魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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お待たせしました。
アイス・ピラーズ・ブレイクの終了です。
いやはや、長かった(汗)


第35話 アイス・ピラーズ・ブレイク

抑制された熱気が会場内を包み込む。

 

試合を待つ観客のボルテージは徐々に上がっていき、試合開始を今か今かと待ち構えている。

 

新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク決勝リーグ最終戦は、事実上の男子ピラーズ・ブレイクの優勝決定戦となった。

 

女子ピラーズ・ブレイク決勝リーグが一高の独占となり、更には諸事情により深雪と雫の一騎打ちとなった試合は、九校戦では類を見ない観客動員数を記録した。

 

そして、深雪の優勝で女子の試合を終えた後、観客の過半数は流れるように男子の試合へと集まった。

 

一試合のみとなった女子の決勝リーグはあくまで例外であり、男子は予定通り三試合が行われる。

 

決勝リーグ出場者は一高の結代雅季、三高の一条将輝、それと五高の選手の三人。

 

そして深雪と雫の試合が終わった段階で、既に二試合が終了。

 

雅季と五高の選手、将輝と五高の選手の組み合わせで試合が行われ、それぞれ雅季と将輝が勝利。

 

この時点で五高の三位が決定し、残るは総合優勝を争う一高と三高の直接対決という観客受けする展開。

 

更に選手の方も観客の期待を掻き立てている。

 

元々優勝が本命視されていた一条将輝と対決するのは、演出魔法師として名を知られていた結代雅季。

 

この二人、三位となった五高にすら完封勝利を達成し、自陣の氷柱を一つも欠けることなく直接対決を迎えている。

 

将輝の方は十師族の御曹司ということでまだ予想できた結果だ。

 

だが雅季の方は完全なダークホースであり、一高ですら「ここまでやるとは」と驚嘆しているぐらいだ。

 

戦い方もタイプが異なっている。

 

将輝は持ち前の干渉力で自陣の氷柱を守りながら、一条家の代名詞である『爆裂』を使わず移動魔法など比較的ポピュラーな戦術で相手を降している。

 

堅実のように見えて、実は相手のどんな魔法でも強力な干渉力で全て跳ね除けて勝ち上がってきた。

 

一流の魔法師と比較しても引けを取らない、同世代の中ではトップクラスの魔法力ならではの戦い方だ。

 

一方の雅季は派手な事象改変を伴う魔法で相手を翻弄する戦い方。

 

一見して派手だがその中に他の魔法や高度な技術を織り込み、また全ての試合を異なる戦術で戦っている。

 

多種多様な魔法とそれを支える技量で、相手を翻弄し封殺する。それが今までの雅季の戦い方だ。

 

新人戦前までは将輝の優勝を確実視していた魔法師関係者の中ですら、意見が分かれ始めている。

 

「一条選手には伝家の宝刀『爆裂』がある」といった将輝有利を評する声がまだ大半だが、「高い技量と発想力を持つ、結代選手の意外性があるいは……」という声も少しずつあがっている。

 

それは、他でもない魔法関係者が十師族の敗北を予想しているということだ。

 

試合会場の一般来場者用の観客席にはエリカ達、関係者用観客席には真由美と摩利の姿もある。

 

また一高本部の天幕では克人や鈴音、服部といった幹部達もバトル・ボードの試合と同時にモニターで観戦している。

 

観戦していないメンバーは、達也は試合を終えた雫と深雪のメディカルチェックに付き添っており、ほのかはバトル・ボードの決勝戦に出場している。

 

ちなみに今日はエリカ達の前に八雲紫は姿を現していない。不吉である。おそらく凶兆の前触れだろう。

 

そして、十師族を確立した魔法師界の長老、老師こと九島烈すらVIPルームで興味深そうにモニターを見つめる中。

 

新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク、その最終試合の始まりを告げるアナウンスが流れた。

 

 

 

 

 

 

雅季は一高側のモニタールームで、相も変わらず緊張した様子を見せずに森崎と談笑していた。

 

「それで、結局どうやってあの一条将輝と戦うつもりなんだ?」

 

「どうやってと言われても、いつも通りにやるだけだけど?」

 

素でそう返すほど、話に付き合っていた森崎が呆れるぐらいに普通だった。

 

「あのなぁ、相手は十師族だぞ?」

 

