魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

26 / 62
後の森崎家最強の男、森崎駿の強化フラグが立ちました。

そして原作最強の男、司波達也のチートぶりが解禁されました。


第24話 異才なる解明者

不運な『事故』によって足止めを食らった一高だったが、警察の聴取を含めても一時間も経たないうちにバスは再出発した。

 

バス内ではやはりというべきか、生徒達の間では先ほどの事故の話題が多数を占めている。

 

そんな中で、“今の時点”までは事故の話題に触れていない一年生が二人。

 

携帯端末を弄っている結代雅季と、その隣の窓際の席で顔を外に向けている森崎駿だ。

 

「サイオン波レーダーの改良工事が完了したスーパーカミオカンデ・ネオⅤ、観測を再開。魔法の登場により破綻した大統一理論の再構築検証へ。へー、カミオカンデがまた動き出したんだってよ」

 

身近な事故よりも壮大なスケールの話題を森崎に振る雅季。

 

「……相変わらず宇宙好きなんだな、お前」

 

顔は外に向けたままだが、森崎は雅季に答える。

 

「まあね、宇宙は最大にして最古の“幻想(ロマン)”だぞ」

 

「……そうか」

 

そこで会話は途切れる。先ほどから何度も繰り返されているやり取りだ。

 

心ここにあらずといった様子の森崎。その心の中では先ほどのミスのことを考えているのだろう。

 

(やれやれ)

 

森崎個人の問題として触れずにいたが、どうやら立ち直るのに苦労しているようだ。

 

「なあ、駿。お前が何を考えているか、当ててやろうか」

 

故に雅季は、先ほどから自粛していた話題に踏み込んだ。

 

一見して森崎は何の反応も示さない。

 

「さっきの事故の時――」

 

だが雅季がそう口にすると、森崎の肩がピクリと一瞬動く。

 

そして――

 

「車両より先に、あの二人を無力化していれば、と」

 

「全然違う!!」

 

条件反射でツッコミを入れた。

 

「む、惜しかったか?」

 

「惜しくもない! というか目的と手段が逆転してるだろ!」

 

「そうかなー? 何事も丸く収まる、そんな実績のある問題解決手法なんだけどなー」

 

「どんな解決の仕方だ!!」

 

幻想郷的異変解決法。

 

とりあえず目の前に現れた奴は退治しながら元凶を叩く。

 

「まったく……」

 

森崎は疲れたように首を振って、

 

「まだまだ足りない、そう思っていただけだ」

 

気がつけば自らの内心を吐露していた。

 

「あの時、もっと的確に状況判断が出来ていれば事態はもっと簡単に収まったんだ。単なる早撃ちだけじゃ今回みたいな誤射も何回だって起こり得る」

 

雅季が無言で聞き入る中、森崎は小さく肩を落とし、

 

「今の僕に足りないのは、状況判断能力だ」

 

嘆くように、半ば自分自身に向けてそう言い捨てた。

 

的確な状況判断を行いながらの早撃ちとは、困難を通り越してもはや矛盾していると、森崎自身も自覚している。

 

だが、先ほどの失敗は下手をすれば大惨事を招いていたのだ。

 

それを考えるとある程度は得意の、矜持とも言える早撃ち(クイックドロウ)を犠牲にする必要もあるのかもしれない。

 

森崎は、そう考えていた。

 

「まあ、それもいいとは思うけど……」

 

雅季は、そうは思わなかった。

 

「何だよ?」

 

森崎は雅季の方へ顔を向け――久々に、真面目な目をしている雅季を見て、少なからぬ驚きを覚えた。

 

「俺の勝手な思いだから、聞き流してもらっても構わないけど」

 

そう前置きをする雅季の目を、森崎は何度か見たことがある。

 

それは結代東宮大社での神事や結婚式、つまり『結代』として活動している時の目だ。

 

「それだと駿らしさが無いなってね」

 

「僕、らしさ?」

 

驚きをひた隠しながら森崎が問い返すと、雅季は頷き、

 

「名は体を表す」

 

そんな故事を口にした。

 

「今時はそこまで“強い”意味は持たなくなったけど、それでも名前は“深い”意味を持つ」

 

時たま雅季はこのように奇妙なことを言葉にする。

 

森崎にとって、雅季の言っていることの意味はわかるが、それを本当の意味で理解できたことは一度もない。今回もそうだ。

 

