魔法科高校の幻想紡義 -旧-   作:空之風

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師匠も走れ、十二月!


第37話 悪縁の結う代

森崎ら選手三人はモノリス・コードの『事故』の後、裾野基地の病院に搬送された。

 

幸いにしてヘルメットと立会人の加重軽減魔法によって命にこそ別状は無かったものの、崩落してきた瓦礫により全身を強く打ち付けられて重傷。

 

雅季が駆けつけてきた時にも、森崎達の意識は未だ戻っていなかった。

 

「魔法治療で全治二週間、三日間はベッドで絶対安静。後遺症は残らないみたいだから、心配しなくても大丈夫よ」

 

「そうですか」

 

病室で真由美から森崎達の容態を聞いた雅季は、ホッとしたように胸を撫で下ろす。

 

「不謹慎かもしれないけど、このぐらいの怪我で済んで幸いだったわ」

 

そう口にする真由美の顔色は悪い。

 

むしろ今の言葉は、動揺している自分に言い聞かせるためのものだったのかもしれない。

 

真由美は小さく首を横に振ると、顔をあげて雅季に尋ねた。

 

「私は本部に戻るけど、結代君はどうする?」

 

「俺は、もう少しここにいます」

 

雅季の答えを聞いた真由美は、納得したように頷く。

 

「そう……それじゃあ、お願いね」

 

そう告げて病室から出て行く真由美。

 

その後ろ姿がドアに閉ざされたのを見届けて、雅季は再び視線をベッドで眠る森崎に移した。

 

頭部に巻かれた包帯、右腕や腰部にきつく巻かれたギプス。

 

上半身だけでもそれだけの大怪我だ。

 

森崎だけでなく三人がいずれも似たような状態なのだから、どれほど危険な『事故』だったのか容易に推測できるというものだ。

 

少しの間、雅季は目を瞑り、

 

「お疲れさん」

 

閉じていた目を開けるや、眠り続けている森崎を普段と変わらぬ口調で労った。

 

だが、もし観察力のある者が今の雅季を見れば、その目の奥に強い意志が宿っていることに気付いたかもしれない。

 

「俺の試合は終わったから、後は任せろ、とは言えないけど……」

 

そこまで言って、雅季は一旦言葉を途切れさせる。

 

そして、音も立てずに踵を返し、

 

「今代の結代の名に賭けて、悪縁は結んで来るさ。――絶対に、な」

 

背中越しにそう告げて、雅季は静かにドアを開け、病室から出て行った。

 

 

 

病院の廊下を歩きながら、雅季は呟くような小さな声で言った。

 

「紫さん」

 

あの後に別れたとはいえ、いま紫はスキマからこちらを見ていることだろう。

 

雅季は今も尚、紫の縁を感知しているのだから。

 

「ちょっと悪縁の根源、一緒に見に行きません?」

 

返事を待たずに雅季は、まるで散歩に誘うかのような口ぶりで紫を誘う。

 

「場所はわかるのかしら?」

 

雅季の耳元から聞こえてくる紫の声。

 

「たとえ国外だろうと、縁を辿っていけば自ずとわかりますよ」

 

「悪縁巡り。中々どうして、素敵なデートコースね」

 

茶化した紫に、雅季は微笑しただけで特に何も言わなかった。

 

表面上は普段と変わらない雅季の様子。

 

だがスキマから覗いていた紫は、その裏に確かな怒りがあるのを感じていた。

 

 

 

そして、結代雅季が病院から出た後、その行方は一時的に誰にもわからなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

横浜グランドホテルの最上階、その更に上にある隠しフロアの一室で円卓を囲む無頭竜の幹部達は、一様に忌々しそうな不機嫌さを醸し出していた。

 

「一高の選手交代が認められただと? 協力者達は何をしていた?」

 

新人戦モノリス・コードの工作で、選手達を病院送りにすることには成功した。

 

このまま一高の選手交代は認めずに棄権させる手筈だったのだが、受け取った連絡では特例として選手交代が認められたということだ。

 

「どうやら、あの老人がしゃしゃり出て来たらしい」

 

「九島が?」

 

軽い驚きの声があがる。

 

「運営委員会の協議に現れて、特例を認めさせたそうだ。協力者から『老師が相手ではどうしようも無かった』という言い訳までされた」

 

「チッ、またしても十師族か……! 九島烈にそのような権限など無いだろうに」

 

「あれの影響力は無視できんということだ」

 

