魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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お待たせしました。

ちょっとずつの執筆だったのでグタグタな部分があるかもしれませんが、大目に見てください。



第29話 新人戦

八月六日、土曜日。九校戦第四日目にして、これから五日間の新人戦が始まる日である。

 

今年の大会は優勝候補の大本命である一高から三高が大逆転を見せるという、大方の予想を裏切る波乱の展開を見せており、有線放送の視聴者や観客達を盛り上げている。

 

新人戦初日は、スピード・シューティングの男女予選と決勝と、バトル・ボードの男女予選。

 

その中でもスピード・シューティングは午前に女子の予選と決勝、午後に男子の予選と決勝となる。

 

 

 

 

 

 

摩利が一高の天幕に戻ってくると、中には真由美と克人の二人がいた。

 

「摩利、はんぞーくんは?」

 

「まだ一年の男子陣に付いている。熱心に話し込んでいたから暫くは戻ってこないだろう。真由美の方はいいのか?」

 

「うん。女子スピード・シューティングの方は達也君がフォローしてくれたから」

 

そう言った真由美の表情は、嬉しいような何とも言えないような、そんな複雑なものだった。

 

「本当、戦術といい術式といい、あれだけ御膳立てされていたら私の出番なんてないわよ」

 

「ああ、全くだ」

 

そして、摩利もそれには同感だった。

 

追われる立場から一転して追う立場となった一高は、逆転優勝の望みを繋ぐために新人戦に全力を注いでいる。

 

その一例として、上級生達がそれぞれ担当競技の一年生達に付いてアドバイスやフォローを行っている。

 

先程まで摩利も女子バトル・ボードの一年選手に付いて、作戦を聞いた上での助言を行う予定だったのだが……。

 

「あれ、女子バトル・ボードは達也君の担当外でしょ?」

 

摩利の不機嫌そうな顔を見て尋ねた真由美に、

 

「作戦には絡んでいたよ。おかげで女子バトル・ボードも問題なさそうだ」

 

摩利はぶっきらぼうに答えて、真由美を苦笑いさせた。

 

「ふむ、司波の担当する競技は、そこまで出来が良いのか?」

 

今まで黙っていた克人が口を開き、二人は克人へと振り返る。

 

「出来が良いというか……規格外?」

 

「昨夜、市原が提示した予想は(あなが)ち間違っていないだろうな」

 

市原が提示した予想とは、女子スピード・シューティング、女子ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バットの三種目は一高優位というものだった。

 

また女子バトル・ボードでも優勝を充分に狙えると。

 

無論、安易な予想は本戦の二の舞になるのではと疑問の声も当然ながら上がったものだったが。

 

ちなみに女子ピラーズ・ブレイク優勝を疑問視する声は、こちらも当然ながら上がらなかった。

 

「エンジニア、か」

 

二人の答えを聞いた克人は一言呟くと、腕を組んで何事かを考え始める。

 

だが、それも摩利の次の一言ですぐに中断せざるを得なかったが。

 

「……いよいよ始まるな」

 

克人が視線を上げると、至極真剣な顔でモニターを食い入るように見つめている真由美と摩利がいた。

 

モニターには女子スピード・シューティングの様子が映し出されている。

 

摩利の言った通り、スピード・シューティングの予選が今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

一高の天幕でのやり取りの少し前、女子スピード・シューティングの控え室では予選を前にして北山雫、明智英美、滝川和美の三人は司波達也からCADに微調整を加えたことを告げられていた。

 

「市原先輩が解析してくれたデータでもわかると思うが、人の意識の隙間を突くようなタイミングでクレーが射出されている」

 

「いや、こんな数値だけのデータ見せられてもわからないから」

 

英美の反論に一瞬の沈黙が場を包むが、やがて達也は何事も無かったかのように話を進める。

 

「今回の調整は、威力を犠牲にして発動時間を更に短縮したようなものだと思ってくれればいい。元々クレーを破壊するだけならそこまでの威力は不要だからな」

 

「誤魔化した」

 

雫の呟きも、達也は聞こえないフリで押し通す。

 

「あとは俺からのアドバイスとして、クレーがエリア内に、いや視界に入った時点で魔法を発動するように心掛けてくれ。たとえ魔法発動直後にクレーが高速で射出されたとしても、魔法の連続発動で間に合うはずだ」

