魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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お待たせしました。ピラーズ・ブレイクの雅季の試合になります。
何とか一話にまとまりましたが、前話の森崎に次ぐ文字数となりました(汗)

新人戦のポイントは本戦の半分、ということですが。
本戦で五ポイントだった場合はどうなるんでしょうか?(疑)
二.五ポイントは無いと思うので、とりあえず本作品では三ポイントと設定しています。


第32話 サニー・レイセン・アタック

新人戦一日目を終えた夜、『無頭竜』の幹部たちはたった一日にして昨夜の祝杯気分から一転、さながら通夜のような雰囲気で無言のまま円卓を囲っている。

 

いや、通夜というよりも目前に迫った刑の執行を待つ死刑囚の方が喩えとしては合っているかもしれない。

 

その理由は、言わずもがな新人戦の結果である。

 

一高は女子陣の快進撃と森崎の優勝によって計七十五点という大量得点を手に入れ、対する三高は吉祥寺の準優勝と四位、女子の四位で計二十五点。

 

九十点の差は、僅か一昼にして四十点にまで縮まっていた。

 

「……新人戦は、三高有利ではなかったのか?」

 

重苦しい沈黙に耐えられず、一人が呟く。

 

それを切っ掛けにして、漸く各人も口を開き始めた。

 

「男子スピード・シューティングは、まだ許容範囲内だ。問題は女子スピード・シューティングだ」

 

「ああ。一位から三位を独占するなど、もはや異常だ」

 

「やはり、あのエンジニアか」

 

「司波達也、といったな。汎用型CADに照準補助装置を取り付けるなど、高校生レベルではないぞ。いや、世界でも屈指レベルといってもいい」

 

「……由々しき事態だ。一体何者なのだ?」

 

無頭竜の幹部になるには魔法師であることが必須条件だ。

 

よって当然ながら彼らは全員が魔法師であり、魔法や魔法技術に関する知識を持っている。

 

それ故に、達也のエンジニアとしての腕前が高校生レベルを軽く凌駕していることに否応なく気付かされていた。

 

「あの小僧の詳細については部下に最優先で調べさせている。ともかく、問題は明日以降の競技についてだ」

 

一人の発言で、議論は具体的で建設的な内容へと移行する。

 

「本戦と同様に、トーナメント表を弄るしかあるまい」

 

「それだけではなく、場合によっては『電子金蚕』の使用も視野に入れるべきだ」

 

「あれは本当の意味での切り札だ。使い過ぎると露見する可能性もある。乱用するべきでは……」

 

「今さら慎重論を唱えてどうする? 使いどころを誤って、結果一高が優勝でもしたらどうするつもりだ?」

 

「……」

 

慎重論を唱えた一人は、その反論で返答に詰まる。

 

ここで別の者が援護に回った。

 

「『電子金蚕』は重要な局面で使用するべきだろう。具体的には新人戦モノリス・コードと本戦モノリス・コードだ。この競技が最も得点配分が高い。尤も、状況によっては本戦ミラージ・バットでも使う必要があるかもしれんが」

 

それを聞いて、反論した者は渋々ながら引き下がる。

 

「だがトーナメント表を細工するとしても、集められる限りは集めたとはいえ選手のデータが不足している。本戦のように巧くはいかない可能性が高いぞ」

 

二年生、三年生ならば前回の九校戦や、部活での大会の成績などである程度の情報と実力は把握できた。

 

だが一年生となるとそうもいかない。

 

家柄や中学時代の大会なども調べさせ、それでも中学以前までは無名だったという者も少なくない。

 

各高校の成績データベースは厳重なセキュリティ下に置かれてハッキングは不可。

 

例の暗示系の魔法と人を使って、何とか期末試験での順位表を手に入れられたぐらいだ。

 

しかもただの順位表なので、得手不得手の魔法などは一切記載されていない。

 

「……やれる限りでやるしかあるまい。まずピラーズ・ブレイクは、少なくとも地理的条件で小樽の八高、そして大本命として三高の一条選手が有利になるはずだ」

 

「一高からの出場選手は男女共に三名、その中でもある程度の魔法技能がわかっているのは結代選手のみか」

 

