魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

35 / 62
三話連続で一万字を超えました(汗)
魔法科のアニメ化、来ましたね。
いつかは来るんじゃないかな、とは思っていたので驚きというより「いよいよか」といった気持ちですね。
良作になることを願っています。



第33話 境目の干渉者達

『新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクが凄いらしい』

 

ピラーズ・ブレイクが男女ともに一回戦を終えたあたりで、そういった主旨の話題が観客や関係者の間で流れ始めていた。

 

特に一番の話題となったのは、一高の司波深雪についてだ。

 

まず、その可憐なる美貌に加えて緋色の袴姿が実に絵になっており、入場した瞬間に観客から感嘆の溜め息を誘発させた。

 

ちなみに、自分の試合を終えた某少年もそれを見ており、脳裏に紅白の巫女と現人神と結びの巫女の三人を思い浮かべて「あの三人より巫女っぽい」と呟いたとか。

 

入場早々に全員を魅了した深雪は、直後に今度はその魔法力で全員を圧倒した。

 

中規模エリア用振動系魔法『氷炎地獄(インフェルノ)』。

 

エリアを二分し、片方の振動・運動エネルギーを全て減速させ、余剰エネルギーをもう片方へ逃がすことにより、片や凍原、片や焦熱という両面の地獄を作り出すエリア魔法。

 

魔法師ライセンス試験でA級受験者用に出題される程のハイレベルな魔法であり、本来ならば新人戦で見られるようなものではない。

 

その容貌と魔法力は、新人戦は元より九校戦全体でもトップクラスの話題性となった。

 

ちなみに三高の頭脳(ブレーン)はここでも現れた一高の反則(チート)級戦力に顔を引き攣らせ、無頭竜に至っては一時的に聞くも語るも涙な状態に陥った。

 

尤も、無頭竜については完全な自業自得なので同情の余地は無いのだが。

 

最も騒がれているのは深雪についてだが、他にもピラーズ・ブレイクの出場者で話題を呼んでいる者達がいる。

 

女子で言えば、深雪と同じく一高の北山雫が、これまた美少女ながら自陣の被害は一本のみで相手を打倒したことで軽く話題となっている。

 

男子で言えば、優勝候補筆頭である三高の一条将輝が、一条家の代名詞である『爆裂』を使わずに完封勝利をしたことで「流石は十師族の直系」と主に魔法師関係者の間で話に上がっている。

 

そして、男子の中で一条将輝以上に話題を集め、ともすれば深雪の次ぐかたちで話題を呼んでいるのが一高の結代雅季だ。

 

元より演出魔法師として有名であり、一回戦では複雑な魔法のマルチキャストという技術と魔法力により将輝と同じく完封勝利を達成。

 

この時点で、今年の新人戦で完封勝利を達成しているのは深雪、将輝、雅季の三人のみ。

 

更には試合の最後に演出魔法師らしい演出を見せたことが、主に観客の間で評判となっている。

 

女子は深雪を、男子は雅季を中心に話題を集めている新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク。

 

同日ながら二回戦の集客率が上がったのは、むしろ必然だった。

 

 

 

 

 

 

新人戦男子ピラーズ・ブレイク二回戦第一試合は、一高と八高の組み合わせだ。

 

また同じタイミングで女子ピラーズ・ブレイクでも一高の試合が行われる。

 

女子の出場選手は明智英美。

 

男子の出場選手は雅季だ。

 

雅季の試合について、無頭竜としては二高の選手との戦いで消耗した後に八高選手の成績上位者と戦わせることで、雅季の二回戦敗退を狙ったものなのだが。

 

あれだけ派手な魔法を使っておきながら雅季に消耗した様子がまるで見られない時点で、その目論見は半ば頓挫している。

 

千代田花音と五十里啓の二人は、一回戦は女子ピラーズ・ブレイクを観戦していたが今回は男子の試合を観戦するため、男子ピラーズ・ブレイクの試合会場へ来ていた。

 

というのも花音が「結代君の試合が何だか面白いらしいよ。見に行こうよ」と五十里を誘ったため、より具体的には雅季の試合を観戦する為に二人は来ている。

 

「女子は三人とも一回戦突破、男子も二人が勝ち進んでいる。このまま勝ち進んでくれるといいんだけど……」

 

ピラーズ・ブレイクの好調な滑り出しとは裏腹に、五十里の表情はどことなく暗い。

 

