魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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天御杜玉姫の能力を『縁を結ぶ程度の能力』から『縁を司る程度の能力』に変更しました。
それに伴い、一部本文を修正しました。



第23話 事故

「結代が右向きゃ右を向き、左を指せば左へ歩く。そんな現し世切って離せば、あとは結う代残るかな」

 

離神(りじん)様、その詠は?」

 

「お前の六代前が、月夜見の前で詠ったものだ。玉より続く結代の在り方、あの時も今も、今昔変わらずだな」

 

「はい。玉姫様も、そのお言葉を聞けば喜ぶかと」

 

「もう伝えた」

 

「……」

 

「だが、結代は望まぬそれを、今世の地上の民はどう思うのか? 或いは――」

 

 

 

――地上の民は、それを望むというのか?

 

 

 

 

 

 

八月一日、月曜日。

 

北海道小樽の八高、九州熊本の九高のような遠方の高校は既に現地入りしているが、一高は本日が九校戦会場である富士裾野への出発日である。

 

裏方で唯一の一年生である司波達也は、選手およびスタッフの乗車確認を命じられ、端末リストを持ってバスの外で待機している。

 

集合時間まで四十分以上残した時間帯で、

 

「……おはよ、達也」

 

幽鬼のような足取りで結代雅季が姿を現した。

 

「おはよう。随分と眠そうだな、雅季」

 

「流石に、な」

 

達也に答える雅季は小さく欠伸をする。

 

雅季が演習魔法師として昨日のサマーフェスに出演していたことは、達也を含めた九校戦の関係者ならば全員が知っている。

 

何せ、その為にほとんど練習やミーティングには顔を出さなかったのだから(「出せなかった」の方が正しいのだが)。

 

大半の選手とスタッフは「それなら仕方がない」と考えているようだが一部の上級生、特に服部刑部と市原鈴音は多少の不満を持っているようだ。

 

一度、達也と深雪も参加した新人戦のミーティングで、雅季の話題が出たことがあった。

 

その時、服部は僅かに眉を顰め、鈴音は表情を変えることは無かったが終始無言で冷たい雰囲気を醸し出していた。

 

達也からすれば、服部が不満を持つのはわかるが、鈴音も不満を持っていることに意外感を覚え、深雪と顔を見合わせたものだった。

 

「もう乗っていいんだよな?」

 

「ああ」

 

「じゃ、先に乗って寝てる」

 

達也の返事を聞いて、雅季はさっさとバスに乗り込む。

 

早めの時間に来たのも、バスの中での睡眠時間を確保する為だろう。

 

達也は端末リストから「結代雅季」の名前にチェックを入れた。

 

 

 

七草真由美が家の事情で遅刻し、予定より一時間半遅れで出発した時も、雅季はグッスリと眠っていた。

 

 

 

 

 

 

選手四十名と作戦スタッフ四名、計四十四名を乗せて目的地へ向かうバスの中は、高校生らしく騒がしいものだった。

 

ちなみに達也を含めた技術スタッフは後続の作業車両に乗車している。

 

ストレスから嗜虐心を発揮した真由美が服部をからかい、それを鈴音が冷ややかな目で見つめる。

 

千代田花音(ちよだかのん)の婚約者と一緒じゃなかったことに対する愚痴を、渡辺摩利は聞くフリをしながら聞き流す。

 

目には見えない冷たい空間を生み出している深雪を、光井ほのかと北山雫が宥める。

 

近寄りがたい重圧を出している深雪に対して、男子生徒達が「お前が行けよ」「いやお前が」と誰が話しかけるかでヒソヒソと相談し合う。

 

そんな騒がしいバスの中、一部の人間が最も騒がしくしそうだと睨んでいた人物は、バスの中列やや後ろの席で窓に頭を預けて、バス乗車時から静かに眠っていた。

 

「よく眠ってんな」

 

桐原武明は席を移動する際にその人物、雅季が眠っているのを見かけると、立ち止まってポツリと呟いた。

 

童顔というわけでもないのだが、普段の行動や雰囲気がどことなく少年染みているからだろうか、窓に顔を預けて眠っているその寝顔はあまり高校生とは思えない。

 

「そのまま寝かせておきましょう。そうすれば人畜無害です」

 

桐原の独り言に毒舌を交えて答えたのは、同じく席を移動しようと歩いてきた森崎駿だ。

 

森崎はつい先ほどまで一年生男子生徒が集まっている席にいたのだが、「この中で一番司波さんと親しい男子生徒」ということで吹雪(ブリザード)の中へ単騎駆けさせられそうになり、慌てて逃げてきたところだ。

