魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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第11話 告白

 

桐原武明が壬生紗耶香の姿を見かけたのは偶然だ。

 

剣術部の練習で、部員たちと共にウォーミングアップの走り込みをしていた桐原は、途中で視線の端の方で壬生の姿を捉えた。

 

(壬生?)

 

思わず振り返った桐原の視線の先には、かなり遠いが確かに壬生紗耶香の姿があった。

 

(何であんなところにいるんだ?)

 

有志同盟の一員である壬生はてっきり講堂にいるものと思っていただけに、首を傾げる桐原。

 

 

 

――何故か、ひどく気になる。

 

 

 

まず壬生の様子がおかしい。

 

足を引き摺るように歩いているが、特に怪我をしている様子でもない。

 

それに壬生の歩いている先にあるのは保健室ではなく、図書館。

 

 

 

――嫌な予感がする。

 

 

 

「桐原?」

 

気がつけば足を止めていた桐原に、部員の一人が怪訝そうに桐原の名を呼ぶ。

 

桐原は部員の方へ振り返ると、

 

「悪い、ちっと用事ができた。先に行っててくれ」

 

「え? あ、おい!」

 

返事を待たずに別の方向へ、壬生の下へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

「誰だ、お前ら?」

 

桐原は低い声で壬生の傍にいる部外者、いや侵入者たちに問う。

 

元々答えを期待していない。

 

それを示すかのように、桐原は背中に背負っていた竹刀を抜き取る。

 

左手はCADに手を添えて、そして右手の竹刀は矛先を「敵」へ向ける。

 

「壬生に、何させている?」

 

先ほどよりも更に鋭い声で再び問いかける桐原は、既に臨戦態勢を整えていた。

 

 

 

ブランシュのメンバーたちは警戒心を顕わに、突如現れた“障害”と対峙する。

 

既に作戦開始時刻だ。時間は掛けられない。

 

そう判断した実行部隊のリーダー格、司一の部下である男が懐に手を伸ばそうとしたとき――。

 

 

 

轟音が、鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

一方の公開討論会は、討論会から次第に七草真由美の演説へと変わっていき、最後は真由美の訴えた一科生と二科生の差別“意識”の克服を、生徒たちは満場一致の拍手で受け入れる形で幕を閉じた。

 

そして同時に、有志同盟を背後から煽った黒幕たちが演出する第二幕が幕を開ける。

 

二階から窓の外を警戒していた森崎が、最も早くそれに気づいた。

 

「敵襲!!」

 

大声で警告を発すると同時に、轟音が講堂の窓を振動させる。

 

拍手が止み、一瞬の静寂が講堂を包む中、既に起動式を展開し終えた森崎が魔法を行使する。

 

窓を突き破ろうと飛来してきた複数の榴弾を、その運動方向を真下に設定して全て地面に叩き落とす。

 

直後、森崎のいる方面とは反対側の窓が割れ、講堂内に投げ込まれた榴弾がガスを撒き散らす――より早く、森崎の警告で既に起動式を展開していた服部の魔法が発動する。

 

ガスは拡散されず榴弾に収束されたままの状態で、榴弾自体がガスと共に窓の外へ弾き出される。

 

そして、化学兵器を実装した榴弾の支援攻撃を受けて突入する“予定”であった侵入者たちは榴弾と同時に講堂内へ乱入し、そのまま摩利の対人魔法によって倒れた。

 

他の風紀委員は既に有志同盟のメンバーを拘束している。

 

その鮮やか過ぎる手並みは、講堂内の生徒たちが悲鳴を挙げるより呆気に取られてしまうほどだった。

 

「では俺は実技棟の様子を見てきます」

 

「お兄様、お供します!」

 

「気をつけろよ!」

 

司波兄妹が轟音のした区画へ走り去るのを見送り、渡辺摩利は視線を二階のギャラリーに移す。

 