 

「ぶっつけ本番で大丈夫なの……って、司波くんのやったことだから大丈夫か」

 

滝川が口に出した懸念は、滝川自身が払拭して納得した。

 

それだけの信頼を、達也は一年女子生徒達から既に勝ち得ている。

 

ここで達也は珍しく悪ノリして、人の悪い笑みを浮かべて言った。

 

「さて、一高優勝への逆転劇の始まりだ。――派手にやろう」

 

 

 

達也が悪ノリして宣言したことは、嘘ではなかった。

 

予選では『能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)』という新魔法。

 

決勝に至っては汎用型CADに照準補助装置を組み込むという最新技術。

 

同じ高校生とはいえ、トーラス・シルバーという名で既に超一流の技術者(エンジニア)として世界に名を馳せるほど活躍している達也を相手に、他校のエンジニアではソフト面でもハード面でも太刀打ち出来るはずもなかった。

 

結果、新人戦女子スピード・シューティングは雫が優勝、滝川と英美もそれぞれ二位と三位と、一高が上位独占という異例の快挙を成し遂げた。

 

 

 

それはまさに、一位の三高を追いかける一高にとって優勝への逆転劇の始まりであり、その派手な結果は様々な波紋を広げていた。

 

 

 

「一高が上位独占だと!? 馬鹿な!!」

 

「細工は施したのだろう! 本戦ですら一名だというのに、なぜ三名とも予選突破できる!?」

 

「……新人戦はポイントが本戦の半分とはいえ、上位独占ならば一高の合計点は五十点。点差が一気に縮まるぞ」

 

昨夜の祝杯気分から一気に冷や水を浴びせられた無頭竜の幹部達。

 

 

 

「一人のエンジニアが全ての競技を担当することは物理的に不可能だけど……」

 

「そいつが担当する競技は、今後も苦戦を免れないだろう。少なくとも、デバイス面で二、三世代分のハンデを負っていると考えて臨むべきだ。それにしてもやはり一高か、そう簡単には優勝させてくれないな」

 

悲願の優勝奪還への道のり、その初端をいきなり挫かれたことで最大限の警戒心を顕わにする三高選手団。

 

 

 

そして、波紋は他高や他勢力だけに留まらなかった。

 

「女子スピード・シューティングで上位独占か、今年の一年女子はやるな!」

 

午後に控えた新人戦男子スピード・シューティング。その控え室でも女子の快進撃が話題となっていた。

 

……主に上級生の間で、だが。

 

「ああ。でも、どちらかというと司波の腕によるところの方が大きいだろう」

 

「それは間違いない。あの中条が絶賛するわけだ」

 

やや興奮気味に語り合う上級生達。

 

彼らは本戦男子スピード・シューティングに出場した選手であり、新人戦男子スピード・シューティングに出場する一年生の三人のフォローを任されている。

 

だが、上級生と言えど最年長で十八歳。

 

大人でも推し量るのが難しい他者の心の機微を、況してや思春期の少年たちの内心を察しろというには、些か人生経験が少なかった。

 

更に言えば逆転優勝のために大差を付けられた三高を追いかけている状況下、優勝を大きく引き寄せた女子の快進撃に上級生も盛り上がらないはずがない。

 

故に、エンジニアである達也のことも手放しで賞賛する。二科生であるという事実は隅に追いやって。

 

面白くないのは、二科生に大活躍されては立つ瀬が無い一科生の一年男子だ。

 

少なくとも「そんなに悪い奴ではない」ということはパーティーの時に何となくわかってはいるが、だからといって二科生に戦績で劣るようなことはプライドが許さない。

 

現にスピード・シューティングに出場する三人のうち、二人の目に剣呑なものが宿っている。

 

では残る一人は、というと、

 

(雅季もそうだが、司波も()()だな……)

 

世の中には常識では推し量れない(つまり非常識)な奴もいる、と既に悟っているため、たいした影響は及ぼさなかった。

 

ちなみにその一人とは森崎なのは言わずもがな。

 

何せCADの完成図面をたった一日で引けるような奴だ、“このぐらい”なら驚きつつもどこか納得できる。

 

そんな風に考えることが出来るあたり、森崎の感受性もイイ感じにズレていた。

 

「よし、お前たちも女子に負けるなよ!」

 

「はい!!」

 

「はい!!」

 