 

「……お前、時々酷いよな」

 

「雅季ほどじゃありません」

 

真顔でそう答えた森崎が桐原のツボに入ったらしく、桐原は声を立てて笑った。

 

近くに座っている生徒達が何だろうと二人の方へ顔を向ける。

 

(朱に交われば赤くなるってよく言ったもんだ)

 

内心でそんな感想を抱きながら、ようやく笑いを抑えて桐原が口を開く。

 

「というか結代の奴、結構疲れてるみたいだが、サマーフェスで一体何やったんだ?」

 

「何でも巨大ロボを動かす演出と、ライヴの演出の二つが担当だって言っていましたけど」

 

「巨大ロボって、なんだそりゃ?」

 

「具体的な演出魔法の内容は関係者以外には秘密だということで、僕も詳しいことは……」

 

「まあ、そうだろうな。何をやるのかわかった演出なんて面白さも半減だ」

 

桐原と森崎、いやこのバスに乗っている生徒達は、九校戦の練習と準備に掛かり切りだったため、サマーフェスの内容をほとんど知らないでいる。

 

故に当然ながら、巨大ロボの演出を撮影した動画が何百種類もネット上にアップされ爆発的に再生数を伸ばしていることも、まだ一日も経っていないにも関わらず『slow hand』のライヴ映像データに予約の申し込みが殺到していることも知らない。

 

「え、なになに、結代君の演出魔法の話?」

 

桐原と森崎の会話に飛び込んできたのは、先ほどから何事かと二人に注目していた一年生の女子生徒の一人、一年B組の明智英美(あけちえいみ)だ。

 

「そうだけど、明智は知っているのか?」

 

「ううん、知らない。だから森崎君に聞こうと思ってたところなんだけど。結代君はずっと寝てるし」

 

「何で僕なんだ?」

 

森崎が意識した棘のある言葉で尋ねると、

 

「え、何でって? だって結代君と一番仲いいのって森崎君でしょ」

 

英美は心底から不思議そうに、素でそう問い返した。

 

森崎は絶句し、桐原は堪えきれないと言わんばかりに腹を抱えて再び笑った。

 

「まあ、客観的に見れば仲良さげに見えんのは事実だ。諦めろ」

 

森崎の肩をポンと叩いて、桐原は未だ生徒会長に虐められている友人の救援に向かう。

 

後には何とも言えない顔でその場にフリーズした森崎と、そんな森崎に疑問符を浮かべながら見つめる英美、そしてスヤスヤと眠っている雅季が残された。

 

 

 

 

 

 

東京から静岡方面へ向かう高速道路。

 

その反対車線、静岡から東京方面へ向かう高速道路を走行するS(スポーツ)U(ユーティリティ)V(ビークル)の一種であるレジャー向けオフロード車。

 

道路の狭い日本ではあまり見掛けない大型の乗用車は比較的珍しい部類には入るが、誰これ構わず注目を集めるようなものでもない。

 

だからこそ()()の組織は、この任務にこの車種を選んだ。

 

オフロード車の搭乗者は、運転手が一人と助手席に一人の、男性が計二人。

 

運転手の男性は無表情に正面だけを見つめ、助手席に座る男性もまた無表情で車載されているナビゲートシステムを見つめている。

 

ナビゲートシステムの画面に表示されているのは、この周辺の道路マップにリアルタイムの交通情報、自車を表すシグナル、そして前方から高速でこちらに向かってきている別のシグナル。

 

前方のシグナルは彼らの仲間、否、()()兼連絡役の人物が乗る車両の信号であり、予定ではその車両の前方、間隔にして車両数台を挟んだ先にターゲットが走っているはずだ。

 

自車のシグナルと、前から近づいてくるシグナル。彼我の距離は間もなく十キロメートルを切ろうとしている。

 

――つまりターゲットとの接触まで、あと十キロメートル。

 

二人は優秀な魔法師だ。本来ならこのような“使い捨て”の任務に就くような人材ではない。

 

だが組織の上層部は、一人でも手痛い損失だというにも関わらず、万全を期すため二人の投入を決定した。

 

それだけに組織は彼ら二人に大いに期待を寄せている。

 

その身を以て、ターゲットに甚大な被害を与えることを。

 

洗脳された彼らは死を厭わない。むしろ組織の為に殉じることをこの上なき名誉と感じている。

 

たとえそれが『(ノー)(ヘッド)(ドラゴン)』東日本総支部の幹部達の強欲から生じた任務だとしても。

 