新人戦に入ってからというもの、試合が思うように運べない。

 

それが彼らを余計に苛立たせる。

 

更に言えば、いま行われているミラージ・バットの試合も不愉快だった。

 

「ミラージ・バットは、まだ一高がリードしているのか?」

 

「……ああ、ここまで来れば一高の一位と二位はほぼ間違いない」

 

「司波達也、あの小僧め……。ここまで我々の邪魔立てするか」

 

ミラージ・バットの決勝戦では、光井ほのかと里美スバルが一位、二位を独走している。

 

ほのかの優勝、スバルの準優勝は確定寸前のところまで来ていた。

 

「ミラージ・バットを一高に取られた場合、ポイント差は……」

 

「十九点だ。九十点あった差が、新人戦でたったの十九点だ!」

 

苛立ちを隠そうともせず、言葉を吐き捨てる。

 

 

 

新人戦での一高のスコアは圧倒的だった。

 

スピード・シューティングは男子が優勝、女子が優勝から三位の独占で、合計七十五点。

 

バトル・ボードは男子が三位、女子が優勝と四位で、合計四十点。

 

クラウド・ボールは男子が三位と入賞、女子は二回戦敗退で、合計十三点。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクは男子が準優勝、女子が優勝から三位の独占で、合計六十五点。

 

そしてミラージ・バットは優勝と準優勝で、合計四十点。

 

新人戦で得た得点、実に二百三十三点。

 

得点配分が最も高いモノリス・コードの前に、ミラージ・バットの時点で既に新人戦優勝を決定させていた。

 

 

 

対して現状で総合一位の座にいる三高も、一高には劣るものの新人戦で優れたスコアを残している。

 

スピード・シューティングは男子が準優勝と四位、女子が四位で、合計二十五点。

 

バトル・ボードは男子が優勝と四位、女子が準優勝で、合計四十五点。

 

クラウド・ボールは男子が優勝と四位、女子が優勝と四位で、合計五十六点。

 

アイス・ピラーズ・ブレイクは男子が優勝と入賞、女子が入賞で、合計三十一点。

 

そしてミラージ・バットでは四位がほぼ確定であり、合計五点。

 

新人戦での得点数、百六十二点。

 

無頭竜の工作の影響もあり、モノリス・コードを除いた男女ともに全競技で入賞以上、特に男子では三種目の競技で優勝という目覚しい成績を収めている。

 

 

 

新人戦でほとんどの競技の上位を一高と三高が持っていくという、他の七校を置き去りにした激しい争いは、ここで頂点に達する。

 

ミラージ・バット終了時点での一高と三高の総合得点差は、僅か十九点。

 

そして、新人戦モノリス・コード優勝のポイントは五十点、準優勝で三十点。

 

優勝と準優勝の差は、二十点。

 

もし一高が新人戦モノリス・コードを優勝すれば、三高が準優勝を収めても、たった一点の差で再逆転の総合一位を奪還できるのだ。

 

逆にモノリス・コードを棄権した場合、将輝と吉祥寺を揃える三高の優勝は間違いなく、三高との得点差は一気に六十九点まで開くことになる。

 

故に一高としては絶対に棄権となる訳にはいかず、無頭竜としては一高の出場を許す訳にいかなかった。

 

そのはずだった。

 

 

 

「またCADのレギュレーションチェック時に電子金蚕を紛れ込ませればいい。敗北させれば一高は決勝リーグへ進出できない」

 

名案と言わんばかりに一人が自信に満ちた声で案を出し、何人かがそれに頷く。

 

だが、一人が優れない顔色のまま、首を横に振った。

 

「ダメだ、今回のモノリス・コードでCADの工作はもう使えん。……本当の協力者、検査担当の工作員の行方がわからなくなっている」

 

その報告に、誰もがギョッとして、目を見開いたまま発言者の顔を見た。

 

それは、彼らの工作の根本を揺るがし瓦解させるものだったからだ。

 

「二人ともか!?」

 

「いや、幸いにも一人だけだ。だが行方不明になった工作員が、新人戦と本戦モノリス・コードの検査担当だ……」

 

愕然とした沈黙が、円卓に落ちた。

 

裏金で動かした者達とは違い、大会運営委員のCAD検査員に紛れ込ませた二人こそが、正真正銘の無頭竜の工作員。

 

この二人がCADのレギュレーションチェック時に電子金蚕の混入を行い、今まで一高を優勝候補から敗北へと突き落としてきた。

 

