチの!いのりに!なにセクハラしてんのよ!」
「痛い痛い!ゴメンナサ、ちょそれホントに痛いッ!!」
車椅子の少女が僕を轢いたのだ。横槍ならぬ横車椅子。しかもどうやったかは知らないが、タイヤを浮き上がらせそのまま背中に乗り上げているようだ。
「キャンキャン五月蠅いと思ったら今度はいのりに手をだして……!アンタ私達の事を舐めてんでしょ!」
「ぐっ」
イライラが抑えられないのか、身体を上下に揺らし車椅子のタイヤで更にダメージを与えてくる。
なんかもう、痛いを通り越して感覚が無くなって来た。小さなタイヤがゴリゴリと身体を指圧するような痛みと、車椅子+彼女自身の体重が身体のツボにクリティカルしてる。
「なーにまた車椅子の拷問技を開発してんのよ綾瀬? 」
上から呆れたような、聞いたことのある声が聞こえた。
「おや凛、その様子だと逃がした魚は随分と手強かったようですね? 」
「ええ、その通り。あのランサー、逃げ足だけは一級品だったわ。その上ランクもあまり下がってないようだったし……」
「フム、君のアサシンでも消せなかったとするとセイバーに頼るしかないな」
「冗談。やり口が分かった以上、次は確実に倒せるわ。そうでしょアサシン? 」
そう言って凛は扉の廊下側へ声をかける。
僕も釣られるように廊下へと目を向けたが、そこには薄暗い通路が伸びているだけで、何も見えない。
「……アサシンは、まだ実体化させないの? 」
ツンツンと僕を突きながらいのりが聞く。
助ける気が無いのか、それとも助けなくても大丈夫という事だろうか?
いや、出来れば助けて欲しいです。
そんな僕の心情をなど意に介さず、頭上での会話は続く。
「私も貴重な戦力をこの目で確認したいのだがね。……どうやら我が葬儀社の主従達はアインツベル側程上手くいっていないようだ」
「ぐっ……しょ、しょうがないでしょ! 出来る限り自分の情報は隠したいタチらしくてね。紹介したければ令呪の一つ二つ貰うってさ」
「やっぱ上手くいってないんじゃん」
「ふん、別に戦闘は問題無くこなしてるし……私はアサシンの事信頼してるし」
「なら早く私達にも紹介してくださいよマ・ス・ターさん」
「なにおぅ!アンタだってジュウモウぶっ壊されて半べそかいてたって話じゃない! 人の事だけ笑えないでしょ!!」
「なッ、人が気にしてる事をよくもズケズケと……!」
「アンタにだけは言われたくないわよ綾瀬!!」
……よし、口論している間に脱出成功。
今の内に安全圏っぽい四文儀さんの横に座っていよう。
よいしょっと。あ、すごいフカフカする。
横で座り込み読書している四文儀さんをこっそり盗み見ると、眉が少しピクピクと動いていた。やっぱり五月蠅いんだろうなぁ。
そのまま時間は更に少し経ち
「だから――新型が――!」「あのね――貯蓄がッ――!」
もうちょい経ち
「集、横に座っていい?」
「うんいいよ」
「ありがとう。ふゅーねるも喜んでる」
「$)#’%#」
「アハハ、どうもいたしまして」
そして、ようやくこの場を納められそうな人が来た。
「待たせ……随分賑やかだな。ここはパーティー会場になったんだ?」
「が、涯! いえ、これはその、そう! 新しい戦術プランの議論でして」
「綾瀬、言い訳は見苦しいだけでアピールには程遠いわよ?」
「ぐっ……小声でわざわざありがとう凛。後で覚えておきなさいよ」
「それほどでも―……涯、連れて来たんじゃないの?」
「すぐに来るさ。桜満集はどうした? 」
「はい!彼なら私の車椅子の下に……あれ、いない。逃げた!?」
「ココに居ます。というか、気付いてなかったんですか……」
眼中に無かったのだろうか。テロリストが喧嘩に夢中で捕縛対象を逃がすのは如何なものだろうか。
まぁおかげで逃げられたんだけどね。
「下敷き……?まあいい。それより、桜満集、お前は今回の件についてどこまで知り得ている」
涯は座っている僕の近くへより、話しかける。
