魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

12 / 62
魔法の解釈などで矛盾的、指摘点があれば教えて頂けると幸いです。


第10話 結ぶ者

ラグナレックの代表としてブランシュと契約を交わした水無瀬呉智(みなせくれとし)は東京西部に広がる山林の中にいた。

 

呉智はその鋭い視線で腕時計をジッと見据えて、その時を待つ。

 

そして、指定の時間になった瞬間、呉智はブレスレット形態の汎用型CADに指を走らせた。

 

呉智が流し込んだ想子(サイオン)によって、起動式の展開が始まる。

 

そうして展開された魔法式は加速系・移動系複合魔法――ある魔法の終着点という機能を持っただけの魔法だ。

 

 

 

ラグナレック・カンパニーの軍隊は、『本隊』と『駐留部隊』の二つに分類されている。

 

駐留部隊は、契約を交わした国家に傭兵として駐留している部隊だ。

 

一線級の装備を持ち、少なからぬ魔法師も抱える彼ら駐留部隊も、強力な軍隊であることには何ら変わりはない。

 

そして傭兵に偽装してラグナレックに入隊している各国の諜報員も、全て駐留部隊に配属されている。

 

だが、敵対勢力から心底恐れられ、大国の一角であるインド・ペルシア連邦軍から『シャイターンの軍勢』とまで畏怖されているラグナレックの主戦力は『本隊』の方だ。

 

本隊には強力な魔法師が数多く配属されており、その打撃力は絶大だ。

 

一方で本隊の情報については、若干数の魔法師についてはどのような魔法を使うのか判明、または推測できているが、本隊そのものの組織については一切の情報が無く機密のヴェールに包まれている。

 

各国の諜報員も何とか機密だらけの本隊に配属されようと工作を続けているが、結果は芳しくない。

 

実のところ、本隊はバートン・ハウエルを総隊長とした複数の部隊から成る連隊であり、その部隊員全てがあの本物の魔女であるマイヤ・パレオロギナの手で強化された強力無比な魔法師たち()()で構成されている。

 

魔法そのものが属人性のある技能のため本隊にも様々な魔法師がおり、その中には特定の魔法に特化した者も少数ながら在籍している。

 

その中の一人が、たった一つの魔法に特化した魔法師。

 

他の魔法を使えない代償として、不可能と言われている魔法を可能にしている規格外の魔法師。

 

彼の魔法演算領域には、ただ一つの魔法式のみが存在している。

 

その魔法は、難関魔法と呼ばれるもの、ではない。

 

対象物の密度を操作する収束系魔法において一度は語られ、不可能だと判断された魔法。

 

ラグナレック本隊の機密魔法の一つ。

 

対象となる情報体の密度を極限まで薄め、別の場所で再び同じ密度で構築する。

 

究極の収束・加速・移動系複合魔法『物質転移(テレポート)』。

 

ラグナレック本隊直轄部隊である『フェンリル』部隊所属の魔法師、(シェ)鄭揚(チェンヤン)のみが持つ、世界で唯一つの魔法だ。

 

日本海に進出したラグナレック所属の潜水艦内で朱鄭揚が魔法式を展開。

 

対象となる情報体の密度を極度に薄め、呉智が展開した魔法式を終点に情報体を移動・加速の複合系統で任意の場所に移動させ、情報体の密度を復元する。

 

情報体そのものの密度を極限まで薄めることによって、水中や壁などあらゆる障害物を通り抜けて移動することができる魔法。

 

その最大射程、実に五百キロメートル。

 

術者である朱鄭揚の空間掌握能力の範囲外では今回のように転送先の地点で誰かが終点となる魔法式を構築する必要があるが、それでもその魔法の効力は絶大だ。

 

ラグナレックが畏怖されていることの一つに、どこからともなく現れるその神出鬼没さが挙げられるが、その正体こそがこの唯一無二の物質転移魔法である。

 

 

 

それは、まさしく魔法的な光景だった。

 

呉智の目の前で転送されている情報体の想子(サイオン)が急速に収束し、輪郭が顕わになっていく。

 

最初は透けていた輪郭が、瞬く間に実体を持ち始め、最後は一人の男性となる。

 