「……あれはわかっていると言えるのか?」

 

「……」

 

一人のぼやきに、頷ける者は誰もいなかった。

 

 

 

演出魔法師(アトラクティブ・マジック・アーティスト)』結代雅季の名は有名だ。それも魔法業界だけでなく一般の間にも

 

そして、実家の結代家も。

 

まず結代家自体が、魔法が使える一族でありながら十師族を頂点とする魔法師コミュニティーに属していないという異例の家系だ。

 

過去に幾度もコミュニティー入りを要請されては、その度に拒んでいる。

 

結代家の言い分としては、自分達の本業は結代大社の神職であり、魔法師ではないということだが。

 

同じ立場にいた東風谷家が消えた、いわゆる『東風谷の悲劇』以降もコミュニティー入りを頑なに拒んでいるというのは、少なくとも彼らには理解できなかった。

 

名ばかりでも、形だけでも名を連ねればある程度の加護は得られるというのに。

 

そして、その結代家の直系である結代雅季もまた異例だった。

 

演出魔法という新ジャンルを生み出し、『魅せる魔法』という生産性も実用性もない魔法に拘る少年。

 

今年のサマーフェスも含め過去の演出魔法を調査したが、その魔法力は少なくとも百家、それも上位に匹敵するだろうと無頭竜は分析している。

 

だが肝心なことに、演出用の魔法は散々にわかったが実用的、実戦的な魔法はどれぐらい使えるのか全くもってわからなかった。

 

結代家には一族に対する二つ名のようなものもなく、得意魔法もわからない。

 

聞いた噂では嘘か真か知らぬが、雅季の父親である結代百秋は、近年はコーヒーを淹れる時ぐらいしか魔法を使っていないとか。

 

何でもコーヒーを無重力、真空状態にして一瞬沸騰させた後、気化熱を奪われ凍ったアイスコーヒー(本人命名「サテライトアイスコーヒー」)をよく客人に振舞っているらしい。

 

ちなみにこのコーヒー、格別の香りと味がすることですこぶる好評だとか。

 

『よくわからない』

 

それが結代家を調べた無頭竜幹部陣の、結代家に対する感想と結論だった。

 

 

 

「とりあえず結代選手には、八高を始め各校の成績上位者を当てるようにしておこう」

 

「一条選手とは当てないのか?」

 

「いや、ここは一条選手の決勝リーグ行きを優先させる。新人戦モノリス・コードで一高を棄権に追いやり三高を優勝させれば、得点差は再び開く」

 

「つまり、モノリス・コードまでに必要以上に点差を詰められないようにするわけか」

 

「ああ。点差が開けば儲けもの、最低でも現状維持。この方針でどうだろうか?」

 

「異存は無いが……あのエンジニアにはどう対処する? 女子ピラーズ・ブレイクとミラージ・バットを担当するらしいが?」

 

その問いに対して、問い掛けた者も含めて沈黙したのが答えだった。

 

自らの命が掛かっている為に、何らかの対策を講じなければならないのだが……。

 

「……スピード・シューティングの時のような新術式、新技術はもう無いと思いたいが」

 

「それは些か楽観的過ぎる」

 

「だがどうしろと?」

 

他高と比べてあまりに隔絶している達也の技術力に対する有効的な手立てを、無頭竜の幹部達は思い付くことが出来ない。

 

故に、対抗策は前提条件(テーブル)をひっくり返す、些か強引なものにならざるを得なかった。

 

「……『部隊』はどうしている?」

 

「観客席に紛れさせて待機させているが? まさか――!」

 

「……最悪の場合、『強硬手段』も取る必要があるだろう。異論は無いな」

 

周囲への問い掛け、いや確認に、異論を挟む者はいなかった。

 

 

 

その後も彼らの策謀は続き、彼らのいる円卓の部屋は真夜中を過ぎても電気が消える事は無かった。

 

 

 

 

 

 

大会五日目、新人戦二日目。

 

三日目に大逆転、四日目にその差を一気に縮めるという接戦を繰り広げている一高と三高。

 