「いのりさんの中から『剣』が出て来た……後はよく分からない」
本当に分からない。
何であんな事が出来たのか。
あのライダーと呼ばれたいた存在はなんのか。
なんで、六本木の皆がGHQに殺されなきゃいけなかったのか。
僕は何一つ知らないままに巻き込まれた一般人でしかない。
だから。
「教えてくれ涯、全てを」
「言われなくても聞かせてやるさ、この世の真実をな」
涯は僕を睨みつけ、真顔で言い放つ。
「力を得た以上、もう昨日までのお前ではない事を覚えておく事だな」
「ッ……!」
それは、僕が二度と日常に戻れないという事だろうか。
そこまでの覚悟が僕にはあるだろうか……。
「――安心しろ桜満。俺が出来る範囲で何とかしてやる」
そういって、入口から現れたのは、もう二度と会えないと思っていた人物。
彼は、壁に手をつきながら僕の方に向かってきた。
「衛宮……君! 良かった、本当に生きてたんだね!」
「ああ、そこにいる遠坂の当主さんに助けてもらったみたいでな」
そういって綾瀬の隣に立つ凛を指さす。
そうか、やっぱり彼女が僕たちを助けてくれたのか。
「お礼なら要らないわ、あれは仕事だしね。どうしてもって言うならの所の当主に言っておきなさい」
「そうか、イリヤが……うん。でも助けてくれたのは遠坂だろ?ならやっぱりお前にも言わないとな。助けてくれてありがとう」
「あ、ありがとうございます!」
衛宮君が頭を下げるたのを見て、僕も慌てる様に頭を下げた。
「……まあ、一応受け取っておく。そうね、とっておきの宝石使ったんだから、その分、報酬に上乗せしてもいいのよ」
「アハハ、ウチの家計もそこまで余裕ないので、お手柔らかにお願いします……」
来月の生活費の計算をする衛宮君の前で、少しずつ報酬金を上げていく遠坂さんは控えめに言ってあくまっぽかった。
「あんたにも、それなりの金額は貰うんだからね桜満君? 」
「ですよねー。アハハ……」
新発売のイヤホンが欲しかっけど、購入は当分先になるらしい。
***
「さて、ゲストも揃った。後は主催側の人間の到着をまつだけだが……その必要も無くなったようだな」
涯が扉の方を見つめる。
僕達もそれに習うように顔を向けた時。
ドカンッ、とまるでゴーチェのミサイルが着弾したような音ともに扉が吹っ飛んできた。
「ヒャッハー、待たせたな愚民ドモ、カチコミじゃー」
「何をしているリズ!?同盟相手にこのような蛮行を働くなど…………ハッ!シ、シロウは!シロウは無事ですか!怪我は無いですか!?」
「セイバー、貴女も何をやっているのですか!申し訳ありません我が家の食っちゃ寝達が大変なご迷惑を……!」
「でも、イリヤが急げって言うから」
「だからと言って扉をぶち壊すメイドが居ますか!?大体、普段から貴女のガサツな態度が―――」
僕達が見たのはホコリが飛び交う中言い争う2人のメイドとシロウシロウ叫んでいる金髪騎士。
そして。
「士郎、だから言ったでしょ。早く家に帰らないと大変なことになるんだからって」
そう言いながら扉をぶっ壊した容疑者三人の前に躍り出たのは、メイド達と同じ銀髪赤目の少女だった。
「貴方は初めましてね、オウマシュウ」
少女はしずしずと頭を下げ、ちょこんと長いスカートを持ち上げた。
「ごきげんよう。私の名はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。現アインツベルン家当主、そしてセイバーのマスターです」
「アッ、はい!宜しくお願いします!」
すごい、何か滅茶苦茶オーラが出てる。
大金持ちのご令嬢とか有名人とはまた違う。
その鮮やかな笑顔の奥には、獣のような闘士が見て取れた。幼くても、幾つもの闘いを超えた戦士なのかもしれない。
「オウマシュウ。いえ、長いからシュウにするね。大丈夫、緊張しなくてもいいのよ?だって貴方は―――」
少女は歯を見せるような笑顔で
「―――きっちり、私の手で殺してあげるから」
残酷な死刑宣告を突きつけてきた。