魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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ようやく九校戦本番に入りました。
今回は雅季と森崎は不在です。
二人はきっと新人戦で頑張ってくれる……かな(笑)
嗚呼、東方成分が足りない(苦)



第26話 本戦開幕

八月三日、水曜日。

 

この日、『全国魔法科高校親善魔法競技大会』、通称『九校戦』の開会が宣言され、十日間に及ぶ少年少女達の暑い夏の幕が明けた頃――。

 

横浜某所にある高級感の漂う一室に、数人の男が円卓を囲って座っていた。

 

「……始まったか」

 

一人が時計を見て、冷静さを装いながら独り言ちる。

 

それに誰も反応を示さず、いや反応したが故に誰も口を開かず、奇妙な沈黙が部屋を包み込む。

 

今日からが、彼らにとっての運命の十日間。その事実が少なからぬ緊張を強いていた。

 

果たして十日後に天国を見ているか、それとも地獄を見ているか――。

 

「昨夜の工作は失敗してしまったが……」

 

「なに、所詮あれは成功すれば儲けもの程度の工作だ。たいした問題ではない」

 

「その通り。本命の仕込みは既に終えている。そのうちの一つが、ちょうどいま芽吹いているころだろう」

 

幾つもの含み笑いが部屋に響き渡る。

 

やがて余裕を取り戻した一人が、口元を歪ませて嘯いた。

 

「本国でも使用されている軍事訓練用アルゴリズム。高い金を出して手に入れたプログラムだ。はたして一高の選手がどれだけ善戦できるか見ものだよ」

 

 

 

 

 

 

第一日目のスケジュールは『スピード・シューティング』の予選と決勝、『バトル・ボード』の予選の二競技。

 

そのスピード・シューティングの予選――。

 

射出された三つのクレーが、亜音速で撃ち出されたドライアイスの弾丸によって撃ち抜かれる。

 

いま競技を行っている者は一高の選手。生徒会長にして優勝候補筆頭の七草真由美だ。

 

一回の競技におけるクレーの射出数は五分間に百本。

 

現段階で射出されたクレーは四十本を超え競技も中盤に差し掛かっているが、今のところ真由美は全てのクレーを破壊しておりパーフェクトなスコアだ。

 

空中を飛び交うクレーを魔法で破壊する、その寸前に再びクレーが射出される。

 

それを真由美は、魔法を連続行使してタイミングが遅れたクレーを破壊する。

 

外観上は落ち着いた様子で競技に集中しており、傍観者から見れば余裕すら伺えるようにも見える。

 

尤も――。

 

(また!? なんて、やりにくい……!)

 

真由美自身、余裕とは程遠い心境にいた。

 

魔法を行使した直後の、意識の一瞬の隙を突いてくるかのように飛び出してくるクレーや、魔法を発動する瞬間に追加でクレーが射出され一瞬の判断に迷う状況。

 

狙ったかのようにタイミングがズラされ、やりづらいことこの上ない。

 

それでもパーフェクトスコアを保持しているところが、真由美の優秀さを明確に表している。

 

(去年とは間隔が全然違う、タイミングが全然合わない……)

 

二つのクレーがエリア内に飛来し、直後にもう一個のクレーが射出される。

 

二つを破壊してから残る一つを破壊するか、その場合は追加の魔法式が間に合うか。

 

もしくは少し待って三つを標的にした魔法式に切り替えるか、その場合は最初のクレーがエリア外に出てしまわないか。

 

(ええい、ちょこざいな!)

 

およそ女性らしからぬ悪態を心の中で叫び、真由美はまず二つのクレーを破壊し、即座に魔法式を構築してもう一つのクレーを思いっきり破壊した。

 

この時、真由美は決断した。――ブチ切れたとも言う。

 

(とにかく出てきたクレーは片っ端から叩き壊す!)

 

それは言わば精密狙撃銃を乱射するような荒技なのだが……。

 

それでもこうやって成立させてしまうあたり、やっぱり真由美は優秀な魔法師だ。

 

……優秀の定義について異論があるかもしれないが、それは置いておくとして。

 

得意技は精密狙撃ながら、気質は全力全開。

 

『無頭竜』の妨害工作も軍用アルゴリズムも何のその。

 

精神論少女(さえぐさまゆみ)は気合でパーフェクトを達成し、断トツで予選突破を決めた。

 

 

 

 

 

 

スピード・シューティングの予選が終わった段階、まだ九校戦は始まったばかりだというのに、一高の天幕には既に重苦しい雰囲気が漂っていた。

 