現れたのはペルシャ系の整った顔付きをした、見た目は三十代前半の男性だ。

 

情報体、人間そのものの『物質転移(テレポート)』を目の前で目撃したというのに、呉智に表情の変化はない。

 

そして、それは潜水艦から一瞬で日本に転移された男性も同様だ。

 

何故なら、呉智も男性も既に自らが朱鄭揚の魔法で転移した経験があるからに過ぎない。

 

こういった潜入任務において、国境線を通ることなく現地へ赴く。

 

通信方法も相まって、隠密性でのラグナレックのアドバンテージは計り知れない。

 

「任務の内容は聞いているな、アストー」

 

呉智の確認に男性、アストー・ウィザートゥは無言で頷く。

 

敵意を持った視線で呉智を見据えながら。

 

それを見た呉智は、特に何も反応せず踵を返して来た道を戻り始める。

 

アストーも無言のまま呉智に付いて行く。

 

道中に会話など有りはしない。

 

アストーの敵意について問い質すこともしない。

 

このゾロアスター教の死神の名を持つ男は、バートン・ハウエルにすら敵意を向ける、そういう精神を持つ男なのだと呉智は知っているが故に。

 

 

 

水無瀬呉智、アストー・ウィザートゥ。

 

たった二人の悪魔の軍勢(ラグナレック)が“進撃”を開始する。

 

 

 

向かう先は――東。

 

 

 

 

 

 

講堂で討論会が始まったころ、結代雅季の姿は講堂には無かった。

 

本当は雅季も討論会を見に行くつもりだった。

 

雅季個人としても、結代としても、一科生と二科生の境目をどのような方向へ持っていくのか興味があった。

 

それなのに結代雅季が講堂へ行かなかった理由は、彼が『結代』だからだ。

 

「放っておけないでしょ、あれは」

 

ポツリと呟く雅季の視線の先には、一人の女子生徒。

 

講堂へ向かう途中、目に留まった二年生だ。

 

彼女は顔色を悪くしながら図書館の方へと歩いていく。

 

放っておけないのは、彼女の顔色が悪いからではない。

 

彼女が先ほど図書館特別閲覧室の鍵を盗み出したから、でもない。そもそも雅季はその事を知らない。

 

では、ストーカーに目覚めた覚えもない雅季が、どうして名前も知らない彼女の後を密かに付けているのか。

 

それは――。

 

「本当に『悪縁』だらけだね」

 

『縁を結ぶ程度の能力』で感じる、彼女の『縁』。

 

幾つもの悪縁が彼女に絡まっており、それらは良くない未来を彼女にもたらすだろう。

 

『結代』である雅季としては、見て見ぬフリはできない。

 

重い足取りで、それでも図書館へと足を引きずるように歩いていく彼女。

 

まるで絡まった悪縁が彼女を引っ張っているようだ。

 

あの悪縁を解くには、余程の良縁を結ぶか、力で強引に悪縁を“バラバラ”に引きちぎってしまうか。

 

雅季なら後者も断然可能だが、彼は『結代』だ。

 

必然的に選ぶのは前者となる。

 

幸い、その余程の良縁はすぐに結べそうだ。

 

雅季は、彼女に良縁を結ぶことにした

 

 

 

幻想郷の住人たちが持つ『能力』は多種多様だ。

 

自己申告なので「それ能力じゃなくて特技だろ」と突っ込めるものもあるぐらいだ。

 

だが中には『程度の能力』という曖昧な表現が当てはまるほどの有効範囲、概念にまで及ぶ幅広さを持つものもある。

 

『疎と密を操る程度の能力』は収束系統魔法のように物の密度を操るだけでなく、人の思いまで(あつ)めて散らす。

 

『坤を創造する程度の能力』は古式魔法のように地面を操るのではなく山を、川を、湖を、大地に地形そのものを造り出す。

 

『境界を操る程度の能力』に関してはもはやその名の通りであり、物理的、概念的、精神的な『境界』さえあれば自在に操ってしまう。

 

現代魔法では解釈しきれず、古式魔法では推し量れない、系統外魔法に分類される『能力』の数々。

 

“現代”で解釈しきれなくて当然だ。

 

それらは“現代”が忘れたもの、“幻想”が編み出した魔法なのだから。

 