その一人、特にモノリス・コードを担当するはずだった工作員が消えた。

 

本戦モノリス・コードでも工作を考えていた無頭竜幹部達が動揺しないはずがない。

 

残っている一人が本戦ミラージ・バットの検査も担当することになっているので、まだ余地はあるが、それでも……。

 

「馬鹿な、行方不明だと……? まさか工作がばれたのか?」

 

「わからない。休憩時間に外へ出て、それっきりらしい。ただ運営委員会にそのような通達は出されていないのは確かだ。寧ろ運営も突然の失踪にかなり慌てている有様だ」

 

「……」

 

「それだけじゃない。金で動かしていた協力者も二人、行方がわからなくなっている。こちらも気がつけばいなくなっていたそうだ」

 

この二人は花音に摩利の重体という嘘の情報を、四高の選手にわざと一高のモノリス設置場所の情報を与えていた二人だ。

 

CADの工作員を含めて無頭竜の関係者が三人、忽然と姿を消した。

 

偶然と呼ぶにはあまりにも不自然。誰かが意図的にやっているとしか思えない。

 

だが、だとしても、ほんの僅かな時間に、目撃者も無く三人の人間を連れ出すことなど出来るだろうか。

 

そして、その三人は一体どこに消えたというのだろうか。

 

「……何が起きている?」

 

「日帝の魔法師の仕業、なのか……?」

 

不気味そうに、彼らは顔を見合わせた。

 

 

 

そして。

 

彼らの斜め上、部屋の天井付近の空間。

 

何もないはずのそこから、彼らを見つめる視線があることに、無頭竜の幹部達は気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

横浜グランドホテルから直線距離にして一キロメートル以上の位置に、港の見える丘公園の跡地に建設された横浜ベイヒルズタワーがある。

 

ショッピングモールや民間オフィス、日本魔法協会関東支部も置かれたこの高層ビルの屋上に、いるはずのない人影が二つ。

 

「ふーん、“こいつら”が悪縁の根源か」

 

淡々と、何の感慨も抱いていない様子で、雅季はスキマの向こうに映る無頭竜の面子を見つめる。

 

「こっちでも賭けをしていたのね。でも一高の優勝は譲らないわ」

 

その隣で紫が何故か意味不明な闘志を燃やしているが無視だ。

 

雅季も紫も、彼らが無頭竜という犯罪組織であることを知らない。

 

ただ悪縁の元凶であるということしか知らない。

 

それだけで充分だった。

 

ちなみに紫からすれば一高優勝の邪魔をしているという点でも充分な理由になるが、どうでもいい話だろう。

 

「ところで、雅季」

 

紫は無頭竜のいるスキマの向こうではなく、スキマの中を横目で見る。

 

「“これ”、どうする?」

 

「しばらく放置でいいんじゃない。どうせ悪縁だし」

 

あっさりと答えた雅季も、視線を横にずらして紫と同じものを見る。

 

「うぅ……」

 

「あ……ぁ……」

 

「た、たすけ……ぁ」

 

そこにはスキマの中で、酷く魘された状態で気を失っている三人の人間の姿。

 

そう、今しがた無頭竜の間で話に上がった、九校戦の会場で行方不明扱いとなっている無頭竜の関係者達だ。

 

スキマにある無数の目に見つめられた三人は、いずれもひどく汗を掻いており表情は歪んでいる。

 

時折あがる呻き声は、悪夢を見ているためだ。

 

 

 

九校戦の会場で、一高の選手にとって悪縁となっている者は結構な人数に登っている。

 

その中から、雅季はまず元凶と縁がある者を探し出すことから始めた。

 

魔法検知装置に検知されず、多くの魔法師にも悟らせずに『離れの結界』を敷いて瞬く間に人除けを済ませ、『離れ』で相手の意識を遠のかせて最後に『分ち』で意識を刈り取る。

 

そして意識を失い倒れたところを紫のスキマが回収する。

 

僅か数秒の出来事で、雅季と紫は相手を完全な行方不明状態にさせていた。

 

後はスキマの中で気を失った相手の縁を辿ればいい。

 

その中に一高に悪縁を送っている者と同じ縁があれば、それが元凶である可能性が高い。

 

そうして三人目のCAD検査員の縁から、東の方角にいる悪縁が元凶の可能性が高いと判断し、縁を辿って横浜の無頭竜の下へたどり着いた。

 

情報機関や諜報部が少なくない時間と労力、予算を使って掴んだ居場所を、たった数時間で見つけてみせる。

 

