魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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第9話 公開討論会・序章

時系列は少しばかり遡る――。

 

桐原武明(きりはらたけあき)は連絡を受け取った直後、教室を飛び出して連絡のあった場所へ向かっていた。

 

連絡を入れてきたのは桐原の友人で、剣術部の一年生たちが他の一年に絡んでいるという内容だ。

 

先日の放送室不法占拠に始まり、急遽開催が決まった公開討論会。

 

議題は一科生と二科生の平等な待遇。

 

その事に不満を持つ一科生は少なくない。

 

――たとえ実際には待遇に差などない“まやかし”の優位性なのだとしても。

 

今回の一年も、その不満が暴発したのだろう。

 

ただでさえ剣術部は四月のあの一件、桐原が司波達也に取り押さえられ、十四人があしらわれた一件以来、最近は余計にプライドが高くなっている傾向がある。

 

(剣術部の件については、俺が火をつけたもんだからな……)

 

あの時の自分の行動は、今でも苦々しく思う時がある。

 

最初はそんなつもりは無かったのだ。

 

ただ、壬生紗耶香(みぶさやか)が勧誘用に演じた殺陣が気に入らなくて。

 

――あいつの剣は、剣道は、もっと綺麗だって知っていただけに、つい突っかかってしまった。

 

そして、それが悪い結果の方へと流れていくのを桐原は自覚していた。

 

壬生紗耶香が『有志同盟』のメンバーとなった一因には、間違いなくあの一件も影響しているのは想像に難くない。

 

あれ以来、遠かった彼女との距離が余計に開いてしまった。

 

(……クソッ)

 

燻る自己嫌悪を振り払って、桐原は足を早める。

 

 

 

その桐原武明にとって、そして相手にとっても『良い巡り合わせ』は、唐突に訪れた。

 

 

 

「あ」

 

「っ!」

 

階段を下っていた桐原が踊り場の角を曲がった、その先に、

 

「桐原くん……」

 

「壬生……」

 

ちょうど階段を上ってきた壬生紗耶香がいた。

 

 

 

「……」

 

「……」

 

気まずく、そして重い沈黙が二人の間に流れる。

 

桐原は、第二小体育館(闘技場)での一件から。

 

紗耶香は、明日に実行されるだろう自らの行為への罪悪感から。

 

桐原は僅かに顔を歪ませて、無言のまま紗耶香を見つめている。

 

その視線から紗耶香は目を逸らして、

 

「ごめん、急いでいるから」

 

その場から逃げ出すように、桐原の横を通り過ぎて階段を駆け足で上っていく。

 

「壬生!」

 

反射的に、桐原は叫んでいた。

 

紗耶香の背中がビクッと震え、恐る恐るといった様子でゆっくりと振り返る。

 

「その、何だ……」

 

だが、何か攻撃的な言葉が来ると思っていた紗耶香の想像とは外れ、きまり悪げに桐原は口ごもり、

 

「あの時は、本当に悪かった」

 

それだけを言い残して、桐原は階段を駆け下りていった。

 

残された紗耶香は、ただ呆然と桐原のいた場所を見つめている。

 

一科生(ブルーム)が、二科生(ウィード)に謝った。

 

その事実が、壬生紗耶香にとっては衝撃的であり、同時に大きな困惑を生み出した。

 

 

 

 

 

 

公開討論会、当日――。

 

討論会を公聴するために全校生徒の半数が講堂に集まっており、これは関係者たちの予想を上回る人数だ。

 

舞台袖にいるのは渡辺摩利、市原鈴音、司波達也、司波深雪の四人。

 

特に摩利と達也と深雪の三人は、言わば遊撃戦力。

 

他の風紀委員は、異変が発生した際にそれぞれマークしている有志同盟を拘束する任務に就いている。

 

だがもう一人だけ、舞台袖にいる三人とは別のところで遊撃戦力に数えられている生徒が一人。

 

講堂の二階ギャラリーにいる森崎駿だ。

 

森崎は家業で後方から周囲を警戒するバックアップを務めている。

 

その実績が認められて、森崎は周囲を見渡せる二階から警戒する任務を言い渡された。

 