結代家の『縁を結ぶ程度の能力』、そして神様である天御社玉姫(あまのみやたまひめ)の『縁を司る程度の能力』も同じ。

 

縁とは、人と人との関わり合い、巡り合わせ。

 

現代魔法では精神干渉魔法と解釈するだろう。そのようにしか解釈できない。

 

『縁を結ぶ程度の能力』が、結代の生み出す幻想が、彼女にとって良縁となる人物と『縁』を結ぶ――。

 

 

 

 

 

 

図書館の建物を視界に捉えて、思わず壬生紗耶香(みぶさやか)は歩いていた足を止めた。

 

(本当に、これでいいの?)

 

先ほどから、いや昨日からもたげる疑問が、ぐるぐると頭を駆け巡る。

 

彼女に与えられた『任務』は、図書館の特別閲覧室の鍵を持ち出し、ブランシュのメンバーと共に機密書籍を盗み出すこと。

 

「魔法学の研究成果を広く公開することが、差別撤廃の第一歩となる」

 

剣道部主将の司甲(つかさきのえ)の仲介で紹介された彼の義兄、司一は紗耶香にそう教えた。

 

だが、本当にそうなのだろうか?

 

思考が駆け巡り、やがてある答えを出そうとすると、無意識に思考がある方向へと修正される。

 

間違ってはいない、これは正しいことなのだと。

 

だがそれも長くは続かず、紗耶香は再び疑問を抱く。

 

何度も繰り返される疑問は、紗耶香自身の答えを得ないまま、間もなく決行の時を迎える。

 

再び歩き始めた足取りは、先程まで以上に重く。

 

普通に歩くよりも倍以上の時間をかけながら。

 

それでも壬生紗耶香は、誰にも止められることなく図書館の傍、指定された合流地点に辿り着く。

 

既に図書館内部には剣道部の同志たちが待機している。

 

そして、すぐ近くの茂みには外部の侵入者、ブランシュのメンバーが隠れている。

 

作戦開始時刻まで、あと一分。

 

もうすぐ実習棟の方で襲撃が始まるだろう。

 

紗耶香は知らないが、彼らは講堂も同じタイミングで襲撃する予定だ。

 

その全ては陽動。

 

本命である図書館の特別閲覧室から機密書類を盗み出すまでの時間稼ぎ。

 

もはや隠れる必要性も感じなくなったのか、ブランシュのメンバーが次々と紗耶香の前に姿を現す。

 

メンバーの一人が紗耶香に手を出す。

 

それの意味することに紗耶香は気づき、ポケットから特別閲覧室の鍵を取り出し――。

 

 

 

「壬生!!」

 

 

 

名前を呼ばれて咄嗟に振り返った。

 

「……どうして」

 

ポツリと呟き、だがそれ以上は言葉にならず。

 

壬生紗耶香は驚愕に染まったまま、ただ自分を真っ直ぐに見据えている桐原武明を見つめていた。

 

 

 

 




《オリジナルキャラ》
(シェ)鄭揚(チェンヤン)
・アストー・ウィザートゥ



《オリジナル魔法》
物質転移(テレポート)

収束、加速、移動の複合系統魔法。

使用者はラグナレック本隊部隊『フェンリル』所属の魔法師、(シェ)鄭揚(チェンヤン)

対象物の密度を極度に薄めた状態で、加速・移動系魔法によって己または相手を任意の場所に移動させる複合系統魔法。

加速・移動系魔法はただ直線に設定されているだけだが、密度を薄めることによってその直線上にある物理的な障害物を通り抜けることが可能。

使用者である朱鄭揚が認識する空間掌握能力の内側ならば、一線級魔法師と同様の時間で魔法を行使できる。

空間把握能力の外側、つまり長距離の転移の場合は、転移先となる地点で誰かが転移の終点先として設定された起動式を展開する必要がある。

また長距離転移の場合、魔法の行使に朱鄭揚は最低十秒間を必要としており、その間に別の魔法などで干渉されると魔法が発動せず対象物は元あった場所のままになる。



原作をお読みの方は「物理にも精神にも同じ方向性で干渉する魔法」について心当たりがある方もいると思いますが、その解釈については話が進んでからになります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告