「『駿』という名が表すのは、誰よりも早く、誰よりも速きこと。駿の持ち味はそれ」

 

森崎にわかるのは、ただ結果のみ。

 

「今回の場合なら、あの二人が魔法を使おうと思った時には既に終わっている。そっちの方が駿らしい結果だよ」

 

そう言って、雅季は少年のように笑った。

 

――誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

その言葉が何故か森崎の心に強く残る。まるでそれが最適解であるかのように。

 

「……だが、それだとまた誤射をする可能性だってあるだろ?」

 

「いいんじゃないの、今はしても」

 

「は?」

 

あっさりと言い放たれて、森崎は言葉を失う。

 

「咄嗟の状況判断なんて結局は経験の問題。警備会社で実戦を経験していようと十六年の歳月で得られるようなものじゃないって。特に駿は考えるより身体動かしている方が得意そうだし」

 

「お前が言うな、魔法理論ランク外」

 

「まあ、それは置いといて」

 

ジト目で睨まれて、雅季はさっさと話を進める。

 

「駿の場合は、そのうち考えるより先に身体が最適な動きをするようになるさ。夢想剣ならぬ夢想撃ちってね。それまでは今回みたいにフォローしてもらう必要があるけど」

 

それに、と雅季は続けて、

 

「駿の魔法は相手を倒すんじゃなくて無力化することを前提とした、後遺症も致命傷も残さない“優しい”魔法。たとえ人を相手に誤射しても、取り返しのつかない事にはならないよ」

 

(映姫様から見ても魔法師では珍しい冥界行きだろうし、多分)

 

と、雅季は内心で続ける。

 

一方の森崎は、別の意味で絶句させられていた。

 

(……よくもまあ、そんな事を億劫も無く平気で口に出来るよな)

 

せいぜい心の中でそんな弱い毒を吐くのが精一杯だった。

 

やはり森崎駿は、結代雅季が“苦手”だ。

 

それを再認識した森崎は、背けるように再び窓の外に顔を向けた。

 

(誰よりも早く、誰よりも速い、か……)

 

 

 

後にそれが、森崎家歴代最強と評されるようになる森崎駿の、その根幹を成す言葉となるとは森崎自身も今の時点では思いも寄らなかった。

 

 

 

 

 

 

一高の選手団を乗せたバスが宿舎のホテルに到着したのは昼過ぎ。

 

ホテルといっても演習の視察などに訪れる高官達を宿泊させる為の施設、つまり立派な軍事施設であり、お客様サービスを提供する場所ではない。

 

なので、荷物の運搬は生徒達自身が行う必要がある。

 

技術スタッフである司波達也は、深雪と会話をしながら作業車から機材を取り出し、台車に乗せていく。

 

「では、先程のあれは、事故では無かったと……?」

 

尤も、会話の内容自体は談笑と呼ぶには程遠い深刻なものであったが、

 

二人の周囲には誰もいない。第三者がいれば到底出来ないような話だった。

 

「小規模な魔法が最小の出力で瞬間的に行使されていた。魔法式の残留想子(サイオン)も検出されない高度な技術だ。専門の訓練を受けた秘密工作員なんだろうな。二人とも、使い捨てにするには惜しい腕だ」

 

「二人……使い捨て……」

 

達也の発した単語に、深雪の中で一つの推論が導き出される。

 

「では、魔法を使ったのは……」

 

問いというよりも確認の意味を持った深雪の質問に、達也は頷いた。

 

「犯人の魔法師達は、運転手と助手席の二人。つまり、自爆攻撃だよ」

 

「卑劣な……!」

 

同情するのではなく命じた者への憤りを覚えた深雪に、達也は満足げに頷く。

 

「尤も――」

 

そして、宥めるように深雪の肩を軽く叩きながら、

 

「単純にそれだけじゃないようだ」

 

達也はイデアにアクセスして周囲を厳重に警戒しながら、表情を引き締めて、真剣な口調でそう続けた。

 

雅季に誤算があるとすれば、それは――。

 

「今回の『事故』で、不可解な点が二つある」

 

「不可解な点、ですか?」

 

「まず一つは、車両がガード壁に激突した際、助手席の人物が頭を打ったわけでも無いのに気を失っている。同じ訓練を受けたであろう運転手の方は意識がハッキリとしていたにも関わらず、ね。そして運転手の方も、車両が地面に落ちた時に同じように気を失っている」