「そうだな。まあ、決勝用にちょっとばっかり仕込んでおいたし。一条選手、驚くんじゃないかな」

 

――そう、普通にちゃっかりと策を練っていた。

 

「……仕込んだ?」

 

「そそ。だからあとは実際に勝負あるのみ」

 

意外感を顕わにする森崎に答える雅季。

 

制御可能な下限値まで実力を抑えているとはいえ、せっかく出場したのなら優勝を狙おうと雅季は思っている。

 

だからこそ、雅季は全ての試合でその仕込みを入れたのだ。

 

雅季からすれば『策謀』や『作戦』というより『悪戯』といった具合だが。

 

森崎が問い掛けようと口を開いたところで、試合開始のアナウンスが流れた。

 

「――さて、と」

 

それを聞いて、雅季はゆっくりとパイプ椅子から立ち上がる。

 

競技用の携帯端末形態の汎用型CADを右手に、入り口の前まで歩くとそこで立ち止まる。

 

選手入場は相手の三高からで、間もなくアナウンスが三高の一条将輝の名を告げるだろう。

 

その雅季の背中に森崎が声を掛け、先程問い損ねたそれを尋ねた。

 

「雅季。さっきの仕込みって、何のことだよ?」

 

「あれ? 駿、気付いてなかったのか?」

 

今度は雅季が意外そうに森崎を見た。それに森崎は戸惑う。

 

「気付くって、何を?」

 

アナウンスが将輝の名を告げ、将輝が姿を現したことで会場が湧き上がる中、雅季は言った。

 

「ほら、今までの俺の試合で使った魔法、思い出してみなって」

 

言われて森崎は今までの雅季の試合を思い出す。

 

振動系魔法、放出系魔法……見た限りでの系統や種類を思い出してみるが、特に何も無いような気がするが。

 

そして、アナウンスが雅季の名を告げ、歓声が一際大きくなった。

 

一高選手の、雅季の入場の時間である。

 

「じゃあ、俺と駿の二回目の模擬戦、それでわかるっしょ」

 

楽しげな口調で最後にそう告げると、雅季は森崎に背中を向けて入り口を潜っていった。

 

(二回目の、模擬戦……)

 

「――そうか! あいつ……」

 

ようやく気付いた森崎が思わず上げた声は、歓声にかき消され。

 

そして、それに気付いた森崎は、櫓の上に立った雅季を呆れた目で見ながら――少しだけ口元が釣り上がっていた。

 

 

 

櫓の上に立ち、満員の大歓声に包まれながら。

 

結代雅季と一条将輝。

 

両者はついに対峙した。

 

 

 

 

 

 

関係者用の観客席に座っている一高関係者の中には、真由美と摩利の姿もあった。

 

「真由美、どう見る?」

 

摩利は隣に座る真由美に問い掛ける。

 

主語が抜かれた問い掛けだったが、真由美には摩利が何を聞いているのか理解していた。

 

「……結代君には、頑張ってもらいたいけど」

 

「そうか……」

 

それに直接的な答えを返さなかった事が、真由美の内心を表している。

 

問い掛けた摩利もまた難しい顔をしていることから、言葉に出さずともどちらを有利と見ているかで両者の評価は一致していた。

 

魔法師にとって、それほど十師族の名は重い。

 

特に真由美は十師族の座から一度も降りたことがない七草家の直系なだけに、その重さを摩利よりも強く認識している。

 

確かに雅季の実力は予想以上だ。

 

だが日本という国家において、十師族は最強でなくてはならない。

 

真由美個人の意見はどうであれ、それが十師族の教義だ。

 

真由美と摩利の視線は、自然と十師族である一条家の御曹司へと向かっていた。

 

「確かに結代君の実力は予想以上だったわ。深雪さんに次ぐ魔法力、そしてそれを充分に活かした多種多様な魔法と、それを支える技量」

 

「だが先程の決勝リーグの試合を見た限りでは一条選手の技量も同等だな。魔法力はあちらの方が若干上か。まあ、十師族に迫る魔法力という時点で本当は凄いことなんだが……」

 

どうも最近、その感覚がおかしくなっていると真由美と摩利は感じていた。

 

その原因はと問われれば、真由美と摩利は脳裏に同じ人物を思い浮かべるだろう。

 