視線の先でお目当ての人物と目が合うと、摩利はニヤリと笑った。

 

その意味を受け取った森崎は、再び外を警戒する、フリをして照れくさそうに目を逸した。

 

 

 

 

 

 

突然、鳴り響いた轟音で呆然と佇んでいた紗耶香は我に返り、咄嗟に手に持っていた鍵をブランシュのメンバーの一人に渡した。

 

「行ってください!」

 

「壬生!!」

 

鍵を受け取った侵入者たちが、桐原に背を向けて図書館へと向かって走り出す。

 

桐原はそれを追い掛けようと足を動かし、

 

「邪魔をしないで、桐原くん」

 

竹刀を中段に構えた紗耶香によって、すぐに行く手を遮られた。

 

「チッ!」

 

舌打ちをして、桐原は追うのを止めて紗耶香と向かい合う。

 

「壬生、お前自分が何をしようとしているのか、わかっているのか?」

 

桐原としては、さっきから疑問が尽きない。

 

紗耶香が渡していた鍵は特別閲覧室のもの。

 

ならば連中の狙いはどう考えてもこの国の魔法学の機密文献。

 

魔法の優劣による差別の撤廃とは全く関係のない、ただの犯罪行為だ。

 

桐原の疑問の答えを、紗耶香は自ら口にする。

 

「魔法学の研究成果を広く公開することが、差別撤廃の第一歩となる。あの人はそう言っていた。だから――」

 

邪魔はさせないと、戦意を滾らせる紗耶香。

 

だが一方の桐原は、紗耶香の言ったことを理解できずに唖然とする。

 

「壬生、お前なにを言って……?」

 

どこをどのように考えれば、そんな答えが導き出されるのか。

 

普通に考えれば、行為と結果が繋がらないことなど誰にでもわかる。

 

そう、普通に考えることが出来たのなら。

 

魔法科高校の一科生として、二年生として魔法を学んできた桐原の脳裏に、ある推測が浮かび上がる。

 

「――まさかッ!」

 

(マインドコントロール!?)

 

その答えに辿り着き愕然とする桐原に、

 

「はあぁああ!!」

 

裂帛の気合を持って紗耶香が襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

壬生紗耶香と桐原武明。

 

両者の『縁』を結んだ結代雅季は、図書館や実技棟、講堂など騒動とは反対の方向へ向かって歩いていた。

 

結代雅季が、結代家が、“社会的”な変事に直接関わることは一切ない。

 

一応、この国に住まう民として間接的には関わることはある。

 

先ほどのように密かに『良縁』を結んだり『悪縁』を離したり切ったりと、人の繋がりを結び離れ分つことで、日本が日本らしくあるようには動いてきた。

 

春には花見を楽しみ、夏には祭りで騒ぎ、秋には旬の味覚を味わい、冬には初詣に出かける。

 

中には失伝した伝統もあるが、それでも日ノ本の民は今でも四季を楽しみ、自然を美しんでいる。

 

だが結代家が“人”同士の戦で直接戦力として関わったことはない。

 

源平合戦も、元寇も、南北朝時代も、戦国時代も、明治維新も、日清日露戦争も、第二次世界大戦も、そして第三次世界大戦も。

 

結代家は常に傍観者の立場を貫いてきた。

 

それは人の世にあっては結代家が、特に『結び離れ分つ結う代』である雅季が、あまりにも()()()()()がため。

 

結代家が動く時は、諏訪の地の信仰の行方について二柱の相談に乗ったり、月からの逃亡者を匿ったり、そして博麗大結界に携わったりと、常に幻想側の異変だ。

 

或いは、“百年前”の時のように『紡ぎ』を祀る結代家として見過ごせぬ事態であるか。

 

それは『今代の結代』である結代雅季も同様。

 

更に図書館へと向かっていく複数の『縁』を感じながら、雅季は人知れずこの騒動から、国家間同士の諜報活動の攻防戦から完全に手を引いた。

 