「――はい!」

 

上級生の発破にほぼ即答の勢いで強く答えた二人。ひと呼吸遅れて森崎も答える。

 

森崎以外の二人は些か気負い過ぎているようにも感じられたが、上級生達はそれが対抗心と闘志の表れだと良い方向へ解釈した。

 

その勘違いを、競技が始まって少し経った後、上級生達は悔やむ結果となった。

 

 

 

そして、舞台は午後の新人戦男子スピード・シューティングへと移っていく――。

 

 

 

 

 

 

男子スピード・シューティングの予選。

 

一高選手は三人のうち、一人が予選を終え、今は森崎が競技中だった。

 

そして、競技が始まってから僅かな時間で、森崎は上級生達が不振に終わってしまった結果を理解していた。

 

射出されたクレーは二枚。森崎はCADのトリガーを引いた。

 

森崎は達也や真由美などが普通に行使している同時照準、つまり複数の対象物に同時に魔法を行使できる技術(スキル)は持っていない。

 

よってクレーが複数同時に射出された場合、一つずつクレーを破壊する必要がある。

 

対象物を直接振動させる振動魔法がクレーに作用し、クレーを砕く。

 

続けてもう一つのクレーに狙いを定めてトリガーを引く。

 

同じく魔法が発動してクレーが破壊される瞬間、もう一つのクレーが森崎の視界を横切った。

 

「――ッ!」

 

いつの間にか射出されていた三つ目のクレー。それは魔法の行使に集中していた一瞬の隙に射出されていた。

 

慌てて照準を定め、有効エリアのギリギリのところでクレーを破壊する。

 

だが一息吐く間もなく、次のクレーが発射台から打ち出される。

 

(これがタイミングのズレか!)

 

予選の五分間、百個のクレーのうち既に半分以上が消化されている。

 

次々と打ち出されるクレーに必死に食らいつくも、既に幾つものクレーを逃してしまっている。これ以上の取りこぼしは予選突破も危うくする。

 

想像以上にやりづらく、そして後が無くなったことで焦燥に駆られる森崎。

 

その時、クレーが二個、一個、三個と立て続けに射出される。

 

間隔を置いて高速で飛翔するクレー、その数は全部で六個。

 

 

 

その瞬間、森崎は自分の鼓動が大きく高鳴ったのを自覚した。

 

 

 

有効エリアの範囲と、自分の魔法速度。

 

その二つを考慮すれば、最初の二個、次の一個を破壊した時点で最後の三個の破壊は間に合わない。

 

(どうする!?)

 

確実に行くならば中間の一個を見逃して、残りの三個を破壊するべきだ。

 

森崎の理性はそう告げており、森崎自身もそれを是とした。

 

そしてクレーが有効エリアに入った瞬間、

 

 

 

――名は体を表す。

 

 

 

どうしてか、“あいつ”の言葉が脳裏を過ぎった。

 

――『駿』という名が表すのは、誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

――今回の場合なら、あの二人が魔法を使おうと思った時には既に終わっている。そっちの方が駿らしい結果だよ。

 

 

 

――誰よりも早く、誰よりも速きこと。

 

 

 

(誰よりも早く、誰よりも速きこと――)

 

そこからは半ば無意識だった。

 

有効エリアに侵入した二個のクレーをそれぞれ振動魔法で立て続けに破壊する。

 

(もっと早く、狙いを――)

 

既に有効エリアに入り込んでいる一個のクレーに即座に照準を合わせる。

 

同時に三個のクレーが有効エリアへと到達する。

 

先程の理性の判断を、森崎は無意識に無視していた。

 

見逃すはずだった一個のクレーを破壊する。

 

その時点で三個のクレーは有効エリアの半分を過ぎたところにあった。

 

確実に破壊できるのは一個、ギリギリ間に合っても二個が限度。三個の破壊は不可。

 

今までの速度ならば……。

 

 

 

照準の早さだけでは足りない――。

 

更に早く、更に速く――。

 

もっと速く、魔法を――。

 

 

 

そして、森崎が我に返った時、三個のクレーは既に破壊された後であった。

 

自分では無理だと判断した、他ならぬ森崎自身の魔法で。

 

(いま、僕は何をした……?)