一高の優勝が本命視されていた今大会は、大方の予想に反して優勝がどちらに転ぶかわからない展開を見せている。

 

そんな状況下で行われる新人戦二日目の競技は男女クラウド・ボール予選と決勝、男女アイス・ピラーズ・ブレイク予選の二種目だ。

 

女子ピラーズ・ブレイクではエンジニアである達也のサポートの下、一回戦第一試合に英美、第五試合に雫、最後の第十二試合に深雪というスケジュール。

 

そのうち先程行われた女子第一試合では、若干苦戦しつつも英美が二回戦進出を決めている。

 

その後に控えている雫の試合の前、男子ピラーズ・ブレイク一回戦第三試合。

 

組み合わせは一高対二高。

 

そして一高の出場選手は、結代雅季である。

 

 

 

「そう言えば、結代の実力を見るのはこれが初めてか」

 

「そうね」

 

一高本部の天幕で各試合をモニターしている摩利と真由美。

 

二人の見ているモニターでは、試合前の男子ピラーズ・ブレイクの様子が映し出されている。

 

まだ選手は入場していないので、両校の櫓は無人のままだ。

 

現在、本部に詰めているのは真由美、摩利、そして試合結果をまとめている鈴音の三人。

 

克人や服部といった他の面子は今日も新人戦選手達のサポートに回っている。

 

「作戦スタッフとしては、事前に選手の力量は把握しておきたかったところですが……」

 

二人の後ろでデータをまとめている手を動かしたまま、鈴音がポツリと不満を零し、

 

「そこはしょうがないって、リンちゃん。結代君にも都合があったんだから」

 

真由美が振り返って鈴音を宥めた。

 

選手達には知られていない(と彼女達は思っている)が、鈴音は雅季に対して不満を抱いている。

 

無論、鈴音はそれを顔に出したりはしないまでも、他の選手たちがいない間に時折このように不満を口にしている。

 

鈴音の不満の原因は、雅季がサマーフェスを優先して練習に参加しなかったことも一つだが、真由美と摩利は相性の問題だと見ている。

 

鈴音は緻密で几帳面な性格だが、雅季は誰から見ても暢気で自由奔放な性質(タチ)の人間だ。

 

相性的に反りが合わないのだろうと、真由美と摩利は互いに確認した訳でもないのに同じくそう思っている。

 

尤も、本当は一高よりも家業(雅季は結代神社の都合で時々学校を休む)や演出魔法(サマーフェス)を優先していることに鈴音は不快感を抱いているのだが。

 

クールだと思われがちな鈴音が、内心で深い愛校心を抱いていることを知らない二人にはわかるはずもなかった。

 

「まあ、ともかく。あの司波に次ぐ魔法力、見せて貰おうじゃないか」

 

「そうね。どんな魔法を使うのかしら」

 

場を和ませようと軌道修正された会話に、

 

「……事前にどんな魔法を使うのか確認してみたところ、『一回戦目はとにかく熱くしようと思います、夏ですし』と、よくわからない答えを頂きました」

 

再び鈴音が不満そうな口調で言った。

 

「……そうね、夏よね」

 

「……まあ、夏だな」

 

流石にこれには真由美も摩利も返答に窮して、二人は逃げるようにモニターに集中した。

 

だからだろうか、真由美はちょっとした変化に気がついた。

 

「……ねえ摩利、ちょっと気になったんだけど」

 

「何だ?」

 

「男子の試合にしては観客が多くないかしら?」

 

真由美の指摘に、摩利は改めて客席を見た。

 

「そう言えば、そうだな」

 

ファッション・ショー化している女子ピラーズ・ブレイクは満席もよくあることなのだが、同じタイミングで行われる男子ピラーズ・ブレイクは女子の方に観客を取られて余裕があるのが常だ。

 

だが、前の試合は一高の選手が出ていなかったので見ていなかったが、この第三試合は例年から見ても、満席とはいかないとはいえ明らかに空席が少ない。

 

真由美と摩利、そして会話を聞いていた鈴音も、不思議そうに首を傾げるだけだった。

 

 

 

三人がその理由を知るのは、選手が入場した直後のことである。

 

 