その理由は、今さっき会った一高の友人達からクラウド・ボールの現時点での結果を聞かされたからだ。

 

ちなみに、その友人達は五十里達と軽く話をした後、気を利かせて二人と別れている。

 

「クラウド・ボールは、逆になっちゃったからね」

 

同じく結果を聞いた花音も、少し沈んだ声でそう言った。

 

 

 

新人戦クラウド・ボールでは一高の不振が再発していた。

 

まず女子クラウド・ボールが、花音の言ったようにスピード・シューティングとは真逆の結果に終わっている。

 

『早撃ち』や『棒倒し』の快進撃が嘘のように、全員が二回戦敗退。取得ポイントはゼロ。

 

本来ならば好成績を、優勝もしくは準優勝を狙えるほどの人材を揃えていたはずだったのだが、本戦と同様に新人戦でもクジ運に見放された。

 

何せ一回戦目から女子全員が三セットを全て接戦でフルに戦うという、まるで決勝戦さながらの白熱した試合となり、何とか勝ち進んだところで既に誰もが魔法力も体力も消耗していた。

 

うち一人に至っては一回戦を辛くも勝利したが、想子(サイオン)が枯渇気味となり二回戦を棄権している。

 

余談だが、司波深雪の圧勝ぶりで聞くも語るも涙な状態に陥っていた無頭竜は、この結果を見て何とか落ち着きを取り戻している。

 

一方で男子の方は、苦戦しながらも比較的善戦している。

 

女子と同じく接戦を何とかものにして、二人が二回戦を勝ち進み三回戦に進んでいる。

 

「昨日と違って良いコンディションだ。森崎に触発されたな」とは、試合前に選手と話をした桐原の評価だ。

 

どちらかというと達也の活躍の影響が大きかった女子と比べて、森崎は自分の力で吉祥寺を降して優勝している。

 

スピード・シューティングの結果が女子と男子に与えた影響度で言えば、男子の方がより良い影響を受けていた。

 

 

 

満席とまでは行かないものの、八割近く席が埋まった観客席。その大半は一般客だ。

 

観客席の一角の空席に腰を下ろした花音と五十里のような、九校戦関係者や魔法関係者の割合は少ない方だ。

 

これもまた、他の試合とは異なる点だろう。

 

通常ならば女子の試合に一般客が集まり、男子の試合には主に軍や警察、大学の関係者が観に来るのだから。

 

ちなみに一回戦目を観戦していたエリカ達は、あの後に雫と深雪の試合を観るために女子の会場の方へ向かい、そのまま女子の試合を観戦している。

 

それに(森崎はまだわかるが)何故か紫も一緒に同伴しているため、一回戦目を観ていたメンバーはこの場にはいない。

 

また本当に余談だが、深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』を見ていた紫は、目の前にある氷と炎の境界を弄りたくてしょうがないと、とてもイイ笑顔を浮かべていたのだが、一回戦目は自重したので何とか余談で済んでいる。

 

……二回戦目以降が非常に心配ではあるが。

 

以上、閑話休題。

 

 

 

いくら一般人の割合が多いとはいえ、雅季の試合を見に来ている一高関係者は花音達だけではない。

 

十文字克人もまた、雅季の試合を観戦している。

 

ただし観客席や本部の天幕からではなくピラーズ・ブレイク会場の一高側スタッフ用モニタールームから、という違いはあるが。

 

本戦男子ピラーズ・ブレイクの優勝者である克人は、率先して新人戦選手のサポートとして動いている。

 

今回もその一環であり、雅季のサポートとして訪れている。

 

尤も、どうやら雅季に対しては要らない世話だったようだ、と克人は思っているが。

 

『新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク二回戦第一試合を開始します』

 

アナウンスが開始を告げると同時に、自然と拍手が沸き起こる。

 

真由美や摩利のような人気のある選手にはよくあることだが、つまり雅季もまた人気のある選手であることを表している。

 

それは選手の名が、雅季の名がアナウンスから流れた時により明瞭となる。

 

一回戦目と同じ現象、歓声が上がった。

 

強いて言えば一回戦目よりも歓声が大きくなったことと、本日二戦目ということで今度はサマーフェス関連の声が上がらなかった事が一回戦目と違う点だ。

 

克人は二人の選手を見比べる。

 

雅季は相変わらずの自然体。強い闘志も気合も、相手選手への警戒も、克人の見る限りでは見受けられない。

 