縁を司るとはそういうことだ。人は必ず誰かと何らかの繋がりを持っているものなのだから。

 

ちなみに、スキマの中で放置が決定された三人は、紫の手で悪夢を見せられている。

 

放置すると明言されたため、起きることも出来ずにずっと見せられ続ける。

 

紫が望まぬ限り、彼らは悪夢を見続け。

 

雅季が望まぬ限り、彼らの意識が戻ることはない。

 

その気になれば、死ぬまでずっと悪夢の中で眠り続ける。

 

 

 

「さてと、随分と結び甲斐のある縁だし、どんな縁を結ぶかな」

 

そう口にする雅季。

 

普段ならば悪戯する時に使うような言葉だが、今回は悪意の方が少し勝っているように感じられ、悪意に対する悪意が見え隠れしている。

 

その証拠として、紫からすれば珍しいことに雅季自身が彼らの悪縁となって行動している。

 

意識してその上なのか、それとも無意識か、どちらにしても『結代』としては、本来ならばあまり褒められたものではない。

 

とはいえ、

 

(まあ、この程度なら問題ないでしょう)

 

別に他者に力を見せているわけではないのだ。

 

玉姫も月も、この程度ならば全く問題視しないだろう。

 

(それに……)

 

紫はほんの僅かに口元を釣り上げ、

 

()()を考えれば、()()()の方がいいわ)

 

その考えを胸中の奥深くに、更にヴェールで包んでしまいこんだ。

 

その時、電子音が二人の耳に届く。

 

発信源は雅季のポケットに入っている携帯端末だ。

 

雅季が端末を取り出して画面を見る。

 

電話を掛けてきた相手は、珍しいことに真由美だった。

 

「もしもし」

 

『あ、結代君、いまどこにいるの?』

 

「風が強いところにいます」

 

実際、高層ビルの屋上なので風が強い。間違ってはいない。

 

ただ場所が富士ではなく横浜なだけだ。

 

『……それは電話越しにわかるから』

 

電話越しでも真由美の呆れた様子が見て取れるようだ。

 

『とにかく、至急本部まで来てもらってもいいかしら。大事な話があるの』

 

「大事な話、ですか?」

 

『ええ』

 

真由美の言葉に何かを感じたのか、雅季は若干の沈黙の後、

 

「……わかりました」

 

返事を告げた。

 

雅季は電話を切ると、紫に向き直る。

 

「急用が出来たから、俺は先に戻るけど」

 

「じゃあ私はテキトーにしているわ」

 

「わかった」

 

紫の言葉に雅季は頷き――唐突に、雅季を光が包み込んだ。

 

光子とは違った物理以外の粒子。

 

たまに卓越した魔法師に見られる想子(サイオン)の光とも違う。

 

それは、目に見えるほど活性化、いや具現化された霊子(プシオン)の光。

 

雅季の中で離して分けていた、『今代の結う代』『結び離れ分つ結う代』という幻想だ。

 

幻想とは、現実では忘れ去られてしまったもののこと。

 

忘れられたものは、消えていくのが道理だ。

 

だが幻想が忘れられる地があれば、幻想が紡がれる地もある。

 

幻想郷に張られている「幻と実体の境界」が雅季の存在を引き寄せ、雅季は抗うことなくそれを受け入れる。

 

幻想の光が消えた時、そこに雅季の姿はなく。

 

横浜ベイヒルズタワーの屋上には、紫以外に誰もいなくなっていた。

 

「幻と実体の境界、博麗大結界を使ったワープなんて、いかにも結代らしい。いえ、雅季らしいと言うべきかしら」

 

少なくとも今までの『結び離れ分つ結う代』は、幻と実体の境界を「いつでもどこでも幻想入り可能な便利なワープ」扱いはしていなかった。

 

いや、それは現実と幻想がここまで明確に区切られていなかったからかもしれないが。

 

それに先代の『結び離れ分つ結う代』の頃は博麗大結界も無かった時代だ。

 

「さて、と」

 

紫はスキマを開くと、その中へ入り込む。

 

そして、魘されている三人を素通りして別のスキマから外へ出た。

 

(らん)、出てきなさい」

 

そこは幻想郷のどこか。雅季の縁も届かず、霊夢も知らないどこか。

 

「はい、紫様」

 

主に呼ばれ、紫の式神である八雲藍(やくもらん)が紫の前に姿を現す。

 

「ちょっとした雑用、頼まれてくれるかしら」

 