 

大きな戸惑いが森崎の中に生まれたが、競技は続いているため生憎と考える暇は無い。

 

打ち出されたクレーの射出音で森崎はすぐさま頭を切り替え、とにかく今は競技に集中することにした。

 

それ以降、森崎は競技終了までクレーを撃ち漏らすことは無かった。

 

 

 

男子スピード・シューティングの予選が終わり、結果として森崎は予選突破を決めた。

 

特に競技の後半で成績を巻き返ししたため予選で四位という好成績を収めていた。

 

残る二人は気負いが過ぎて空回りしてしまい、二人とも順位が下から数えた方が早いという散々な結果だったが。

 

 

 

 

 

 

 

新人戦男子スピード・シューティング準々決勝は、機材トラブルが発生したらしくすぐには始まらなかった。

 

担当のエンジニアは状況を聞きに運営委員会の下へ赴いているため、一高の控え室の天幕にいるのは森崎ただ一人。

 

椅子に座ったまま微動だにしない様子は、緊張しているというより何かを考え込んでいるようだ。

 

(あの時、僕は何を考えていた?)

 

事実、森崎は予選の時の感覚、手応えを思い出そうとしていた。

 

あれほどスムーズに魔法を行使できたのは稀だ。いや初めてかもしれない。

 

何せ魔法を使ったことによるストレスもまるで感じず、それこそ呼吸をするのと同じように魔法を使った、そんな気がするのだ。

 

だが、あの時の感覚がどうにも掴めない。

 

スピード・シューティング予選で余裕の一位通過を果たしたのは案の定、三高の『カーディナル・ジョージ』こと吉祥寺真紅郎。

 

吉祥寺の『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』は、対象のエイドスを改変無しに直接圧力そのものを書き加える魔法で、競技では圧力を加えることでクレーを砕く、または叩き落とすことができる。

 

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』の利点の一つである情報強化では防げないという点は、スピード・シューティングでは意味を成さない。

 

だが『不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』は対象に視線を合わせるだけで狙いを定めることができる。

 

飛び交うクレーに視線を向けるだけで得意の魔法を行使できるという利点が、予選一位通過の要因だ。

 

トーナメント表から順当に行けば決勝戦で吉祥寺と当たることになる。

 

対戦形式でも吉祥寺は全てのクレーを叩き落として見せるだろう。

 

不可視の弾丸(インビジブル・ブリット)』ならば対戦者との魔法干渉を考慮する必要など無いのだから。

 

やはり吉祥寺真紅郎に勝つにはあの時の感覚を思い出すしかない。

 

この後に行われる準々決勝、準決勝の競技二回の間に、大前提として相手に勝ちながらあの時の感覚を掴むことが出来るだろうか……。

 

深く悩んでいる森崎は、天幕の外からやって来る人の気配に、その人物が実際に入ってきて声を掛けられるまで気付かなかった。

 

「よ」

 

軽い挨拶を掛けられて初めて天幕に人が入ってきたことに気付いた森崎が顔を上げる。

 

「なんだ、雅季か」

 

「なんだとは何だ、せっかく観客席から遊びに……もとい激励に来たのに」

 

「おい、本音は隠せ」

 

ポロっと本音を零した雅季を、森崎はジト目で睨む。

 

「とりあえずは予選突破、おめでとさん」

 

それをたぶん故意に無視して話を進める雅季に、森崎は睨むのを止める。

 

「まだ予選を突破しただけだ。優勝したわけじゃない」

 

ライバルの厄介さ、強さを把握しているだけに自戒して気を引き締めている森崎に、

 

「まあ、優勝も大丈夫でしょ」

 

雅季は事もなしに断言した。

 

「あの吉祥寺って選手も見たけど、今の駿の方が上だよ」

 

「……何を根拠に言っているんだ、お前は?」

 

強敵だと感じていた相手より自分の方が上だと言われ、森崎は反発と困惑が入り混じった感情で問い返す。

 

普通の相手ならばただ反発しただけだろうが、相手が妙なところで核心を突いてくる雅季なだけに、反発よりも困惑の方が大きかった。

 

いま思えば、あの時の感覚はこの不思議な少年の言葉が切っ掛けだった。

 

故に生じた困惑は、森崎自身は気付いていない「もしかしたら」という期待であり、

 

「何って、予選を見て」

 

知ってか知らずか、雅季はその期待に応え、

 