対する八高の選手は、見ていてわかるぐらい雅季を警戒している。

 

それも納得できる反応だろう。

 

一回戦目で自陣の氷柱が無傷のまま勝利できたのは、深雪と雅季、そして一条選手の三人のみなのだから。

 

その一回戦目で雅季が使用した魔法は太陽光の屈折・収束と高周波、そして分子結合力中和術式。

 

試合の合間という僅かな時間とはいえ、おそらく相手はそれに対する備えを練って来ていることだろう。

 

当然、克人は雅季にそう忠告した。

 

それに対して雅季は、

 

「次の試合は別の魔法を使うので大丈夫です」

 

ニヤリと笑ってそう答えた。

 

ちなみにその後に続いた「今度はエキサイティングにいこう、そうしよう」という呟きを克人は聞かなかったことにした。

 

 

 

赤いシグナルが点灯する。

 

会場内のザワめきは収まり、試合開始直前特有の一瞬の静けさが会場内に広がる。

 

そして、赤のシグナルが青に切り替わった瞬間。

 

少なくとも八高選手の想定は大きく覆された。

 

八高陣地の氷柱は、今度は光らなかった。

 

その代わりとして八高エリア内の氷柱の十二本全てが一斉に動き出し、互いに激しくぶつかり合った。

 

氷柱同士が激突し、砕けた氷の破片が飛散する。

 

だがぶつかった氷柱は止まることなく、さながらアイスホッケーのパックのようにそのまま滑っていく。

 

そしてエリアの端まで到達した瞬間、倍速でエリア内に跳ね返り、他の滑走する氷柱と勢いよくぶつかりあい、その衝撃で氷柱が砕け合う。

 

十二メートル四方の狭い八高陣地内で、十二本の氷柱の乱舞が始まった。

 

 

 

半数以上が雅季の魔法に期待していた観客にとって、一回戦目以上に迫力ある魔法で湧かないはずがない。

 

会場内を覆ったどよめきは、もはや歓声と同レベルだ。

 

その中で、花音は観客とは別種の驚きの声を上げていた。

 

「あれって啓の『伸地迷路(ロード・エクステンション)』!?」

 

花音が勢いよく五十里の方へ振り返ると、五十里は首を横に振った。

 

「いや、摩擦力をゼロにする魔法は放出系魔法の中でも比較的ポピュラーな方で、五十里家だけの固有魔法という訳じゃないから結代君が使えたとしても不思議じゃないよ」

 

五十里は改めて氷柱がランダムに動き回る八高陣地へ目をやる。

 

摩擦力を近似的にゼロにする放出系魔法『伸地迷路(ロード・エクステンション)』。

 

それを十二本の氷柱にそれぞれ個別にではなく、十二メートル四方の敵陣エリアの地面全てに作用させている。

 

更に敵陣エリアの境界線にはベクトル反転の加速系魔法も仕掛けている。

 

それも氷柱がそのまま跳ね返るのではなく、加速して跳ね返っていることからただの『物理反射(リフレクター)』ではない。

 

あれはおそらく、クラウド・ボールの試合で真由美も使用したものと同じ、運動ベクトルを倍速反転させる加速系魔法。

 

「『ダブル・バウンド』だね、あれ」

 

花音の言葉に、五十里は頷き、

 

「それにしても、たった一回戦だけで『結代選手の試合は見ていて面白い』という噂が立った理由がわかったよ」

 

「同感」

 

二人のカップルは、同じ思いを共有して微笑を浮かべた。

 

 

 

一高本部の天幕では、英美の試合と同時に雅季の試合も分割してモニターに映し出している。

 

雅季の試合を見ていた真由美と摩利、鈴音の三人は「しょうがない奴」と言わんばかりにそれぞれの反応を示している。

 

具体的には真由美と摩利は若干の苦笑を、鈴音は溜め息を。

 

先程、真由美が呟いた「またしても派手ね」という言葉が、三人の胸中に共通する思いだ。

 

何せ雅季の試合のせいで、隣に映し出されている英美の試合の影がどうしても薄くなってしまっているのだから。

 

「それにしても、エリア内の地面の摩擦をゼロにするか。本来なら氷柱そのものの摩擦をゼロにした方が効率はいいのだがな」

 

魔法と言っても、物理法則とは無関係ではいられない。

 