(同盟の人数が足りていない。別働隊がいるな)

 

講堂にいる有志同盟のメンバーを数え、舞台袖の摩利たちと同様の結論に達した森崎。

 

彼らの決起が大義名分通りなら、この討論会は正しく有志同盟が望んだもの。

 

だというのに全員が揃っていないというのは、この討論会以外にも何かを考えているということ。

 

背後にブランシュの影があることを知らない森崎だが、それでも何かが起こることを予感していた。

 

森崎は討論会の舞台となる壇上へ視線を移し、

 

(あっちは心配無用か)

 

すぐにそう結論付けた。

 

何せ壇上に上がるのは十師族直系の七草真由美。

 

その側には副会長で二年生のエース、服部刑部。

 

舞台袖には風紀委員長の渡辺摩利、圧倒的な魔法力を持つ一年首席の司波深雪、そして()()()()()としてはおそらく一流の司波達也。

 

あれだけの面子が揃っているのだ、きっと特殊部隊レベルでないと制圧など出来ないだろう。

 

 

 

達也は二科生であるが、その実力を森崎は認めていた。

 

魔法力は己が上だ。

 

だが実際に戦闘となれば、勝敗はどちらに転ぶかわからないとも考えている。

 

森崎は中学生の時、あの非常識こと雅季と三回ほど模擬戦をしたことがある。

 

戦績は三戦して一勝二敗。森崎は負け越している。

 

特に屈辱的だったのは最初の戦い、森崎は「魔法なし」の雅季に敗北を喫した。

 

開始直後、CADを抜き出し構えた森崎に、雅季がぶん投げたCADが森崎のCADを弾き飛ばし、一瞬呆然とした隙に顔面に飛び蹴りを喰らってノックダウンしたという情けない敗北だった。

 

十秒間ぐらい意識を失って覚醒した直後、起き上がるなり「魔法を使えぇぇええーー!!」と思わず叫んだ自分は悪くない、と今でも思っている。

 

というか精密機械を投げるな、あの非常識め。

 

ともかく森崎はそれ以来、魔法力と勝負の勝敗は別だと考えるようになり、そして実際に魔法力で勝る雅季から一勝をもぎ取ってみせた。

 

森崎もできたのだ。

 

あの司波深雪の兄であり、忍術使い・九重八雲の教えを受けているという司波達也ができない道理は無い――。

 

森崎は警戒を講堂内から講堂の外、即ち外部からの侵入者に対するものへ切り替える。

 

講堂内に背を向けて、森崎は窓から外を警戒し始めた。

 

 

 

 

 

 

公開討論会が始まる寸前の時間帯。

 

司波達也は舞台袖から周囲を注意深く観察する。

 

手を抜くつもりは毛頭ない。

 

それは『風紀委員』としてだけでなく、密かに『深雪のガーディアン』としての警戒でもあった。

 

新入生勧誘活動の直後にあった、自宅端末のデータハッキング“疑惑”。

 

あくまで疑惑だ、何故なら盗み見られたという証拠がないのだ。

 

データバンクにはハッキングされた形跡は見当たらなかった。

 

達也の知人である『電子の魔女』にも調べてもらったので間違いないだろう。

 

故に、達也は『精霊』を操る古式魔法、いわゆる喚起魔法によるものではないかと考えた。

 

精霊の「五感同調」なら、モニターをオンにすることも、映し出されたデータを見ることも可能だ。

 

そして喚起魔法自体も古式魔法師たちの間では珍しい魔法でもない。達也と同じクラスにも使い手がいるほどだ。

 

だが、それは古式魔法の大家、九重八雲が否定した。

 

「精霊を行使すれば、必ず君の『眼』に捉えられる」と。

 

達也の持つ知覚魔法『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』は、知覚魔法というより異能だ。

 

『精霊の眼』はイデアの『景色』を見ることができる。

 

この世に存在するものは、全て情報体プラットホームであるイデアに刻まれる。そのイデアを知覚することができる『精霊の眼』にとって、見られないものは“存在しないもの”のみ。

 

一方で「精霊」とは現代魔法においてイデアから分離した孤立情報体と解釈されている。

 