具体的には絶世の美少女にして重度なブラコンで生徒会役員な後輩の姿を。

 

真由美はクスッと小さく笑みを浮かべたが、すぐに表情を曇らせた。

 

「技量は同等。魔法力は一条選手が上。魔法の種類はわからないけど、一条選手の干渉力ならほとんどの魔法は無効化されるでしょうね。そして何より――」

 

「一条選手には『爆裂』がある」

 

その先を摩利が遮って口にした。

 

「未だ得意魔法を、手の内を見せていない分、一条選手が有利なのは否めないか」

 

摩利の言葉に真由美は頷いた。

 

「勝機を見出すとしたら、今まで見せてきたような多種多様な魔法で相手を翻弄して、一条選手に全力を出させないことね。難しいとは思うけど」

 

「そこは期待するとしよう。何せ意外性の塊みたいな奴だ。この最終戦でも、或いは何か仕出かすかもしれんぞ」

 

どことなく楽しげに答える摩利。

 

少しだけわざとらしい部分は、重くなった空気を変える為だろう。

 

そしてわざとらしくない部分は、きっと摩利も他の観客と同じく期待しているのだろう。

 

この決勝リーグ最終戦という舞台で、雅季が今度は何をするのか、と。

 

「そうね」

 

それを察して、真由美もまた小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

一条将輝は間もなくであろう試合開始を待ちながら、相手を見据えて思考を巡らせる。

 

先程の邂逅は雅季のペースに散々にかき乱されたが、一度頭を切り替えれば実戦経験済み(コンバット・ブローブン)の魔法師としての顔が表れる。

 

(結代選手の戦術は、氷柱自体の強度を押し下げつつ間接的な魔法で破壊すること。ならここはジョージの作戦通り、自陣を覆う『領域干渉』で相手の攻撃を無力化しつつ、準備ができ次第――)

 

将輝はそっと左腕に巻いたブレスレット形態の汎用型CADに手を添えた。

 

競技用だが特別に自前の物と同じく真紅色に染めたCAD。

 

この中に入っている起動式の中には、一条家の代名詞も入っている。

 

(『爆裂』で一気に片を付ける!)

 

己の魔法力に自信を持っている将輝も、彼の参謀である吉祥寺も、雅季の実力を過小評価する愚は犯さない。

 

雅季は将輝や深雪と同じく、自陣の氷柱に傷一つ付けられることなく最終戦まで勝ち上がってきたのだ。

 

間違いなくピラーズ・ブレイクを今まで戦ってきた相手の中で、最も手強い相手だ。

 

故に将輝は切り札である『爆裂』をここで切り、全力で勝ちを取りに行こうとしていた。

 

一条家の『爆裂』は、対象物内部の液体を気化させる発散系魔法。

 

だが氷柱は急冷凍で作られた粗悪な氷とはいえ、物質の状態で言えば固体だ。

 

まず氷の内部を溶かして液体を作り出す下準備が必要になる。

 

吉祥寺が示した作戦は、『領域干渉』で自陣を覆い雅季の魔法を防ぎながら振動系魔法で一高陣地の氷を加熱し、液体を作り出した時点で『爆裂』で一気に氷柱を破壊するという作戦だ。

 

 

 

赤色のシグナルが点灯する。

 

試合開始の合図だ。

 

(さあ、来い!)

 

将輝は闘志を漲らせながら、強い視線で相手を見据えた。

 

 

 

同時刻、モニタールームで試合を見つめる森崎はポツリと呟いた。

 

「一条将輝は得意魔法の『爆裂』を使わずにここまで勝ち進んできたけど」

 

そして、青色のシグナルが点灯した瞬間――。

 

「雅季の奴も使ってなかったんだよな――移動系魔法」

 

激しい衝突音が、森崎の呟きをかき消した。

 

 

 

 

 

 

一条将輝と結代雅季。

 

両者の氷柱は今まで無傷でここまできた。

 

その記録は、試合開始直後にあっさりと終わりを告げた。

 

一高陣地の最前列にある氷柱、その四本全てが三高陣地の氷柱へと突っ込んできた為に。

 

「なにッ!?」

 

本当に思わず、将輝は驚愕に満ちた顔で声を上げた。

 

将輝が試合開始直後に放った『領域干渉』は領域内、ここで言えば三高陣地内に投写された魔法を防ぐ対抗魔法。

 

領域外で魔法による事象改変を終えて、単なる物理現象となった攻撃には意味を成さない。

 

つまり、将輝は無防備に等しい状態で雅季から痛烈な奇襲を受けた結果となった。

 

(そうきたかッ!!)

