誤字脱字、魔法の矛盾などがあればご指摘をお願いします。
千葉エリカ、西城レオンハルト、森崎駿の三人は工場の外で警戒、という名目の待機状態にあった。
「暇ねー」
「暇ってなぁ、お前」
「ここは敵地だぞ」
気を抜いた様子で大きく背を伸ばすエリカに、レオと森崎がジト目で睨む。
「だってさー、せっかく気合入れてここまで来たのに、誰も来ないんだもん。何か拍子抜けって感じ」
「襲撃がないに越したことはないだろ」
「あれ? ひょっとして怖気付いている?」
挑発気味にそう不敵に笑うエリカを、森崎は「ふん」と軽く受け流す。
「僕の家業はボディガードだぞ? 護衛が依頼主の危険を望んでどうするんだ」
「――へぇ」
「何だよ?」
「いや、やっぱり意外だなって思って」
不機嫌そうに返す森崎に、エリカは悪い意味ではないと手を振る。
「普通の一科生はさ、魔法で自分に自信を持っている分、魔法力で劣っている二科生を格下の目で見てることが多いんだよね。そんな意識の無い人でも無意識に。まあ、深雪とかほのかとか雫とか雅季みたいな例外もいるけどね」
「例外多いな、オイ」
「アンタは黙ってなさい」
思わず口が滑ったレオを視線と言葉で黙らせて、エリカは森崎に向き直る。
「でもさ、森崎も深雪たちと同じで“本当”に格下とは見ていないんだよね。ほのか達から聞いたんだけど、森崎ってA組の実技の成績で今のところ深雪と雅季に次いで三番目って話だし、自分の魔法に自信も持ってそうだったから。本当に意外だなって思って」
「何だ、“そんなこと”か」
エリカの指摘を、“そんなこと”と言い切る森崎。
森崎にとって、“それ”は既に乗り越えた壁だった。
「魔法力の強弱だけが魔法師の全てじゃないだろ。それを言うならあいつはどうなる?」
そう言って森崎は視線を工場の入口に向ける。
森崎の言う「あいつ」が司波達也を指していることは明白だった。
それがまた意外であり、エリカだけでなくレオもまじまじと森崎を見遣る。
「それと――」
二人からの視線に気づいているのかいないのか、森崎は工場の入口から二人へ視線を再び移し、
「もし魔法力の強弱だけで魔法師の優劣が決まるのなら、僕もお前たちも雅季以下だぞ?」
「……それもそっか」
「……だな」
理では語れない森崎の説得力に、エリカもレオも大きく頷いた。
「あー、やっぱり暇ねー」
「またそれかよ」
再び同じことを繰り返して呟くエリカに、レオが呆れた声をかける。
「森崎はボディガードだけど、あたしは剣士だよ。自分の腕を試したいって気持ちはむしろ当然あって然るべきよ」
「んなこと言ってると――」
レオは言葉を最後まで言い切らなかった。
レオは持ち前の直感から。
エリカは剣士としての鋭さから。
森崎は実戦経験者としての勘から。
三人は別々の方向へ飛び引く。
直後、ミサイルのような速度で落ちてきた“それ”が、達也たちの乗ってきたオフロード車のルーフに着地し、車両を押し潰した。
頑丈に造られているオフローダーを、ルーフと車底が接触するほど潰して見るも無残な形に変形させた“それ”が、ゆっくりと立ち上がって振り返る。
“それ”は、人だった。
いや、一応人間の男性としての形をしているが、
無表情というより無機質。人間らしさが皆無な人間。
そもそも工場の屋上から跳躍して、更に加重系統の魔法で自らを砲弾として襲撃を仕掛けるという戦術を取ってきた者を、人間と捉えていいものか。
それは人間というより、魔法師というより、むしろ『兵器』だった。
そして、森崎とレオは旧来の迷信に従ってエリカへの非難を視線で訴えた。
――お前が余計なことを言うからだぞ!
――オメェのせいだ!
――いやいや、あたしのせいじゃないでしょ!