確かにイデアから分離している故、不活性化している精霊ならば達也も捉えることは出来ない。

 

だが術者が『五感同調』を行うには必ず精霊に想子(サイオン)を流し込み活性化させなければならない。

 

精霊を活性化させずに精霊を行使することは不可能だ。それは想子(サイオン)を一切使わずに魔法を行使すると同義であるのだから。

 

そして、すぐ近くで活性化した精霊を、達也が見逃すはずがない。

 

だから“疑惑”。

 

確かに何かがいた気配があったが、正体が全く掴めない。

 

普通の人間ならば勘違いだったのでは、と結論付けて決着にしてしまうだろうが、生憎と達也は普通の人間と比べて明晰過ぎた。

 

「仮に、君の『眼』を欺けるほどの“何か”がいたとすれば、それは――」

 

 

 

(あるかもしれず、ないかもしれない、人ならざるモノ。つまり『幻妖』か)

 

先日訪ねた九重八雲の言葉が脳裏を過ぎる。

 

尤も、言った本人である九重八雲自身も「まあ、今時魔性が出るとは到底思えないけど」と付け足していたが。

 

 

 

ところがどっこい、実のところそれが正解である。

 

「事実は小説よりも奇なり」というイギリスの詩人が生み出した諺もあるが。

 

傍迷惑なスキマ妖怪が、ただの好奇心で覗いてきたとか。

 

そのスキマ妖怪が「恐怖されてこそ妖怪だから」という面白半分の理由でわざと気づかせたとか。

 

事実はその程度のものである。

 

尤も、それは伝統から『幻想』を失伝した九重も、そもそも『幻想』を知らない達也も、知りようが無いことだが。

 

 

 

閑話休題。

 

故に達也は新入生勧誘活動の直後という時期から、活動時に見せた「アンティナイトを使わないキャスト・ジャミング技術」狙いと判断し、ブランシュの仕業と疑っている。

 

ブランシュが達也の知らない魔法技術を使用しているのではないのか、と。

 

そして奇しくも、達也の推察は本来の目的からは全くの見当外れであったが、「達也の知らない魔法技術」という点ではほんの僅かに掠っていた。

 

『ブランシュ』はそんな技術を持っていないが、先日『ブランシュ』と秘密裏に接触した『ラグナレック・カンパニー』は、その技術を幾つも抱えているのだから。

 

 

 

 

 

 

ブランシュの拠点となっているバイオ燃料の廃工場。

 

元は事務室であった一室に、ブランシュの主だった幹部が集まっていた。

 

その中心にいるのは、ブランシュ日本支部のリーダー、司一(つかさはじめ)だ。

 

「同志たちよ、いよいよ決行の時が来た!」

 

大袈裟な手振りで、司一は宣言する。

 

「既に魔法科高校の同志たちは準備を終えている。彼らは必ずや機密文献を手に入れてくれるだろう!」

 

狂気を潜ませた笑みを浮かべながら、同志たち、いや部下たちを見回す。

 

「そして、弟が知らせてくれたアンティナイトを必要としないキャスト・ジャミング技術! あれも素晴らしい技術だ!」

 

司一の狂気が一層濃くなり、その目にギラギラとした不気味な光が宿る。

 

「“あの”ラグナレックが、中東でシャイターンと恐れられる軍勢が、我々に協力を申し出てきたことからも、その技術の素晴らしさがわかるだろう! 同志諸君! ククク、ハハ、ハハハ!!」

 

遂に哄笑を抑えきれず、司一は高らかに笑い出した。

 

部下たちが畏怖を交えて司一を見つめる中、司一は部屋の外へ視線を向ける。

 

司一の視線の先、廃工場の一角には、ラグナレックの代表として交渉を担当した人物が持ち込んだ『契約の証』である戦力が、『兵器』が佇んでいた。

 

 

 




魔法の解釈に誤りを見つけた場合、ご指摘して頂けると助かります。

次回は独自要素である「ラグナレック」の魔法技術を一つ公開。
かなりの強敵・難敵なので、司波達也に匹敵する魔法師も登場します。

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