 

将輝は内心で吐き捨てるように叫びながら、即座に『領域干渉』から『情報強化』に切り替える。

 

これが今まで雅季が戦ってきたような他の選手相手ならば、混乱と動揺で魔法の行使に少なくない影響を及ぼしただろう。

 

それを抑えて瞬時に防御を切り替えた将輝は流石と言うべきだ。

 

だが、この奇襲はあまりにも、あまりにも手痛い一撃となってしまった。

 

氷柱の配置は、横四本に縦三本で十二本。

 

雅季はその中で最前列の横四本全てに移動系・加速系魔法を駆使し、砲弾として将輝の陣地へ放った。

 

縦横一メートル、高さ二メートルの氷柱は、瞬時に高速状態となり、三高の氷柱と激しく衝突。

 

最前列の氷柱を薙ぎ倒し、更には二列目の氷柱とも激突、そこでようやく互いに倒れ込んで止まった。

 

試合開始から僅か数秒の出来事。これによって雅季の氷柱は残り八本。

 

対して将輝の眼下に残っている氷柱は――僅か四本。

 

一瞬にして三高の氷柱は三分の一にまで減らされてしまった。

 

(クソ! してやられた! だが、それにしても……)

 

将輝の感じた限りでは、今まで雅季が使っていた魔法とは強度がまるで違っていた。

 

それが意味することは明白だ。

 

(隠していたのは、あちらも同じだったか……)

 

将輝は苦渋な顔を浮かべた。

 

そして雅季は、してやったりとニヤリと口元を釣り上げた。

 

(どちらかといえば三味線は聞く側だけど、実は弾くのも嫌いじゃないんだよな)

 

 

 

「全く、してやられたよ」

 

感嘆したような、呆れたような、そんな色々な感情が混ざった一言を摩利はボヤく。

 

「ええ、本当に……」

 

それには真由美も大いに同感して、大きく頷いた。

 

「得意魔法を隠していたのは、実は結代君の方だったのね」

 

「ああ、そうだよ。そういやそうだったな」

 

この時に摩利が思い出していたのは、四月の部活動の新入生勧誘活動。

 

あの一週間が終わった後、他ならぬ摩利自身が口にしていたのだ。

 

――部活連の連中の話を聞いてみたが、結代は魔法だけじゃなく身体の動きも良かったそうだ。

 

――魔法では特に加速系魔法と移動系魔法が圧巻だったらしい。

 

「派手な魔法ですっかり失念していたが、あいつの得意とする魔法は加速系・移動系魔法。物を動かすことだったな」

 

「策士というか何というか、達也君とは違った意味で意外性の塊ね、結代君は」

 

そう言って、二人は無意識に入っていた肩の力を大きく抜いた。

 

 

 

三高陣地に残っている氷柱は最後列、将輝の眼下にある四本のみ。

 

将輝はその四本に『情報強化』を施し、そして攻勢に転じた。

 

一高の氷柱、残り八本を覆うようにエリアを設定し、魔法を発動する。

 

液体の分子を振動させる加熱魔法『叫喚地獄』の別バージョン。液体の分子ではなく、個体の粒子を振動させる加熱魔法。

 

雅季の干渉力によって本来の威力を打ち消されながらも、一高の氷柱の温度はどんどん上昇していく。

 

対する雅季は、将輝の魔法を防ぎきれないと判断するや、こちらも攻勢に打って出る。

 

『結び離れ分つ結う代』にとって、「物を離す」ことなど造作もないことだ。

 

たとえ能力から魔法にダウングレードさせたとしても、その威力は推して知るべき。

 

雅季は手元の携帯端末形態の汎用型CADを操作し、移動系・加速系魔法を三高の氷柱に投写、三高陣地の一番端にある氷柱を隣の氷柱へぶつけるようとする。

 

将輝が投写した『情報強化』に雅季の移動魔法が干渉し、こちらも大きく威力を削がれながらも雅季の魔法は氷柱に届く。

 

大きく横へ傾く将輝の氷柱。

 

誰もが「倒れるか!?」と思うほど倒れる寸前まで傾き、揺れ戻しで何とか倒れずに元に戻る。

 

(堅固だな、これが十師族か)

 

ギリギリとはいえ倒せなかったことに、雅季は素直に感嘆する。

 

一方の三高陣営は、そういう訳にもいかなかった。

 

(そんな、将輝の干渉力に打ち勝つなんて……!)