地面と氷を比較するのならば、氷の方が摩擦力は遥かに小さい。

 

その為、地面よりも氷柱の摩擦力をゼロにした方が事象改変に伴う魔法の負担は小さくて済む。

 

摩利の発言はその事を指摘している。

 

尤も、言った本人である摩利も含めて、どうして雅季が()()()地面に魔法を投写しているのか、三人ともわかっていたが。

 

摩擦を失い、十二メートル四方の狭いエリア内を所狭いと互いにぶつかりながらも滑り回る十二本の氷柱。

 

そして三人の見ているモニターの中で二つの氷柱がぶつかり合った瞬間、度重なる衝撃に耐え切れず二つの氷柱は互いに完全に砕けた。

 

「やはり使っていますね、分子結合力中和術式」

 

「中和術式で氷そのものを脆くしているのね」

 

鈴音の言葉に真由美は頷く。鈴音は話を続ける。

 

「何かしらの媒体を用いた一見して派手な攻撃。でもその実、攻撃の肝となっているのは氷柱そのものの強度を押し下げる中和術式。結代君の作戦は、つまりはそういうことなのでしょう」

 

「だが、仮に『情報強化』で中和術式を防いだとしても、地面の摩擦がゼロだから氷柱の滑走は止まらず、氷柱には変わらず強い衝撃が加えられ続ける。中和術式が無くても氷柱が壊れるのは止められないか」

 

「中和術式はあくまで氷柱の破壊を促進しているだけですから。まあ、これがなければ破壊に少しばかり時間が掛かってしまいますが」

 

「逆に言えば、中和術式のせいで氷柱がどんどん壊れていくから、相手選手には相当のプレッシャーね」

 

「結代の攻撃を防ぐには『領域干渉』の方が必須。だがその場合、今度は氷柱に移動魔法を使うだろうな」

 

「結代君の攻撃を防ぐには『情報強化』と『領域干渉』、この二つを両立させなければなりません。今の八高の選手には、難しい話でしょうが」

 

そう言った鈴音の視線の先には、躍起になって氷柱を止めようとしている八高選手の姿があった。

 

見たところ八高選手はかなり混乱しているようだ。

 

それも無理もない。眼下で自陣の氷柱が高速で滑り回り、どんどん壊れていくのだ。

 

氷柱に『情報強化』を投写しても滑走は止まらない。

 

中和術式は防げるが、むしろ『情報強化』をされていない固い氷と脆い氷がぶつかり合うことで、片方の氷が一方的に壊れる結果を生んでいる。

 

『情報強化』ではなく硬化魔法で氷柱の位置を固定しても、そこへ別の氷柱が突っ込んできて同じ結果を生む。

 

更に言えば、雅季の魔法は途切れる様子を見せず、それが余計に八高選手の動揺を引き出している。

 

「一回戦でも思ったが、あれだけ複数の魔法を継続的に使っていても疲れた様子を見せていないとは、結代は『息継ぎ』も随分と巧いな」

 

「そうね。マルチキャストといい、息継ぎといい、魔法力だけじゃなくてちゃんと技術も兼ね備えている。深雪さんとまではいかないにしても、一年生とは思えないレベルね」

 

摩利と真由美は純粋に雅季を称賛する。

 

「それだけに、本当に惜しい……」

 

鈴音が小声で呟いた言葉は、モニターに見入っている真由美と摩利の耳には届かなかった。

 

既に八高選手には一高陣地の氷柱を攻撃する余裕は無い、いや攻撃という選択肢にすら思い至っていない。

 

多種多様な魔法を組み合わせた、多彩な攻撃。

 

安定・堅実重視の服部とは方向性は異なるが、どことなく通ずるものがあるそれが結代雅季の戦い方ということなのだろうか。

 

それはそれで、いかにも演出魔法師らしい戦い方ではないか。

 

現にこのド派手な魔法で観客は大喜びだ。

 

 

 

一高陣地の氷柱は十二本とも無傷のまま、八高陣地のエリア内を高速で滑走する氷柱が残り五本にまで減らされた。

 

皮肉なことに本数が半数以下となったことで、エリア内のスペースが広くなりぶつかり合う回数も少なくなった。

 

それが八高選手を混乱から少しだけ回復させた。

 

八高選手は氷柱ではなく、自陣の地面に『情報強化』を投写した。

 

伸地迷路(ロード・エクステンション)』の、摩擦力をゼロにするという事象改変に抵抗が入る。

 