 

 

 

 

その観客席にはエリカ、レオ、幹比古、美月、ほのか、森崎の姿もあった。

 

ついでに本日も何処からともなく現れた紫も、ちゃっかりエリカの隣に座っている。

 

そして紫を見た時に美月が思わず引き気味になったのも変わらずだ。

 

ちなみに紫が現れた時のエリカとの会話がこれである。

 

「崩れ堕ちてく砂の城~溶けて消えるは土の国~」

 

「あ、やっほー。八雲さん、昨日ぶり。というかもう紫でいいよね? それ何の唄?」

 

「ヤフー。構いませんわ、私もエリカと呼ぶから、勝手に。通りすがりの巫女の唄よ」

 

「オーケー、紫。で、なに、通りすがりの巫女が歌ってたの?」

 

「通りすがりの巫女の前を通りすがった私が歌った唄よ」

 

「アンタかい」

 

……どうやらエリカも色々と馴染んできたらしい。閑話休題。

 

昨日の男子スピード・シューティング決勝戦を一緒に見た面子の中では、まず深雪、雫、雅季が試合なのでこの場にはおらず、女子チームのエンジニアである達也も同じ理由でいない。

 

桐原と紗耶香はクラウド・ボールの観戦に行っており、代わりに森崎が新しく観客席の面子に加わっている。

 

蛇足だが、紫とエリカの会話を聞いた森崎は「ああ、あいつの知人か。類が友を呼んだか……」と即座に誰の知人かを見抜いて呟いたとか。

 

「もうすぐ始まるな、雅季の試合」

 

「うん、そうだね」

 

レオが何気なく呟いた言葉に、隣に座っている幹比古がそれに答えた。

 

「正直、結代家の魔法には興味あるんだ。どんな魔法を使うのか気になるよ」

 

「そういや、ミキんところって結代家とも付き合いあったわね」

 

「僕の名前は幹比古だ」

 

「あ、ミッキーの方が良かった?」

 

「僕の名前は幹比古だ!」

 

そこはどうしても譲れないらしく、幹比古は頑なに主張する。

 

ごほんとわざとらしく咳払いをして、幹比古は続けた。

 

「何でも結代家は吉田家の始まりにも少し関わっているらしい。尤も、文献として残っている訳じゃないから本当かどうかわからないけどね。少なくとも古くからの付き合いなのは間違いないよ。といっても、僕自身は()()()()()()()()()()んだけどね」

 

「へぇ」と関心を持った声が幾つも漏れる。幹比古は視線をエリカから前に戻すと、再び口を開いた。

 

「結代家が魔法を使えることは、昔から僕たち古式魔法の系譜の間でも知られていた。だけど、結代家の使う魔法についてわかっていることはほとんど無いんだ」

 

「え? そんなに古い付き合いなのに、ですか?」

 

美月が軽く目を見開いて問うと、幹比古は頷いた。

 

「結代家は結代大社の宮司。それが結代家の基本スタンスだから実際に魔法を使うことは滅多に無いんだ。事実、結代家で魔法科高校に入学したのは雅季が初めてのはずだよ。その点で言えば、寧ろ積極的に衆目の前で演出魔法を使っている雅季は……変わり者になるのかな」

 

『異端』という言葉は流石に失礼になると思い、幹比古は別の表現を持ち出す。

 

元々説明好きなところもあってか、幹比古は更に続ける。

 

「結代大社は国津神である八玉結姫を祀る神社だから、本来なら吉田家(ウチ)と同じ神祇魔法だと思うんだけど……」

 

「でも雅季が使っているのは普通の現代魔法だぞ? 神祇魔法って精霊魔法のことだろ? 少なくとも僕は雅季が精霊魔法を使っているところは見たことがない」

 

「神祇魔法イコール精霊魔法っていうワケじゃないけど……」

 

森崎の言葉に幹比古は部分的に否定しつつも頷いた。

 

「雅季は未だ結代家ならではの固有魔法を見せていない。もしかしたら古い術式は失伝してしまったのかもしれない。……でももし、この『棒倒し』で雅季が一条選手と当たることになれば、もう一つの“もしかしたら”があるかもしれない」

 

改めて口にすることで興味が表にも顕れたらしく、後半の口調はやや力が強いものだった。

 

幹比古の説明を聞いていた紫は、誰にも悟られぬよう扇子を口元に当てながら笑った。

 

 

 

結代家ならではの魔法?

