魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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第二章、九校戦編となります。


第二章 九校戦編
第18話 選抜


七月も中旬に差し掛かり、梅雨前線が通り過ぎた後は真夏日が続いている。

 

半世紀以上前までは夏服と呼ばれる半袖の制服があったらしいが、二十年世界群発戦争をもたらす世界的混乱の元凶となった、二○三○年代の急激な寒冷化の名残によって、半袖の制服というものは幻想入りしてしまっている。

 

(そう言えば、香霖堂にもそれらしいのが何着かあったような……)

 

魔法科第一高校の廊下を歩きながら結代雅季(ゆうしろまさき)は、雅季の認識では知人である店主が営んでいる古道具屋をふと思い浮かべる。

 

尤も、あの店は希少品からガラクタまで様々な物が無造作に置いてある状態なので、制服があったかどうかは記憶が曖昧だが。

 

ちなみに店主こと森近霖之助(もりちかりんのすけ)の認識では、結代雅季は一号(魔理沙)二号(霊夢)に続く冷やかしの客三号にして、無縁塚に落ちている道具を奪い合うライバルだったりする。

 

時刻は本日の授業が終わった直後の放課後で、当然ながら太陽は未だ落ちる気配を見せていない。

 

外気温は真夏日であることを指し示しているが、冷暖房が完備されている校舎内は比較的涼しい空間だ。

 

制服も肌を露出しない長袖に更に上着の着用が義務付けられているが、風通しの良い素材のため外に出ても暑苦しいという程ではない。

 

日本の夏らしく気候そのものが蒸し暑いことには変わりは無いが。

 

とりとめのないことを考えているうちに、ふと気がつけば目的地の眼前、四階の廊下の突き当たりまでたどり着いていた。

 

雅季は香霖堂のことをさっさと思考の外へ投げ捨てると(脳内で店主が怒った気がしたが無視)、ドアの横に備え付けられているインターホンを押す。

 

『はい?』

 

「一年A組、結代雅季です」

 

インターホン越しに相手に名を告げると、

 

『お待ちしていました。どうぞ入って来てください』

 

明るい声と同時に、ドアロックが外れる音が雅季の耳に届く。

 

ロックの外れたドアを開き、雅季は「失礼します」と一声かけてから中へ足を踏み入れる。

 

実のところ、雅季はこの部屋に入るのは初めてなのだが、特に緊張した様子などは見受けられない。

 

いつも通り、まるで気の向くまま風に身を任せているような力の抜き具合で、雅季は彼女たちの前に立った。

 

「ようこそ、生徒会室へ。遠慮なく掛けて」

 

会議用の長机に座った状態で歓迎の意を示したのは生徒会長、七草真由美(さえぐさまゆみ)

 

長机には他にも生徒会会計の市原鈴音(いちはらすずね)と、副会長の服部刑部(はっとりぎょうぶ)が座っている。

 

雅季が手前の席に座ると、まず真由美が口を開く。

 

「こんなところまで呼び出してゴメンなさい」

 

「いえいえ、今日は予定が空いていましたので全然問題ないです」

 

来週から忙しくなるのは確定しているけど、と内心で付け足すが口には出さない。

 

尤も、すぐにそういう訳にもいかなくなるが。

 

「それで、どういったご用件でしょう?」

 

雅季の端末に生徒会から連絡が来たのは昼休み。

 

内容は「放課後に生徒会室に来て欲しい」ということで、呼び出しの内容までは書かれていなかった。

 

ちなみに、生徒会から呼び出しを受けた旨を森崎駿(もりさきしゅん)に伝えたところ、

 

「いいか。くれぐれも、くれぐれも! 失礼のないようにしろよ、頼むから! せめて僕のところに被害が来ないようにしてくれ……!!」

 

と、物凄く必死な顔で切願してきた。失礼な親友(!?)である。

 

「もうすぐ九校戦があるのは知っているな?」

 

雅季の問いに答えたのは真由美ではなく、服部の方だ。

 

「結代君には、一年の選手として出場して貰いたいのです」

 

「九校戦は当校の威信を賭けた大会。一年男子の実技トップの結代君には、是非とも出場して貰いたいの」

 

服部の後を鈴音が、そして最後に真由美が雅季にそう告げた。

 

 

 

学生ならば避けては通れない定期試験は既に七月の上旬に行われており、結果が出ている。

 

その中でも成績優秀者の上位二十名は学内ネットに氏名が公表される。

 

