Fate/Zero Gravity   作:色慾

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あけましておめでとうございます。長らくご無沙汰いたしました。仕事とfgoに明け暮れ、去年はあっという間に過ぎて行きましたが、今年こそは完結できるのだろうか。

今後ともよろしくお願い致します。


第24話

「あ゛あああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

ギルガメッシュの腰ほどしか身長の届かない子供が、この世のものとは思えない声で叫ぶ。悲鳴よりも咆哮に近いそれと共に、桜の背後から触手の様に帯が伸び、ギルガメッシュを捕食さんとしている。濃紺の髪には一房白髪が混じり、アメジストの瞳は双方禍々しい赤に染まっている。そしてその腕は、気を失った岸波白野を抱き抱えたままだ。

 

(おれ)を喰らうか?それとも腕の中のそれを餌にするつもりか?人形の分際で貪欲よな。だがよしておけ。腹を下すだけでは済むまい?」

 

黒騎士との戦いの跡もそのままに、同じく真紅を湛えた王の双眸が少女のそれとかち合う。全てを見透かされるようなそれに、少女はたじろぎ、急所を突かれたように影を荒れ狂わせる。ひらりひらりと乱暴すぎる攻勢を躱し、黄金の王は終末の弓に矢をつがえる。

 

「やれ、吸収などと言うのも難儀なものだ。これでは人形(ひとがた)と言うよりは獣そのものよな。あの小賢しい杉の番人の方が幾分かマシか。業腹だが、こちらも搦め手を使わざるを得ない」

 

少女から十歩先に後退し、黄金の王は静止した。身を削る触手を避けようともせず、ただ輝く弦をギリギリと引きしぼる。

 

ーー来たれ

 

ーー深き水の王の家(エエングラ)より

 

ーー来たれ

 

ーー終末の呼び声(エンキ)を冠すもの

 

ーー来たれ

 

ーーナピュシュティム

 

ひときわ眩い黄金の矢が、憎しみを向ける小さな獣の眉間を貫く。途端、暗澹たる屋敷の内部に、目を焼くような輝く光が満ちた。

 

 

 

ふわふわと暖かい光の中、岸波白野は漂っていた。触れることのできない波は羊水のように、大海のように優しく白野を抱きかかえている。悲しい獣の叫びが聞こえる。ひどく懐かしいそれは、なぜかよく見知ったもう一人の少女を思わせた。

 

立ち上がり、歩く。上も下も右も左も分からない空間だが、進むことはできた。帰らなきゃ。ここでの白野は空虚である。器の中身が殆どなくなってしまっている。辛うじて視界の端をノイズのように走る金色の光がなければ、自我を構築することすらできなかっただろう。優しい世界で、ただ分解され、なくなってしまっても構わないと言う気もした。でもそうしたらきっと彼の人もあの子も、とてもとても悲しむだろう。それだけはわかった。

 

自然と足取りが早くなる。力を振り絞り、走る。焦がれるように、光が導く方へと、もがくように進む。少し風景が変わる。桜が黒い靄の中、胎児のように丸まっている。名前を呼んでも応えない。声が出ないようだ。触れようとすれば遠ざかる。それは嫌だ。

 

気が付けば、ギリギリと弓を引いていた。初めての動作なのに、とても指に馴染む。何もつがえてない空の弦だが、なぜか確信があった。これは必ず当たる。かつて世界を呑み干したという大水の名を呼ぶ。呼応する声色に、矢は真っ直ぐに放たれた。

 

 

 

闇が爆ぜる。弓を下ろした黄金の王はただ静観する。半ば怪物と化した少女の触手は寸断され、ポカリと開いた胸の穴から、真っ赤な血と身のうちに巣食った蟲たちが溢れ出す。少し離れたところに、弾みで手を離して無造作に投げ出された白野が横たわっている。

 

アレガホシイ、イヤだ、ウバワナイデ…ホシイ、ホシイ、ホシイ、ホシイ、ホシイ、ワタシノワタシノワタシノワタシノワタシノワタシノワタシノワタシノ……

 

「カハッ」

 

血を吐きながら、四つん這いで進む。だって、闇の中でさしたたった一条の光だもの。咲いてしまった花に待つのが凋落ばかりだというのであれば、せめて。視界が曖昧模糊になって行く。心を塗りつぶす好きという感情と、憎しみという感情がドロドロに溶け合って、桜の幼い心を占拠する。ただ執念だけを持って桜は未だ眠る白野の方へ進む。

 

足元から解放された虫たちが群がる。血糊が真紅の絨毯にタールのように真っ黒な紋様を描く。蟲たちと絨毯のシミと、暗い照明が作り出す濃い影とが、矮躯の老人を再び象る。何かを唱えながら、桜の肉を血を取り込まんと蟲たちが蠢く。あっという間に視界は黒で塗りつぶされ、激しい痛みが身体中を貫いた。

 

『桜、桜……よく頑張ったね』

 

先程かけられた白野の柔らかな声色が木霊する。あの大雨の中、白野は駆けつけてくれた。魔力を使い果たし、最後まで自分を守ろうとして。ぼんやりと、白馬の王子様のようだと桜は思った。けれど結局誰も桜をここから救い出してはくれないのだ。心が挫けそうだ。

 

『大丈夫、桜は、私が守るよ』

 

違う、ダメ。白野が桜を守りたかったように、桜だって白野を守りたかった。流されるままに蟲に調練されるのも、諦めるのももうイヤだ。どうせもう終わるんだ。白野を、白野をこんな場所に残したくはない。その為なら、何だってできる。

 

桜の身体を喰らいながら、新たな餌に意地汚くありつこうとする蟲たちを、一層暗い影の帯が捉える。開花しつつある杯に口をつけようとしていた老人は、虚を衝かれたように目を見開いた。

 

「馬鹿な…その状態で動けるはずが……!」

 

「ぬかったな、老怪。道化は道化らしく喰われておけ」

 

ユス…ティーツァ、私…は……。

 

果たして末期の声を聞いたものは居ただろうか。宿主の胸を貫かれ、否応無しに外界へと姿を見表した臓硯の本体が、触手の抱擁を受け消失する。ついで蟲の魔力と血肉を喰らい、自らの糧とした桜が、糸が切れた人形のように倒れ伏した。2人の少女を肩に担ぎ、黄金の王はきびすを返す。

 

「フッ、来たくば勝手について来るがよい、狂犬」

 

事絶えた主人には目もくれず、幽鬼のように佇む黒騎士が、最後の英雄王に続いた。

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