 

そんなもの、当たり前のように毎日使っているではないか。

 

いや、あまりにも当たり前過ぎて、誰もそれに気付いていないだけか。

 

目に見える事象改変ではないのでわかりにくいかもしれないが、紫からすればざっと()()()くらい結代家を見ていればわかるようなものだが――。

 

(――ああ。()()()()じゃ、わからないわね)

 

人の一生ではそれに勘付く前に生涯を終えてしまうことだろう。

 

大雑把で洗練され、簡単で得難く、移ろい易く永遠な、『紡ぐ』と『結ぶ』というその魔法に――。

 

 

 

『男子アイス・ピラーズ・ブレイク第一回戦第三試合を開始します』

 

会場内にアナウンスが流れ、エリカ達の視線は競技場へと注がれる。

 

再び流れたアナウンスが選手入場を告げる。

 

まず対戦相手である二高の選手の名が呼ばれ、アナウンスと同時に選手が櫓に上がった。

 

二高の関係者と無頭竜以外は知らぬことだが、彼は二高の一年生の中では魔法実技で五指に入る実力者。

 

二高にとって新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイクの一番の主力選手として期待されている人物である。

 

その自信故か、闘志と戦意を剥き出しにしながら随分と気合の入った表情で、未だ姿を現していない相手側の陣地を見遣る。

 

ひと呼吸置いて、続いてアナウンスが一高選手の入場を告げる。

 

 

 

――その途端、会場が沸き上がった。

 

 

 

「へっ? え、なに?」

 

突然自分達の周囲からあがった拍手と歓声に、エリカが素っ頓狂な声をあげる。

 

エリカだけでなく他のメンバーも同じく当惑しており(ちなみに紫はいつも通り)、一高本部の天幕でもそれは同様だった。

 

「これは……?」

 

「一体なんだ?」

 

「結代君に、歓声?」

 

立て続けに疑問の声をあげる鈴音、摩利、真由美。

 

二高の選手も自信に満ちた顔を崩して、突然のアウェー感に戸惑いを顕わにしている。

 

そんな中で、結代雅季はあくまで自然体のまま、ゆっくりと競技場の櫓に姿を表した。

 

同時に歓声もまた一際大きくなり、所々で観客席から雅季に向かって声が飛ぶ。

 

「サマーフェス行ったぞー!」

 

「ビーム撃てー!」

 

「プラズマキャノンで薙ぎ払えー!」

 

「またライヴやってー!」

 

そう、歓声をあげた観客の誰もが、サマーフェスをはじめとした様々なイベントで雅季の演出魔法を見た者であり、魅せられた者だ。

 

中にはネット上でそれを見ただけであり、実際に見たくてここへやって来た者もいる。

 

「……そっか」

 

歓声の中で上がった声からそれを察した真由美は、大きく息を吐いて小さく笑みを零した。

 

同じく声を聞いた摩利もまた、軽い苦笑を浮かべている。

 

「あれが『演出魔法師』ということか。それにしても、意外と有名人なんだな、あいつ」

 

「前々から有名人じゃない、結代君は」

 

そんな二人の会話を、鈴音は内心をおくびにも出さず無表情のまま聞いていた。

 

歓声が収まった後も残響のようなざわめきが残っている。

 

二高の選手は首を振って改めて表情を引き締めているが、先程と違って僅かに苛立ちが見えている。

 

魔法科生徒にとって折角の晴れ舞台で、観客が一高贔屓なのが気に入らないのだろう。

 

況してや三高の吉祥寺真紅郎のように()()()な魔法で名を馳せているならば納得できるが、()()()の魔法で人気を得ているというのだから、余計に気に入らない。

 

叩き潰す、雅季を貫く強烈な視線はそう語っていた。

 

対する雅季は携帯端末型の汎用型CADを右手に持ちながら、その口元は少し楽しげに釣り上がっている。

 