「特に後半はいい感じだったし、あの時みたいな感じで、駿の()()()通りにすれば勝てるさ」

 

森崎の疑問の解に、明瞭なカタチを与えた。

 

(僕の、思った通りに……)

 

雅季の言う通りだった。あの時、森崎は他の一切を考えず、ただ早さだけを求めていた。

 

状況判断なんて二の次以下。

 

ただ誰よりも早くクレーを魔法で撃ち抜く。

 

――誰よりも早く、誰よりも速きこと。それが『森崎駿』なのだから。

 

「森崎、設備トラブルが直ったから試合が始まるぞ――って、なんだ、結代か」

 

「あれ、またなんだ扱いされたんだけど?」

 

そこへ、天幕が開いて状況を聞きに行っていたエンジニアが帰ってきた。

 

森崎にとって丁度良いタイミングで、ようやく試合が始まるようだ。

 

「わかった」

 

森崎は椅子から立ち上がると、外へと向かって歩き出す。

 

先程まであった迷いはもう無い。確かな足取りで、森崎は雅季の横を通り過ぎる。

 

そして控え室の天幕から競技場へ向かう、その前に。

 

「なあ、雅季――」

 

森崎は天幕の中へと振り返り――非情に珍しいものを見た。

 

どことなく引き攣ったような、苦笑しようとして失敗したような、そんな複雑な顔をした雅季が明後日の方角、いや観客席の方角を見ていた。

 

「どうした?」

 

思わず問い掛けた森崎に、雅季は何か諦めたように首を横に振って答えた。

 

「……いや、何でもない。試合がんばれよー」

 

「あ、ああ」

 

どうも強制的に話題を断ち切られたような気がするが、もうすぐ試合も始まる。

 

結局それを追求することも、森崎が雅季に言おうとしたことも口にせず、森崎はエンジニアと共に競技場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった天幕の中。

 

一人残った雅季は、感じ取った『縁』に深く肩を落とすと、小さく呟いた。

 

「居なくていい時にやって来るのはいつもの事とはいえ、本当に何しに来たんだか。

 

 あの幻想郷一の駄目妖怪は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男子スピード・シューティングの観客席。

 

桐原武明は探し人を求めて左右を見回し、

 

「桐原君、こっちこっち!」

 

その探し人である壬生紗耶香の方が先に気づいて桐原を呼んだ。

 

「悪い、遅くなった」

 

「ううん、大丈夫」

 

前世紀から続く定番のやり取りを交わしながら、桐原は紗耶香の隣に座る。

 

「何とか準々決勝から間に合ったか」

 

「何か機材トラブルがあったらしくて。今さっき再開されたところ」

 

「そりゃいいタイミングだな」

 

「男子クラウド・ボールのメンバーはどんな感じ?」

 

紗耶香が尋ねたのは、明日の新人戦に出場する男子クラウド・ボールの一年選手のことだ。

 

桐原もまた、先程まで服部たちと同じく出場する一年達に付いて話をしていたところだった。

 

「ちっと危ういな。『早撃ち』の女子チームの結果、というか司波兄に触発されて変に気負い過ぎだ。しかも女子と比べて男子の予選突破が森崎だけだったってことで余計に、な」

 

一日置いて少しは落ち着いてくれりゃいいんだが、と溜め息混じりに桐原はボヤいた。

 

そして話を聞いていた紗耶香は、クスッと小さく笑みを零した。

 

それに気付いて怪訝そうな視線を送ってきた桐原に、紗耶香は言った。

 

「一年生でも、やっぱり“男の子”なんだね」

 

「……そりゃあ、まぁな」

 

どう返していいかわからず口篭る桐原。それは訳が分からず、というわけではなく理解できてしまうが故に。

 

要するに「司波達也に負けたくない」という対抗心のようなものがあるのだ。一年男子にも、桐原にも。

 

桐原自身も達也のことは認めているが勝負となれば話は別。

 

つい先日には「次に立ち会う時は勝ってやる」と服部に宣言したばかりなのだから。

 

それが同級生、しかも一科生となれば余計だろう。

 

「とはいえ、森崎以外の二人みたいに空回りして予選落ちってのは、もう勘弁して欲しいけどな」

 

ちなみにスピード・シューティングのフォローに回っていた上級生達は、摩利を筆頭に「気付かなかったじゃフォローに回した意味がないだろ」と幹部達に責められ、後悔先に立たずと頭を下げることしか出来なかった。