元々の魔法力の違いによって摩擦力がゼロになった訳ではないが、スムーズだった滑走が無くなり、氷柱が徐々に減速していく。

 

それを察した瞬間、雅季は魔法を全て切り替えた。

 

伸地迷路(ロード・エクステンション)』と『ダブル・バウンド』、分子結合力中和術式の魔法を止める。

 

そして残っている氷柱五本に加速系魔法を行使した。

 

急激に回復した摩擦と、運動ベクトルが増幅され更に加速する氷柱。

 

その結果、誰もが経験したことのある慣性の法則が氷柱にも働いた。

 

五本の氷柱は全速力で走る短距離選手が足元を躓いたように、ヘッドスライディングのように一瞬だけ滞空しながら豪快に倒れた。

 

八高選手が目を見開く中、試合終了のブザーが鳴り響いた。

 

十二本の氷柱が無傷のまま残っている一高陣地、そして氷柱の欠片が無残に散乱する八高陣地。

 

誰が見てもその勝敗は明らかであった。

 

湧き上がる歓声に、最後まで翻弄され続けた八高選手は俯きながら櫓を後にする。

 

そして二高に続いて完封勝利した雅季は、三回戦進出の第一号として櫓の後方にあるスタッフ用のモニタールームへと戻ってくる。

 

「三回戦進出だ。よくやった、結代」

 

「ありがとうございます」

 

迎えた克人が冷えたタオルを渡し、雅季はそれを受け取って汗を拭う。

 

単なる暑さによる汗だけではなく、連続して派手な魔法を行使したことによる疲労の汗も少しばかり混ざっている。

 

尤も、割合としては九対一程度なので、まだまだ余力はあるのだが。

 

「随分と派手な勝利だったな」

 

「最後はちょっと地味でしたけどね」

 

その言葉に克人は少しだけ表情を崩して苦笑した。

 

あれだけ派手な魔法を行っておきながら、地味という単語が出てくるとは。

 

雅季を直接知る自分達でもこうやって翻弄されるのだ。ある意味、他高では翻弄されて当然なのかもしれない。

 

次の試合と選手の為にモニタールームを後にする中で、克人はそう思った。

 

新人戦男子ピラーズ・ブレイク二回戦第一試合、一高対八高の試合は、ここでも一高の完勝に終わった。

 

 

 

そして、雅季に疲労以上の別の汗をかかせた「ちょっとした異変(本人談)」は、女子ピラーズ・ブレイクの試合で起きた――。

 

 

 

 

 

 

新人戦女子ピラーズ・ブレイク二回戦第六試合は、超満員の中で開始された。

 

出場校の片方は一高、出場選手は深雪だ。

 

関係者用の来賓席には大学、軍、更にはマスコミなど多くの魔法関係者が詰め掛け、観客席は立ち見客が列を成すほどの超満員。

 

誰もが一回戦で見せた深雪の神々しいまでの美と、圧倒的なまでの魔法を一目見ようと会場に足を運んでいる。

 

その有様は某スキマ妖怪が「月の姫(輝夜)が来た時を思い出すわ」と零したくらいだ。

 

ちなみに男子ピラーズ・ブレイクは雅季の試合が終わった直後、観客の半数以上が女子ピラーズ・ブレイクの方へ移動していった為、一条選手を含めた以降の男子の試合はだいぶ客席に余裕があったという。

 

そして始まった試合は、予想通りであって予想を上回る内容だった。

 

開始直後にエリア全域に放たれる深雪の『氷炎地獄(インフェルノ)』。

 

瞬く間に一高陣地が極寒の地に、相手陣地が灼熱の地に早変わりする。

 

予想以上の美にほとんどの者が魅了され、想像以上の魔法にほとんどの者が圧倒される。

 

それは観客席にいるエリカ達や、他の一高の試合が終わったために直接試合を見に来ている真由美達も例外ではなく、例外は片手で数えられる程度しかいない。

 

たとえばスタッフ用のモニタールームで、感嘆の溜め息を吐いている真由美達の隣で深雪を見詰めている達也であり。

 

観客席が満席だったからと選手特権でモニタールームにやって来て、ちゃっかり達也の隣で試合を見ている雅季であり。

 

会場の端から、何者にも伺い知れぬ無表情で試合を見ている水無瀬呉智であり。

 