 

僅かとはいえ将輝の『情報強化』を打ち破ったことに、吉祥寺は驚きを隠そうともしないままモニターを凝視する。

 

将輝もまた、己の『情報強化』が破られたことに対して険しい顔を浮かべている。

 

将輝はそうは思っていないだろうが、吉祥寺は最初の奇襲は自分の作戦ミスだと強く感じていた。

 

得意魔法を見誤るとはとんでもない失態であり、その結果が今の将輝の苦戦だ。

 

将輝なら「隠していたのだからしょうがない、あっちの方が一枚上手だった」と言って済ませるだろうが、そうではないのだ。

 

吉祥寺は雅季が移動系魔法を使っているのを見たことがあるのだ。情報収集の一環として見たサマーフェスの動画で。

 

おそらく中身は空洞だろうがあれほどの巨大ロボを、大きな質量を動かしていたのだ。

 

あれで移動系魔法が苦手などと、一体誰が思うだろうか?

 

むしろ得意魔法だと言われた方が納得できるというものだ。

 

(結代選手、いや第一高校、ここまで手強い相手だったなんて……)

 

実技では森崎に負け、技術では達也に凌駕され、作戦では雅季に一枚上を行かれた。

 

その事に、吉祥寺は強く歯噛みした。

 

……少なくとも、一高内部でも「司波と結代は非常識、あと最近は森崎も染まってきたな」と囁かれていると知ったとしても、吉祥寺にとっては慰めにならないだろう。

 

 

 

一高の氷柱は加熱され、内側からも外側からも融解を始めている。

 

『爆裂』が使用可能になるのも、もう間もなくだろう。

 

その前に、再び雅季の移動系魔法が三高の氷柱に襲いかかった。

 

今度は隣にぶつけるのではなく、純粋に倒すことを目的とした座標設定。

 

それが残った四本全てに魔法が投写される。

 

将輝の干渉力を上回り、大きくぐらつく四本の氷柱。

 

――その内の一本に、別の氷柱が突っ込んできた。

 

「くっ!?」

 

衝突音を轟かして倒れこむ氷柱を、将輝は苦渋に満ちた顔で見つめる。

 

雅季がやったことは単純だ、既に倒れていた三高の氷柱を飛ばしたのだ。

 

ただでさえ魔法による強化が飽和した状態で、二立方メートルの質量を持った慣性力を防げる道理もなく、氷柱は派手に倒される。

 

これで残りの氷柱は、一高が八本に比べ、三高が三本。

 

もはや一高の絶対有利、三高の絶対不利かと思われる状況。

 

だが、勝負の行方はまだわからない。

 

ようやく、将輝の反撃の準備が整った。

 

一高の氷柱の内部に溜まった溶け水。

 

質量で言えばたいした量ではないが――氷柱を破壊するには十分過ぎる。

 

そして、将輝は相手の櫓を、雅季を見据えて、

 

(行くぞ――!!)

 

汎用型CADを操作し、『爆裂』を行使した。

 

 

 

突然、一高の氷柱が爆発した。

 

その正体は、氷柱内部の水分が一瞬で気化し、体積が増大したことによる内部破裂。

 

即ち――。

 

「『爆裂』!?」

 

「遂に使ったか!」

 

真由美と摩利があげたものと同じような声が彼方此方で飛び出す。

 

将輝はそれを意に介さず、立て続けに『爆裂』を発動させる。

 

先程の一本目を加えて二本目、三本目、四本目と続けて氷柱が爆発する。

 

一高陣地の残り本数は、あっという間に四本にまで減らされた。

 

(へぇ――やるね!)

 

ここにきて雅季の表情が強く引き締まる。

 

雅季の『情報強化』を上回って氷柱を破壊していく将輝の『爆裂』。

 

(さて、ならこっちも勝負(ラストワード)といこうか――!)