俗に言う「フラグを立てた」エリカも視線で抗議する。
だが、そんな三人のやり取りなど“それ”はわからない。
彼が実行するのは、司一からの命令。
眼前にいる三人を含む侵入者たちを殺害すること。
それが彼の、ジェネレーターに与えられた任務だ。
「来るぞ!」
レオの警告で他の二人が身構えると同時に、ジェネレーターは車両から飛び降りて三人に襲いかかった。
二体のジェネレーターは最も近い場所にいた司波達也と桐原武明に向かって、凶器と化した腕を突き出す。
なるほど、呪術だけでなく薬物も使用して強化されたその腕は、常人どころか魔法師の雛鳥程度ならば容易く防御を突破して人体を貫くだろう。
ましてや
『
だというのに、達也の顔に警戒はあれど焦りはない。
その余裕の正体が、ジェネレーターが突き出した腕の指先をあらぬ方向へと圧し曲げる。
達也と桐原を攻撃したジェネレーターは、それぞれ目に見えぬ壁によって攻撃を阻まれる。
(これが『鉄壁』か)
達也は賞賛の視線を、この強固な『
視線を受けた十文字克人は特に反応もせず、ただ普通ではない敵の動きに注視している。
「意思も感覚も抑制された魔法師、か」
指先の骨が折れたにも関わらず痛む様子すら見受けられないジェネレーター二体を見て、克人は僅かに眉を顰めた。
「何をしている!? 二十四号、二十五号、早くガキどもを殺せ!! 正門にいる二十六号も、さっさとガキ三人ぐらい始末してこっちに来い!!」
前半はここにいる二体に対して、後半は手に持った通信端末越しに、司一は怒鳴りつける。
苛立った声だが、それは恐怖と怯えで構成された苛立ちだ。
それは司一の余裕の皆無さを明確にしており、残りの手札はもう持っていないという証だ。
だが、それは今更三人にとってはどうでもいいことだ。
それよりも三人が反応したのは、司一の後半の命令だった。
「お兄様!」
その時、ブランシュのメンバー達を文字通り氷の彫刻に変えてきた司波深雪が部屋に駆けつける。
ジェネレーターの一体が視線を深雪へ移し、自己加速魔法を展開しようとするが、
「はあッ!」
その前に踏み込んできた桐原の剣によって遮られ、ジェネレーターは後ろに飛んで剣を避けた。
桐原の獲物は刃引きされた刀だが、振動系魔法『高周波ブレード』がそれを名刀並みの切れ味に押し上げている。
そしてもう一体のジェネレーターは、
十文字克人に『障壁』を強く叩きつけられたことで大きく弾き飛ばされ、壁に激突した。
「なッ!?」
その光景を見て絶句する司一。
余裕の無さから、彼は失念していた。自分が誰を相手にしているのかを。
この国の魔法師たちの頂点にして最高戦力、十師族。
その中でも四葉と七草に継ぐ三番手である、『十』の名を持つ
十文字家総領、十文字克人。
「司波、お前たちは向こうの援護に向かえ」
互いに駆け寄って合流した司波兄妹に対して、克人が指示を出す。
「ここはお任せします」
達也は頷くと、深雪へと向き直る。
「お兄様、あの敵はいったい?」
「話は後だ。今はエリカたちが危ない」
「わかりました」
急を要することを察した深雪は引き下がり、達也は深雪を連れて正門へと駆け出した。
二人の背中を見送った克人は、今度は桐原へ視線を移した。
「援護はいるか?」
克人の問いに、桐原は少し苦い顔をする。
「不要ですって言いたいところですが……」
攻撃的な面はあるが無謀や蛮勇とは縁の遠い桐原は、自分の実力をよく把握していた。
「すいませんが、少しばかり会頭の手を貸して頂きます」
桐原の答えに克人は無言で頷く。
克人ならジェネレーター二体を相手取っても倒せるが、桐原にとって貴重な実戦経験の場だ、と克人は思っている。
相手の戦力を考慮した上で、その程度にしか認識していない。
「クソ! は、はやく殺せ!」
半ば恐慌状態の司一は、ある意味不幸だった。
もしこの場に結代雅季がいたのなら、壬生紗耶香以上の『悪縁』に苦い笑みを浮かべたかもしれない。
司波深雪、司波達也、十文字克人。
自業自得とはいえ、全ての事情を知る者がいればこう評することだろう。
相手が悪過ぎた、と。
司一から二十六号と呼ばれたジェネレーターは、車両から飛び降りるなり自己加速の魔法で一気に
思考が制御されているが故に純粋な殺意のみを持ってエリカに襲いかかる。
常人では捉えきれない速度で突き出された右腕。
致死的な一撃。武器の警棒では棒切れ同然にへし折られる。
身に叩き込まれてきた剣士としての直感がエリカに告げる。
よってエリカは、その場から半歩下がることでジェネレーターの一撃を紙一重で躱した。
ジェネレーターの右腕がエリカの眼前を横切り、生じた風圧がエリカの髪を巻き上げる。
そして攻撃直後の隙、ジェネレーターの動きが一瞬止まった瞬間、鋭い剣筋でエリカの警棒がジェネレーターの胴に叩きつけられた。
鈍い打音と感触。
(手応えあり!)