 

「それは……」

 

「誰かが意図的に意識を奪った。偶然という可能性も否定出来ないが、俺はそう考えている」

 

過去にも及ぶ『知覚』を持ち合わせる、司波達也という異能(イレギュラー)の存在だろう。

 

「待ってくださいお兄様。それでは、その術者は事前に事故を、いえ事故を装ったテロを察知していたということになりませんか?」

 

深雪の指摘に、達也は頷いてみせた。

 

「古式魔法には、精霊を用いて離れた位置にいる他者の感情を知ることが出来る魔法もある。その術者は自分達に向けられた悪意を感じ取ったのかもしれない」

 

「では、その術者は古式魔法の使い手であると?」

 

「そこがもう一つの不可解な、そしてより重要な点なんだ」

 

達也は今まで以上に声を潜め、更に深刻さを増した声で言葉を続けた。

 

「車両がガード壁に激突した時、運転手が放った魔法は加速系魔法。行使された魔法式からして、本来なら車両はバスに直撃するはずだったんだ」

 

深雪が声にならない驚きを上げる。

 

もしそれが本当ならば、非常に拙いことになっていたかもしれない。

 

おそらく結果的には、たとえ直撃コースだったとしても車両はバスにたどり着かなかっただろう。

 

深雪へ害なすものを達也が傍観するのは絶対に有り得ない。

 

間違いなくその前に達也の『雲散霧消(ミスト・ディスパーション)』が車両ごと消滅させたはずだ。その場合、機密保持という観点では致命的だが。

 

だが、それは今や『たられば』の話。現実には起こり得なかったIF。

 

「実際には車両は運転手が設定した方向とは違う、バスの前方へと飛んでいった」

 

「移動系魔法で軌道をずらした? もしくは横方向へ加重を加えた?」

 

考える素振りを見せながら、深雪が()()()な推論を口にする。

 

だが達也は首を横に振った。

 

「調べてみたが、あの時魔法を使っていたのは車両に乗っていた二人のみ。そして、それらしい魔法の形跡も残っていない。つまり、()()()()()()()魔法は使われていなかった」

 

「そんな――!」

 

一瞬声を抑えることも忘れて、深雪は慌てて口を噤む。

 

怪しまれないよう周囲を見回すが、深雪の様子を訝しんでいる者はいない。変わらず深雪の姿を遠巻きに目で追っているだけだ。

 

二人は何事も無かったかのように、達也は機材を載せた台車を押して歩き始め、その左一歩後ろを深雪が続く。

 

「魔法は使われていなかった。だがその代わりに、別の『力』が働いていた」

 

「別の力、ですか……?」

 

二人は歩きながら話を再開する。

 

「ああ。かなりイデアの深くまでアクセスすることで、僅かな断片だけ捉えることが出来た」

 

「それは、どのようなものなのでしょうか?」

 

「現代魔法は魔法演算領域で魔法式を構築、それをイデアへと出力し、イデア上にある指定されたエイドスの情報を書き換えることで事象改変を行う。古式魔法も発動経緯が異なるとはいえ、事象を書き換えるという点では同じだ」

 

達也の言った内容は、初歩的な魔法の定義。それを前置きにして、

 

「だが、あの時の『力』は、その程度のものじゃない」

 

鋭い眼光を放ちながら、警戒心を剥き出しに達也は言い放つ。

 

「あれは、あの『力』は、()()()()()()をイデア上で動かしていた」

 

それがどういう意味なのか、深雪は一瞬理解できず、僅かな後に愕然とした顔で達也を見た。

 

情報体(エイドス)が動いたから結果的に情報が改変され、現実世界で車両が動いた。あくまで俺の主観の感覚でしかないが、あれは事象に付随する情報を書き換えるのではなく、まるで“事象そのもの”を操っているようにも思えた」

 

「……そんなことが、可能なのでしょうか?」

 

いくら達也の言とはいえ、半信半疑というより信じ難いのだろう、深雪が尋ねる。

 

達也が語った通り、魔法師は情報体(エイドス)に魔法式を投写し、情報を改変することで現実での事象を改変させる。

 

その情報体(エイドス)が動けば、投写した魔法式も付随して動く。

 