 

雅季の視線に気付いた将輝が顔をこちらに向ける。

 

交叉する視線は、今度こそ互いの闘志がぶつかりあった。

 

 

 

そして、

 

 

 

――現符『四系八種の理(アイス・ピラーズ・ブレイク)』――

 

 

 

小さく、競技名と同じ名のスペルを宣言し、雅季の魔法が発動する。

 

自陣の防御を完全に無視し、その分を魔法力に注いだ移動系魔法が三高の氷柱を倒さんと投写される。

 

その魔法力の兆候を感じ取った将輝は顔色を変える。

 

(自陣の防御すら魔法力に変えている、最後の攻撃か! 『爆裂』は……ダメだ、こっちの破壊よりあっちの方が早い。間に合わない!)

 

一瞬でそこまで思考し、防御という判断を下す。

 

将輝は残った三本のうち、一本にだけ『情報強化』を投写する。

 

残り二本を捨て、一本のみに魔法力を集中させる。

 

たとえ十一本が倒されようと、一本でも残っていれば勝ちなのだ。

 

そして、『情報強化』を終えたそこへ、雅季の魔法が発動した。

 

三本のうち、二本がすぐさま倒れた。

 

残る一本は、僅かに揺れたのみで倒れない。

 

雅季はまるで途切れを感じさせない魔法の息継ぎで、続けて移動系魔法を駆使する。

 

残る一本に雅季の移動魔法が集中する。

 

氷柱の揺れは先程より大きくなった。だが、まだ倒れるまでにはいかない。

 

そこへ更なる魔法が加えられた。

 

(分子間結合力中和術式……!)

 

追加の魔法の正体に将輝が気付く。

 

中和術式も『情報強化』で弱まりながらも、将輝の魔法に打ち勝って作用している。

 

これもまた、『結び離れ分つ結う代』たる雅季にとって得意とする魔法だ。

 

何故この魔法を使うのか、将輝の脳裏に浮かんだ疑問はすぐに氷解し、それと同時に慌てて氷柱に『硬化魔法』を展開する。

 

そして移動系魔法で揺れ動く氷柱に、別の氷柱が飛来した。先程と同じく既に倒された氷柱だ。

 

激しくぶつかり合う氷柱。

 

大きく傾く氷柱に、ヒビが入る。

 

衝突で倒れても、もしくはその衝撃で壊れても一高の勝利だ。

 

それを将輝の『硬化魔法』が必死に防ぐ。

 

トドメと言わんばかりに再び氷柱が魔法によって撃ち出される。

 

将輝は一瞬、物理障壁を展開してそれを防ぐことを考えたが、残された氷柱にも同時に移動系魔法が展開されているのを感じ取り、それを取りやめた。

 

別の魔法を構築する時間的余裕も無い。

 

故に、将輝は自身の魔法力に全てを賭けた。

 

 

 

そして、砲弾となった氷柱が、将輝の氷柱に激突した。

 

雅季が放った氷柱は、その威力を全て将輝に残された氷柱へと伝達させて、大地に落下する。

 

移動系魔法と衝突によって、氷柱が大きく傾く。

 

衝撃力によって、分子間結合力が弱まっている将輝の氷柱に入ったヒビがより広がっていく。

 

そして、将輝の氷柱は――。

 

 

 

――それでも倒れず、それでも壊れず、未だそこにあった。

 

 

 

(……スペルブレイク、だな)

 

将輝の氷柱は言わば満身創痍だ。あと一撃、同じ攻撃をすれば倒れなくとも壊れるだろう。

 

だが雅季は、『結代』として自身に課したルールに従った。

 

これ以上は幻想郷的に言えば「美しくない」戦いだ。

 

ならばスペルブレイクまで耐え抜いた将輝こそ、勝者だろう。

 

雅季の魔法が途切れる。

 

『息切れ』だと、それを見た魔法師の誰もが思った。

 

無論、将輝も同じだ。

 

(耐え切った!!)

 

そして、勝利を確信した将輝の『爆裂』が、

 

(俺の勝ちだ――!!)