その心持ちは言わば遊びを含んだ闘志。スペルカードで対決する前の心境とほぼ同じ。

 

ただ勝つのでは無く、()()()()()勝つ。

 

それが演出魔法師(アトラクティブマジックアーティスト)として、そして『結び離れ分つ結う代』である結代雅季のこだわりだ。

 

 

 

両者が出揃ったことで、シグナルが点灯する。

 

ざわめきは収まり、試合開始直前の静けさが競技場を包み込む。

 

そして、シグナルが赤から青へと変わった瞬間。

 

 

 

氷柱が輝いた――。

 

 

 

 

 

 

試合開始直後、二高陣地の氷柱十二本が一斉に発光した。

 

少なくとも最初は誰もがそう思い、だが同様に誰もがそれが誤解であることにすぐに気付いた。

 

氷柱そのものが発光しているのではなく、十二本全ての氷柱が強烈な光で照らされているのだ。

 

瞬く間に氷柱から無数の水滴が流れ始め、縦横一メートル、高さ二メートルの長方形から楕円形へと形が徐々に変わっていく。

 

更に氷の一部がシャーベット状となって崩れ落ち、地面へと落下する。

 

その様子は一高の本部天幕にあるモニターでも映し出されている。

 

「太陽光を屈折、収束させて焦点を相手の氷柱に当てているのか」

 

モニターにオプションとして付いている魔法の解析データを見るまでもなく、摩利は雅季が使用した魔法が何であるかを言い当てる。

 

そこまでは観客席の一般人でもわかる、目に見える事象改変だ。

 

「うん。でも、それだけじゃないわ」

 

そして、魔法師である彼女たちはそれ以外の魔法にも気付いていた。

 

「振動系魔法で高周波を生み出して、敵陣に放射することで氷の内部からも溶かしているわ」

 

高周波は加熱性こそ低いが、氷の内部まで均一に加熱する性質を持つ。

 

太陽光の焦点で氷を外部から溶かし、更に高周波で内部も溶かしていく。

 

二高の選手が振動系魔法で氷の冷却を、同時に氷柱周辺の光を屈折させることで収束光が当たるのを防ごうとしているが、それでも氷柱はみるみる溶け出して形を変えていく。

 

もしかしたら二高の選手は、太陽光の収束という目に見える事象改変に気を取られ高周波には気付いていないのかもしれない。

 

「成る程、熱くするとはこういう事ですか」

 

だが、それだけでは腑に落ちないと鈴音は首を傾げる。

 

「ですが、光の焦点と高周波を掛け合わせているとしても、氷が溶けるのが早すぎる気がしますが……」

 

鈴音の言う通り、二高の氷柱は既に十二本全てが元の形を保てていない。

 

それによく見てみれば、融解して水滴となって溶けるというよりも、シャーベット状になった塊が転がり落ちていく方が多い。

 

まるで、融解しているというよりも氷の結晶の結合力自体が弱まっているような――。

 

そこで鈴音はハッと気付き、モニターを凝視した。

 

脳裏に浮かんだのは、自身の論文テーマである加重系魔法の技術的三大難関の一つ、重力制御型熱核融合炉の研究の一環で使用している術式。

 

「まさか、分子結合力中和術式?」

 

鈴音の呟きに、真由美と摩利が振り返った。

 

二人の視線に気づいているのかいないのか、鈴音は自分の考えをまとめるようにその推察を言葉として発した。

 

「収束系・振動系の複合魔法で太陽光を収束して氷の表面を、振動系魔法で生み出した高周波で内部も均等に加熱。更に分子結合力中和術式で氷の結晶結合力そのものを弱めて、融解を促進する。……こんな複雑な工程の魔法を同時に三つも行っているというのですか」

 

最後は感嘆と呆れが半々に混ざった口調で、鈴音は軽く息を零した。

 

「結代の奴、マルチキャストも出来たのか」

 

バトル・ボードで自身も使っていた技術なだけに、摩利は興味深そうに改めてモニターに目をやった。

 