つまり、()()()()()()()を動かせる、ということになる。

 

術者の魔法が、設定した場所とは違うところで発動する。

 

それは「魔法式は魔法式に作用しない」という常識を覆すどころの話ではない。

 

達也の『雲散霧消(ミストディスパージョン)』も、深雪の『コキュートス』も、その相手には決して届かないということなのだから。

 

「俺にわかったのは、その力がどんな作用をもたらしたのか、という一点だけ。その方法も、魔法式も、術者も、何一つ俺にはわからなかった」

 

落胆に肩を落としながら、達也は頭を横に振る。

 

「ですが、そこまでお分かりになられたのはお兄様だからこそです。他の者ではそんな“恐ろしい力”が働いたことすらわからなかったことでしょう」

 

そこへすかさずフォローを入れてくる深雪に、達也は苦笑して台車から手を離して深雪の頭を軽く撫でる。

 

心地よさそうに目を細める深雪。途端に突き刺さる周囲からの嫉妬の視線が、今はむしろ現実味を感じることが出来て安心できた。

 

「一高の選手、作戦スタッフ、技術スタッフは全員で五十二人。その中で俺と深雪を除けば五十人」

 

撫でていた手を離して、達也は再び台車を押し始める。

 

深雪が名残惜しそうな顔をしていたが、泥沼に嵌りそうなので敢えて無視する。

 

「おそらくその中に、事前に相手が事故を装った自爆攻撃を仕掛けてくると知り、今回の事故を中途半端に防いだ人物がいる。あの未知の力の制約上、中途半端にならざるを得なかったのか、或いはわざとそうしたのか」

 

「わざと、というのは?」

 

「たとえばその力を隠すために、とかな」

 

達也は顔だけ深雪の方へ振り向くと、

 

「いいか、深雪。この事は他言無用だ。決して誰にも言ってはいけない」

 

この上ないほど強い口調で、口止めを命じた。

 

「俺たちが知っていると知られた場合、相手がどう出るか不明だ。どんな『力』なのか、対抗手段があるのか、それがわかるまでは情報収集に徹するしかない」

 

「叔母様にも、ですか?」

 

「ああ。俺も少佐や師匠にも言うつもりは無い。俺たちの知らない『力』の持ち主だ。どこに目と耳があるかわからないからな」

 

(どうやら俺は、厄介なパンドラの箱を開けてしまったようだ)

 

達也としてはそう思わざるを得ない。

 

今回は事故の件で結果的に助けて貰ったこともある。

 

箱から飛び出したのは『災厄』だけでなく『希望』もだと信じたいところだ。

 

(少佐からの忠告の件もある。深雪の身辺には充分に気を付けなければ)

 

九校戦を前に香港系犯罪シンジゲートが暗躍しており、それが四月のブランシュの件と繋がっている可能性が高いとの連絡を、達也は風間少佐から聞かされている。

 

九校戦、ブランシュ、犯罪シンジゲート、そして未知な力を使う正体不明の人物。

 

達也は、波乱の予感を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

雅季はバスから降りた後、ホテルの前で富士の山を見つめていた。

 

現実であって今なお人々に幻想を与える、現実と幻想の霊峰。

 

八ヶ岳と喧嘩をしようと。

 

いはかさの呪いが時効を迎えようと。

 

歌聖が我が身を省みる歌を詠おうと。

 

昔も今も、富士はそこに在る。

 

「何しているんだ雅季、さっさと行くぞ」

 

「ん、ああ、すぐ行く」

 

森崎に呼ばれて雅季は振り返り、ホテルへと向かって歩き出す。

 

 

 

富士の山は、現実として認知されながらも、人々に幻想を抱かせる。

 

現実でありながら幻想に近いこの場所で、少年少女達は魔法を競い合う。

 

九校戦が、もうすぐ始まろうとしていた――。

 

 

 




森崎に足りないものは、それは!

情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ!

そしてなによりもォォォオオオオッ!!

速さが足りない!!

というわけで森崎君に「speedy(スピーディー)」を追加したいと思います。



迷宮なし、というか証拠も要らない名探偵!

その名は、司波達也!

事象の解析チートは本作でも健在です。



それとさり気なく設定の一つ、「雅季は宇宙好き」を開示しました。

上海アリス幻樂団の『大空魔術』は名曲揃いだと作者は思っています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告