天幕の中にいるのは十文字克人、市原鈴音、そして真由美の三人のみ。

 

他の選手やスタッフ達は準備がある者は準備に、他の者は総じて渡辺摩利も出場する男女『バトル・ボード』の予選の応援に行っている。

 

――或いは、スピード・シューティングの予選結果で沈んだ気持ちを、摩利の快活さで吹き飛ばしたかったのかもしれない。

 

「会長の予選突破は計算通りですが……」

 

鈴音の声色には、想定外の結果に対する戸惑いが多く含まれていた。

 

「男女ともに、予選突破は一名のみか」

 

克人の発した事実が、三人の間に沈黙を齎した。

 

スピード・シューティングは選手二十四人中、予選の上位八人が決勝トーナメントに出場できる。

 

一高はエントリー枠を確保していたため男女三名ずつ出場したのだが、結果は克人の言った通り、男女ともに二名が予選落ち。

 

決勝へ駒を進めることができたのは、真由美と男子一名のみだった。

 

「七草、今回の競技で何か気付いた点は無かったか?」

 

個人ではトップで予選を通過したにも関わらず嬉しさの欠片も見せずに(全体の結果を見れば当然だが)何かを考え込んでいる真由美に、克人が問う。

 

「身内贔屓かもしれんが、今回選ばれた選手達の実力から言えばもっと良い成績を残せたはずだ」

 

「そうですね。実際、選手達は練習では平均的に見ても今回以上の成績を収めています」

 

克人の言葉に、鈴音が頷きながら補足する。

 

「うん。それは私も思ってたところ。それで心当たりなんだけど、タイミングだと思う」

 

「タイミング、ですか?」

 

鈴音が疑問を声に出して問う。克人も無言のまま真由美に先を促す。

 

「私の感覚でしか無いんだけど、クレーが射出されるタイミングが狂っていたというか、合わなかったというか、とにかくやりづらかったわ」

 

「ですが他校の選手達の点数は、例年と差して変わりがありませんが?」

 

「そこなのよねぇ。一高(ウチ)だけおかしかった、というのは考えづらいし、万が一そうだったとしても証拠が無いと委員会には訴えられないし」

 

「確かに、言い訳にしか聞こえないでしょうね」

 

「ふむ……」

 

克人は暫く瞑想するように考え込んだ後、目を開くと鈴音に視線を向けた。

 

「市原、映像からクレーの分布と発射間隔の解析を頼めるか?」

 

「それは構いませんが、午後からの決勝には到底間に合いませんよ」

 

「わかっている。だが新人戦がある」

 

新人戦という単語に、真由美と鈴音は一瞬顔を見合わせて、克人を見遣った。

 

「もしかしたら今回の九校戦、新人戦が優勝の行方を左右させることになるかもしれん」

 

克人は「もしかしたら」と言いながら、その克人も、真由美も、鈴音も、本当にそうなってしまうような予感が心の中にはあった。

 

 

 

 

 

 

スピード・シューティングの予選、バトル・ボードの予選第三レースが終わった段階で会場は昼の休憩時間に入る。

 

午後からはバトル・ボードの予選第四レースから第六レース、そしてスピード・シューティングの決勝が行われる。

 

ちなみにバトル・ボードの第三レースに出場した摩利は圧勝の一位で準決勝進出を決め、若干暗い雰囲気にあった一高選手団の嫌な空気を吹き飛ばした。

 

昼の休憩時間、達也は共に観戦していた深雪や雅季たちと一旦別れ、現在は陸軍一○一旅団・独立魔装大隊の幹部たちと共にホテルの高級士官用客室に居た。

 

再会の挨拶も程々に、彼らの話題は蠢動する犯罪組織の件へと移る。

 

「真田大尉、スピード・シューティングはご覧になりましたか?」

 

「見たよ。他はともかく、一高に使われていたプログラムはほぼ間違いなく軍用のアルゴリズムだろうね。僕としては予想外のところで他国の軍機密が手に入ったと喜びたいところだけど」

 

「“あの国”は昔から金さえ出せば役職も機密も兵器も買える、ある意味最も“資本主義”な国だからな」

 

柳の皮肉に、全員が「違いない」と口元を歪める。

 

「それに、昨夜に特尉が捕えた賊は、やはり『無頭竜』の人間だった」

 

「ウチが訊問したのですか?」

 

「本来なら管轄外なんだけど、無頭竜関連だったからね」

 

風間少佐の言葉に達也が問い掛け、それに真田大尉が答える。

 