肋骨の二本は折ったと感覚で察したエリカは相手を見遣り。
肋骨を折られたはずの敵は痛がる素振りもまるで見せず、無表情のまま左手をエリカの顔面に伸ばした。
薬物と呪術によって人間の限界以上に筋力を増強されたジェネレーターの握力が、エリカの頭を握り潰そうと迫る。
避けきれないと察したエリカは、それでも足掻こうと大きく身を捻る。
その時、突然ジェネレーターがよろめくと同時に、
「オラァ!」
硬化魔法を纏ったレオがジェネレーターを殴りつけた。
態勢を崩されたタイミングで、一瞬身体が宙に浮くほどの力で殴られたジェネレーターが仰向けに倒れこむ。
大きく身を捻り、受身を取りながら地面を転がったエリカは即座に起き上がる。
「サンキュー」
エリカらしい軽い口調で、魔法でジェネレーターをよろめかせた森崎と、殴り飛ばしたレオの二人に礼を述べる。
だが礼を述べた方も、受け取った方も、すぐに意識をジェネレーターに向ける。
エリカの一撃で肋骨を折られ、森崎の前後両方向への加速魔法で脳を揺さぶられ、そこへレオから重たい一撃を頭に食らったというのに、ジェネレーターは何事も無かったかのように起き上がる。
「サイボーグか何か、か?」
「殴った時に手応えはあったんだがな」
「多分、痛覚とか感覚を遮断しているのね。厄介な……」
エリカが最後に吐き捨てた言葉が、三人の内心を代弁していた。
「さて、どうするよ?」
早口でレオが問う。
起き上がったジェネレーターは、三人の方へと向き直る。
やはり彫刻のように固まった表情に変化はなく、三人を映すその瞳には何も宿っていない。
「接近戦では千葉、お前の方が僕より数段上だ」
森崎が自らの見解を示す。
それは魔法力や二科生という枠組みを取り払った、「千葉エリカ」という一人の魔法師として見た上での発言。
四月の始めに森崎のCADを弾き飛ばした時の動きと、先ほどの動きを見た上での冷静な判断。
そしてエリカも、それを当然のように受け止めて、自分の役割を把握する。
「了解。前衛はあたし。レオ、あんたも付き合いなさい」
「おうよ」
前衛にエリカとレオ、後衛に森崎。
流れるような素早いやり取りで、それぞれの配置と役割を決めた三人。
それは早速、幸を成す。
三人の中で話がまとまった直後、ジェネレーターが再び動き出す。
右手に巻かれたブレスレット型の汎用型CADに指を走らせる。
起動式を読み取り、魔法演算領域に魔法式を構築していく。
雑念など一切なく、制御された思考回路による機械的なスムーズさで魔法式を構築するそれは、『
だが一方も、非合法な人体改造によるものではなく、ただ技量によって二つ名を与えられている者たちだ。
瞬間、『クイックドロウ』の名に相応しい速度で森崎が特化型CADを構え、後出しながらジェネレーターよりも早く魔法を発動する。
特化型CADにインストールされている魔法は加速系統。
発動したのはただ対象物を急激に前後に揺さぶる、二工程の簡易な魔法。
相手に致命傷を与えるのではなく無力化することを目的とした魔法であり、人間相手ならばそれでも充分だが、ジェネレーターを無力化するには些か火力不足だ。
実際、先ほどと同じくジェネレーターはよろめいただけで、脳震盪を誘発させるには至っていない。
だが、起動式の読み取りを妨害して魔法の発動を阻止したのも事実。
そして互いに掛け合わせたわけでもないのに、エリカとレオは同じタイミングで前に出た。
『剣の魔法師』の異名を持つ千葉家の娘、千葉エリカの警棒がジェネレーターの左腕を叩き、レオの拳がジェネレーターの頭部を殴りつける。
痛覚の無い相手を倒すには、物理的な戦闘不能に陥らせるしかない。
即ち、腕や脚を切り落とす又は骨折させる、或いは頭部への攻撃で強制的に意識を刈り取ること。
エリカの警棒、森崎の魔法、レオの身体能力、三人の持つ攻撃手段では人体の一部を切り落とすには斬撃の手段が無い。
よって狙うのは骨折と、頭部への直接打撃。
とはいえ、痛覚を感じず人間離れした強靭な筋力を持つジェネレーターを相手に、骨折狙いで関節技を決め込むにはリスクが大き過ぎる。
先ほどのエリカのように、痛みを無視して攻撃される可能性が高い。
故に二人が仕掛けるのは打撃での攻撃のみ。
正直、これは三人にとって分が悪い勝負だった。
レオに殴られて後ろへ仰け反るジェネレーター。
だが、ジェネレーターは仰け反りながらもギロリとレオに視線を向けると、即座に体勢を立て直してレオに右腕を振り下ろす。
咄嗟に両腕をあげて頭部を守るレオ。
「つぅッ――!」