 

 

 

 

自らを幻想とした雅季は、幻と実体の境界によって引き寄せられ幻想入りを果たす。

 

降り立った場所はいくつかある結界の境目の一箇所。

 

「あら、雅季」

 

「よっ、霊夢」

 

博麗神社の縁側でお茶をしていた霊夢はさして驚いた様子も見せず、突然目の前に現れた雅季に言った。

 

「何か用? 参拝なら素敵なお賽銭箱はあっちよ」

 

「前から思っているけど、ここの神社にお賽銭入れたら負けな気がする」

 

「何によ。それに入れたら勝つわよ、私が」

 

「じゃあやっぱり俺が負けるじゃん」

 

雅季の言葉に霊夢はムッと不機嫌そうになるが、すぐに諦めた溜め息を吐いた。

 

「あーあ、今日も参拝客来なかったなぁ」

 

がっかりした声で霊夢は言うが、雅季の口元には自然と笑みが浮かぶ。

 

霊夢が持っている湯呑とは別に、縁側に置かれた飲み終わった湯呑。

 

柱の陰に無造作に置かれたカゴの中には茄子や胡瓜など夏が旬の野菜類。

 

そのすぐ隣には新聞の上にキノコも置いてある。

 

参拝客は来なくても誰かが、それも二人以上が差し入れを持参して来ていたのは明白だった。

 

おそらく魔理沙と文、あとは早苗か、あるいは紅華か、もしくは咲夜あたりかもしれない。

 

「何よ?」

 

「いや、何でもない」

 

雅季は首を横に振る。

 

そして、自分の中にあった不愉快な感情が消え去っていることに気付き、内心で苦笑いを浮かべた。

 

ふと、雅季は思い出したことを口にした。

 

「そういや、霊夢も一に賭けていたんだっけ」

 

「何の話?」

 

「賭けの話」

 

「そういえば、紫がなんか言ってたっけ。なんで知ってるの?」

 

「ま、当事者みたいなもんだから」

 

首を傾げる霊夢に、雅季は笑いながら言った。

 

そして、

 

「……そうだな、お賽銭の代わりにはなるか」

 

小声で呟いて、ある決意を固めた。

 

「――と、今はただの通りすがりだった」

 

ここで霊夢と話し込んでいる暇が無かったことを思い出し、雅季は慌てて自分の中の『常識』を切り替えた。

 

「じゃ、急いでいるんで、またなー」

 

早口で霊夢に別れを告げて、雅季は再び幻想から現実へと戻っていく。

 

霊夢の前に突然現れた雅季は、去る時もやはり突然消えて去っていった。

 

そして、

 

「外の世界ってやっぱり忙しそうね」

 

霊夢は「私も忙しいわよ。掃除したり、お茶したり、暑さと戦ったり……」と妙な対抗心を持ちながら、変わらず暢気にお茶を一口飲んだ。

 

 

 

 

 

『分ち』が「幻想郷の常識」と「現実の常識」を切り替える。

 

博麗大結界は常識と非常識の結界。

 

現実の常識を持つ者は結界を通れない。

 

そして博麗神社という境界線にいた場合は、幻想郷の博麗神社から、外の寂れた博麗神社へ弾き出される。

 

その弾かれた一瞬に、雅季は『離れ』を発動させる。

 

外の博麗神社ではなく、『離れ』によって別の場所へその身を放り出させる。

 

幻想から現実へ、その地へ幻想入りならぬ“現実入り”する前に、『離れの結界』で人もカメラも全てを遮断させる。

 

そうして雅季が現れた場所は、外の博麗神社ではなく霊峰富士の麓、富士裾野。

 

選手達が宿泊しているホテルの傍の森の中だ。

 

「さて、行きますか」

 

雅季は一高の本部へと走り出す。

 

『離れの結界』が解除され雅季が去った後には、想子(サイオン)残留も雅季がいたという痕跡も、何一つ残らなかった。

 

 

 

 




『縁を結ぶ程度の能力』の大まかな説明。
・自分へと絡んでくる縁は初対面の人物でも感じ取れる。
・一度でも縁を結んだ相手なら、ある程度の範囲内なら居場所がわかる。
・視界に収めた人物の縁が見える。

立ち会話の達人二名は、実はCAD検査員から話を持ちかけられており、そのCAD検査員こそ無頭竜所属の工作員。
その繋がりを辿って、雅季と紫は悪縁ツアーを遂行しました。

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