「尤も、彼らは末端どころか『使い捨て』だったらしく、驚くぐらい何も知らなかったがね。『何となくよくわからない命令に従って一高の生徒を襲うつもりだった』、だそうだ」

 

山中軍医が処置なしと首を横に振る。

 

「暗示魔法ですか」

 

「ふん。襲撃自体は稚拙だったが、情報漏洩に関しては随分な念の入れようだ」

 

柳大尉が鼻を鳴らし、侮蔑を含んだ口調で言い放った。

 

風間玄信(かざまはるのぶ)少佐、真田繁留(さなだしげる)大尉、柳連(やなぎむらじ)大尉、山中幸典(やまなかこうすけ)軍医少佐。

 

この四人と達也を含んだ五人が円卓を囲んで座っている。

 

風間少佐の副官である藤林響子(ふじばやしきょうこ)少尉も先程まで円卓を共にしていたのだが、今は情報部から連絡が入ったということで一旦席を外し、機密情報を扱う通信室へと赴いている。

 

「現在までの情報から鑑みるに、無頭竜の狙いは一高の妨害であり、特尉の懸念しているキャスト・ジャミングなどの機密情報ではないようだ」

 

「どうも裏で盛大なトトカルチョをしているみたいで、一高には優勝してほしくないみたいだね」

 

「仮に私も賭けに参加していれば一高に賭けるな。何せ、今年は特に『鉄板』だからな」

 

「その分、一高が敗北した時の利益は莫大だろう。達也君も気を付けた方がいい。元より犯罪者だ、欲が絡んでくるとなればどんな手も厭わないだろう」

 

「はい。ご忠告ありがとうございます、柳大尉」

 

達也は柳に礼を述べて、再び風間へと顔を向ける。

 

「しかし無頭竜では無いとなると、やはり『仲介者』が本命ですか」

 

「壬生や情報部からの情報待ちだが、それで間違いないだろう」

 

 

 

四月に起きた一高襲撃事件の実行犯であるテロ組織『ブランシュ』。

 

――彼らがお前に興味を持った、だから終わりだ! お前も無様に死ぬんだ!

 

日本支部の主だったメンバーは、そう言い残したリーダーの司一(つかさはじめ)を含む全員が第三勢力による何らかの魔法によって殺害されている。

 

第三勢力の正体については未だ不明。だが繋がりを辿る“鍵”は残されている。

 

ブランシュの拠点となっていた廃工場に“配置”されていた、三体のジェネレーター。

 

そのジェネレーターの“製造・販売”を行っている組織は、香港系犯罪シンジケート『無頭竜(ノーヘッドドラゴン)』ただ一つ。

 

ちょうど一○一旅団も無頭竜が独占供給している『ソーサリー・ブースター』の供給を停止させようと動いていたこともあり、独立魔装大隊も調査に乗り出したのが五月の始め。

 

壬生紗耶香の父親である内閣府情報管理局(通称「内情」)に所属している壬生勇三(みぶゆうぞう)が積極的に協力してくれたこともあり、達也たちは大方の背後関係を把握するに至っている。

 

重要なのは、ジェネレーターを無頭竜から購入し、それをブランシュに与えた『仲介者』がいるということ。

 

この人物、もしくは所属する組織こそがブランシュメンバー殺害の容疑者であり、達也のキャスト・ジャミング技術を狙っていると思われる勢力であり、そして四月の始めに達也の自宅で発生した『データハッキング疑惑』の容疑者でもある。

 

……妖怪の賢者が起こした悪戯は、こんなところにまで尾を引いていた。

 

 

 

部屋の扉が開かれた音に、全員の視線が扉の方へ向かう。

 

部屋に入ってきたのは一人の女性、藤林響子少尉だ。

 

「遅くなりました」

 

「いや、構わない。よくない報せか?」

 

藤林の若干強ばった顔を見て、風間が問う。

 

「いえ、報告自体は吉報だったのですが……。『仲介者』の身元が判明致しました」

 

「それは確かに吉報だな。聞こう」

 

ちょうど良いタイミングに、全員が身を乗り出す。

 

「はい。『仲介者』は日本人。名前は――」

 

必要以上に堅苦しい声で、藤林はその名を告げた。

 

 

 

水無瀬呉智(みなせくれとし)です」

 

 

 

「――」

 

言葉にならぬ驚愕が、達也を含んだ全員の反応だった。

 

部屋を包み込む沈黙。

 

「……水無瀬か」

 

それを破って重い口を開けたのは風間だ。

 

「少尉、それはラグナレックが動いているということか?」

 