 

「せめて男子の選手で一人でも活躍してくれりゃ、いい方向に持っていけるんだけどな」

 

そう口にした桐原の視線の先にあるのは、男子スピード・シューティングの競技場。

 

紗耶香は桐原が誰に期待しているのか、誤解しようが無かった。

 

深雪、結代に次いで一年実技の第三位。

 

(頼むぜ、森崎。男子陣の火付け役になってくれ)

 

桐原はちょうど競技場に向かっている最中であろう後輩に、そう託した。

 

 

 

 

 

 

雅季が『縁』を感じて顔を引き攣らせたのは、ちょうどこの時だった。

 

 

 

そして、

 

 

 

「お隣、宜しいかしら?」

 

 

 

桐原の反対側、紗耶香の隣から声を掛けられ、二人は同時に振り返った。

 

――本当に、いつからいたのだろうか、彼女はそこにいた。

 

白い日傘を差した女性。年齢的には同世代のように見えるが、年下の少女と、或いは大人の女性と言われても納得してしまいそうな不思議な雰囲気を持っている。

 

金髪の長い髪に帽子を被り、紫色の派手なドレスを身に纏っている。

 

そんな奇妙な格好でも二人は、いや周囲にいる観客達も“何故か”気にならない。

 

「え、ええ、どうぞ」

 

「では失礼するわね」

 

一言断りを入れて、女性は紗耶香の隣に座る。

 

そんな彼女に桐原は違和感を覚えた。

 

ちょうど女子バトル・ボードの準決勝が行われている時間帯と重なっていることもあり、男子スピード・シューティングの会場は疎らとは程遠いが満席とまでもいかない客入りだ。

 

実際、桐原が軽く見回しただけでも幾つもの空席を見つけることが出来た。

 

それなのに、何故彼女はわざわざ紗耶香の隣に座ったのだろうか……?

 

そんなことを考えていると、

 

「あら、そんなに見つめられますと、お隣の彼女に怒られてしまいますわよ?」

 

その声で我に返った桐原は、自分がずっと彼女を見つめていたことに気付いた。

 

「あ! いや、そんなつもりじゃ――!?」

 

「き・り・は・ら・くん?」

 

「だから違うって! 誤解だ!」

 

見事な笑顔(ただし目が笑っていないバージョン)で桐原を見る紗耶香に、暑さ以外の汗をふんだんに掻きながら慌てて弁明する桐原。

 

「ふふ、仲がよろしいのね。――朱糸指結、良縁成就。まあ当然なのだけど」

 

そんな二人を胡散臭い、もといきな臭い、もとい怪しげな……もとい不思議な笑みで見つめる女性。彼女が途中で呟いた言葉は、二人の耳には届かなかった。

 

「お二人は魔法科高校の生徒かしら?」

 

「あ、はい、そうです。あたしたちは一高に通っています。あなたは観戦ですか?」

 

「ええ。友人が出るもので、応援に」

 

「へぇ。あんたみたいな綺麗どころに応援されるなんて、どんな羨ましい奴なんだか」

 

「あら、こんな可愛らしい彼女を連れている貴方ほどではありませんわ」

 

「か、可愛いだなんて!」

 

いつの間にか自然と打ち解けて女性と普通に会話をしている桐原と紗耶香。

 

今さっき出会ったばかりの初対面の他人であるにも関わらず。

 

見知らぬ人物に対する、普通なら感じるはずの意識の『壁』が無くなっており、今では友人のような親近感で接していることに、二人は気づかない。

 

当然ながら桐原がつい先程まで感じていた違和感も無くなっていた。

 

「あ! そう言えば名前言っていませんでしたね。あたしは壬生紗耶香って言います。一高の二年です」

 

「俺は桐原武明。壬生と同じく一高の二年だ」

 

「それはそれは、ご丁寧に」

 

そして、女性は扇子を取り出して口元でパッと広げると、現実においてその名を口にした。

 

 

 

「――わたくし、八雲紫と申しますの」

 

 

 




森崎、覚醒。

なのに全ての話題を持っていきそうな問題少女、ゆかりん登場。

この時点で幻想に一番近かったのは、幻想郷で縁を結ばれたあの二人でした。

ちなみに次話のタイトル(予定)は、『森崎駿』です。


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