普通科高校と違って魔法科高校の試験は、魔法理論の記述試験が五科目、魔法実技試験の四種目によって行われる。

 

理論と実技を合わせた総合点では、一位はやはり司波深雪(しばみゆき)であり、二位に光井(みつい)ほのか、三位に北山雫(きたやましずく)とA組が続いている。

 

四位にB組の十三束(とみつか)という男子がきて、そして五位に雅季、六位に森崎と再びA組が続く。

 

十位以内にA組が五人、しかも上位を独占しており、入学時に成績が均等になるよう振り分けたつもりであった教師陣を大いに悩ませている。

 

そして実技でも一位は深雪、二位に雅季、三位に森崎、僅差で四位に雫、五位にほのかとA組が上位を独占している。

 

ちなみに理論では一位が司波達也(しばたつや)、二位に深雪、三位に吉田幹比古(よしだみきひこ)と、トップスリーに二科生が二人も入るという前代未聞の大番狂わせが起きている。

 

更に言えば雫とほのか、達也の友人である二科生の千葉(ちば)エリカ、柴田美月(しばたみづき)も二十位以内にランクインしている。

 

雅季と森崎は仲良くランク外だ。

 

 

 

試験の結果からもわかるとおり、理論は置いておくとして実技では雅季は二位。

 

しかも深雪には劣るものの、実技四種目の全てで三位の森崎を上回っている。

 

それに雅季は部活に入っていないため、部活の選手と比べると九校戦の選手として選びやすい。

 

生徒会としては選ばない理由など無く、むしろ一年の主力選手として雅季には期待していた、のだが……。

 

雅季は険しい表情で、何かを考え込んでいる。

 

こっちの世界の友人達からしてみれば意外に思えるかもしれないが、雅季は日程調整(スケジュール)にはかなり気を使っている。

 

それは、彼が幻想郷にある結代神社の『今代の結代』だからだ。

 

結婚式を『六曜』の大安の日に挙げるという風習は今なお続いているが、こっちの世界では急を要する事情がない限り、大安が休日になるよう合わせて執り行っている。

 

だが幻想郷には六曜はあっても、『一週間』や『祝日』という概念は無い。一部の魔法使いが『七曜』の属性を使う程度だ。

 

よって幻想郷の祝言は六曜に従って大安の日に行われるが、外の世界では平日であることが多い。

 

そして雅季は結代神社の神主として、その日は一日中幻想郷にいなければならない。

 

なので、まずは幻想郷で祝言の予定は無いか小まめにチェックを入れ、それから外の世界でのスケジュールを組んでいる。

 

「九校戦っていつからでしたっけ?」

 

「本戦は八月三日から十二日まで、そのうち新人戦は六日から十日までの五日間。現地へは八月一日の朝に出発、十三日の夕方に戻ってくる予定です」

 

雅季の質問に鈴音が正確に答える。

 

対して雅季は「一日に出発……」と呟くと、頭の中で月間予定表を広げる。

 

八月一日から十三日まで幻想郷で祝言の予定は無い。

 

ここは後で幻想郷に赴いて荒倉紅華(あらくらくれか)に再度確認を取ろう。

 

一応幻想郷での予定は無いと仮定して、次にこっちの世界での予定だが……。

 

「何か不都合でもあるのか?」

 

考え込んでいた雅季に服部が問い掛け、雅季は顔をあげると、

 

「実は七月三十一日にサマーフェスに出演するんですよ、演出魔法師として。それで来週から本格的に先方と“合わせ”の練習が始まりますので、九校戦の競技の練習をする時間が取れるかどうか……」

 

申し訳なさそうに答えた。

 

 

 

 

 

 

「それでは明日までに八月一日までのスケジュールを送って下さい。結代君がどの程度練習に参加できるのかで選手として選出可能か、選出したとしてどの競技にエントリーさせるか、作戦を練らなくてはならないので」

 

「わかりました。それでは失礼します」

 

雅季は席から立ち上がると、三人に一礼して生徒会室から出て行く。

 

雅季を見送った三人は、当人がいなくなったことで漸く落胆の溜め息を吐いた。

 

「そうだよねぇ、結代君は演出魔法師なんだもんね。この時期は忙しいか」

 

「結代君には『モノリス・コード』と『クラウド・ボール』に出場して貰いたかったのですが、仕方がありません。あまり練習の時間が取れないようであれば『アイス・ピラーズ・ブレイク』でエントリーするようにしましょう」

 

「『棒倒し』なら練習時間は重要ではないから、ですね」

 