 

一高の氷柱四本を破裂させた。

 

 

 

試合終了を告げるブザーは、大歓声によってほとんどかき消された。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、負けたよ。一条選手、強いね」

 

未だ鳴り止まぬ大歓声と拍手を背に受けながら、雅季はモニタールームへ戻ってくるや森崎に話しかけた。

 

「……いや、一条将輝を相手にあそこまで健闘しただけでも十分だと思うぞ」

 

対する森崎は、改めて雅季のとんでもなさに内心で深い溜め息を吐いていた。

 

何せ勝敗の差は僅か一本、それもほとんどギリギリで耐え切ったようなものだ。

 

まさしく将輝の辛勝であり、雅季の惜敗だ。

 

魔法師にとって、あの十師族を相手にここまで戦える方が凄いことなのだが。

 

この腐れ縁は、それをわかっているのだろうか。

 

「一条将輝、『クリムゾン・プリンス』か……」

 

小さく将輝の名前と、二つ名を呟く雅季。

 

その名を口にした雅季が何を考えているのか、森崎にはわからない。

 

まさか「吸血鬼とは全然違ったなー」などと、これまた非常識な事を考えているとは夢にも思っていない。

 

だから、森崎はいい機会だと思い、その疑問を問い掛けた。

 

「……なあ、雅季。一つだけいいか?」

 

「ん?」

 

「前に言っていたよな? 名は体を表すって」

 

向き直った雅季に、森崎はそう話す。

 

それは九校戦が始まる前、『事故』が起きた後にバスの中で森崎に言った言葉だった。

 

「あの一条選手にも“それ”ってあるのか?」

 

「勿論」

 

森崎の問いに、雅季は即答した。

 

「『将として輝く』と書いて将輝。見た限りではまさにそのまんまだね。一条選手は、前に立ってこそ輝く」

 

「前に、立つ?」

 

聞き返す森崎に、雅季は頷く。

 

「前に立つというのは、上に立つということと少なからず重なっている。とはいえ『王』じゃなく『将』だから頂点に立つわけじゃないけど――“限られた中”では、まさにリーダーとなる器はあると思うよ」

 

やはりというか、森崎に意味が全て理解できたかと問えば首を横に振るような答えだ。

 

それでも、

 

「じゃあ、同じ『まさき』って名前のお前はどうなんだ?」

 

あるいはこっちの方が本命だったのか、森崎は再びそう問い掛けた。

 

雅季は意外そうに、しばらく無言で森崎を見据える。

 

「俺、か……」

 

そうポツリと呟くと、軽く笑って歩き出した。

 

森崎の隣を通り抜け、森崎に背を向けたまま一度足を止めると、

 

「雅季とは――」

 

おもむろに口を開き、言葉を紡いだ。

 

「『雅なる節目』。四季折々、春夏秋冬は繋がりながらも離れていき、分かれ、そして紡がれる。それは即ち――」

 

――結び離れ分つ結う代。

 

最後のそれを、雅季は言葉にはしなかった。

 

それは、未だ強い意味を持ち、深い意味を持つ、幻想の名。

 

雅季は森崎へと振り返ると、

 

「要するに、大げさに言えば『世界と共に在れ』っていう意味だよ」

 

そう告げて、踵を返して出口へと向かって歩き出した。

 

その後ろ姿を見つめながら、

 

「世界と共に在れ……本当に大げさだな」

 

僅かに苦笑して、森崎もまた雅季の後を追って歩き出した。

 

 

 

新人戦女子アイス・ピラーズ・ブレイク。

 

優勝。一高、司波深雪。

 

準優勝。一高、北山雫。

 

三位。一高、明智英美。

 

 

 

新人戦男子アイス・ピラーズ・ブレイク。

 

優勝。三高、一条将輝。

 

準優勝。一高、結代雅季。

 

 

 

何れも傑出した選手達が集った新人戦アイス・ピラーズ・ブレイクは、予想を上回る白熱した試合を見せ終え、以上の結果で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

ピラーズ・ブレイクの試合も全て終わり、観客が席を立ち始めた頃。

 

「策を弄した結果とはいえ、十師族とあそこまで渡り合えるか」

 

会場の一角にある柱に背を預けながら、感心した口調で水無瀬呉智は結代雅季が去っていったモニタールームを見つめていた。

 

出入り口から離れているためか、周囲には呉智以外に人影は無い。

 

(結代家。千年以上の歴史を持つ水無瀬家よりも更に古き歴史を持つ系譜、か)

 

水無瀬家は古式魔法の名家だ。

 