そして遥か前方、反対車線を走行するターゲットの大型バスを視認した時、彼らは忠実に任務を遂行する為に動き始めた――。

 

 

 

 

 

 

優秀な魔法師の雛鳥達が乗車している大型バスの中で最も早く、そして今の時点で『それ』に気付いたのは、眠っていた雅季だった。

 

結代家が代々受け継いでいる『縁を結ぶ程度の能力』は、能力の一環として自分自身に向けられる様々な縁を感じ取ることが出来る。

 

だが縁にも強弱があり、それによって感じ取れる範囲も変わってくる。

 

たとえば雅季個人に用事がある人物がいたとすれば、雅季は強い縁としてそれが初対面の相手でも事前に感知することが出来る。

 

反対に「ある集団に対して用事があり、その中に雅季がいる」といった状況では縁は弱くなり、相手がすぐ近くに来るまで感じ取ることは出来ない。

 

今回のように。

 

弱い縁ながらもハッキリと感じ取れる悪縁に、雅季は誰にも気づかれずに目を覚ました。

 

そのまま窓の外に、悪縁の持ち主達へ目を遣る。

 

視線の先には反対車線を走る大型オフロード車。

 

(……またか。四月の時といい、トラブル多すぎじゃない? 幻想郷かここは)

 

雅季が内心で悪態と溜め息を吐いた直後、それは起きた。

 

 

 

オフロード車の助手席に座る男が魔法を放ち、オフロード車は何もない所でいきなりパンクする。

 

「危ない!」

 

バスの車内でそう叫んだのは、たまたま窓から外を見つめていた花音だ。

 

助手席の男が再び魔法を放つ。

 

車両に回転モーメントが加わり、オフロード車は火花を散らせながらスピンする。

 

一見して完全にコントロールを失ったかのように見えるオフロード車。

 

反対車線で起きた事故。一高の生徒達は気の毒に思いつつも所詮は対岸の火事と野次馬を決め込む。

 

それが事故ではなく事故を装ったテロであり、彼らの狙いが自分達なのだとは思いも寄らないまま。

 

それ故に次の瞬間、興奮していた生徒達の血の気が一気に引いた。

 

オフロード車がガード壁に激突した瞬間、今度は運転手が魔法を放った。

 

前上方向への加速系魔法。オフロード車はガード壁を飛台に、宙返りしながら反対車線へ飛び出す。

 

狙いは、一高の生徒達が乗る大型バス。

 

車両をバスに直接突っ込ませるという、自分達が乗る車両そのものを凶器とした自爆攻撃。

 

失敗のリスクを少しでも避ける為に、助手席の人物がパンクとスピンという事故を装う魔法を放ち、余裕を与えられた運転手が絶好のタイミングで自爆攻撃を仕掛ける。

 

そして実際に魔法の発動タイミングは絶妙だった。

 

バスとオフロード車が最も接近した瞬間に、オフロード車はガード壁を飛び越えた。

 

たとえバスがフル加速しようと急ブレーキを掛けようと必ず直撃する。勢いそのままに車両はバスへと突っ込み、中にいる生徒達を死傷させる。

 

彼らにとって最高の、一高の生徒達にとって最悪のタイミングだった。

 

 

 

――オフロード車が、直接バスに向かっていったのなら、という話だが。

 

 

 

「――!?」

 

空中にいるオフロード車の車内からは、バスの運転手の驚愕した顔すら見て取れる。

 

そして、バスの運転手からも、オフロード車の運転席にいる男の驚愕した顔が見て取れたことだろう。

 

オフロード車は、運転手が設定した方向とは違う方向へと飛んでいった。

 

バスへと突っ込む軌道を描くハズだった車両の軌跡がずれ、バスの前方の地面に衝突しようとしている。

 

(外した!? いや違う!!)

 

魔法式は正常に発動した。

 

ならば()()()に考えられるのは加速系魔法を行使した直後に、移動系魔法を掛けられたということ。

 

魔法の行使を隠すために加速系魔法のみを発動したのが裏目に出たか、と男は後悔する。

 

尤も、移動系魔法を組み合わせて着地地点をバスに設定したところで、バスからオフロード車が『離される』という結果に変わりは無い。

 

その場合は男の驚愕は更に大きくなり混乱の域に達したことだろうが。

 

バスからオフロード車に対して『離れ』を行使した人物は雅季だ。

 

雅季の『離れと分ちを操る程度の能力』は、起動式要らずの想子(サイオン)霊子(プシオン)の複合術式。

 

オフロード車のような物質的なものから想子(サイオン)のような非物質粒子、そして魔法式のような情報すらも離して分つ、概念の次元で作用する幻想を含んだ“魔法”。

 

魔法式そのものを情報体(エイドス)から分ち離すことすら可能な雅季に、移動系魔法を織り込んだ所で無意味だ。

 

そんな事を知る由もない男は、反射的に第一プランの失敗を悟った。

 

(だが!)