自陣の氷柱の崩壊を防げないでいる二高の選手が、このままでは敗北は必須と判断して防御から攻勢へと転ずる。

 

モニターでは二高の選手が雅季の氷柱、その最前列の四つ全てに移動系魔法を駆使したことがデータとして映し出される。

 

だが、魔法式を投写されたハズの雅季の氷柱は不動のまま、動く気配を全く見せないことに二高の選手は驚きを浮かべる。

 

今度は標的を一つに絞り、再度移動系魔法を投写する。

 

それでも雅季の氷柱は動かない。

 

動揺は、目に見えて大きくなった。

 

「『情報強化』ね」

 

真由美が呟く。

 

「二高の選手も自陣の氷柱に『情報強化』をすれば、少なくとも分子結合力中和術式は防げるんだがな」

 

「太陽光の収束という目に見えて派手な魔法に、高周波という目に見えない魔法。この二つで中和術式から目を逸らさせているのでしょう。振動系魔法で氷を直接加熱しないのも、その為かもしれませんね」

 

『情報強化』は対象物の事象改変を阻止するものであり、物理的エネルギーに変換されたものには効果を及ぼさない。

 

故に分子結合力中和術式は防げても、太陽光と高周波による氷の加熱と融解は防ぐことが出来ない。

 

「何だ、意外と策士なんだな、あいつも」

 

「こう言ったら失礼かもしれないけど、ちゃんと作戦も考えてたんだ、結代君」

 

摩利は面白そうに、真由美は意外そうにそれぞれ感想を述べる。

 

「……そう言えば」

 

その時、作戦という単語で何かを思い出した鈴音は、どこか呆れを含んだ声で言った。

 

「結代君は、今回の作戦を『サニー・レイセン・アタック』と呼んでいましたね」

 

一瞬の沈黙が三人の間に流れる。

 

「……その意味は?」

 

「不明です」

 

摩利の質問に即答する鈴音。

 

当然と言えば当然なのだが、彼女達は雅季が、

 

「光の屈折といえばサニーミルク。波長といえば鈴仙・優曇華院・イナバ。つまり、これぞコンビネーション魔法『サニー・レイセン・アタック』!」

 

などと某日の幻想郷で宣言していたことなど知らない。

 

「結代君のネーミングセンスって……」

 

なので、真由美の呟いた一言が、常識ある人たちの率直な感想だった。

 

 

 

 

 

 

収束系・振動系の複合魔法で太陽光を収束して氷の表面を加熱する。

 

更に振動系魔法で生み出した高周波が氷の内部も加熱する。

 

加えて放出系魔法の分子結合力中和術式が分子結合力を弱め、融解を促進する。

 

三つの複雑な工程の魔法が敵陣のエリア内と氷柱に投写され、瞬く間に氷を溶かし、シャーベット状態へと変化させていく。

 

とはいえ、観客席にいる一般人はそんな複雑な同時魔法(マルチキャスト)が行われていることなど察することは出来ない。

 

それでも二高陣地の氷柱を遍く照らす強烈な光は、目に見える派手な事象改変は観客を興奮させるのに十分だった。

 

エリカ達は雅季が太陽光の収束・屈折だけではなく高周波も組み合わせていることには気付いたが、分子結合力中和術式には気付いていない。

 

八雲紫を除いて――。

 

(あれは氷の境界を弱めている()()ね)

 

『境界を操る程度の能力』を持つスキマ妖怪、八雲紫にとって氷の分子結合力、つまり氷の境界に魔法が作用しているかなど手に取るようにわかる。

 

そして『離れと分ちを操る程度の能力』を持つ雅季もまた、境界に干渉する魔法など当たり前に使えるものに過ぎない。

 

元々結代家の『縁を結ぶ程度の能力』とは、言い換えれば境目を隔てた二つを結び付けることだ。

 

そのため、結代家の一族は境界に干渉する術式とは相性が良い。

 

その上で雅季の『離れと分ちを操る程度の能力』、特に『分ち』とは、つまり境界を作り出し、境界を増やすこと。

 

一を二に、それ以上に分けることができる能力だ。

 