 

 

 

 

 

「はあ!」

 

「ッ!」

 

紗耶香の振り下ろした竹刀を、桐原は竹刀で受け止める。

 

「壬生! 目を覚ませ!!」

 

声をあげる桐原。

 

だが返事の代わりに紗耶香の竹刀が襲いかかる。

 

「クソ!!」

 

「はああ!!」

 

内心の疑惑を振り払うように、ひたすら桐原に竹刀を鋭く叩きつける。そこに一切の手加減は無い。

 

桐原が魔法を併用すれば、或いは紗耶香を取り押さえることもできたかもしれない。

 

だが桐原は魔法を使っていない。

 

それどころか、一度も紗耶香に攻撃を仕掛けていない。

 

ただ攻勢を仕掛けてくる紗耶香の剣を受け止めることに徹している。

 

壬生紗耶香がマインドコントロールを受けていると気づいてしまった時点で、紗耶香を攻撃することを躊躇ってしまっている。

 

攻める紗耶香、守る桐原。

 

(……違うだろ)

 

只管に攻撃を受け止めている桐原の中に浮かんでくる感情。

 

「……違うだろ、壬生」

 

自覚せず、桐原は内心を口にしていた。

 

「お前の剣は、こんなんじゃないだろ……!」

 

良く言えば烈火のように、だが悪く言えばがむしゃらな紗耶香の剣。

 

それは桐原の知る、中学時代の桐原を魅了した剣では無かった。

 

互いの竹刀が強く打ち合う。

 

桐原は力任せに相手を押し返す。紗耶香は勢いに乗るかたちで後方へ飛び引き、両者は距離を置く。

 

「壬生、違うだろ。お前の剣は、そんなんじゃねえだろ」

 

無表情に、淡々した口調で言い放つ桐原。

 

「私の、剣?」

 

だが紗耶香には、それがどこか悲しげに聞こえた。

 

怪訝な顔をする紗耶香。桐原は内心の迷いを振り切り、覚悟を決めた。

 

「壬生、俺はお前を止める。お前の剣を、汚させはしない」

 

竹刀を構えなおす桐原。その目は真っ直ぐに紗耶香を捉えている。

 

「魔法は使わないの?」

 

桐原の右手に装着されているブレスレット形状の汎用型CADを一瞥して、紗耶香が問う。

 

「ああ。使わない」

 

「剣技だけで、私を倒せると思っているの?」

 

「ああ。今のお前なら、俺でも倒せる」

 

一瞬も躊躇せず断言した桐原に、紗耶香は眉を顰めて。

 

「舐められたもの、ね!」

 

桐原に斬りかかった。

 

再び始まる両者の剣戟。

 

だが先ほどとの明確な違いは、桐原も紗耶香に打ちに掛かっていることだ。

 

桐原の袈裟斬りを紗耶香は受け流し、返す刃で桐原の胴を狙う。それを戻した竹刀で受け止める桐原。

 

紗耶香の表情が険しくなる。

 

新入生勧誘活動の時より桐原の動きが良い。

 

技量はほぼ同等、そこに差は無い。

 

故に、拮抗していた両者の天秤が傾いたのは、技量以外の要因だ。

 

「くっ……!」

 

苦悶の声をあげる紗耶香。

 

先ほどの攻勢の疲労が、紗耶香の動きを徐々に鈍らせる。

 

「負け、られない……!!」

 

だが、負けることは到底許容できない。

 

魔法が下手だからという理由で学校側から二科生に区別され、ウィードや補欠と差別されてきた。

 

だからこそ、魔法を使わない純粋な剣技では、絶対に一科生には負けたくない。

 

その一心で必死に食らいついてくる紗耶香の、もはやいつもの輝きを失ったその剣に、

 

「壬生!!」

 

桐原の内部で溜まっていた激情の堰が決壊した。

 

「そんな剣じゃないだろ! お前の剣は!」

 