 

バスへの“直接攻撃”は失敗したが、まだ次のプランがある。

 

燃料のエタノールによる燃焼爆発。本来なら直撃後に発動させるハズだった魔法。

 

それでもバスの眼前で爆発すれば、生徒への被害は免れえない。

 

このオフロード車も従来通り安全第一で燃料が爆発しないよう設計されているが、事故には想定外が付き物。

 

そして警察も、偶然エタノールと空気の混合率が最も爆発に適した比率になっており、何らかの要因で引火して爆発したと結論付けるだろう。

 

想子(サイオン)残留を残さず、最小の出力で魔法を行使できるよう彼らは訓練されている。

 

魔法が作用したと思わせなければ、それは事件ではなく不幸な事故となる。

 

そして男は第二プランを、最後にエタノールを爆発させる役目を負っている助手席の男へと振り返り。

 

――我が目を疑った。

 

この崇高な使命の最終段階、自分達の名誉の殉死が掛かった最も重要な局面であるにも関わらず。

 

助手席の共犯者は、意識を失っていた。

 

「――」

 

運転席に座る男が何を言おうとしたのか、誰にもわからない。

 

ここにきて致命的な失態を犯した不甲斐ない共犯者への罵倒か。

 

同じ訓練を積んだはずの男が何故気を失っているのかという疑問の声か。

 

現実は男が何かを発する前に、オフロード車が地面に衝突した衝撃が男の全身を叩き付ける。

 

その瞬間、男の意識が急速に遠くなる。

 

まるで意識が現実から『離れて』いくような感覚を最後に、隣の人物と同様に気を失う。

 

彼らの意識が現実に戻ってくることは永遠に無かった。

 

 

 

 

 

 

 

衝突による衝撃が原因、のように見せかけて、意識を『離させる』ことで二人の意識を失わせた雅季は、そこで取り敢えず干渉を止めた。

 

いくら『能力』が感知され難いとはいえ、あまり衆人環境の目前で、特に魔法師達の目の前で『能力』を行使することは宜しくない。

 

魔法よりも遥かに速い速度、高い干渉力とキャパシティを持つ『能力』の事が露見すれば、非常に面倒なことになるのが目に見えている。

 

それ以外にも、ただでさえ結代家の一族の魔法力は十師族を凌駕しているのだ。

 

結代家が国家戦力として数えられるなど真っ平御免被る、況してや()()()()の頂点に君臨するなど論外。

 

結代家は結びと紡ぎの系譜。それ以外の何者でもなし。

 

それが結代家の総意であり、天御社玉姫の願いであり、そして()()『月の都』の上層部が望んでいることだ。

 

それに、六代前の『結び離れ分つ結う代』がやらかした、尤も結代家の立場で言えば「よくやった」と評される「とある出来事」のおかげで、月の都と結代家は非常に複雑な関係にある。

 

そんな中で月の都を下手に刺激するのも避けたい。

 

まあ、少し前に雅季が霊夢を迎えに月の都に赴いたこともあったが、あれは今代の『結び離れ分つ結う代』である雅季の顔見せの意味もあったので、特に問題にはならなかったが。

 

(後は周りに任せるか。最悪の時は、ぶつかる前にほんのちょっと『離して』やればいいか)

 

周囲で短い悲鳴が上がる中、雅季が暢気にそう考えた瞬間、バスに急ブレーキが掛かる。

 

シートベルトをしてなかった雅季は、当然ながら慣性の法則に従って前のめりになり、

 

「ぐえっ」

 

前の座席に顔を突っ込ませて、カエルが潰れたような声を上げた。

 

 

 

ただ一人だけ事態を楽観視している雅季とは対照的に、周囲は一瞬にして極度の緊張感に包まれた。

 

バスが急ブレーキを掛けたおかげで直撃は避けられた。

 

だがまだ危機が去った訳ではない。

 

地面に衝突したオフロード車は、車体を大きく歪ませ炎上しながらバスへと向かってくる。

 

その中で真っ先に動いたのは森崎だ。

 

得意の『早撃ち(クイックドロウ)』で即座に特化型CADを構えて、誰よりも早く魔法を構築する。

 

「止まれ!」

 

反射的に出た怒声と共に発動させようとした魔法は、ベクトルを反射させる加速系魔法。

 

だが、その魔法式が完成する事は無かった。

 

「吹っ飛べ!」

 

「止まって!」

 

コンマ数秒遅れで、花音と雫が魔法を行使したのに気付いたため。

 

(しまっ――!?)