本当ならば更に『離れ』を組み合わせることでUSNA軍の機密魔法である分子間結合分割魔法『分子ディバイダー』を遥かに上回る“切り離し”も可能だ。

 

紫のように境目を自由自在に操るというわけではないが、それでも『境界』という概念に対する理解と行使は、普通の魔法師では到底及ぶものではない。

 

紫が知る限り、『境界』に対して雅季を上回る術式を行使できる人間はただ一人。

 

『結界』を担う博麗の巫女、博麗霊夢のみだ。

 

紫はチラッと幹比古を横目で見る。

 

“結代家ならでは”の魔法というわけではないが、“結代家らしい”魔法を使っていることに幹比古は気付いていないようだ。

 

(フフ、貴方が結代家を識るには、千歳の坂を登る必要があるようね)

 

紫は内心でそう呟くと、視線を再び競技場へと戻した。

 

 

 

 

 

 

移動系魔法が通じないと判断した二高選手が、対象に直接干渉しない魔法、つまり『情報強化』では防げない魔法で一高の氷柱を倒そうと試みる。

 

それを雅季は、『情報強化』から『領域干渉』に切り替えて相手の魔法を未発に防いだ。

 

その間にも太陽光と高周波の魔法(サニー・レイセン・アタック)、そして氷の境界を弱める程度の魔法が、二高陣地にある十二本の氷柱全てをシャーベットの塊に変えていく。

 

一高陣地の氷柱がほとんど無傷であるのと対照的に、二高陣地の氷柱は溶けて崩れて、もはや原型を留めているものは一つもない。

 

内心で見世物の魔法と罵っていた二高選手が雅季の『領域干渉』を、『情報強化』を上回る魔法を構築することが終ぞ出来ないまま、雅季はフィニッシュへと取り掛かる。

 

CADを操作して太陽光と高周波の魔法(サニー・レイセン・アタック)を止めて新しい魔法に、ラストを飾る“魅せる魔法”へと切り替える。

 

途端、二高陣地に旋風が吹き荒ぶ。

 

結晶の結合力を弱められシャーベット状態となっている氷柱は、その突風に耐えられなかった。

 

十二個のシャーベットの塊は旋風によって瞬く間に削られ、空へと舞い上がる。

 

時間にして数秒の旋風が吹き終えた後、二高陣地には氷の溶けた十二箇所の水溜まりしか残っていなかった。

 

そして、上空へと巻き上げられた氷の結晶は、そのまま魔法の風に乗って四方へと舞い散り――季節外れの雪となって観客席へと降り注いだ。

 

「うおっ! 冷た!」

 

レオと同じような楽しい悲鳴が観客席の彼方此方から上がり、

 

「真夏の客席へのファンサービスってわけ」

 

「これも演出魔法ですよね」

 

「何というか、いかにもあいつらしい終わらせ方だな」

 

エリカ、美月、森崎の会話は、直後にあがった歓声と拍手でかき消された。

 

 

 

叩き潰すと内心で宣言した二高選手は逆に完膚なきまでに叩きのめされ、悔しそうに唇を噛み締めながら会場に背を向け、一回戦で姿を消す。

 

そして会場を味方に付けた雅季は、歓声と拍手に包まれながら勝利者として櫓から降りていく。

 

新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦第三試合、一高対二高の対決は、一高の完勝で終わりを告げた。

 

 

 




『サニー・レイセン・アタック』
コンビネーション魔法の意味を履き違えた自称コンビネーション魔法。
光の屈折関係と波長関係の魔法を一緒に使うときに雅季が使用。

無頭竜の会話で、さり気なく気になりそうな単語を混ぜておきました。(ボソッ)
続きは本編で(笑)


おまけ「非想天則っぽい勝ちセリフ集」

~サニーミルクの場合~
「姿は隠せても縁は隠せない。サニー、みっけ」
「また『鳥獣伎楽』のライヴに来ない? いま大物新人を勧誘してるところだからさ」

~鈴仙の場合~
「現実での幻は幻想。でも幻想での幻は現実とはならない」
「この前の紅華との弾幕勝負見てたけどさ、二人ともちゃんとどれが本物で幻覚かわかってた? 全部避けてたけど」

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