そして、エリカの隣の席で、日傘で日差しを遮りながら扇子を口元に当てている八雲紫もまた然り。

 

(見事な境界線ねぇ。……弄ってしまいたくなるくらいに)

 

紫の目には『氷炎地獄(インフェルノ)』の、魔法式で定義された極寒と灼熱の境界がハッキリと見えている。

 

その境界線は互いの陣地の境目に真っ直ぐ引かれており、曖昧さが全く無いところを見ると、司波深雪の魔法の精度の高さが伺い知れる。

 

 

 

――それだけに、余計に弄りたくなる。

 

 

 

そして、紫はそっと目を閉じると、口元に当てていた扇子を閉じて懐へと入れ。

 

(――ふふ、ちょっと味見)

 

八雲紫は、『氷炎地獄(インフェルノ)』の境目に干渉した。

 

 

 

深雪の魔法が突然途切れた。

 

「――え?」

 

「失敗!?」

 

突然の魔法停止に真由美や摩利、またはエリカやほのかなどが反射的に同じような声をあげる。

 

今まで圧倒されていた客席や相手選手は、今までが圧倒的だったために寧ろ戸惑いを覚えている。

 

そして張本人の深雪は、

 

(どうして……)

 

僅かな時間とはいえ、呆然状態に陥っていた。

 

自分の魔法は完璧だった。事実、完璧に作用していた。

 

少し失礼かもしれないが、相手選手が破れるような干渉力ではない。

 

だというのに、それがこうも呆気なく崩れた。

 

他者が見れば魔法の失敗だと思うだろう。

 

だが魔法の失敗などではないことは深雪自身がよく知っている。

 

つまり“何が起きたのかわからない”ということを深雪は知るが故に、その衝撃は大きかった。

 

 

 

達也もまた、その衝撃を知る者だった。

 

だがこちらは呆然とするのではなく愕然、いや相手が深雪なだけに恐慌状態だった。

 

(何が起きた!?)

 

条件反射ですぐさま『精霊の眼(エレメンタルサイト)』でイデアに接続し、あの瞬間の情報を割り出す。

 

氷炎地獄(インフェルノ)』の魔法式は間違いなく作用していた。

 

それがエイドス上で突然エラーを起こし、ただの想子(サイオン)となって四散する。

 

(エラーの原因は――変数だと?)

 

「まさか……『術式解散(グラム・ディスパージョン)』?」

 

無意識に達也は呟いていた。

 

エラーの原因は、二分されていたところに、突然その区分が無くなった事が原因だった。

 

エネルギーを減速させ冷却するエリアと、減速されたエネルギーを受け取り加熱するエリア。

 

二つを区分していた境目が無くなったことで、魔法式がエラーを起こしたのだ。

 

その結果、魔法式は定義を失い、意味を失ったサイオンとなって四散し魔法が消滅した。

 

そして、エリアを区分していた境界線も術者が設定した変数、要するに魔法式で構成されていたものだ。

 

つまり魔法式の一部が消え去ったことで、魔法式全体がエラーを起こして魔法が消滅した。

 

術式解体(グラム・デモリッション)』のようにサイオンの塊で魔法式を消し飛ばすのではない。

 

真由美のようにサイオンの塊で魔法式を撃ち抜くのではない。

 

魔法式の一部を消し去る、それは達也にも可能だ。

 

そして、そのような真似が出来る魔法は、達也が知る限り自分も使用する『術式解散(グラム・ディスパージョン)』に他ならない。

 

(まさか、無頭竜にもいるのか? 『術式解散(グラム・ディスパージョン)』の使い手が……?)

 

剣呑な、危険な雰囲気を漂わせ始めた達也。

 

「達也、どうした?」

 

だが隣の雅季がすぐにそれに気付いて声を掛けた為、我に返った達也から物騒な空気は霧散する。

 

「……いや、何でもない」

 

幸い、周囲は今さっきの達也には気付かなかったようだ。

 

もし雅季が声を掛けなければ、真由美達も殺気立った達也に気付いたことだろう。

 

逆に言えば雅季はそれに気付いたということなのだが、

 

「まあ、心配なのはわかるけど大丈夫だって。司波さん、もう持ち直しているし」

 

達也に対して怯んだり忌諱したりする様子も見せず、雅季はそう言って視線を達也から前に向ける。

 

達也もそちらへ目を向けると、一瞬の呆然状態からすぐに立ち直った深雪が、もう一度『氷炎地獄(インフェルノ)』を行使している。

 