その歴史は吉田家や藤林家よりも長く、その始まりは伝承が残っているほどに古い。

 

だが、結代家はそれ以上の歴史を持つ。

 

いったいどれほど昔から続いているのだろうか、個人的には興味がある。

 

(そう言えば、文献に結代家の記載もあったな)

 

ふと思い出したのは、水無瀬家の古い文献に記載されている結代家について記した一節。

 

 

 

――あの頃に、何としてでも妹を助けようと寝ることすらせずに一心不乱に読み漁っていた頃に見つけたもの。

 

 

 

それを思い出した、否、思い出してしまった瞬間、呉智の中に激情が湧き上がってきた。

 

溶岩のように灼熱で赤黒いその感情を、呉智は目を瞑って静かに耐える。

 

そうして感情が収まった時には、握り締めた拳が赤く滲んでいた。

 

呉智はゆっくりと目を開く。鋭い目付きが虚空を貫く。

 

やがて、呉智が踵を返して会場に背を向けた瞬間、呉智の背中が蜃気楼のように揺らぎ――そのまま消え去った。

 

元々人影がいなかった場所だ、呉智が去れば後には誰もいなくなる。

 

 

 

実はその前提条件自体が誤りであることに、呉智は気付かなかった。

 

 

 

「ふふ、()()()()()()ね」

 

呉智が背を預けていた柱の影に生じたスキマから、八雲紫は軽やかな足取りで地面に降り立つ。

 

「結んで離して分かたれて、また結んで。くるくると巡る季節のように。かの者の縁、『今代の結代』はどうするのかしら」

 

歌うようにそう口にした紫は、日傘をくるくると回しながらご機嫌そうに、呉智が去った方向とは真逆の方向へと歩き始める。

 

とはいえ、紫が十歩も歩かないうちに、

 

「失礼、お嬢さん」

 

紫にとって見知らぬ男性に横から声を掛けられ、その足を止めたが。

 

「あら、何かしら?」

 

足を止めて振り向いた紫の先に、一人の男性が佇んでいる。

 

見た目は他の観客と変わらぬ私服姿だが、纏う雰囲気は鍛えられた歴戦の戦士のものだ。

 

「この辺で、この写真の男性を見かけなかったか?」

 

そう前置きして彼は――柳連は一枚の写真を取り出し、紫に見せる。

 

写真に写っているのは紛れもなくつい先程までそこにいた人物、水無瀬呉智で間違いようがなかった。

 

故に、紫は、

 

「存じ上げませんわ」

 

敢えて主語を抜いて、柳に答えた。

 

「そうか。協力に感謝する」

 

元より目撃情報が得られるとは思っていないので落胆した様子もなく、柳は写真をしまう。

 

「では、わたくしはこれにて」

 

紫は再び歩き出し、日傘をくるくると回しながらその場を去っていった。

 

柳は一度だけ紫の後ろ姿を一瞥した後、紫とは反対の方向、つまり柱の傍まで歩み寄り、マイクレスの無線機越しに藤林へ問い掛けた。

 

「少尉、そっちはどうだ?」

 

『……ダメです。どの監視カメラにも映っていません』

 

悔しそうな藤林からの連絡に、今度は柳も落胆せざるを得なかった。

 

「逃げられたか……」

 

柳は歯噛みしつつ、先程まで水無瀬呉智が、そして知らぬことだがつい今しがたまで先程の少女、八雲紫がいた場所を見つめていた。

 

 

 




柳「この辺で、この写真の男性を見かけなかったか?」
紫「(彼が饅頭を怖がるかどうかなんて)存じ上げませんわ」
柳「そうか。協力に感謝する」
柳は紫を投げ飛ばしてよし! 無理ですけど(笑)


結代雅季と一条将輝。
普通に見れば互角に見えた戦いでしたが、実は最初の奇襲が無ければ一条将輝が余裕の勝利でした。
苦戦していたのはあくまで一気に本数が減ったからで、そのまま戦っていれば将輝の氷柱は余裕を残した状態で、『爆裂』が雅季の氷柱を破壊したでしょう。
九島烈あたりはそれをわかっているので、雅季の事は「実力は百家のトップクラスか師補十八家ぐらいのレベル。だが十師族よりは下」と評価しています。
この絶妙な線引きは、無論狙ってのことです。

汚いなさすが雅季きたない。

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