「正確には練習時間があまり取れないから、ですが」

 

アイス・ピラーズ・ブレイクの練習には毎年、流体制御練習用の野外プールを使用している。

 

だがその練習を始めるためには、まずプール内に溜まった水から二十四本もの氷柱を作り出し、形式通りに並べるという作業を行ってから漸く練習が可能となる。

 

そして一試合分の練習が終われば、また氷柱を作り直すことから始めなくてはならない。

 

つまり練習を始める前にそれだけの手間が掛かり、準備の方に掛ける時間の割合の方が大きくなってしまうのがアイス・ピラーズ・ブレイクという競技なのだ。

 

「フフ、深雪さんなら氷柱ぐらい、あっという間に用意できそうだけどね」

 

「……否定は、しませんけど」

 

「深雪さんは生徒会役員を兼任した上での新人戦の主力選手です。役員の仕事だけでなく練習の準備も兼ねさせるのは、練習に差し支えが出ますし何より本人の負担が大きすぎます」

 

「冗談だって、はんぞーくん、リンちゃん」

 

真由美の冗談で、生徒会室に立ち込めていた落胆の空気が軽くなる。

 

ちなみに、一年後には鈴音の心配の大半は無意味なものだったと知ることになるのだが、それはさて置いて。

 

「それにしても、結代は当校の生徒としての自覚が足りないのではないのですか?」

 

服部の言葉には控えめに言っても棘があった。

 

気持ちが切り替われば、次に浮かんでくる感情は不満だ。

 

それに服部は元々、達也に対するもの程ではないとはいえ、魔法を軽視している雅季を快くは思っていない。

 

「仕方ないでしょ。結代君にも都合があるんだから」

 

「ですが、来年には彼にも本戦の主力選手になって頂かなければなりません」

 

真由美がフォローするも、服部と同じように鈴音の声色も厳しい。

 

「サマーフェスは毎年七月最終の金曜、土曜、日曜の三日間で行われます。それに参加していては、今回のように九校戦の練習をする時間が限られてしまいます」

 

「それは、そうだけど……」

 

魔法科第一高校は全国で九校ある魔法科高校のリーダーを自認している。

 

そして、九校戦では常勝を己に課している。

 

少なくとも一高で責任ある役職に就く者達、いわゆる幹部はそのつもりだ。

 

故に、今回の件に不満を持つのはある意味当然だった。

 

雅季個人が魔法を軽視するのは、服部は納得していないが、まだ許せる。

 

だが魔法科第一高校の代表に選ばれるという事は、一高の全生徒六百名の期待を背負うということ。

 

それだけの魔法力を持つ者は、それだけの責務がある。

 

彼等はそう信じていた。

 

 

 

 

 

 

横浜、某所――。

 

カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中、幾人かの男たちが円卓を囲むように座っている。

 

「……第一高校には絶対に負けて貰わねばならん」

 

「然り。第一高校の優勝は、我らの処刑実行書に署名するのと同義だ」

 

「……ただ処刑されるだけならマシだが」

 

「組織の制裁、か……」

 

「それだけじゃない。今回のパーティーには、“あの”ラグナレックも顧客として出資している。それも顧客の中でも最大の出資額で、だ」

 

「もし第一高校が優勝すれば、組織はラグナレックに莫大な賭け金を支払わなければならなくなる。そんな事になれば……」

 

彼らの顔色が強ばる。

 

だが、賽は投げられたのだ。

 

彼らの退路はもう無い。残された道はただ二つのみ。

 

巨額の富と組織内での栄光か、死よりも恐ろしい末路か。

 

「どんな手を使ってでもいい、死者が出ても構わん。

 

―― 第一高校を、潰せ」

 

かくして彼らは動き出す。

 

 

 

 

 

 

生徒会からの呼び出しがあった日の翌日、朝一に学校の端末で鈴音に日程表を送信した雅季は、放課後になる前に鈴音からの返信を受け取った。

 

内容の要点をまとめると次の通り。

 

九校戦での雅季の選出の内定。

 

担当する競技は新人戦でのアイス・ピラーズ・ブレイクの一種目を予定。

 

「『アイス・ピラーズ・ブレイク』ねぇ」

 

端末でアイス・ピラーズ・ブレイクの概要とルールを確認した雅季は独り言ちると、

 

(そうだな、“あいつ”に練習を手伝ってもらうか)

 

悪戯を思い付いた悪童のように、ニヤリと笑った。

 

 

 


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