振り下ろされた一撃の重さに、レオは歯を食いしばる。
それでも耐えることができたのは、レオ自身の身体能力の高さのおかげだ。
そこへ、エリカがジェネレーターの背後に回り、警棒で後頭部を強打する。
頭部が前のめりになったところへレオがジェネレーターを蹴り飛ばす。
更に森崎が汎用型CADの方を操作し、加速工程を無視した移動魔法で追い打ちをかける。
絶妙とまではいかなくとも、初めて組んだとは思えない連携の良さだ。
強制的に吹き飛ばされたジェネレーターが衝撃で一瞬意識を失って地面を転がるも、すぐに意識を取り戻し、地面に四肢を着いて勢いを止める。
地面に四肢を着いたまま顔をあげるジェネレーター。
何を考えているのかわからない無機質な表情が、三人に次の手を読み取らせず、それがより不気味さを醸し出す。
距離を置いて再び対峙するエリカ、レオ、森崎の三人と、ジェネレーター。
おそらく経過したのは僅かな時間だが、三人には何倍にも感じられる空白の合間。
戦いの再開は、やはり唐突に始まった。
ジェネレーターの身体が震えた直後、一瞬で発動する自己加速術式。
四肢を着いた状態から、獲物を狩る肉食獣のように飛び出す。
エリカとレオが迎撃の為に身構える。
だがジェネレーターは、その途中で大きく地面を蹴った。
「!!」
エリカとレオを軽く飛び越える跳躍。
ジェネレーターの視線の先にいるのは森崎だ。
汎用型CADでは間に合わない――!!
思考が結論を下すより早く、直感的に森崎は特化型CADの引き金を引く。
銃口で狙いを付ける必要は無い。
加速を付ける対象はジェネレーターではなく森崎自身。
力加減も大雑把に、自らに加速魔法をかけて自分自身を吹き飛ばす。
そして、それは森崎自身の意地か、吹き飛ばされながらも森崎は銃口を空中にいるジェネレーターに向けて引き金を引いた。
ジェネレーターが空中で振り下ろした右腕は、コンマの差で森崎の人体を捉えることなく空を切り、反対に森崎の加速魔法がジェネレーターを捉えた。
急激に加わった加速により、ジェネレーターは着地に失敗して地面に激突した。
そして自らに加速をかけた森崎も地面を転がる。
「くっ――!!」
何とか間に合った受身のおかげで怪我は無いが、地面に身体を打ったことで一瞬息が詰まる。
よろめきながらも立ち上がった森崎の眼前には、駆け付けてきたエリカとレオの二人が森崎に背を向け、彼を護るようにジェネレーターへと身体を向けている。
「キツイな、こりゃ」
「戦いの最中に泣き言なんて言わない。……全く、あんなの相手にするなら剣の一本でも持ってくれば良かった」
「愚痴ならいいのか」
軽口を叩き合いながらも、三人の視線はゆっくりと立ち上がるジェネレーターを見据えたままだ。
一見して善戦しているように見えるが、やはり決め手に欠ける状況なのは否めない。
呪術と薬物により人外の性能を持つジェネレーターを、白兵戦に長けたエリカと高い身体能力を持つレオが相手取り、対人魔法に優れた森崎が援護する。
このエリカ、レオ、森崎の三人掛かりで互角なのだ。
もし単身、或いは二人だけであったのなら、どんな組み合わせでも敗北は必須だったろう。
そして、ジェネレーターは疲れた様子もまるで見受けられない。
先ほどエリカに叩かれた左腕は他人が見てもわかるほど腫れているが、やはりジェネレーターは脂汗一つかくことなく、表情に変化はない。
長期戦になれば三人が不利になるばかり。かといって逆転の決め手が三人にあるわけでもない。
そう、装備を整えた場合ならばいざ知らず、今の三人にはジェネレーターを倒しきる術は無い。
“三人”には――の話だが。
突然、場の気温が急激に下がる。
三人とジェネレーターを凌駕する領域干渉が、場を支配する。
「……あーあ、折角の見せ場が奪われちゃう」
「どっちにしろ、オメェの見せ場なんか無かっただろ」
エリカとレオ、臨戦態勢はそのままだが、二人の言い合いは先ほどまでの警戒感が幾分か和らいだ口調になっている。
それは、二人と同じ方向に視線を向けている森崎も同様だ。
味方にとっては頼もしくも、敵にとっては脅威そのもの。
新たな、そしてそこの三人以上の脅威を感じ取り、体ごと振り返ったジェネレーター。
その方向には工場への入り口があり、そして入り口に毅然と佇む二人の姿。
司波達也と司波深雪の兄妹が、そこにはあった。
力関係は「エリカ、レオ、森崎の三人 ≦ ジェネレーター」といったところです。
短期間ならいい勝負できますが、一瞬の油断や長期戦で敗北仕様です。