無論、魔法式はちゃんと作用しており、また途中で消え去るような兆候は見られない。

 

尤も先程の現象も兆候など全く無かったので油断は出来ないが。

 

真由美達はすぐに持ち直した深雪に安堵の息を吐いて、深雪は魔法がきちんと作用していることで、では先程の現象は何だったのかと内心で戸惑いを覚えている。

 

達也は再び雅季に目を向けて軽く目礼すると、雅季は小さく頷いた。

 

そして唯一、あれをやった張本人以外に真実を知る雅季は、

 

「珍しいね、司波さんが失敗なんて」

 

(あんのスキマめ、境目を弄ったな……)

 

表と裏をちゃんと分けて対応していた。

 

 

 

結局、一瞬だけヒヤッとしたが深雪の勝利は揺るがず、完封勝利で明日に行われる三回戦へ進出を決めた。

 

ちなみに試合後、達也が深雪を問診したり、深雪のCADを達也が全力を駆使した総点検を行ったりと心配性(シスコン)ぶりを発揮し、深雪もそれを嬉しそうに受けるので春から恒例の甘ったるい空間が二人の間に構築され、真由美達を辟易させた。

 

 

 

 

 

 

生徒達も宿泊している軍用ホテルの一室、多数のモニターが置かれた部屋で藤林響子はピラーズ・ブレイクの試合を見ていた。

 

「相変わらず凄いわね、深雪さんは。……あの失敗はらしくなかったけど」

 

あの時は無頭竜の妨害工作が頭を過ぎったが、あの達也が深雪のCADを担当しているのだ。

 

達也の実力を知る者として、無頭竜の工作が達也を上回るレベルであるとは考え難い。

 

なので、藤林は「深雪にしては珍しい失敗」だと思っている。

 

今頃、達也にもの凄く心配されていることだろう。

 

その光景が簡単に思い浮かんだことに、藤林は小さい笑みを浮かべる。

 

だがモニターの一つから鳴り響いた電子音(アラーム)に、藤林は即座に表情を引き締めてモニターに目を遣った。

 

「人相照合に適合者?」

 

九校戦の監視カメラは高処理CPUを搭載した外部デバイスと繋がっており、カメラに映し出された多くの人物の人相を一つ一つチェックして指名手配犯(ブラックリスト)と自動的に照合されるシステムが搭載されている。

 

このアラームは、それに引っかかった人物がいるということだ。

 

「さて、何が釣れたのかしら」

 

藤林はコンソールを操作してデータを確認して――思わず息が止まった。

 

監視カメラに映し出された人物は、いや隠れているはずのカメラに目を向けて口元を歪めていること、そして“彼”の実力から考えると敢えて映っているだろうその人物は、独立魔装大隊にとっては想像以上の大物だった。

 

「水無瀬、呉智……! どうしてここに……」

 

藤林はすぐさまデータを自前のデバイスに取り込むと、風間少佐の下へと向かうため席を立った。

 

 

 




今回の作戦名は『バトルドーム』!!

氷柱(ピラー)を他の氷柱(ピラー)にシュウゥゥゥーーーッ!!

超エキサイティンッ!!

そんな魔法でした。



二回戦目は余談じゃ済まなくなりました(笑)

ゆかりんのせいで達也の気苦労が増えていくこの頃。

しかも原因不明なところが余計にタチが悪い。

達也のストレスの矛先は当然ながら無頭竜に向いています。

つまりスキマさんに濡れ衣を着せられて魔神の怒りの買わされた無頭竜。

涙なしでは語れません。



~おまけ~

聞くも語るも涙な状態の無頭竜。

「あばばばばばば……(泡)」

「メーデーメーデーメーデー……」

「諦めんなよ! 諦めんなよ、三高!! どうしてそこでやめるんだ、そこで!! もう少し頑張ってみろよ!」

「諸君、私は九校戦が終わったら結婚しようと思う。諸君、私は結婚しようと思う。諸君、私は結婚が大好きだ」

「オメー! オメー! オメー!」

「よろしい、ならば結婚だ」

「おまいら落ち着け! 私たちの物語はこれからだー!」

それを偶然目撃してしまった部下の人。

(幹部の方々が、あそこまで……くっ! ダメだ、見ていられないッ! ああくそ、涙が止まらねぇぜ……!)

※嘘です。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告