「何を、いきなり――!!」

 

 

 

「お前の剣は、もっと綺麗だった!!」

 

 

 

「――え?」

 

場にそぐわない桐原のあまりに突然な告白に、紗耶香は呆気に取られる。

 

それも一瞬のことで、すぐに桐原の袈裟斬りを慌てて受け止める。

 

「中学ん時、お前の剣を見て本気ですげえって思ったよ! 人を斬らない剣ってのはこんなにも綺麗なのかって! 俺じゃ絶対に真似できないってな!」

 

桐原の中で燻っていた想いが爆発し、次々と言葉にして紗耶香にぶつける。

 

「お前の剣はもっと綺麗なんだ! だから、これは違うだろ!!」

 

「え、え?」

 

その紗耶香の顔色が、桐原の竹刀を防ぎながらも段々と赤くなっていくことに、一種の激昂状態である桐原は気付かない。

 

「あんな連中なんかに、お前の剣を、お前を汚させるかよ!」

 

竹刀を一際大きく上段に振りかぶった桐原。

 

紗耶香にとって絶好の隙が生まれたが、もはや別の意味で余裕を無くした紗耶香はそれを突くこともできず。

 

「お前の剣を、お前の剣道を――」

 

また桐原もそんな紗耶香の様子に気付ける余裕もなく、ただ全力の一撃で竹刀を振り下ろし、

 

「俺が惚れた壬生紗耶香を、こんなことで汚させてたまるかッ!!」

 

紗耶香の竹刀を叩き落とした。

 

 

 

竹刀の地面を転がる音が、決着を物語る。

 

学校内は未だ襲撃の喧騒が絶えないが、二人の間には奇妙な静寂が訪れる。

 

竹刀を振り下ろした状態で止まっていた桐原は、残心を解くと深く息を吐いた。

 

そして、壬生に何か言おうと、桐原がゆっくりと顔をあげると……。

 

 

 

「き、き、桐原くん!? な、な、何を言って……え? えっ!?」

 

壬生紗耶香は顔を真っ赤にして、声が裏返るなどあからさまに動揺していた。

 

 

 

あれ、と首を傾げる桐原。

 

それも束の間、

 

「……あ」

 

冷静になった瞬間、ついさっきまで自分が何を言っていたのかを理解して、一瞬で桐原も顔色が真っ赤に染まった。

 

「え、えっと、だな……その……」

 

何を言おうとしたのか思い出すどころか何も言っていいのかもわからず、結局は桐原も紗耶香も沈黙を選択する。

 

お互いに顔を背けているが、チラチラと相手に視線を向けては、視線が合うとパッと目を逸らす。

 

桐原が混乱する頭で何とか現状打破しなければと考えたのは、現在の学校の状況を考慮して、というわけではなく、単に気まずい空気を何とかしたかったためだ。

 

というか、もはや二人はブランシュの襲撃など完全に忘れ去っていた。

 

「み、壬生!」

 

「は、はい!!」

 

思った以上に強い口調になってしまった桐原と、返事が敬語になるぐらい緊張している紗耶香。

 

名前を呼んだのはいいものの、やはり何を言えばいいのかわからず、桐原と紗耶香は見つめあう格好となる。

 

第三者が見ればこの状況で何をしているのかと心底呆れるところであり、

 

 

 

「……何をしているんですか、先輩方」

 

「うおっ!!」

 

「きゃあ!!」

 

実際に達也たちは心底呆れていた。

 

「し、し、司波君!?」

 

「よ、よう司波兄!!」

 

既に思考がパンク状態の紗耶香と、取り繕ったように返事をする桐原。

 

そんな二人を見て、司波達也、司波深雪、千葉エリカ、西城レオンハルトの四人は奇しくも同じ思いを共感して、溜め息を吐いた。

 

 

 




「どうしてこうなった?」と問われれば、こう答えましょう。
だいたい結代雅季のせい。

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