 

「バカ、止めろ!」

 

摩利の制止を聞くまでも無く、森崎は失敗を悟ると同時に魔法をキャンセルする。

 

だが未完成の魔法式はオフロード車に残ったままだ。

 

森崎と花音と雫、三者の魔法式がオフロード車に重ね掛けされ、相克を起こす。

 

炎上しながら迫り来るオフロード車を止めるには、三人の魔法を圧倒する魔法が必要だ。

 

もはや下手な魔法は余計に事態を悪化させる結果にしかならない。

 

「十文字!」

 

摩利が呼びかけた相手、十文字克人は既に魔法を発動させる態勢を整えていた。その顔色に焦りを浮かべながら。

 

摩利や克人が必死で打開策を練り、「まずいか?」と感じた雅季が再び『能力』を行使するか逡巡する中、

 

「わたしが火を!」

 

深雪が立ち上がり、消火用の魔法を構築する。

 

それを見た克人が、車両を止める防壁用の魔法を構築する。

 

消火と衝突防止の役割分担はここで決まる。

 

後は相克の問題、そしてこれも即座に解決した。

 

圧倒的な想子(サイオン)の量で作られた不可視の砲弾が、オフロード車に投写されていた魔法式をまとめて吹き飛ばした。

 

その直後、狙っていたかのように深雪の消火魔法が発動し、そして克人の防壁がオフロード車の衝突を拒んだ。

 

『事故』による二次災害の被害者となることは何とか回避され、安堵の溜め息が彼方此方から漏れた。

 

 

 

 

 

 

同時刻、横浜某所。

 

「……失敗だと?」

 

「は、はい! バスに被害は無く、生徒達も全員無傷、とのことです」

 

「役立たず共め!!」

 

報告を聞いた幹部の一人が円卓を思いっきり叩く。

 

テーブルの上に置かれた人数分の高級茶がひっくり返り、白いテーブルクロスを汚していく。

 

報告に来た部下は幹部達の怒りに身を震わせ、一礼するとそそくさと退室していった。

 

「バスに突っ込むことも燃料を爆発させることも出来ないとは、使えん奴らだ」

 

「確かに、最初の一手は失敗に終わった。だがまだ手は幾らでもある」

 

「その通りだ。無能のことは忘れて、次の手を打つとしよう」

 

「なに、大会はまだ始まってすらいない。それに大会委員会への工作は既に済んでいる。一高が優勝することは有り得ない」

 

彼らは落ち着きを取り戻すと、部下を呼んで高級茶を淹れ直させる。

 

一高が敗北した時に得られる莫大な富の話に華を咲かせる彼らの脳裏から、自爆攻撃を仕掛けた二人のことは既に忘れ去られていた。

 

 

 

 

 

 

技術スタッフ達がオフロード車へ駆け寄り事故の処理を進めている中、十文字克人は無言のまま、窓から残骸と化したオフロード車を見つめていた。

 

(あれは、一体……?)

 

あのオフロード車がガード壁を乗り越えた瞬間、卓越した空間掌握能力を持つ克人は、ほんの一瞬だけ万有引力の分布の変動を知覚した。

 

或いは気のせいだったかもしれないと思える程、ほんの一瞬で、ほんの僅かな質量の変化。

 

(錯覚、だったのか?)

 

そして、それが一体どんな「力」なのかも、克人にはわからなかった。

 

 

 




結代雅季と服部刑部、市原鈴音は、価値観の相違から相性は悪いです。

服部は魔法師である事に誇りを持ち、鈴音は第一高校への深い愛校心を持っています。

二人からすれば、魔法を軽視し、九校戦より演出魔法を優先した雅季に良い感情は抱けないでしょう。

九校戦もルナティックモード、目指します(笑)

最後に克人が感じた「力」は、雅季の「離れ」です。

その正体は、いつか本編の中で語らせて頂きます。

あと月の都と結代家の複雑な関係も、そのうち(汗)

次回は雅季の弄りで森崎の強化フラグが立つ、かも?


《オリジナルキャラ》
離神(りじん)(?)

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