「いえ、そこまでは判明しておりません。水無瀬呉智は今年一月、信州の本家から監視を欺いて行方を眩ませておりました。ですが四月、場所は不明ですが無頭竜と接触。ラグナレック・カンパニー名義でジェネレーターを三体購入したとのことです」

 

「ラグナレックからの指示か、もしくは水無瀬の動きを是としたのか。少なくともラグナレックは水無瀬の動きを把握しているということか」

 

風間は腕を組み、難しい顔で考え込む。

 

その間に、山中が口を開く。

 

「私と藤林君は彼との面識は無いが、君たちは会ったことがあるんだったな?」

 

「ええ。三年前の沖縄で」

 

山中の質問に、険しい顔付きをしている達也が答える。

 

「あれは、中々忘れられるものではないからな」

 

「こう言っちゃ何だけど、彼と達也君だけで敵を撃退したようなものだったね。――敵に回すと本当に厄介だよ、彼は」

 

「同感だ」

 

珍しく意見を一致させる柳と真田。

 

そこへ風間が顔を上げて言った。

 

「ラグナレックが何かを企んでいるのだとしたら、事の重大さは格段に跳ね上がる。それに、ラグナレックならばキャスト・ジャミング技術を狙ってもおかしくはない。特尉、なぜラグナレックが世界最大の民間軍事組織(PMC)に成り遂せたかわかるか?」

 

「ラグナレックの主戦力が魔法師だから、ですね。それによって戦力的な面だけでなく経済的な面で見ても大きなメリットが、ラグナレックにはあります」

 

「その通りだ、流石に理解しているようだな」

 

 

 

百年前ならば、兵器に対抗できるのは兵器しか無かった。

 

戦車や装甲車といった戦力を整えた敵国もしくは敵対武装勢力に対抗する為には、自らも兵器を購入し且つそれを維持する必要があった。

 

無論、兵器や武器類の購入や維持には膨大な資金が必要となる。

 

かつて民間の戦力が国家、特に大国に到底及ばなかったのは、要するに「金が無い」の一言に尽きた。

 

だが、魔法師が全てを変えた。

 

兵器に対抗する為に兵器を揃える必要は無くなった。

 

膨大な資金を注ぎ込んで購入した新型戦車だろうと、たとえば十師族の一条家の魔法『爆裂』ならば容易に破壊することができる。

 

人々が魔法師を兵器と見なしたのは「兵器に対抗できるのは兵器のみ」というそういった価値観、常識に基づいていた為だ。

 

だが魔法師は、結局は人間だ。

 

資金など、生きていく為の生活費と贅沢できる給与さえあれば良い。

 

その程度、戦車一台の購入費と維持費と比べれば遥かに安い出費だ。

 

 

 

「ラグナレックが大国に匹敵する影響力を保持できている最大の理由は、魔法師を主体とした戦力にある。だからこそ、キャスト・ジャミング技術は彼らにとって致命的な死活問題となる」

 

そして、風間は改めて達也へと顔を向ける。

 

それだけでなく独立魔装大隊の幹部達全員が達也のことを見ていた。

 

「……お互い、『最悪の結果』だけは避けたいものだな」

 

「……同感です」

 

ラグナレックが達也を狙っているという事実が確定すれば、間違いなく国防軍も、そして四葉も達也を『保護』しようと動くだろう。

 

達也という戦略級魔法師が他勢力、それもラグナレックの手に渡るという事態は絶対に阻止しなくてはならないが故に。

 

そして、それに達也が、そして深雪も、素直に従うとはこの場にいる誰も思っていない。

 

風間の言う『最悪の結果』、即ち彼らと敵対するということは避けたいものだと達也は心から思った。

 

 

 

たとえ、現時点ではその可能性は決して低くはないと、自分でも理解していたとしても――。

 

 

 




無頭竜は巨額の金額を賭けたラグナレックというかバートン・ハウエルのせいで、負けたら生き地獄確定なだけに原作以上に妨害工作に金をつぎ込んでいます。
それでも勝てば元が取れて有り余る採算ですので。
尤も、スピード・シューティングを見て作者が思ったのは、
「これはルナティックじゃなくてハードだな」(ドS)

本作の真由美はOHANASHIを覚えるかもしれません(嘘です)
「お願い、話を聞いて!」と言いながら『魔弾の射者』で相手を蜂の巣にする光景が目に浮か(ry

達也にまさかの風間達との敵対フラグ(!?)が立ちました。
タグに「苦労人達也」を追加しようかな(笑)

東方成分については、今しばらくお待ちください。

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